総人口14億人を超える中国において、さまざまな視聴者層の心を動画で掴むには戦略的なマーケティングが必要となる。本記事では、中国に600万人以上のフォロワーを持ちながら、自身でもコンテンツを制作する山下智博さんを講師として招き、中国独自の動画事情やどんな動画が中国でバズるのかなど、実際に制作したインバウンド動画を作例にその知見をレクチャーしてもらった。

講師   山下智博  Tomohiro Yamashita

中国に600万人以上のフォロワーを持つインフルエンサーでありながら、中国向けブランデッドムービーや日本のテレビ番組制作、芸能人の中国展開アドバイザーなども手がける中国市場に強いコンテンツプロデューサー。代表を務める株式会社ぬるぬるは、日本と中国のクロスボーダーのWEBプロモーションやマーケティング、日本企業の中国向け公式アカウント運用、インフルエンサー広告やインバウンド関連の広報業務、EC事業などを請け負う。近年は特に、日本IPの中国でのマネタイズに重点的に取り組んでいる。

● 株式会社ぬるぬる

日中の架け橋ならぬ「日中の潤滑油」となり、二国間に横たわるその“摩擦”を双方にとって“心地よいもの”に変化させ、双方がwin-winとなる関係を目指していることから「ぬるぬる」と名付けた。

https://nulunulu.asia/







中国の動画事情と流行について

以前から日本のテレビコンテンツの作り方を中国に持っていきたいと考えていた

中国で動画制作やプロデュースをしている山下智博と申します。元々、bilibili動画を中心に2013年から11年ほど動画を作り続けている人間です。おそらく、日本人でこのタイミングから今までずっと中国で発信し続けている人はいないんじゃないかなと思います。

僕はこの11年間、中国のインターネットの真ん中にいたので、その間にいろんな人が入ってきてはいなくなり、はたまた炎上したり、僕より有名になったりといった、いろいろな流れを見てきています。だからこそ、全体的な動画サイトの移り変わりだったり、どんな人がいたのかなどの歴史をまるごと理解しているところが僕の強みです。

僕が中国で有名になったきっかけは、あるミニドラマを作ったことです。2012年に中国に行ったのですが、当時現地では横型のミニドラマがブームになっていたんです。そういう情報を知って、とりあえず今流行っているフォーマットに自分の思う面白いコンテンツを乗せて流してみようと思い立ち、 右も左も分からないままドラマを自主制作しました。できるだけインパクトがあって、 見た人がちょっと引くぐらいのものにしたいなという想いで作ったところ、bilibili動画で即100万回再生を突破して、そこから一気にbilibili動画で有名になっていく流れがありました。なので、流行りのフォーマットに乗せるとトラフィックが得られやすいというのは中国の中で非常に大事なポイントなのかなと思っています。

その後、日本ではYouTubeが流行り始めて、ヒカキンさんやはじめしゃちょーさんなどのYouTuberが毎日更新をしていました。一方、中国で動画を毎日更新する人は、当時はあまりいなかったんです。なので、日本のYouTubeで流行っているひな形を中国に持ってきたらうまくいくんじゃないかと考え、2014年末頃から日本のカルチャーを紹介する動画を毎日投稿したところ、半年ほどでフォロワーがガンガン増えていく形となり中国での知名度が一気に上がりました。 

僕は幼少の頃から日本のテレビが大好きで、日本のテレビコンテンツの作り方を中国に持っていきたいなとずっと考えていました。そこで、中国で稼いだお金を使い、中国の有名人を日本に連れて行って一緒に旅をするという番組を、『ザ! 鉄腕! DASH!!』を担当していた日本の制作チームに協力していただいて作ったりもしました。僕自身もっと専門的な技術を学びたい気持ちがあったため、日本のプロフェッショナルの人たちと一緒にクリエイティブに携わらせていただき、その後2020年に日本へと戻り、現在の活動にいたっています。



● 山下さんの主なSNSフォロワー内訳




2019年には8人しかもらえない「ビリビリ10周年特別賞」を外国人で唯一受賞。写真は記念式典で表彰の様子。





一括りにはできない「中国人」

広い都市階級

中国の人口の約64%は「下沈(かしん)市場」と呼ばれる層が占めている

中国の人口はインドに次ぐ第2位で、現在14億人以上が存在しています。それだけたくさんの人口がいるので、日本と同じようなマーケティングをしても当然うまくいきません。日本は貧富の差や学習レベルの差がそこまで極端に開いている国ではなく、中国からすると非常にマーケティングしやすいという話をよく耳にします。なので、誰かがある程度いいなと思うものが作れれば、日本全土で受け入れられる可能性が非常に高いです。

一方、中国はどうかというと、町の規模により一級都市、二級都市、三級都市、四級都市、五級都市といった「都市階級」が存在します。下の表は町の人口数やGDP数値などで区分けされている中国の地名になります。また、一級都市のうちの一部が一級都市、その他が新一級都市と呼ばれています。北京や上海のような大きな一級都市には教養レベルの非常に高い人たちが集まっており、外国語を話す方も多いです。国際都市でもあるので、日本人がいいなと思うものに対して、価値観を共有しやすく、一級・二級都市にはそういった海外のものに比較的しっかりと目を向ける方が多いです。

