『放送用機器レベルのデジタル無線マイクの登場』 様々な組み合わせの中でショットガンマイクも使えるENG セット・ゼンハイザーEW-DP ENG SET (T12)をレビュー。まるでアナログ無線マイクのような音質でありながらデジタル無線マイクの機能を搭載している、ある意味で理想的なマイクセットがゼンハイザーから登場した。映画の現場に投入してみたので、早速レビューしてみよう。

桜風 涼(はるかぜすずし)
1965年生 慶応義塾大学卒 日本アカデミー賞協会会員 日本シナリオ作家協会会員 日本児童文芸家協会会員 映像・録音MAの会社・株式会社ナベックスを経営。録音技師。童話アニメーションでソネット・クリエーターガレージの最優秀賞。 劇場映画「ベースボールキッズ」で2003年文部科学省選定作品。テレビ番組、Vシネなどで活躍中。
まずは製品概要
Evolution Wireless Digital (以下、EW-D) は、ゼンハイザーが提供するデジタルワイヤレスマイクロフォンシステムだ。今回紹介するパッケージは、特にENG(Electronic News Gathering)用途に最適化されているXLR 送信機付属のパッケージを解説しよう。これは乾電池で動作するいわゆる『無線マイク』なのだが、今回のパッケージは、受信機の他、通常の送信機(ボディーパック)とラベリアマイク、さらにショットガンを直挿しすることができるXLR 接続の送信機(ファンタム電源対応)のセットだ。デジタル無線マイクではあるが、音の伝送には800MHz帯(B帯)を使用しており、電波の到達・安定性において有利であり、伝送方式はデジタルということで混信することはない。

主な特徴
・音響性能: 最大134dB のダイナミックレンジで 48KHz / 24bit、20Hz〜20KHz
・低遅延: 1.9ミリ秒
・周波数帯域: 800MHz 帯 & Bluetooth 制御
・バッテリー駆動: 約12時間の連続使用(専用充電池の場合) ・ 単三アルカリ約8 時間
EW-DP ENG SET (T12)のセット内容

左からEW-D EM ポータブル受信機、EW-D SK ボディパック送信機、EW-D SKM-S デジタルハンドヘルド送信機、ME-2 ラベリアマイクロフォン
主なスペック | |
周波数帯域 | 800MHz帯 |
レイテンシー | 0.9ms |
変調方式 | デジタル変調 |
周波数応答 | 20 Hz – 20 kHz |
動作時間 | 約12時間 |
到達距離 | 最大100m(見通し環境) |
これらの技術情報を見てお分かりのように、他社の安いデジタル無線マイクでは、遅延が8ms 〜 30ms ほどと、編集時に補正しなければリップシンクができないものも多い。対してこのEW-D シリーズは、1.9ms とほぼ人間には感知できないほどの低遅延になっているのがすごい。実際に使ってみた感じでも、アナログ無線マイクやケーブル接続のコンデンサーマイクと同時に使っても、普通の人には遅延を感じることができないだろう。
この遅延を距離に換算すると約65cmとなる(音速を約340msとして計算)。つまり、マイクから65cm離れた位置で収録した音と、無線で伝送された音の差は同じ1.9msで、これは人間の知覚限界(約20ms)をはるかに下回る値で、実用上の問題は全くないと言える。ただし、遅延のないマイクと同時に使うと、5msを超えてくるとエコーに聞こえてくる(筆者の体感による)。
電波による音質劣化は皆無
このマイクセットの分解能は24bit/48kHzで、プロフェッショナルな音声収録に求められる高品質な音声をキャプチャできる。これにより、非常に繊細な音の変化や、広いダイナミックレンジを必要とする場面でも、音の詳細を損なうことなく収録が可能だ。
実際に使ってみた感じでも、特にXLR送信機(EW-D SKM-Sデジタルハンドヘルド送信機)にゼンハイザーMKH416などを繋いで映画で使ったところ、音質的な変化はまったく感じず、満足できる結果だった。いや、安いレコーダーやミラーレスカメラの音質を大きく上回ると評価したい。言い換えると、同社のプロ用MKH416以上の圧倒的なダイナミックレンジとS/N比を持っているので、マイクの性能を余すことなく電波に乗せて伝達してくれる。 筆者の場合、416よりもレンジが広いRycoteのHC-22(高出力・ワイドレンジのショットガンマイク)を使っているが、もちろん、このマイクの性能を毀損することなく伝えてくれた。

