
横瀬クリエイティビティー・クラス
“クリエイティブを含む社会全体で教育に関わることを目指した”
人口減少の課題を抱える埼玉県横瀬町で、クリエイティブを用いた創造的なまちづくり・人材育成を目指す実証実験を行なった。柱となったのは3つ。
①地域の課題を大人と子供、全員で考えるクリエイティブソン、②14名の多様な職種のクリエイターによるキャリア教育授業。③映像制作を通じた民主主義教育授業。
様々なクリエイターや町の大人が教育現場に参画し、個々人のキャリア形成や職種ごとの考え方を伝えることで町の中学生の可能性が広がっただけでなく、多様な人材が参画する自発的な町づくりへの機運が高まった。



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KUROKAWA WONDERLAND
“隠された地域のリソースをオープンソース化”
日本の原風景が残る熊本県阿蘇郡南小国町で、地域の隠された様々な魅力を、映像・WEB・音楽・写真などのクリエイティブの力を用いて掘り起こし、コラボレーションの機会を創出した。
住民と地域のリソースを棚卸しし、担い手がいなかった地域の伝統芸能をペースに制作した映像は、数々の海外アワードを受賞。この取り組みをきっかけに滅しかけた伝統芸能がミラノ万博に招待され、再興に繋がった。また、様々なアウトプットが話題を呼び、たくさんのクリエイターを誘致したことで、その後もイベントや新規事業が次々と立ち上がった。

Co-Creationサイトでは、このプロジェクトがどう作られていったのかが分かる。こちらはWEBサイト上でメイキング動画を見ることができる。そこで田村さん自身がコンセプトを語っている。制作時の現場の風景やクリエイターの紹介も残されている。

