第1回 宮崎県小林市移住促進PRムービー“ンダモシタン小林”
低予算で絶大な効果をあげた地方発Web動画の舞台裏
Report●まるやまもえる
「遠くフランスから来た私にとって、この小林市は不思議なことだらけだ」
端正な顔立ちのフランス人男性が、市内を徘徊する。
淡いコントラストの美しい映像。抑制的なピアノ曲。
フランス映画調を狙っているのかな、と思わせるような品の良い動画作品だ。
宮崎県小林市。人口5万人弱。
九州でもっともローカルと言われる宮崎県だが、その中でもひときわローカル。
余談だが、ビデオSALON編集長の奥様が小林市の出身なのだそうだ。
「小林市……なにがありますかねえ~」
編集長も思わず首をひねるほど、地味な土地柄らしい。
その小林市が、市への移住促進策の一環として製作したのが「ンダモシタン小林」だった。(※ンダモシタンとは、“あらまぁ”“大変!”などの感嘆を表す方言)
全編に渡りフランス人男性のモノローグが聞こえてくるが、フランス語に聞こえていたセリフが実はこの地域の方言である「西諸弁」だった──というのがオチになっている。このオチの意外さもあって動画の視聴数は公開とともにSNSで爆発的な拡散をみせ、公開からわずか1ヶ月で視聴数は100万を軽く突破した。
そう、見事にバズッたわけだ。
うまいなあ!
だけどこれ、映像のセンスといい、物語のつくりといい、言い方が悪いけどローカルスタッフの仕事とは思えないけど……と思ったら、案の定、仕掛け人は電通のクリエイターだった。
Webで蘇った落ちこぼれ電通クリエイター
越智一仁さん(35)。電通・CDCのクリエーティブ・ディレクター/ コミュニケーション・プランナー。まごうことなき、本職のWeb広告仕掛け人だ。
越智さんはかつて、クリエイティブ局の落ちこぼれだったという。
「クリエイティブはコピーライティングとか、CMのストーリーを考えるのが一番の仕事です。でもぼくは、それがダメだったんです」
かつて地元の制作会社で、モーショングラフィックやCGまで手掛けてきたという越智さんだが、そういう映像制作と、企画を考えることはまったく違うのだと思い知らされたという。
そうした悶々とした日々を5年ほど過ごした頃、Webの仕事に出会った。
それまで広告界ではあまり光が当たらなかったWebに、ようやく注目が集まりはじめた頃のことだ。
「Webっていうと、カタログの細かいコピーを延々と書くような仕事かなと思って気が進まなかったんですよね。ところがやってみたら、チームは若いスタッフばかりだし人数も足りてないから、裁量がとにかく与えられるんです」
少人数でなにからなにまで、やる。
これまで演出からCG・映像編集などの実作業まで、イヤというほどやってきた越智さんにとって、Web広告はまさにうってつけの舞台だった。
やがて越智さんが関わった仕事が、次々に大きな反響を呼ぶことになる。中でも王子ネピアの「Tissue Animals」は第54回アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞の「クリスタル賞」を日本で初めて受賞。YouTubeの視聴数も200万回再生を超える大ヒットとなった。
「Webセクションに移ったのは、言ってみれば苦渋の選択だったわけですが、そのWebに救われました。Webって、見ている人からの反響もダイレクトに伝わってくるし、すごく自由に作ることもできる。すっかり魅力にハマってしまいました」
その越智さん。実は自身も小林市の出身である。
はじめに小林市に声をかけたのは、越智さんの方からだったそうだ。
低予算で地方創生に挑戦
小林市役所の柚木脇大輔さんに話を聞いた。
「以前、越智さんがアヌシー賞の受賞を市に報告してくださったことがあったんです。その際、自分を育ててくれた故郷への恩返しの意味で『たとえ田舎の出身でも、世の中にある幅広い仕事にどんどん挑戦していってほしい』ということを母校の後輩たちに伝える講演がしたいと相談されました。とても故郷への想いが強い方なんだなと、ありがたく感じました。そのことを、市を紹介する動画を作ろうという話しになったときに思い出しました。とても電通さんにお願いできるような予算はないけど、越智さんならなにかアドバイスをくださるのではと、相談の意味で連絡してみたんです」
小さな市の事業だ。
制作費に捻出できる額は限られている。
