2024年5月25日、LINE CUBE SHIBUYAで開催された「KIRINJI 25th ANNIVERSARY LIVE」は18台ものブラックマジックデザインのカメラで撮影され、生配信されたという。どういうシステムで生配信と収録を行なったのか、制作に携わった監督の大野要介さんと、技術周りを担当した森田良紀さんにお話を伺った。

編集部:一柳  取材協力:Rock oN Company LUSH HUB

写真左・大野要介(sleepycat.studio代表、映像作家、フォトグラファー、プロデューサー)

写真右・森田良紀(株式会社ニルヴァーナ、映像ディレクター、レコーディングエンジニア)

KIRINJIをブラックマジックのシステムで撮りたい

大野 私は映像作家としてKIRINJIのMVを依頼されるなどして映像まわりを依頼されていたのですが、その流れで今回KIRINJIの25周年記念ライブとしてLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で配信・収録したいというオファーを受けました。さすがに会場も大きいし、メモリアルなイベントなので、これはスペシャリストの力を借りないと絶対無理だと思って、会ったことのない森田さんにX(Twitter)でお声がけしました。

森田 今、そういう時代ですからね(笑)。

大野 Xの投稿を読んでいて、「この人はたぶんブラックマジックが大好きだろう」と思いまして(笑)。ライブ配信のスペシャリストの力を借りたいということと、これを機にものすごくきれいな配信をブラックマジックデザインの機材を使ってやりたいという好奇心があって、他の配信とは一味違う、映画みたいなものをやりたいなと思って。それには自分だけでは手に負えないので、森田さんのチームにお願いしたということでオファーしました。

大野 映像からすごくこだわりを感じていました。採算度外視してでも自分のこだわっているものを突き詰めたいタイプだなという印象を受けていて、こういう人は好きだなとずっと思っていました。いつかなにか一緒にできたらと思っていたんですけれども、依頼されたときにこれだ! と。

大野 KIRINJIは、堀込高樹さんの作る曲の歌詞がとても文学的だと感じていて、ただ単にキラキラしている世界観じゃないというのが、ブラックマジックで撮れる絵の質感と親和性が高いと思っていました。ちょっと落ち着いたフィルムルックというか、そういうものを生の状態で見せられたらいいかな。そういうイメージがありました。

大野 リクエストはまったくないです。ただ僕に頼んでくれているということは向こうも良さそうだと思ってくれているのではないかと勝手に思っているんですけど(笑)。

アナログ時代のハイビジョンのような上限のない感じ

大野 正反対ですね。今風のキラキラの感じとは真逆に行きたいと思いました。世代的に学生の頃はフィルムのカメラがあって、写真と言ったら写ルンですでしたし、フィルムからデジタルをまたいでいる世代で、あの頃のフィルムのザラザラ感は全然嫌じゃなくて、そのイメージをデジタル化できたらいいなというのがあるんですよ。

ブラックマジックのカメラというのは、高解像度で高精細というのが最初に来るわけではなく、雰囲気の話になってしまいますが、湿度があるというか。人をよく撮るので、その肌がツルツルとしてきれいなマネキンのようになるのはいやで、どういうわけか適度な湿度感が、ありますよね。どんなレンズをつけようが、そういう絵になってくれるというのが好きですね。

森田 一般的なメーカーはどんどん解像度が高く、よりクリアするという方向に向いていますが、ブラックマジックのカメラは質感というか、空気感みたいなのを大事にしている感じがしていて、色気がありますよね。

大野 見ている人に想像する余地を残してくれているような感じがあります。他のメーカーのカメラだときれいに撮って正解を見せられている感じがするんだけど、ブラックマジックのカメラは上限がないというか。アナログ時代のハイビジョンを見ているような(笑)。

大野 デジタルというのは規格が決まっちゃうとそれ以上行かないじゃないですか。アナログ時代のハイビジョンってどこまででもまだ画質を上げられたらしいですよね。そういうイメージがありますね。