ただし、そういった人たちは中国全体の人口の半分以下で、その他の方たちは「下沈市場」と呼ばれる農村だったり、そこまで町が発達していないようなところに住んでいます。実際に中国に行ったことがないと、「町が発達していない」というイメージは掴みきれないかと思います。町自体には100万人以上の人が住んでいたりもするので、規模自体は大きいのですが、海外から入ってくるものが少なかったり、外国語を話せる人が少なかったりと、いかんせん日本と近しい感覚を持つ人たちは限られているのが現状です。



都市階級/特徴・主な都市名

直轄市、特別行政区、GDP1600億元以上&都市人口200万人以上

一級都市:北京、上海、広州、深圳

新一級都市:天津、瀋陽、大連、ハルビン、済南、青島、南京など


その他省内主要都市、経済特区都市等

石家庄、長春、フフホト、太原、鄭州、合肥、無錫、蘇州など



14の沿海解放城都市、経済発達した経済都市

唐山、秦皇島、淄博、煙台、威海、徐州、連雲港、南通、鎮江など



その他人口100万人以上でかつ経済に重点を置いた都市

邯鄲、鞍山、撫順、吉林、チチハル、大慶、包頭、大同など



4級都市以下の規模の都市

カラマイ、常熟、クムル、雲浮市、奉化、増城、余桃、晋江など



三級都市以下の地方都市・農村地域は「下沈(かしん)市場」と呼ばれ、中国総人口のうち半分以上を占める巨大なマーケットである。



出典:山田コンサルティンググループ株式会社「Tier別都市の総人口シェア」
https://www.ycg-advisory.jp/learning/oversea_171/





外国文化への許容度の違い

住んでいる場所により収入差がありそれに比例して外国文化への許容度も変わる

実際に都市階級ごとにどういう差があるのかというと、年間の平均収入が大きく違います。北京や上海のような一級都市であれば平均年収163万円と、初任給で20万円くらいの方が結構いたり、 IT企業に勤めている方などは日本よりも待遇がいい場合もあります。その一方で、農村都市などの下沈市場になると平均年収100万円を切るような状況になっており、その分現地の物価が安かったりします。このように住んでいる場所によって収入の差があり、それによって触れられるカルチャーの種類も変わってきます。相対的に収入に比例する形で外国文化に対する許容度が現れているんじゃないかと考えています。

そのため、下沈市場にしっかりとリーチできている企業は、中国でも非常に大きくなっていく傾向にあります。ただ、都市部の人たちと同じマーケティングではまったく通用しないので、独自のマーケティングが必要となります。



中国のアプリ事情

都市部と農村部で使用アプリは分かれていたが近年ではシームレスになってきている

生活水準が違うことで普段使用するアプリが違うのも中国の面白いところです。都会で発展してきたアプリは都会の層を取り切り、だんだんと地方に進んでいるのが現状ですが、逆に下沈市場では元々その農村の人たちに向けてローカライズされたアプリケーションがそこにとどまらず、いかに都会へ進出していくかというのがここ4〜5年の動きです。

例えば、「Pinduoduo」という下沈市場で流行したアプリは共同購入のシステムを持つ中国のECプラットフォームですが、 こういったアプリが都会でも使われ始めていたりと、今までであれば都市部の人が使うアプリと農村の人が使うアプリははっきりと分かれていたのが、最近ではどんどんシームレスになってきています。


● 山下さんが考える中国SNSの分類

中国のSNSは、ターゲットに応じてマーケティングやコンテンツの種類を変える必要があり、流行の移り変わりも早い。


小紅書(RED)

特徴:中国版Instagramと言われる。写真や短い動画メインで購買を前提に設計されている。

表現方法:写真記事、短尺動画




抖音(ドウイン)

特徴:TiKTokの元祖アプリ。近年では生放送やEC機能も実装してスーパーアプリ化。

表現方法:短尺動画





bilibili(ビリビリ)

特徴:中国版YouTubeと言われる。Z世代を中心に人気の5〜20分の「中尺動画」がメイン。

表現方法:写真記事、長尺動画





微博(ウェイボー)

特徴:中国最大級のSNS。時間無制限で動画を投稿できる。ニュースやゴシップ中心。

表現方法:写真記事、動画全般





快手(クアイショウ)

特徴:小規模都市に特化したショート動画アプリ。月間アクティブユーザーは5億人。

表現方法:短尺動画





微信(ウェイシン)

特徴:中国版LINEと言われる無料のメッセンジャーアプリ。幅広い年齢層が使う。

表現方法:写真記事、動画全般






● 世代別使用アプリの比較

Z世代と呼ばれる若年層と、新ホワイトカラーと呼ばれる30代以上で自由に使えるお金がある層など、年代によって使用するアプリは変わる。


特徴

・拡散力が高い、流行に敏感、インフルエンサーをはじめネット上の情報を駆使し良いものを安く買う傾向がある。

・購買力はまだ高くないが、インフルエンサーや芸能人への熱狂的な崇拝が顕著。

・裕福家庭出身の若者が大きな出費をする。


利用しているアプリの傾向




特徴

・30歳越えで収入が「中高」以上の都市在住者。

・既婚子持ちかつ「家」と「車」は購入済みであることが多く、平均で収入の約11%(1〜2万円程度)を自由に使える。

・芸術鑑賞やショッピング、美容やトレーニング、ダイエット等に興味関心がある傾向。


利用しているアプリの傾向