一方、いわゆるラベリアマイク(ピンマイク:ME-2)とボディーパック(EW-D SK)だが、こちらも非常に高音質であり、プロの現場の要望に応えられる性能になっている。ME 2-II はマイクカプセル(マイク先端の集音部分)が他社のマイクに比べると大きく、映画など衣服に忍ばせるには不利だが、集音部が大きい分だけ豊かな音質になる。この辺りは好き好きなので、他のラベリアマイクを使うのもいいかもしれない。なお、送信機のマイク端子は、汎用のプラグインパワーに準拠している。ただし、プラグインパワーは曖昧な仕様のため、マイクとの相性問題があるので、使ってみないと音質は分からないということは頭に入れておいてほしい。
デジタル式ゆえの多機能さが現場を楽にしてくれる
さて、音質で言えばアナログ式のほうが上というのがこれまでの常識になっていた。特に遅延問題は大きく、また、使える周波数帯の問題もあり(デジタル無線機の使える周波数帯の割り当てが法規で決まっている)、プロの間でもデジタル式への躊躇があることも事実だ。一方で、ここ1年ほどで急速に進化しており、いわゆる2GHzを超えるマイクロ波でも電波が途切れることなく、しかも長距離でも使えるようになった。ちなみにアナログ無線マイクについて歴史的に言えば、400MHz帯から始まり、800MHz帯が現在の主流である。大雑把であるが周波数は低いほど遠くへ飛ばすことが可能で、障害物の影響も受けにくくなる。GHz(ギガヘルツ)帯はマイクロ波と呼ばれ、光の性質に近づき、アンテナとアンテナの間に障害物があると途切れてしまう性質を持っている。それゆえ、プロの現場では800MHz帯が好まれるわけだ。
一方、プロが使うUWP シリーズ(800MHz帯)などのアナログ無線マイクの欠点としては、送信機の状態が離れた位置にいる録音技師に分からないということ、具体的には、電池残量の確認や、無線マイクのゲインやモードの切り替えなどが離れた位置からできない。これは映画やテレビでは常に問題になる。特に電池残量は録音技師の頭痛の種であった。
それが安いデジタル無線マイクでは解消され、テレビもDJI Mic2 などが使われるようになった。これは上記の問題点がデジタル式では受信機を見たり操作したりするだけでいい。特にバッテリー残量に関しては、電圧低下による音質低下(アナログ式では音質劣化が起きる)や音が切れるという突発事故への対応、さらには、早めにバッテリー交換した時の廃電池の増加など、とにかく問題だらけだったのだ。
そういう状況において、アナログ無線マイクと同等以上の音質性を持ち、さらにデジタル無線マイクの多機能さを併せ持った製品をプロは欲していた。

そこに登場したのがEW-D ということになる。デジタル式と800MHz帯の良さを兼ね備えており、実際に使ってみたが、非常にシンプルな操作で扱える。UWP シリーズを使ったことがある方はお分かりだと思うが、いろいろとメニューがずらりと並び、バージョンごとに使い方が異なるなど、録音技師泣かせでもあった。その点、EW-D は非常に簡単で、マニュアルなど必要としない。例えば空き周波数をスキャンするのも『SET ボタン(メニュー呼び出し)』を押し、下矢印で『Auto scan』を選びSET ボタンを押すだけ。送信機にそれをセットするのは、それぞれの『SYNC ボタン』を押すだけだ。
以下に受信機からできることをまとめておく。
受信機からできること
・ 送受信機のバッテリー残量表示
・ マイクゲイン調整
・ ミュートコントロール
・ 受信機の出力調整

なお、スマホアプリで受信機やXLR送信機の状態を把握することも可能だが、ファームウェアのアップデートくらいにしか使わないかもしれない。
実際の使い勝手はどうか?
音質に関しては前述の通りだ。ラベリアマイクと送信機の組み合わせに関しては、UWPと同等で若干だが硬い音に感じた。ゲインを最適にすることでノイズは低くなり、良好な音質になった。
特筆しておかなければならないのは、受信機の形状だろう。外観は真四角でシンプルだ。一方で、カメラなどへの取り付け方法がユニークである。専用のマウントが用意されており、これをカメラのリグなどに取り付ける。受信機はこのマウントとマグネットで取り外しできる。さらに、受信機には、上面と底面の両方にマグネットがあり、受信機を複数台、積み上げて設置することが可能だ。つまり、亀の子状態でマウントできる。非常に強力なマグネットなので脱落の危険性はほぼないだろう。映画の現場では4~8 台ほどの受信機を使うが、常に設置場所や設置方法で困るのだ。それが、このシステムだと三脚ネジでマグネットマウントどこかで固定してしまえば、あとは積み重ねるだけなので、非常にシンプルかつ確実、さらに、操作パネルもすべて同じ向きに揃うし一列に並ぶので視認性が高い。もちろん、ベルトなどに固定したい場合にはバックルも用意されている。また、カメラのシューに取り付けるアダプターも付属している。これらのバックルやシューアダプターは、前述のマグネットマウントに取り付けて使う。それゆえ、送信機はいつでも簡単に取り外せて、電池交換なども楽だ。