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大規模なポートフォリオを作る
ここからEXIT FILMで実現した例を紹介します。2014年にKUROKAWA WONDERLANDというプロジェクトを行いました。ちょうど地方創生が流行り始めた頃で、結果から言いますと、このプロジェクトで作成したWEBサイトと動画の影響は絶大で、大いに話題になりました。WEBサイトは、2015年の世界的なアワードの年間30本の中の1本に残ったくらい高く評価されました。もう10年経ってしまったので完全な状態で見ることはできないかもしれませんが、サイトの入り口は残っています。またここで作った動画のおかげで、このクオリティでこういった動画を作ってほしいというリクエストを多数いただくことになりました。
それまでもポートフォリオとして作品を作ってきたのですが、このプロジェクトは自分だけではなく、WEBクリエイターやフォトグラファー、ドローン開発者、ミュージシャン、ヘアメイクのアーティストなど、いろんなクリエイターとの共同ポートフォリオとして企画しました。
最初は、自作のドローンにREDを載せて空撮したいというのがそもそもの発端でした。ドローンによる空撮はまだDJI Phantomが出ていた時代で、始まったばかりだったんです。やるんであれば早くやらないとすぐに追いつかれてしまうということで、ポートフォリオを作れる場所を探していて、その時に熊本県阿蘇郡南小国町の黒川温泉と繋がりがあり、地元の人たちに提案をしたところ、「一緒にやりたい」と。地域の基幹産業である旅館組合だけでなく、農家、商工会、役場の職員、地元の高齢者といった多様な人たち、そこにさまざまなジャンルのクリエイターとが一緒になって、作品づくりをしていく座組をつくりました。そしてセクターを超えた人々が一緒に目指せるテーマについて考えました。
町には、吉原という人口減少が進む集落があり、そこには御神楽の伝統があったのですが、地域の高齢化と過疎化によって担い手がいなくなり、残り2年で断絶という状況が迫っていました。この地域の人達が大切にしてきた御神楽の伝統文化を、あらゆるデジタルコンテンツでアーカイブ化して世界中に見てもらおうということになりました。
結果的にこの御神楽はミラノ万博をはじめ東京のデザイン系のフェスなどにも呼ばれて上演し、日本中の神楽ファンたちの間で有名になったそうで、町内だけでなく熊本市内などからも担い手が来るようになり、今も続いています。これ以外にも地元のプレイヤーとクリエイターたちが様々にコラボレーションし、新規事業やプロジェクトが立ち上がっていきました。
このプロジェクト以外にも、人口減少の課題を抱える埼玉県横瀬町でクリエイティブを用いた創造的なまちづくり・人材育成を目指す実証実験を行いました。こちらも多様な職種のクリエイターや東京の大企業の方々に参加してもらって、中学生に対してキャリア教育授業を行なったり、中学生たちが実際にカメラを回して作品を作り町民たちの前で上映したり、それを報告するWEBサイトを作成しました。
もっと本質的なところに行きたい
こういったプロジェクトはクリエイティブ目線の成果を出したんですけど、プロジェクト自体が事業性を持っていないのでサステナブルではない、つまり持続できないんです。僕は作り手なので、コンサル業にも興味はない。
作品についてもポートフォリオはポートフォリオでしかなく、制作期間は他の仕事ができず、逆に資金を注ぎ込み、その後に受託の仕事を受けて回復させ、またそこで稼いだお金を使って次のポートフォリオを作るというのは、ひとつの会社のシステムとしては回っていたのですが、ではそれで社会課題が根本的に解決できるかというと、そうじゃなかったんですよね。
もちろん次に繋がる動きや成果は生まれたのですが、教育プログラムにしても、そのプロジェクトが終わったら、自分たちは離れなければなりません。
話題になったり、賞をとったりすることで満足するのではなく、本質的なところに行きたいと思って立ち上げたのがNPO法人としての映画レーベル「ブラックスターレーベル」になります。
KUROKAWA WONDERLANDのムービーより
映像作品は約7分のものが今でもこちらから観られる。セリフ、テロップはないが、映像と音楽のみでストーリーが伝えられる。海外で数々のアワードを受賞し、その後の仕事に繋がった。
映画レーベル『NPO法人ブラックスターレーベル』が目指すもの
映画をもっと社会で利活用してほしい
映像コンテンツをただ制作するのならEXIT FILMでよいのですが、やはりそのコンテンツ自体の経済性という部分に課題を感じ続けてきました。そこで、『映画』に改めて向き合おうと考えたのです。それはエンタメとしてただ消費する対価をいただくだけでなく、映画を社会の中でもっと利活用してもらう、さらに公共的な価値のあるコンテンツや取り組みに対して寄付や、応援したいという声を集めるということです。
これまで多くの社会課題に取り組んできたので、ソーシャルイノベーション、ソーシャルインパクト関連の活動をされている方が仲間にたくさんいました。このような映画の枠を超えた方々と立ち上げたのがNPO法人ブラックスターレーベルです。Art with Neighbors、つまり映画やアートが隣人としてもっと身近に寄り添う社会をコンセプトにしています。以下のようにコンセプトを紹介しています。
「ブラックスターレーベルは、 解決困難な社会課題への 『無関心』に立ち向かう映画レーベルです。分断が広がるこの世界では、 重要であるにも関わらず、 解決のできない様々な課題があります。これらの課題の解決には、市民一人ひとりが自分のすぐ隣で起こっていることに関心を持ち、 境界を越えて対話を重ねることが大切です。私たちは 『Art With Neighbors』をコンセプトに、 複雑な社会課題に対する映画作品を 『共に作り』『共に広げ』そして 『共に変わっていく』ことを目指します」
具体的にどんなアプローチをするのかですが、右ページに掲げているように、①映画製作、②対話型上映会事業、③コミュニティ事業となっています。
映画製作事業は、従来型の映画製作のファイナンスに多様性を持たせようという試みです。やはり従来の日本の映画ビジネスの枠組みの中で社会的なテーマを打ち出した作品というのは、経済性を伴わせることに困難がある。それを社会性や公共性を持つからこそのアプローチがあるのではと、様々に取り組んでいます。
たとえばスポンサードのシステムについても、できた映画に対してスポンサーになってもらったり、広報素材としてどうぞ、ということだけでなく、一緒になってそのテーマとなっている社会課題を解決するために、映画、上映会、対話、コミュニティ形成まで含めてやっていきましょうという提案をしたり、映画を上手くビジネスや課題解決の中で活用してもらいたい。
映画を作って、ただ見てもらっておしまいというのでは、もったいないなと思っているんです。社会課題をテーマにした映画には、様々な気づき、情報、感情の共有というのものが含まれていて、これを対話の場に触媒として持ってくることで、社会課題に能動的に貢献できるんじゃないかと思っています。
上映会活動は映画業界としては以前からあるものですが、このレーベルでも取り組んで行きたいと思っていますし、わたしは企業とのネットワークも強いので、研修で上映するという方向も考えています。
コミュニティ事業というのは、この映画を中心にした社会活動を一緒に盛り上げてくれる人達に、会員のようなかたちで参加してもらいたいということです。セミナーを企画したり、ミートアップイベントを開催することでムーブメントにしていく。社会課題を解決しようとしても個人ではなかなか変えられない。誰かが旗を振ってムーブメントにしていく必要があると思うのですが、それは一方的なものではなく、いろいろな人が参加して、対話をして、複雑性を認めた上で、解決の糸口を探っていくものであってほしい。その分断を生まない旗のひとつとなるのが、映画というコンテンツであると思っているんです。