4本の動画制作で800万円──1本あたり200万円で制作しなければならない。Web動画の予算としては珍しい額でもないが、大手広告代理店に本気を出させるにはかなり無理がある。
しかし、越智さんは「全部やります」と答えてくれた。
ひとつは、彼自身が地元に貢献したいという思い。
もうひとつは、試してみたいという気持ちもあった。
「“地方創生”は、電通の中でも取り組みが進んでいるテーマです。そこに一石を投じたいという思いはありました」
と話す越智さん。
しかし予算を大幅に超えるようなこともしたくない。
撮影は1泊2日に抑える。
▲チョウザメの養殖場で演技指導。左から2人目が越智さん。
ロケハンをする余裕もないので、市と遠隔でやり取りをしながらロケ場所の選定を進めた。
アイディアも、市職員に協力してもらった。
「東京に住んでいた頃、西諸弁で電話をしていたのを聞いた知人から“フランス語にしか聞こえない”と言われたことがある」
このネタも、職員の体験談から採用したものだった。
▲“トラクター渋滞“の再現では、市職員が交通整理を買って出た。
Web動画は“コミュニケーション”がなにより大事
一昨年あたりから、ぼく(筆者)のところにも「Web動画」の依頼がたくさん来るようになった。
それ以前にも、イベントなど他の目的で制作したものを「Webにも」アップするというものはあったが、最近はまず「Webに」アップして、せっかくだからDVDにしたり店頭モニターでも上映しよう……という、完全にWeb公開がメインという流れに変わっている。
ヒット作や話題作もたくさん出てくるようになった。
こうなると、企業も自治体も「だったらウチも」となるのは当然の成り行きだ。
しかし。
Web動画は、まだまだ若いメディアだ。
大成功もある反面、失敗作はその何百倍、何千倍もある。
Web動画で成功するにはどうすればいいのか。
バズるために、なにをすればいいのか。
今のところ、ほとんどの人が手探り状態といっていい。
ぼくのところにくる企画でも、「有名ブロガーを起用」「ドローンを使った撮影」など、クライアント側も視聴数を伸ばすための“仕掛け”を提案してくる。が、過去の成功例をなぞったところで、また成功する保証はない。
日々、新しいアイディアが現れては消えていく。移り変わりの激しいWebの世界で、昨日と同じことをしても、勝ち残ることは難しいだろう。
多額の予算をかけたのに1000viewすら到達しない動画は、かなりの数あるはずだ。
「重要なのは、視聴者がどんな気持ちでコンテンツを見るのかを考えることです」
と越智さんはいう。
「“ンダモシタン小林”では、YouTubeの字幕をオンにすると、フランス語に聞こえていた言葉がたしかに西諸弁だったというのを確認できる仕掛けを用意しています。
これがあることで、モヤモヤしていた疑問が、笑いに変わる。あ、本当にこれ西諸弁だったんだ! と改めて納得できる。
この納得と笑いがあるから、友人にも“これ、最後まで観ると面白いよ”と伝えたくなるんです。
制作チームでは、こういう仕掛けではなく動画コンテンツとしてのクオリティを追及したいという意見も当然あったんですが、ぼくはむしろそういったクリエイティブの質よりコミュニケーションを誘発する仕組みの質を高めるほうに関心がありました」
結局、両者の意見をどちらも反映させた作品に仕上がった。
視聴者からの反応は「面白い」「よく出来ている」のどちらもあった。
「“面白い”と答えてくれた人は、きっと最後のオチまでしっかり見て、もう一度字幕付きでみてくれた人だと思うんです。そして、きっと知り合いにも教えてあげたんじゃないでしょうか」
そこからコミュニケーションが生まれ、SNSを伝って次々に“面白い”が拡散していく。
まさに、越智さんが狙ったとおりの展開だ。
コミュニケーションは、わかりやすい内容でないと共有しづらい。
単純で、強烈。
コミカルであれ、真面目であれ、テーマを極限までシンプルに研ぎ澄ますことが、Web動画からムーブメントを起こすことにつながる。
媒体露出効果数億円
しかし今後どう差別化するかが課題。
「ンダモシタン小林」の成功は、発信元である地元にも大きな変化を与えているようだ。
「完成後、挨拶のために小林市に帰省したら、かつての同級生たちやバーのマスターとかにとても感謝されました。“おかげで西諸弁で話すことが恥ずかしくなくなった”といってくれた人もいました」