一方、これまでの音声用カバンのように、バックルを使って受信機を横に並べるのは難しい。というのは音声端子が受信機本体の左側に出ており、受信機を横に並べるには、隙間をかなり離さなければならない。さらに、カバンのポケットに入れるとしても、アンテナが本体後ろに出ており、真っ直ぐに伸ばしたままだとポケットの深さが足りなくなるかもしれない。アンテナは折り曲げられるが(UWP シリーズと同じ)、曲げた状態ではポケットに入らないだろう。 つまり、複数台を使う場合には、マグネットマウントを使って受信を積み上げるのが良いだろう。
最後に、バッテリー交換だが本体右横にバッテリー収納部があり、乾電池2本か専用充電池が使える。さらに、USB-C 端子があり、モバイルバッテリーなどからも給電でき、かつ、内蔵した専用充電池の充電もできる。ただし、USB-C 端子はオーディオインターフェースにはなっていないようだ。
ラベリアマイク送信機は軽量コンパクト

ラベリアマイクと送信機(ボディーパック)のセットだが、送信機は非常にシンプルで小さく軽量だ。電源ボタンはバッテリーの蓋の中にあり、誤操作することがないだろう。表には『SYNC ボタン』と『MUTE スイッチ』しかない。LEDがふたつあり、電源と送受信器がリンクしているかどうかの状態を示すものがひとつ、もうひとつはSYNC モードを示すLEDだけだ。いずれにせよ、通常は電源ボタンを押すだけでいい。
XLR送信機は録音機能搭載

XLR 送信機(EW-DP SKP)には録音機能が搭載されており、音声をバックアップとして記録することができる。これにより、万が一の電波障害や受信機のトラブル時にもデータを確実に記録できます。
録音はWAV フォーマットで48KHz/24bit で行われ、録音ボタンを長押しすることで録音が開始終了する。実際に録音される音圧はマイク出力そのままで、WAV ファイルを見るとかなり録音レベルが低いが、24bit なのでレベルを大きく上げても大丈夫だ。マイクアンプの性能が高く、ノイズまみれになることはなかった。さらに、この送信機は3.5mm マイク入力端子を備えており、ラベリアマイクなども接続可能である。

前述したが、このXLR 送信機は非常に音質が良く、遅延も1.9msとほぼないに等しい。実際に映画で使ったのだが、非常に良かったとレポートしておく。
ENGセットは送信機2種類と受信機1台
さて、今回レビューしたパッケージは、XLR 送信機、アベリアマイク用送信機、受信機のセットだが、2つの送信機を同時に使うことはできない。受信機は1chだけしか受けられないのだ。これは非常に残念で、昨今は1台の受信機で2台の送信機を受けられるものが増えているので、そのような仕様にしてもらいたかった。

一方、2台の送信機の切り替えだが、これはシンプルで、送信機と受信機のそれぞれの『SYNC ボタン』を押せば受信機に設定されている周波数チャンネルに自動的に合わせてくれる。もちろん、ふたつの送信機が同じ周波数であれば、電源を入れてある方が繋がるので、そういう意味でも、操作は簡単だ。
ただ、電波帯が、劇場などで使われるワイヤレスマイクと同じであるため、使っていないチャンネルを見つけて使うことが必須になる。その場合、前述したが『Auto scan』を実行するだけでいい。ただ、プロ用ということなのでA帯というプロ専用の固有の割り当てチャンネルにも対応してくれると良かったと思う。
いずれにせよ、高音質であるから、映画などのクオリティー重視の現場にはお勧めできる製品だと言える。価格は、税込で17 万円弱。受信機、送信機とも単体でも購入可能だ。送受信機とも5万6千円程度である。必要に応じて台数を増やすのもいいかもしれない。高感度な外付けアンテナを使える上位受信機EW-D EM(ラック式)への拡張など、シリーズとして製品群が用意されているのも魅力だ。
●EW-DP ENG SET(T12)の製品情報