モーショングラフィックスの魅力をダイレクトに堪能できるのがリリックビデオ。歌詞という文字を手がかかりに、楽曲の世界観を映像化するという、ぬヴェントス独自の画づくりとは? ヰ世界情緒『アンビバレント』MVを例に、その制作過程を紐解く。

講師 ぬヴェントス NNNuventus

茨城県出身。早稲田大学卒業後、インターネット広告代理店にてWEBマンガ編集業務を担当。入社後に趣味で映像制作を始め、株式会社OTOIROを経て、2022年よりフリーランスとして映像制作業務を開始。MVやPV、ライブの映像演出を中心に、CGやモーショングラフィックスを使った映像制作に従事。






ヰ世界情緒『アンビバレント』MV




作詞・作曲・編曲:笹川真生

Mix:Hiroshi Ikeda (hmc studio)

Director:NNNuventus

Creative Director:Satoru Ohno(THINKR)

Production Manager:Kentaro Iwaki(THINKR)

Producer:Hideyuki Negishi(THINKR)

Executive Producer:PIEDPIPER

Produced by KAMITSUBAKI STUDIO






文字へのこだわりを武器に確かな個性を込める

趣味が高じてWEB漫画編集から映像ディレクターに

ぬヴェントスと申します。2015年に新卒でIT企業に入り、漫画アプリの事業部に配属されました。入社してからずっと辞めたいと思い続けていました(笑)。入社半年後に、連載を持っていた漫画家さんを招待してパーティを開催することになり、会場で流す映像を自分で作ることになって、After Effectsの名前しか知らない状態でいろいろ調べながら1分30秒ほどの映像を完成させました。これが人生で最初に作った映像です。

2018年に同僚が複業であるVTuberの運営を手伝っていたつながりで、初めて仕事としてMV制作を担当したところ、びっくりするほど好評で、「もしかしたら映像制作を仕事にできるかも?」と思い始めました。その後、尊敬していた上司の方が産休に入られたのを機に退社して、フリーランスとして見よう見まねで映像を作っていました。

2年ほどフリーで活動した後、あこがれていた映像作家のサイトウユウマさんが当時在籍されていたOTOIROに入社しました。OTOIROでは『ヴァンパイア feat. 初音ミク』をはじめ、様々なMVを担当させていただきました。代表のDECO*27さんをはじめとするトップクリエイターたちと一緒に仕事をする機会に恵まれて、このときの経験が今でも役立っています。そして2022年から再びフリーランスとなり、活動を続けています。手がけている映像のジャンルとしては、MVとライブの映像演出が中心で8割ぐらいを占めています。今回は、ヰ世界情緒さんの『アンビバレント』MVをどのように制作したのか説明していきます。



リリックビデオ制作の流れ

ぬヴェントス氏のMV制作における基本的なワークフロー図。歌詞などの文字から、映像演出や構成を考えるのが基本だという。



ワークフロー概要

STEP1 歌詞の解読

MVの世界観を構築していくために、どういう曲なのか解釈を深めていく。



STEP2 コンセプト思案

楽曲をビジュアライズするにあたって外せない要素から考察する。どんな「視聴後感」を抱かせたいのか、ねらいを決める。



STEP3 具体化

「コンセプト思案」でセレクトしたキーワードを、どのように映像に反映させるのかを考える。



STEP4 実制作

「具体化」で決めた要素を組み込みながら、実際に映像を作っていく。



仕上がりの良さからMV化

実は当初、MVではなくライブ演出用の映像としての依頼だった。しかし、ぬヴェントス氏は、育児休暇から本格復帰する1作目だったこともあり、当初からMV化を狙って気合を入れて制作に臨んだという。右の表は、実制作の流れをまとめたもの。「フック思案」とは、作品全体の中でも見せ場(フック)となる映像表現を考える工程のこと。『アンビバレント』では、Aメロ、サビ、間奏にフックが仕込まれた(後述)。



『アンビバレント』制作の流れ

1: フック思案

この映像のおもしろさ(&フックとなる演出)を考える。



2: コンテ

観る人の視線や意識を誘導するイメージで、全体をつないでいく。



3: 素材の作成

文字、キャラクター、プロップなど。



4: モーションデザイン / コンポジット

映像を作る。






あえて余白を残しつつ、確かな”フック”を仕込む」

ダークさとポップさという二面性を描く

歌詞を読んで「心中の歌だ」と率直に思いました。そして曲を聴いて、全体的にダークな雰囲気だけど、妙なポジティブさも込められていると思いました。まさに「アンビバレント(相反)」ですね。ダークさとポジティブさという二面性を映像で表現することに決めました。

 そこでまず「外せない要素」として、「1.神聖」「2.ややグロ」「3.二面性」という3つのキーワードを考えました。ですが、これら3つだけでは『アンビバレント』という楽曲特有の「不気味な軽快さ」を表現しきれないと思い、追加で「ポップなガワ」を考えました。つまり「2Dルック」を最後のフィルターとして通すということです。そして最後に、4つのキーワードを通じて楽曲をイメージしたときに視聴後感としては「ゾクゾク、ドキドキ」がしっくり来るなと思いました。視聴後感とは、読書における読後感に当たる造語です。見てはいけないものを見てしまった、ただし犯行の現場を目撃したとかではなく、何かの秘密を共有されたときに抱くドキドキする気持ち、思わず口角が上がってしまうような感覚をイメージしました。