マルチカメラ用にBMPCC 4Kと6Kを揃える

森田 この2、3年は完全に映像ですね。自分が運営しているスタジオがコントロールルームが1階で、地下がブースというスタジオなんですが、そこで演者の演奏をカメラ越しに見て録音するスタイルだったのと、もともと撮影することが好きだったので、ちょうどUSTREAMの配信が始まったときに、そのカメラを生かして始めたのですが、自分のスタジオで生演奏と配信をするというのにはまっていって。コロナになってからはさらにその比重が高まりました。

音楽のレコーディングからライブ感が失われて、録音の楽しみよりもエディット作業の比重が高まってきて、それがあまり面白くないなと思っていたんです。ライブは1回きりで、演奏もみんなで一緒にやるわけですから、そちらのほうがヒリヒリしていて楽しくなってきた。

わたしのように音楽業界から映像に来た人はブラックマジックのカメラを使っている人は多いと思いますね。感性というか感覚が合うというか。

森田 BMPCC 4Kが8台、BMPCC 6Kが5台、それからBMCCが1台。ブラックマジックのカメラはあまりレンタルしているところが多くないことと、気楽に買える価格ということもあり自分で所有しています。スイッチャーは複数使っていますが、メインはATEM 2 M/E Constellation HDでサードパーティ製のパネルと組み合わせて使っています。

森田 所有しているカメラに加えて、BMPCC 6K Pro。NDを入れられたほうがいいポジションに使いました。ステージ前はB4レンズでデマンドを使いたかったのでレンタルでURSA Broardcast G2を1台入れました。さらにステージ上の手元撮影としては客席から目立たせたくなかったので、Micro Studio Camera 4K G2を入れています。

当日のカメラシステム表

扱いにくい一眼レンズをあえて使うのが良い

森田 そのあたりに自分たちのノウハウとスタイルがあります。今回でいうと、例えばステージ上のサイドからはSIGMAの60-600mm F4.5-6.3 DG OS HSM | Sports. (EFマウント)を使っています。ここは結構いろいろな画を撮ってほしいポジションで、監督からはすごく寄った画が欲しいというリクエストがあったのでこれを使いました。さらに60mm側にすれば、ある低度広くステージ側から客席を押さえられる。

大野 一眼用の扱いにくいレンズなんですが、そのレンズをカメラマンが一生懸命押さえ込んで使っているのがむしろいいんです(笑)。きれいなカメラワーク、レンズワークだけだと、「ミュージックフェア」になってしまう。そうじゃない、なんかガタガタしているけど、臨場感すごいな、みたいのが、編集するときにすごい助かるんです。

森田 あと、ブラックマジックデザインのカメラはオートフォーカスが使えないに等しい。普段ソニーのカメラなどを使っている人に使わせると、え、フルマニュアルで使うのはしんどいと言われますが、うちのチームはLUMIXで揃えていたときから、マニュアルフォーカスに慣れているから、みんな当たり前のようにマニュアル。

森田 そうそう。手動で外れてしまっていいんですよ。そこに人間味というか良い意味でニュアンスが乗っていい。ただジンバルのカットだと、もっとAFを使えたらいいなというのはありますけどね。

会場後方からは人物の寄りはキヤノンのEF200-400mm F4L IS USM エクステンダー 1.4×を使いました。これがエクステンダーを内蔵しているので、今回のライブではやらなかったのですが、カメラを回しながらエクステンダーを半分入れたり外したりして、エフェクティブなこともできる。映りの質感も良いのでホールクラスでは、そのレンズを借りることが多いです。

この規模のホールでの撮影を、全部ブラックマジックのカメラでやる人は、あまりいないと思います。明らかに手間がかかるので(笑)。URSA Broardcastとかを使えば、よくあるシステムカメラに近いものができるんですけど、そもそも台数揃えるのも大変だと思いますし。BMPCCをこれだけライブ会場に入れている例は、自分たち以外に知らないですね。

KIRINJIの配信史上、一番良かった

森田 ただ、やはり上がってくる画は少なくともソニーとか他社のものと比べて絶対に違う。アーティストの方は他の現場でもそうですけど、「この画、めちゃめちゃいいね」と言ってくれるので、それはブラックマジックで揃えているからこそだなと思います。

大野 そうですね。今回のバンドはサポートメンバーが多いのですが、みんないろいろなバンドで結構引っ張りだこの人たちで、コロナ禍での配信ライブをかなり経験しているメンバーなんですけれども、今回の配信は今までで一番良かったといってくれる人がいっぱいいて。マネージャーからもKIRINJIの配信史上、一番良かったって言っていただきました。これは絶対カメラが関係あるんですよ。

配信の画作りはどうしているのか?

