サン・セバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を史上最年少受賞した奥山大史監督。『ぼくのお日さま』はそんな奥山監督が脚本・撮影・編集も務めた待望の商業デビュー作だ。同作は第77回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に出品され、公開を待ちわびる映画ファンも多い。奥山監督が何を考え映画制作に取り組んでいたのか、当時を振り返ってもらった。

取材・文●編集部 伊藤

『ぼくのお日さま』 9/13全国公開

9月6日(金)〜9月8日(日)テアトル新宿・TOHO シネマズシャンテにて3日間限定先行公開
9月13日(金)より全国公開

タクヤを越山敬達(左上)、さくらを中西希亜良(右下)、荒川を池松壮亮(右上)がそれぞれ演じている

第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門 に出品された、フィギュアスケートを題材にした作品。アイスホッケーが苦手な少年、選手の夢を諦めたコーチ、コーチに憧れる少女の、雪が降りはじめてから溶けるまでの小さな恋の物語を描く。出演は越山敬達、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也ら。主題歌はハンバート ハンバート。

監督・撮影・脚本・編集 奥山大史 Hiroshi Okuyama

映画監督。1996年東京生まれ。

長編初監督作『僕はイエス様が嫌い』で第66回サン・セバスチャン国際映画祭最優秀新人監督賞を史上最年少で受賞。米津玄師『カナリヤ』や星野 源『創造』のMV では撮影監督として参加、米津玄師『地球儀』のMVでは監督・撮影・編集を手がけた。是枝裕和総合演出のNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』で5、6、7話の監督・脚本・編集(5話は是枝監督との共同監督)を務めている。

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映画に必要なピースが少しずつそろい形になっていった企画

――まずは、この作品を作るまでの経緯を教えてください。

『僕はイエス様が嫌い』という最初の映画を撮り終えて、自分の実体験をもとにまた映画を作りたいと考えるようになりました(編集部注:『僕はイエス様が嫌い』はキリスト教系の小学校に通っていた奥山監督自身の体験も重ねられている)。

僕は昔フィギュアスケートを習っていたので、それを題材にできたらいいだろうなと思っていましたが、自分の思い出を映像にするだけでは映画としては成立しません。そんななか、ハンバート ハンバートさんの「ぼくのお日さま」という曲に出会い、曲中の「ぼく」を主人公にしたらどうだろうかとアイデアがふくらんでいきました。

それでも1本の映画になるには何か足りないと感じていたときに、池松壮亮さんと出会い、池松さんが作品に出てくれたら自分の撮りたい映画になると確信し、プロットを書き始めました。

池松壮亮さんは同作で、フィギュアスケート選手になる夢を諦めたコーチ役を務めている

脚本の余白を埋めることにつながった登場人物たちの「自己紹介文」

――監督だけでなく、脚本・撮影・編集もご自身で担当されていますが、他のスタッフの方とはどのように意思疎通を図ってきたのでしょうか?

まずビデオコンテを作りました。僕は絵コンテを描かない代わりに、世界観を共有するための映像を準備しています。今回は最初に実景から撮り始めたのですが、ロケハンの映像を最終的に近づけたいルックなるようにグレーディングしてスタッフのみなさんに共有しました。そうすることで、各スタッフが何か迷ったとき事前に共有したイメージに沿って判断してくれるので、少しずつ映像の世界観を統一することができると思っています。

また、今回は脚本をあまり書き込まずに、現場で余白を埋めていきたいことを事前にスタッフたちに伝えていました。そのなかで、現場に取り入れたのがメインの登場人物がカメラに向かって自己紹介している設定の「自己紹介文」です。内容そのものもそうですが、言葉遣いや雰囲気でキャラクター像が見えてくるのでそれを意識して書きました。

自己紹介文は主に役者さんに向けて用意しましたが、セットに入ってみると美術の方が内容を考慮してものを置いてくれたり、衣装も好きな色を反映した色使いで揃えてくれました。自分の思う通りになるのはもちろん嬉しいですが、予想していた以上のことをスタッフの方にしてもらえたときが一番ドキドキしましたし、やりがいを感じました。

――それが具体的に活かされたシーンはありますか?

リンクサイドでカップラーメンを3人ですするのは、脚本にまったくないシーンでしたが、池松さんからやってみませんかと直前に提案していただきました。この作品ではそういう方法で撮るよとスタッフとも共有できているので、シーンが増えてもやりくりする方法を一緒に考えてくれて「そんな追加のシーンの衣装は用意していないです」と怒り出す方もいないという。そういう体制で撮影を進められたのは、資料を使って事前に意識を共有しておいたことの利点だと思います。

 

メインキャストの3人が醸し出す空気感はどのようにして生まれたのか

――演出面ではどのように撮影を進められたのですか?

メインキャストのタクヤとさくら役のふたりには台本を渡さずに撮影を進めました。理想論で言うと、その現場で起きることを本当に体験してもらうぐらいの気持ちでやっていけたらいいなと思いながら撮っていました。

――一方、周りを固めるキャストは経験豊富な俳優の方々が揃っていましたね。

上記のような手法で撮る場合、脚本に書かれてないことを子供が突然する可能性も充分にあり、設定された状況のなかで一緒になって台本に書かれてないものを自由に演じてもらう必要があるので、相手をする人たちが非常に重要です。

――池松さんは本当のコーチのようだったので、スケートの経験がなかったと知って驚きました。

池松さんには半年間練習をしてもらいました。せっかくならばと、僕がスケートを習っていたコーチや、当時一緒に滑っていた友達に指導してもらったんです。指示を繰り返す様子や言葉でなくしぐさで表す様子など、細かい所作が自分の記憶の中にいるコーチを彷彿とさせてさすがだなと思いました。

一般的にスケートのコーチというのは、どこかで選手でいることを諦めてコーチに転身して…とキャリアを積んでいく方が多く、彼らから自分の人生のピークを一度迎えた後の独特な哀愁を感じることがあるんです。それが僕には全然マイナスには見えなくて、むしろ人間としての深みや色っぽさとして映る瞬間があって。池松さんにはその空気感があるなと思うんです。池松さんは半年の特訓期間を経て、スケートの練習だけでなく、役作りの機会としても活かしてくれたんじゃないかなと感じました。

タクヤとさくら役のふたりには台本を渡さずに撮影を進めたそうだ

 

幻想的な美しさのなかで描かれる「meet cute」の瞬間

――タクヤがさくらを見て、自分もスケートを始めたいと思うようになるシーンが印象的でしたが、どのように作り上げていったのでしょうか?

