『DIGGER』実制作

After Effectsのレイヤーは要素で色分けする

『DIGGER』の作業画面。大量のコンポジションタブ(赤枠の部分)があり、タイムラインに色分けされたレイヤーが並んでいる。整理の秘訣は特にないが、混乱が起きないようにナンバリングをきちんとする、レイヤー名にキャラクターの名前を入れる、レイヤーの色分けを全作品で共通させるなどは徹底している。





たった数秒のパートでもいくつものコンポジションとレイヤーで構成されている

図はコンポジションの構造のイメージを簡易的に表したもの。数秒しかないイントロ「脳殺 覚醒のブレーン」部分だけでも、ネスト化された何重ものレイヤーで構成されている。





歌詞やメロディに合わせて細かく区切っていく

After Effectsでの制作は、コンポジションごとにデザインを配置していく作業から始まります。『DIGGER』ではイントロの「脳殺  覚醒のブレーン」という歌詞までをA-01とし、その中を音や動きに合わせてさらに細かくいくつかの塊に分けました。そこに、最初はこの1枚絵を入れる、次はこのデザインを入れるというように、イラストとグラフィックデザインを先に並べていきます。

基本は歌詞やメロディの切り替わる箇所で割りますが、カット割りのほとんどは楽曲を共有された段階で構想ができているため、「この歌詞でひとつの画面にする」などと決めて、企画書・指示書でリリックデザイナーに歌詞ごとのアートボードの制作を依頼することもあります。また、イラストレーターが描くのはキャラクター部分だけで、背景は自分で作ることが多いです。

こうしてかなり細かく区切っていくと、A-01〜G-01まで分割されました。さらにA-01の中だけでも7つのパートに分かれています。例えば一番下に元のイラスト画像を置いて、そこからどんどんレイヤーを重ねてコンポジットし、さらにその上に調整レイヤーを重ねて色をつけ、そうして出来上がったあるパートのキャラクターレイヤーを背景やリリックのレイヤーと組み合わせ、さらに最終仕上げのエフェクトをかけていく、という作業を延々と繰り返して、やっとA-01の一部分が作れるのです。途中で訳がわからなくなりますよ(笑)



冒頭部分でエフェクトの完成度を100点にする

次のパートであるA-02「Oh yeh〜歪んだピース」では、まず背景を自分で作ってリリックと合わせ、そこにエフェクトをかけていきます。リリックデザイナーから上がってくるのはベタ塗りに近い感じのデザインですが、この段階で後からエフェクトを何重にもかけ、テクスチャーや雰囲気を出していきます。モーショングラファーと言いつつ、実際はモーション以外の作業も結構やっています。

ちなみに、僕はオープニング部分を制作する時点で最終仕上げのエフェクトの完成度をできる限り100点に近づけます。というのも、楽曲の最初の部分で最終的なルックを固めて必要なエフェクトの組み合わせを決めておくと、その設定をコピー&ペーストするだけで他のレイヤーにも適用できるようになり、後半の作業がすごく楽になるんです。なので、最初の段階で詰めて「100点のルック」を決めてしまい、そこからコピー&ペーストでどんどん作っていくと効率的に制作できると思います。



文字の動きはアニメーションカーブをプリセットとして保存

文字の動きはFlowという有料のエクステンションを使って、よく使うアニメーションカーブをプリセット化している。文字が動いた後の止まり方など緩急に微妙な差をつけて、60個くらいのストックを使い分けている。





エフェクトを何重にもかけてテクスチャーや雰囲気を加えていく

エコーでモーションブラーをざらつかせたり、ピクセルエンコーダーでリリックの文字に模様をつけたり、いくつものエフェクトを重ねてかけることで、色も輪郭もクリアだったリリックに異なる質感を加え、独特の雰囲気を出している。








作例解説 2
春猿火『迷人』

バーチャルラップシンガー、春猿火の2nd Album『心獣』に収録された楽曲。
ディレクター:Yazhirushi(PHASE STUDIO)、イラスト:神多 洋、タイトル・リリックデザイン:来休(東東京京)




ムービーのワークフロー

歌詞のパートごとにリリックデザイン案を出す

ムービーの仕事の例に挙げた『迷人』は最初にイラストレーターの神多 洋さんだけが決まっており、あとは僕がディレクターも務めて好きなように料理していいという裁量度の高い案件でした。そこでリリックデザインは東東京京の来休さんにお願いすることにし、まずロゴデザインを自由に作ってもらい、上がってきた案のひとつを採用した上で、こちらから改めてリリックデザイン案の指示書を投げるという手順で進めました。