この動画の成功は様々なメディアに取り上げられ、キー局でも何度か紹介された。
あくまでも試算だが、媒体露出効果は数億円に及ぶという報告もあるという。
この数字上だけで考えれば、ひとつの動画が小林市にもたらした効果は驚異的と言うしかない。費用対効果は熊本県のくまモンにも負けていない。
しかし先にも書いたように、柳の下を狙う企業や自治体は、今後増える一方だろう。
「バイラル動画が増えたとき、それらとどう差別化していくのかが課題です」
小林市の動画は、この1年で残りの3本の新作動画を出す予定だ。
市と越智さんが、次はどんな手でくるのか。注目したい。
「ンダモシタン小林」 関連データ
■制作スタッフ
クリエーティブディレクター :越智 一仁(電通)
プランナー :村田 俊平(電通九州)
プロデューサー :川崎 泰広(ロボット)
ディレクター :高根 澤史生(ロボット)
カメラマン :谷 詩文(I-7)
カメラマン・アシスタント :磯部 義也(I-7)
カラリスト :奥津 春香(I-7)
スチールカメラマン :鶴田 健介(小林市役所)
プロダクション・マネージャー :笹谷 貴久(ロボット)
オフラインエディター :西島 朋宏(キャプラ)
コンポジット :横山 辰郎(McRAY)
MA :村田 祐一(McRAY)
録音 :河野 崇徳(AVC)
作曲・編曲 :清野 雄翔(フリーランス)
音楽プロデューサー :樋口 聖典(オフィス樋口)
ナレーター/仏語スーパーバイザー:ミゲル・クインタナ
西諸弁スーパーバイザー :安楽 究/柚木脇 大輔/
鶴田 健介(小林市役所)/本野 聡人
コーディネーター :柚木脇 大輔/池田 美由紀/
森本 潤葵(小林市役所)
スタイリスト :joe(フリーランス)
ヘアメイク :大津 篤子(フリーランス)
キャスティング :堤 憲一(Kettle inc.)
メインキャスト :セバスチャン・L(Free Wave)
現地キャスティング :柚木脇 大輔(小林市役所)
現地キャスト :山之口 智也/吉丸 ツタノ
現地演技指導 :吉丸 尚住
車両出演協力 :深田 利広/横山 責也/
白坂 公伸/西 直人(小林市役所)
田地 祐造(小林市地域おこし協力隊)
クライアントスーパーバイザー :山下 雄三(小林市役所)
アカウント・エグゼクティブ :岩佐 圭剛(電通九州)
■おもなロケ地
・大塚原公園
・南地区体育館とその付近
・すき河川プール
・生駒高原(星空)
・北きりしまコスモドーム(プラネタリウム)
・市営チョウザメ養殖場
・牧場の桜並木周辺
・陰陽石
・小千谷(※湧水池です)
・和食亭海せん(※お寿司屋さんです)
■動画に関する問い合わせ
小林市役所 企画政策課
担当 : 柚木脇(ゆきわき)・鶴田
電話番号: 0984-23-0456
FAX : 0984-25-1037
一眼ムービーが登場して7年。
その間、Web動画の活用も加速し、動画の世界はめまぐるしく進化した。
ぼく自身、それまではひとりの映像ディレクターに過ぎなかったのが、撮影もするようになったし、こうして評論めいたことまでするようになった。
機材の変化もすごい。
はじめは大判センサーで動画が撮れることだけで感動していたのに、今では4Kも、ハイスピード撮影も、月明かりでの撮影までできるようになった。
スライダー、スタビライザー、ドローンなど、周辺機材の充実ぶりもすごい。
ビデオSALONは映像機器を扱う雑誌なので、話題がハード寄りになるのは当然のことだ。しかし機材が激しく進化したことによって、ソフトもまた大きく変わっていることは無視できない。
これまでの7年、どんな動画作品が生まれてきたのか。
これから、どういう作品が生まれてくるのか。
動画の「進化」について考えたいという意味をこめて、タイトルを「動画・エボリューション!」とした。
紙媒体であるビデオSALONとしては異例の形態となるが、Web公開をメインにした記事ということで、この新しい連載に取り組んでいきたい。
まるやまもえる
映像作家。映像作家・演出家・ライター。
2009年から一眼カメラを使ったショートムービーを多数発表。長年、企業ビデオを作ってきた経験を活かし、現在は自治体、企業、番組など幅広い分野で企画・撮影・演出・編集までを一貫して行っている。
Webサイト
http://moerumaruyama.wix.com/moeru