そこは映画の中でも物語の起点になるシーンだったので丁寧に描こうと思いました。男の子が女の子に一目惚れする場面はあらゆる映画でやり尽くされていることですが、どうやったら王道でありつつも、ちょっと違うものにも見えるシーンになるか意識しました。調べてみると、海外では「meet cute」と呼ばれるひとつの手法になっているらしいんです。そのパターンや表現方法を見られる限り見て、自分がやりたいものを考えたときに、思いいたったのが照明にカラーフィルターを入れる演出やスローモーションでした。

さらにそれを経験豊富な助監督に相談したところ、「エキストラをなしにしちゃえばいいんじゃないですか。そうしたらシーンの差が出ますよ」とアドバイスをくれて。エキストラをなくすことで、たしかに主人公の男の子がいかにその女の子しか目に入らなくなっているかが表現できましたし、撮影時間にもゆとりが生まれ、納得のいく画が撮れるまでこだわることもできました。

 

画面のはしばしから伝わってくる奥山監督のルックへのこだわり

――今回の作品ではどのような過程でルック作りを進めていきましたか?

事前にLUT作りをしておきたかったので、技術部で1回スケートリンクに行って、撮影方法を含めてテストしました。そこで撮ったデータをもとにLUTを作っていきました。しかし、LUTはあくまである色をこの色に寄せるという数字の集まりでしかないので、質感は現場のモニターに反映されず、無理を言ってDITに入ってもらうことにしました。撮影が終わり次第、その日のうちに質感を足してもらったデータをバックアップすることで、デイリーは必ずフィルムルックの質感になったものを見せてもらいながら撮影を進めていくことができたのは大きかったです。

――撮影にはどのような機材を使用しましたか?

フィルムっぽくしようとすると、ある程度のラティチュードが必要になるので、それが可能なカメラを考えたときにARRIを使えたらなと。実は、釜山国際映画祭の企画マーケットでARRI賞というものをいただいたので、ARRIのカメラとレンズを提供してもらえたんです。それによって自分が求めるルックに寄せられました。メインカメラはARRIのALEXA Mini、BカメはAMIRAです。AMIRAはハイスピード撮影ができたので場面に応じて使いました。

レンズはZEISS Ultra Primeと、実景撮影にキヤノンのCN-E30-300mm T2.95-3.7 L SPも使いました。それと、リンクは引き尻がなかったので、全体を映すためにTokina Cinema 11-20mm T2.9の超広角ズームレンズも使いました。製氷車を追いかけっこするシーンは誰もいないところにふたりだけがいる世界を見せたかったので11mmで撮っています。

今作では、メインカメラにARRIのALEXA Mini、BカメにAMIRAを使用し、自身の求めるルックを追及した

――構図へのこだわりは作品からも強く伝わってきました。

フィルムカメラが好きで、フィルム写真を撮る感覚で映像を撮れたらいいなと思っています。

自分の場合、特にフィックスで撮るときにひとつの光景に対して理想の角度やサイズ感が明確にあるので、それを見つけるまで現場で延々とアングルファインダーのアプリを使って探り続けていました。その間に照明を組んでもらい、立ち位置を決めて、お芝居を始めてもらうんです。メインのふたりに脚本を渡していないということもあり、段取りを何度か繰り返してもらっているうちに、もう1回サイズを探ってアングルを決めたら写真を撮影し、撮影情報をもとにカメラをセッティングしてもらうという流れでした。

今回Bカメで入ってくださった堀越優美さんがとても経験豊富な方だったので、僕が決めたアングルをスムーズに再現してくださり非常に助かりました。

――スケートシーンはリンクに入って滑りながら撮影されていますよね。

よくブレずに撮れましたねと言われますが、後処理を加えています。フィックスの画もお芝居の位置によって編集で調整したくなるので、あとから構図を調整できるようにセーフティを90%くらいとっています。スケートはなめらかに動く競技なだけにブレが目立つんです。それとリンクの外に三脚を置いたりレールを敷いたりして撮った映像だと競技映像のように見えてしまうという問題もありました。

リンクの中で並走して滑るスケート映像は新鮮に見えるので挑戦してみてよかったです。

撮影中の様子。さまざまな撮影方法を試したのち、奥山監督自身がリンクを滑りながらの撮影がベストだと判断。EasyrigにRONINを装着し、カメラの自由な操作を担保した

『ぼくのお日さま』

あらすじ

吃音のある少年タクヤは、フィギュアスケートを習う少女さくらと、コーチの荒川にスケートリンクで出会う。さくらの氷上の姿に見惚れていたタクヤに、荒川はスケートを教える。ある日、荒川はタクヤとさくらにペアでアイスダンスを始めないかと提案し、3人の交流が始まる。

DATA

監督・撮影・脚本・編集:奥山大史
出演:越山敬達、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也、山田真歩、潤浩ほか
主題歌:ハンバート ハンバート 
本編:90分 配給:東京テアトル

公式HP
https://bokunoohisama.com/

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