4つのキーワードを具体的な映像として表現するために、ⅰ〜ⅶの要素を決めて(下図参照)、全カットに7要素のうち、2〜4種類を組み込んでいくという要領で実制作を進めていきます。



コンセプト思案  〜映像化のキーファクター〜

コンセプト思案とは、楽曲をビジュアライズするにあたって外せない要素を考える工程。アプローチとしては、最初にMVを観た人に「どのような“視聴後感”を抱かせたいのかを明確にした上で、逆算で考えていく。



コンセプト案・ベース

1: 神聖

ヰ世界情緒さんのアーティストイメージ。



2: ややグロ

楽曲の雰囲気や歌詞から感じる生々しさ。



3: 二面性

タイトル、安心感と攻撃性が共存する曲の雰囲気。





「神聖でややグロ」は、それだけで二面性ぽさはある。しかし、楽曲の“不気味な軽快さ”には合わない。また別のファクターが必要





コンセプト案・追加

4: ポップなガワ

神聖で生々しい、心中の歌を軽く見せるためのファクター。



ねらう「視聴後感」は……

「見てはいけないものを見ちゃった、ゾワゾワ感」

「無性に口角が上がる、ドキドキ感」



キーワードを具体化する

コンセプト思案から見出した4つのキーワードを具体的にどのように映像で表現するのか。ぬヴェントス氏は7種類のアプローチを考案。7つ目の「2Dルック」は、MV全編の横串とされた。



具体化

1: 神聖

2: ややグロ

3: 二面性

4: ポップなガワ






ⅰ.機能が曖昧なくらい、外観を抽象化

ⅱ.十字モチーフなど、グリッド に沿った規律あるシェイプ

ⅲ.血液 や 凶器 など、具体的なアイテム

ⅳ.生物的な キモい 動き

ⅴ.安定⇄躍動 の両立

ⅵ.安心感⇄攻撃性 の両立

ⅶ.全体に組み込めるフィルターとしての 2Dルック




全ての制作物に2〜4種類の要素を組み込む



『アンビバレント』映像演出のアプローチ

企画、コンセプト思案、その具体化という一連の思考プロセスを図示したもの。ぬヴェントス氏は、映像演出を考える上で言語化・具体化を常に大事にしている。








シーンメイキング:Aメロ
キモさを吹き出しの動きで演出

デザインとアニメーションに二面性を演出する

『アンビバレント』における“フック”となる映像表現について、具体的にどのように作成したのかです。ひとつ目はAメロの映像表現です。後ろ姿のヰ世界情緒さんが、曲のリズムに合わせて、踵(かかと)をトントンと動かす、可愛らしいアニメーションをする一方で、周りには、歌詞の吹き出しが生物のようなキモい動きをしながら浮かんでは消えていきます。情緒さんのリズムに合わせた規則的でポップな動き、それに対して不規則に気持ち悪く動く吹き出しという対比によって二面性を描こうと思いました。

どうして後ろ向きかというと、THINKRさんからご提供いただいた設定画を見て、背面の髪形と衣装のデザインが、規則的に動かしたときに可愛さを演出できると思ったからです。情緒さんのアニメーションは、回転やスケールなど基本的にプロパティだけで動きを付けました。一方の吹き出しについては、自分でマウスを不自然に動かしたものをモーショントラック機能で解析したものをベースにキーフレームで細かく調整しました。不自然な動きを付ける場合、ウィグラー(wiggle)を利用する人が多いと思いますが、この作品で目指したキモい動きはウィグラーでは不充分と思い、この手法を選びました。

作中に登場する文字は全てイチからデザインしました。まずは手書きでアイデアをふくらませて、デザインとしてのルールを決めます。それからIllustratorを使って、100以上の素材を作りました。文字のデザインは、先端を尖らせたりと、とげとげしい感じでまとめていますが、文字自体の動きには「クルンと回る」「ポヨンと跳ねる」といった可愛い動きを取り入れることで、二面性を演出しました。






公式イラストを加工する

MV用に加工したイラスト素材。THINKRから提供された公式アートをトレース(※元ファイルのリンクが切れているため、粗い表示になっている)。





アニメーションさせるためにパーツごとに分割する。髪の毛と髪飾りの動きにはパペットピンも利用しているが、基本的には回転やスケールなどで動きを付けている。




生物的な動きにモーショントラックを利用

本作でこだわった「キモい動き」。生物的なニュアンスを出すために、吹き出しのオブジェクトをアナログで動かし、それをモーショントラッキングで解析するという手法が用いられた。





フォントもイチからデザイン

コンセプト、演出、そしてデザインなど。ぬヴェントス氏の場合、アナログのノートに手書きして、アイデアをふくらませるのが基本である。



スケッチを基にIllustratorで文字素材を作成。



.aiデータをCinema 4Dに読み込む。文字が出現する際に3次元的に回転するといった動きもあるため、文字自体のアニメーションはC4Dが用いられた(後述)。