映画を観て自発的に対話が生まれた
そういうことをやりたくて作ったのが、『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』という映画です。気候変動とエネルギー課題をテーマにしています。海外のオリジナルドキュメンタリーのようなスタイルで、演出ありのドキュメンタリーです。
エネルギー業界のキーパーソンたちへのインタビューを基盤とする従来のドキュメンタリーのスタイルに、様々なスタイルのアニメーションや、劇映画のようなイメージシーン、そして作品のコンセプトでもあるコンテンポラリーダンスが展開されていきます。エネルギー課題は複雑な要因が入り混じり、答えのない課題でもあります。コンテンポラリーダンスという答えのないアート表現を体感することで、自分がこの課題に対して本当は何を望むのか、考えるキッカケを与える作品となっています。そして極めつけは作品の最後にメディテーションパート、つまり瞑想と対話の時間が入っているという……何じゃそりゃな作品です。
下北沢で上映したときは、上映後に多くの観客が街のパブリックスペースに移動して映画について話をしていました。街の中で自然に対話が生まれているのを見て、映画の新しい、しかし本来的な可能性を強く感じました。吉祥寺アップリンクで上映したときも、映画が終わった後にそのまま館内で隣の人との対話をするという時間を設けました。業界の中には「こんなのは映画ではない」と批判する方もいらっしゃいましたが、観客には本当に好評で、泣いている方もいらっしゃいましたし、何回も何回も観てくれた方もいらっしゃいました。単なる情報を知る映画であれば4回も観ないし、ダンス部分があることでそこで巻き起こる感情は毎回変わってきます。そして対話の時間に何を語るかも。映画というのは体験できるコンテンツなのだということです。映画館という場所にはもっと可能性があるということも感じました。すべての映画がこうだったらわたしも嫌ですが、数十本に1本くらいはこういう映画があってもいいと思うのです。
「映画」を軸とした3つの活動内容
アートを介して課題へ立ち向かう
【映画製作事業】
社会課題をテーマとした映画作品を製作する。寄付や、従来の映画製作には関わりの薄かった課題のステークホルダーを出資のシステムに組み込むことで、経済合理性だけでない、社会課題解決を第一義に置いた映画製作の仕組みを構築し、課題解決のムーブメントを醸成する。

【対話型上映会事業】
課題に対して具体的な変化を起こしたい人に向け、対話型の上映会プログラムを提供し、課題解決に向けたイベントや、研修/教育プログラムなどを支援。映画を媒介し課題に関心のなかった人たちや、立場や主張の違いから分断している人たちを対話のスタートラインに立たせる。

【コミュニティ事業】
業界の第一線で活躍するクリエイターや専門家とのウェビナー、定期的なミートアップ、コミュニケーションを通じて、価値観を共有する仲間とつながり、共創アクションを生み出すコミュニティを形成。映画を愛する人たちが、共に作り、共に広げ、共に変わる場所とする。

レーベルの第1弾として制作された映画
『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』
映画の予告編はこちらから。この映画がどういうのものなのか、監督の田村さん自らが内容を説明しながら思いを語っているのが予告編Ver.2。未見の方はこちらを見ると、どういう映画なのか理解しやすいだろう。
予告編1を見る
田村さんの解説付き予告編
映画をもとにしたワークショップとは?

ブラックスターレーベルが提案しているワークショップの一例。『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』では、会場によってやり方が異なるが、瞑想の時間があり、映画館に座った隣の人と対話をするという時間も設けられたという。
これまでのノウハウを活かして立ち上げたFilming Agendaとは?


その手法を受託の仕事で活用する
映画レーベル『NPO法人ブラックスターレーベル』と『Dance with the Issue 電力とわたしたちのダイアローグ』は数々のメディアに取り上げられ、社会的な評価を得ました。ただ、それで収益が上がるわけではないのです。では、EXIT FILMという営利会社としては、そこで得た知見を使ってどのようにビジネスとして展開するのか。そこで作ったのがこのFilming Agendaというサービスです。ブラックスターレーベルは映画レーベルであり、受託の仕事をやる団体ではないので、それを受託でもできますということです。
実例として、日本医師会さんや、ゼブラアンドカンパニーさんが開いた複雑なテーマを取り扱うカンファレンスイベントにおいて、アジェンダムービーなるものを作りました。複雑な課題や、新しい事業に対する課題の共有ができていないケースにおいて、情報もきちんと伝え、同時に映像として感情を動かすこともやりながら、短い時間で効率的に伝えるものを作りますよというサービスです。映像が従来のレポートや現場取材のプレゼンテーションより優れている点として、圧倒的な共感を時間的効率よく与えられることだと思います。わたしたちには様々な社会課題に接してきた知見や経験値がたっぷりあるので、それを活かしてサービスを提供していきます。
今日のテーマは、映像制作の「持続可能性」ということでした。社会的な活動として映画レーベルを作るというだけでなく、持続性を求めてこのようなサービスも付属して生み出しているというお話をさせていただきました。
もしわたしが現在すでに有名な映画監督ならレーベルも成功するし、映画に対してお金も集まると思うのですが、まだそうではないですし、多くの若い人も同じだと思います。YouTubeやSNSで有名になって作りたいものを作る道もありますが、みんながそういうタイプでもない。新しい若い人がチャレンジできるように、わたしがやっていることを他にたくさんある道の中のひとつとして成功させたいと思っています。