『迷人』の指示書では、歌詞をAメロ、Bメロ、ラップ部分などに細かく分け、パートごとにリファレンス画像を載せて書体のイメージを伝えました。例えば、「基本は明朝体で制作し、サビの『luv』はゴシック体などで演出を変えたい」「ラップパートは乱雑に見えても文字の物量が欲しい」「ここはスローダウンするのでシンプルで」といったように、演出の構想を具体的な指示に落とし込みます。ただ、この段階では動きまでは想定できていません。文字を動かす作業はデザインができてから、頭の中にぼんやりあった画のイメージとすり合わせていくことになります。





『迷人』の場合はイラストレーターだけ既に決定しており、後は好きにしていいという依頼だったため、リリックデザイナーを東東京京の来休さんにお願いすることを想定してミーティングを行なった。他にディレクターがいる場合、絵コンテやVコンをもらうことも。



ディレクターのケースとは異なり、イラストレーターやリリックデザイナーが最初から決まっている場合は基本的に指示書は出さない。今回はリリックデザインに関してのみ指示書を作成した。



ムービーの仕事ではレイヤー分けや納品の仕様まで指定できないため、出来上がってきた素材だけで調理しなければならない。また、コンテがある場合はそれに忠実に制作する必要がある。



ムービーの仕事では、クライアントからの修正指示に対してプラスアルファで加筆し、付加価値をつけるようにしている。



『迷人』の指示書

曲を6パートに分けてそれぞれのリリックデザイン案を出した。サビパートのページでは、タイトルロゴA案の画像をリファレンスとして載せ、「luv」部分の書体を変える演出について伝えている。





『迷人』実制作

エフェクトはかける順番に注意したい

After Effectsでの作業はディレクターの仕事の時とほぼ同じです。ただ、あらかじめイラストレーターが決まっている場合は納品の状態が様々で、絵の枚数やパーツのレイヤー分けの有無を指定することもできないため、基本的には納品された素材だけで作業しなければなりません。今回は基本のイラストが2枚に口や目の開け方が異なる表情差分が6枚で、わりと数があったので助かりました。

『迷人』も、『DIGGER』と同じように元イラスト素材に要素を足しつつ、エフェクトを多重にかけてルックを作り込んでいきました。ただ、最終仕上げのエフェクトでMagic Bullet Looksなどを使う場合は、かける順番にも注意が必要です。僕は立体感をつけるためにグラデーションを多用しているのですが、そういう時はグラデーションのレイヤーを下に置いて上にMagic Bullet Looksをかけ、さらにその上にブラーやフラクタルノイズを適用するという順番にしています。そうした方がブラーやフラクタルノイズにエフェクトがかかってチリチリして見えることがなく、上品で綺麗な仕上がりになります。



イラスト素材はポーズ違いの2枚+表情差分6枚

『迷人』で使っているイラストは基本的にキャラクター単体の2枚だけ。目や口の開き方が微妙に異なる6枚と組み合わせて変化を出している。





調整レイヤーを重ねて色合いと質感を作り込んでいく

キャラクターのイラストにトーンカーブをかけ、グラデーションでわざと暗い影をつけてから、自作の背景と、暗い部分を補完する赤と青の稲妻のようなグローを追加。そこからシャープをかけ、モードを変えながらまたグラデーションを適用。Chromatic Displacementで目の周りをオレンジっぽくし、グレイン、Magic Bullet Lookなどをかけていって、最後にブラーとフラクタルノイズをかけてルックが完成する。








After EffectsのTips紹介

1: 可読性を保ちながら視線誘導する




Aメロ冒頭の「さあ どっちへ逝こうか」の例。まず「さあ」が画面に現れる。



「さあ」が横に広がる間に左上に赤い物体が現れるが、小さいので気を取られない。



「さあ」が縮小していき、赤い物体が目立ち始める。だがまだ「どっちへ」は出ない。



「さあ」が消えて青い物体が右下に現れるが、視線はまだ赤い物体のほうに行く。



赤と青の物体が瞬時に「どっちへ」に変わり、さらに複数の「どっちへ」が画面を埋める。



リリックをA→Bという順番で出す場合、Aが動き終わってからBを出すと、Bの画面入りに違和感が残り、一方で動き終わる前にBを出すと気を取られてAが読めなくなる可能性がある。そこで、同じ画面に複数の要素を入れながらも、文字の大きさや物体の色を利用してうまく視線を誘導したい。ここでは「さあ」を充分に読ませている間に「どっちへ」を段階的に出すことで可読性を保っている。