森田 各カメラからの出力はLUTが当たっていないものを出して、モニターにはLUTを当てています。スイッチャーに入れてから、プログラムアウトにIS-miniというLUTのボックスを入れてそこでカラーを作って配信するというシステムです。マルチビューアウトにも同じIS-miniを入れて、プログラムアウトでカラコレしたら、マルチビューにも同じカラコレが当たるという同期させた状態で運用しています。

そうすることでリハーサルなどで色を追い込む際に全体のカメラの状況を見ながらできるためバランスをとりやすいです。この辺は本来であれば各カメラごとに微調整ができるとより良いのですが、そのあたりはコストとのバランスもあるため今後の課題かなとは思っています。今回は一部固定カメラに関してはATEMのリモート機能を使用して絞りのコントロールをしています。

時間があるときはリハで作ったLUTを書き出して、カメラに入れたりするのですが、カメラの台数を多いと大変なこともあり、基本的にプログラムアウトにLUTを当てての運用が多いです。

大野 これがすごく大きいポイントですね。

森田 ブラックマジックデザインのカメラを使っている大きな理由はBRAW。RAWだけど容量が抑えられるということ。4Kの他のカメラのコーデックで撮っているのとそれほどかわらない容量で撮れる。しかもRAWですから。

大野 照明で飛んでしまったところも後から救えるというのは本当に大きいです。

大野 そうですね。最終的にはHDになると思いますが、切り出しができる余裕があります。

森田 フレームレートは24.00ですね。23.98ではなく、自分のこだわりでジャスト24にしています。

大野 映像にモーションブラーがあってほしいし、それがあるほうが躍動感、臨場感がでるので。あまりに滑らかだとゲーム映像のようになってしまうので。

大野 スイッチングも参考にしつつ、見落としているところがものすごくあるので、それをうまく入れつつ。自分でスイッチングしているわけですが、自分もプレーヤーみたいな感じで臨場感も確かにあるんですよ。だからスイッチングのミスを完全に消すとちょっと違うという感じになるので、それを考えながらやるのが面白いところですね。

森田 編集して見せた時に、スイッチングアウトをもらったときのあの感じが良かったんだけどと言われて戻すとか、それに近づけたりしますよね。現場でアドレナリン出まくってスイッチングしているのと違って、編集で落ち着いた感じでやっていると、置きに行ってしまう感じがあると思うんですよ。

だから、そういう意味では、本当はATEM miniのISOシリーズのように、スイッチングを全部記録してくれるといいんですよね。ブラックマジックの大きいパネルのほうだと、そういう機能が搭載されていないので、ISOシリーズの機能が搭載されたら編集が楽になるというか、便利になりそうですけどね。

庶民の味方

森田 今回のような大きめのホールではSDIで引き回すというのはかなり大変で普通はシステムカメラということになってしまうのですが、自分たちのシステムとしてはブラックマジックの光コンバーターを使って光で延長できる部分は全部延長しようと。他社のシステムと比べても圧倒的に低価格だし、ブラックマジックのカメラを使ってホールクラスの配信したいという時のシステムを組みやすい。庶民の味方だと思います。

今回有人カメラにはすべてDeityのTC-1を接続してタイムコード同期が取れるようにしていました。BMPCCは音声入力にTCを入れると自動的にext-TCとして認識されて、音声とは別にTCが記録されるので、他社のカメラに比べてTC周りの運用がとてもやりやすいというメリットがあります。TC-1がリーズナブルで複数を導入しやすいというのもありますが、BMPCCの同期を取りやすいというのが一番大きいですね。会場が大きいとどうしても音声シンクでマルチカムを組んでしまうとディレイ分遅れてしまうのでTC同期が取れるのはとても有用でした。ブラックマジックのカメラはすべてでTC同期が簡単にとれるようになっているのはとてもありがたいですね。