3月19日にNHKで放送された特集ドラマ『高速を降りたら』は、深夜の車中を舞台に繰り広げられる会話劇。ドラマの鍵となる走行シーンはソニーPCLの「清澄白河BASE」にて撮影されている。ソニーPCLが独自に開発し、背景映像の撮影に使用された360°カメラカーによってどのような表現が可能になったのだろうか。
取材・文●編集部 伊藤
NHK 特集ドラマ 『高速を降りたら』
- 脚本:武田雄樹
- 演出:佐藤玲衣
- 制作統括:渡辺哲也
- 出演:飯塚悟志、松澤 匠、山脇辰哉、山田真歩、石橋菜津美、清水くるみ、奥村知史、松本 亮、井上みなみ、西本銀二郎、中野英樹、一條恭輔、山口河童、岩本樹起、堀 靖明
バーチャルプロダクションスタジオ:「清澄白河BASE」 - VPプロデューサー:海上 綾
- VP制作:諏佐佳紀、増田 靖
- カラーグレーディング:金田 大
- ポストプロダクション:ソニーPCL (渋谷スタジオ)
NHKオンデマンドで配信中
詳細●https://bit.ly/kosoku_nhk
お話を聞いたソニーPCLのおふたり
「風景のすべてをスタジオに持ち込む」ことを可能にした360°カメラカー
「360°カメラカー」とは?
ソニーPCLが独自開発した、360°映像が撮影可能なカメラカー。ソニーのシネマカメラ『VENICE 2』を2台搭載している。撮影された360°動画は、バーチャルプロダクションにおけるスクリーンプロセス撮影の背景動画として使用することが可能。本作では東京から新潟間の走行風景を撮影し、VPスタジオに設置されているソニーのCrystal LEDに背景として送出している。
独自開発した360°カメラカー
――背景素材の撮影に使用している360°カメラカーとはどのようなものか教えてください。
諏佐 私は360°カメラカーに開発段階から携わってきました。バーチャルプロダクション(以下、VP)で撮影するときカメラの高さや向きが違うと、背景のパースが合わなくなってしまい、いろいろな障害が出てしまいます。我々は劇中の人が車を運転している風景を忠実に撮影したかったので、目線を合わせたかったのです。普通の乗用車を運転している人の目線の高さは平均140cmです。そのくらいのところにカメラを置いて撮影しようと思うと、車が映り込んでしまうので、できるだけ小さい車にカメラを載せてカメラカーが映らないようなものを作ることが最初のスタートでした。
この車は小さな車体に、映画制作でも使われている、ハイダイナミックレンジで広色域のリッチな映像が撮影できるカメラに魚眼レンズをつけています。撮影対象に応じてカメラの高さを変更できるのがポイントです。
――360°カメラカーの使用によってどのようなことが可能になったのでしょうか?
諏佐 これまで使用してきた車載カメラでの撮影の場合は、必要なシーンにもとづいて背景映像の撮影をしてきました。しかし、いざスタジオに入ってVPの撮影をする際に、カメラマンさんの発案で「こういうふうに撮ってみたいな」と思ったときや、俳優さんの芝居によってカメラのアングルを変えたいときに、その角度から背景を撮っていないので背景が合わないことがあります。しかし、背景映像が360°あることによって、現場でのアングルにバリエーションを出せて表現が増やすことができるようになりました。
海上 平面で背景映像を撮ると、画的にワークも足りないと思いますし、2台分のカメラを使うとステッチが必要になり、それを乗せるジグも適切なものを手配しなければいけなくなります。結果としてコスト的にも工数的にも全体にボリュームが増える撮影になってきます。そういう面ではやはり1回の撮影で360°撮れるのは、準備やコストの面、さらにスタジオでの融通もかなり効くかなと思います。
VP撮影で追及したリアルさ
――作中の走行シーンだけでなく、パーキングエリアや橋のふもとなどもVPで撮影したそうですね。作品を見ていて気がつきませんでした。
諏佐 パーキングアエリアのシーンで映っている灰色の道路は、「清澄白河BASE」のスタジオにアスファルトを模したシートを敷いています。
海上 さらに画面手前でなめている車は、本当の車ではなくてフロントの部分だけしかない美術なんです。どちらもNHKさんの美術なのですが、おもしろいですよね。さらに、撮影したい画に対してどこまでをLEDで、どこまでを美術で再現するか、ということも考えなければいけません。周囲の状況を含めてどのタイミングでどの位置の車を動かしたいかなど考えながらそれを決めていきました。
――撮影が難しかったシーンはありましたか?
諏佐 実際の道路は厳密にはまっすぐじゃなくて微妙に曲がっていたり高低差があったりしますよね。曲がっている道路に対して進行方向がまっすぐな車がいると角度が合わず不自然に見えてしまうので、その角度の調整がかなり繊細で苦労しました。我々は何度もVPの撮影をしているので、そこに対して違和感を覚えるのですが、本当に微妙な差異なので難しかったですね。
――それはアセットの出力を微調整することで合わせていくのでしょうか?
諏佐 そうですね。でもそういった部分を丁寧にやっていくことで、どのシーンをLEDで撮ったのかわからないものが撮れていくのが本当はいいなと思うんです。
海上 細かいリアリティの追求をしていかないと、すぐばれますよね。距離感やサイズ感、パース感などをかなり細かく調整していくことの積み重ねが必要でした。
360°カメラカーで実現したトンネルシーン
――今回うまくいったなと感じるシーンはありますか?
諏佐 いいなと思っているのはトンネルのシーンです(※トンネルのシーンは作品のメインビジュアルでも使用されている)。関越トンネルのオレンジのライトがいい具合に車に反射して、車の天井を通過したり人の顔に当たったりしていました。360°カメラカーを作るときに思い描いていた「全部の風景をスタジオに持ち込む」というのが実現できたと思います。360°で素材を撮れたからこそ表現できたなと思ったシーンです。