2: シーンの終わりに反転エフェクトを入れると印象的に







『迷人』のラストはキャラクターの画に反転エフェクトが入り、グリッチノイズをかけた画が一瞬だけ現れて完全にブラックになる。映像がブラックになる位置と音が完全にフェードする位置をわずかにずらし、映像の余韻と音の終わりがちょうど良く揃うようにした。



覚えておきたい視線誘導、エフェクト、出力のコツ

最後にAfter EffectsのTipsを紹介します。ひとつ目はリリックの文字の動かし方について。速いスピードで楽曲に合ったテンポを保ちつつ、画面が情報で溢れていても可読性の高い視線誘導ができるように意識しています。実はそんなに大したことはしていなくて、大きい文字の方が先に目に入るといった人間の目の特性を利用して、リリックの出入りに違和感を持たせないようにしながら「読める」ように情報を足しているだけです。

視線誘導の法則にはZ型やN型などたくさん種類があるのですが、そのパターンを意識しなくても、自分の感覚で「いいな」「楽しいな」と思うやり方を追求していけば結果的に正解にたどり着き、作業もスピードアップすると思います。そのためにもまずは色々動かしてみましょう。

ふたつ目は、エフェクトの使い方です。グリッチやグレインはすべてのフレームにかける必要はなく、取捨選択して適度にかけた方が使った部分の高級感が増します。僕がよく使うのは次のシーンに移る時に反転エフェクトを1フレームだけ入れて終わらせる方法。これを使うと前のシーンの余韻を残しながら移行させられます。

また、人間は目と耳で情報処理の速度が違うため、シーンが終わって黒画面になる時、画の終わりを音の終わりより2〜5フレーム前に置いてエフェクトをかけると見栄えが良くなります。

最後のTipsは書き出しの形式を連番画像にすること。これは24fpsであれば1秒24枚の連続した静止画のファイルとして書き出すことで、出力モジュール設定で「PNGシーケンス」か「TIFFシーケンス」を選ぶだけです。この連番画像を映像データとして読み込むとエフェクトの処理が

すごく軽くなり、Adobe Media Encoderでの最終出力も早くなります。修正も画像1枚単位でできて簡単に更新可能。また、特定のエフェクトをかけた時に「端バレ」と言って画面の端に白い線が入ることがあるのですが、これも連番出力した画像をまとめて100.05〜100.1%の範囲でわずかにスケールアップすることで防止できます。

ひとつ難点を挙げるとすれば、データ量が大きいためにSSD/HDDの容量をかなり消費してしまうことでしょうか。多用には注意が必要ですが、個人的にはメリットの方が多いと感じているのでおすすめします。






3: 連番出力して処理を軽くする



書き出したい素材を選択し、メニューから「コンポジション」→「レンダーキュー」に追加を選択。



「出力モジュール設定」の画面で形式を「PNGシーケンス」あるいは「TIFFシーケンス」にする。



映像が1フレームずつ静止画として書き出され、連続した番号のついた画像ファイルとして保存される。これをAfter Effectsにまとめて読み込むことで動画のように扱えるようになる。




実際の作業では、上の図のように要素ごとに連番出力したものをコンボしてエフェクトをかけ、重くなるのでまた連番出力し、リリックを合わせてまたエフェクトをかけ、連番出力し、ポストエフェクトをかけて連番出力し……と連番に連番を重ねていく。




Yazhirushiさんの制作環境

CPURyzen9590x
CPUクーラーThermaltake TOUGHLIQUID 360 ARGB Sync 簡易水冷
マザーボードASUS ProArt X670E-CREATOR WIFI
GPUGeForce RTX 3080ti
メモリCrucial PRO DDR5 48GB×4
内蔵ストレージsamsung 990 PRO 1TB(SSD)×2
外部ストレージ1TB(SSD/HDD)×2、2TB(HDD)×2、 8TB(HDD)×2
モニター
BenQ GW2470HL、Dell S2722QC、Dell U2723QE



自作パソコンを使用。SSDには現在進行中のデータや常時使う素材をを入れておき、HDDは過去のデータのアーカイブや、容量の大きいソフトの保存場所として使っている。