REPORT◉森下千津子

撮影コンテンツ:広瀬香美Winter Tour2020“SING”
テクニカルディレクター:泉悠斗(神成株式会社)
スイッチャー:大井一弘
カメラ:渡邊聡(Multicamlaboratory)/本間一成(株式会社富士空撮サービス)/新居晃
音声:宇田川裕希(株式会社大城音響事務所)
技術統括:金森郁東(株式会社ユーブイエヌ)
チーム統括:森下千津子(株式会社プロ機材ドットコム)
Muse Endeavor,Inc. PR:高橋浄久
協力:JVCケンウッド/ブラックマジックデザイン/Muse Endeavor,Inc./Fieldcaster Japan/DVC

 

 

2020年1月10日に行われた、広瀬香美 Winter Tour2020“SING”の初日公演(Zepp Tokyo)と、2月24日のファイナル公演(Zepp Diver City)にてライブ配信を行なった。広瀬さんは2019年の12月よりYouTubeを始めており、これまでに自身のコンサートのライブ配信を行なったことはなかったが、初めて生配信を試みることとなった。

初日公演の配信はとりあえずテストのつもりで、あまり大袈裟な機材の装備はせずに、シンプルに行なった。カメラ4台によるマルチカム配信ではあるが、カメラマンが操作するのは2台のみで他の2台は固定。スイッチャーはJVC CONNECTED CAM STUDIO KM-IP6000を使用し、Liveshell.Xを2台使ってYouTube、Facebook、Periscopeの3つのチャンネルでのサイマル配信を行なった。公開はライブ配信時のみとし、コンサート終了後はアーカイブは非公開に、2曲の映像のみ切り取って公開している。

▲初日公演のスイッチャーはJVC CONNECTED CAM STUDIO KM-IP6000。JVCのカメラとの相性は良いが、1台だけ一眼カメラが混じったことで画質や色合わせに苦労した。

一方ファイナル公演では、配信と同時に収録した映像を販売したいという要望が出たため、販売できるレベルの映像にすることと、コンサートの終了とともに複製した記録メディアを100枚程度用意する方法について考えることとなった。

初日公演ではカメラは2台固定、カメラマンがついた2台も三脚に固定でズームとパンチルトしかできなかったが、音楽ライブでは動きのあるカメラワークのほうがより魅力的な映像となる。そこでカメラマンを1名増やし、前方上手、前方下手、後方中央の3台のカメラをカメラマンが操作し、引きアングルのカメラ1台のみ固定で2階席最前列中央に無人で配置した。可能であれば舞台上へのカメラ配置やクレーンを入れることができればより臨場感のある画作りができたが、舞台演出や観客の邪魔にならない範囲で撮影する配慮も必要であり、舞台下前方上手カメラのみ、簡易的なスライダードリーを入れた。

▲初日公演の撮影は、前方上手、下手にそれぞれJVCのGY-HM250を配置。後方は1台がJVCのPTZカメラKY-PZ100、もう1台はパナソニックのミラーレス一眼LUMIX S1Hの特別仕様機(カメラマンの渡邊氏のもの)。

▲ファイナル公演で、スライダードリーに載せたメインカメラはソニーPXW-Z280を使用。数々のミュージシャンのライブ撮影を手掛ける新居晃氏が担当。

 

 

 

【スイッチャー】

ファイナル公演のスイッチャーはブラックマジックデザインATEM Constellation 8Kをメインに、サブとして ATEM Television Studio Pro HD。今回は配信だけでなく、収録も同時に行なったため、ATEM Constellation 8Kでメインの映像を作り、ATEM Television Studio Pro HDでは配信用の蓋絵入れ等作業を行いこちらから配信エンコーダーへ配信用映像を送出した。2台のスイッチャーを用意したのは、こうした作業を楽にする意味もあるが、今回は販売用の映像収録もあったため、1台のスイッチャーに万一のトラブルがあっても滞りなく配信や収録ができるようバックアップの意味合いもある。

▲ファイナル公演のスイッチャーはスタッフとして入っていただいたメンバーの会社所有のものをお借りした。ATEM Constellation 8Kは神成株式会社さん、ATEM Television Studio Pro HDは株式会社ユーブイエヌさん所有のもの。

▲左からスイッチャー、スイッチャーコントロールPC(ATEM Constellation 8K、ATEM Television Studio Pro HD)、配信管理PC、YouTube管理PC、デュプリケーター、音声ミキサーと並んでいる。

 

 

【音声】

音声処理の部分は初回もファイナルも同じ方法で行なっている。PAからラインケーブルでもらった音に、会場に立てたマイクで集音した音をミックスした。音楽ライブの場合、PAからの音というのは会場にいる人が聞いているステージ上の音に対して補完するように作られているため、PAからの音をそのまま配信に載せるととてもバランスが悪い。また、会場の音も入れることによって、ファンの歓声等ライブの空気感をそのまま伝えることができる。

 

【配信】

配信の部分は、前回は3つのチャンネルでのサイマル配信だったが、ファイナル公演配信ではYouTubeの登録者数を増やすという目的のために、チャンネルはYouTube1本に絞ることにした。12月から始めたYouTubeも2月24日には登録者数3000名を超えており、収益化も可能となっていた。そこで配信を盛り上げるためにYouTubeのスーパーチャット機能(視聴者が投げ銭できる機能)も使用したことで、前回よりもチャットがずっと盛り上がった。

配信ネットワークへの送出については、前回は2台のLiveshell.Xを使用して行なったが、今回は万一の有線回線の不調も想定し、Liveshell.Xだけでなく、複数の携帯回線を束ねて安定した無線回線で配信ができるLive U soloも用意した。

▲2時間半のライブ配信中に、YouTubeのチャンネル登録者数は新規で381人も増えた。合計視聴時間は約3650時間にも上った。

▲YouTubeのスーパーチャット機能を使って視聴者による投げ銭を可能にした。ヒット曲や盛り上がる曲になると投げ銭が増える。

 

 

【メディア販売】

収録映像が入ったメディア撮って出し販売は、広瀬さん自身が「日本初の新しいことをしたい」という思いが強く、実現した。「コンサート終了と同時に希望のお客様にお待たせせずに即売し、コンサートの感動をそのままにお持ち帰りしてもらいたい」という要望なので、終了時に100枚のコピーができていなければならない。調べてみると、これまでにも他アーティストのライブなどで録画した映像の当日販売というのはあったが、午前の公演を終了後に事務所チェックと編集を行なってから夕方販売、もしくは音源のみのCD販売という方法を取っていた。今回は編集やチェックを行う時間がなく、コピーにも時間をかけることはできない。マスターをコピーする方法ではなく、公演中に複製の量産ができる機械を使う必要がある。そこで一度に25枚のSDカードに同時収録が可能なブラックマジックデザインのBlackmagic Duplicator 4Kを採用した。同社に確認したところ、日本でメジャーアーティストが同製品を使用して収録したデータを販売したという事例はおそらくないだろうとのことで、日本初ではないかと思われる。

公演の配信はアンコールまで行なったが、配信と収録を止めた後にSDカードの封入作業があるため、広瀬さんが特別にもう1曲歌って時間をつないでくださった。その間にスタッフ総出でSDカードのケース入れ、袋詰め作業を行い、なんとか公演終了後15分程度でお客様に販売することができた。100枚用意したSDカードはスタッフ分に留保した数枚を除き、即日完売した。

▲1台で25枚のSDカードに一度に書き込み可能なBlackmagic Duplicator 4Kを4台使用して100枚のSDカードを用意。即売という販売体制の性質上販売前の検品ができないので、書き込み時のエラー等が販売後に発覚した場合は映像のダウンロードURLを送るとアナウンス。

 

▲SDカードはオリジナルポストカードと一緒に袋に入った状態で5,000円で販売。オリジナルポストカードが付いたことで付加価値が生まれた。

 

 

【まとめ】

音楽ライブやコンサートのライブ配信というのは、とかく配信費用をどのように賄うか、マネタイズの部分が問題になる。広瀬さんのケースは、コンサート収録映像メディアの販売やYouTubeのスーパーチャット等、様々な方法を駆使して収益化に成功した。今後のライブの新しい形の一歩になったのではないだろうか。

 

 

VIDEOSALON 2020年6月号より転載