俳優・佐藤二朗が主演、原作・脚本を手掛けるサイコバイオレンス作品が5月22日から公開される。城定秀夫監督からのオーダーは「ギトギトした感じ」。撮影監督・渡邊雅紀さんはコーラルフィルターの色をLUT化し、カラリスト・稲川実希さんとともにカメラテストから仕上げまで一貫したルックを築いた。Blackmagic URSA Cine 12K LFによる8K撮影の高感度耐性と解像感、そして現場の痕跡を消さないカラーグレーディングとは?
構成・文●編集部・萩原
「ギトギトした感じ」を映像にするために
——渡邊さんは城定秀夫監督とは何度もご一緒されていますが、今回の撮影にあたって画のトーンや世界観についてはどんなやりとりがあったのでしょうか?
渡邊 毎回わりと「任せます」という感じなんですよ。ただ今回は「ギトギトした感じ」というオーダーをもらっていました。それで僕なりに考えて、アンバー系のフィルターが一枚ずっと入っているようなルックを意識しました。
——脚本を読み解いた上で方向性を決めていったのですか?
渡邊 監督から「ギトギトした感じ」というオーダーをもらって、本を読み返しながら、この映画でしか感じられない濁った色の見え方をどう表現するか考えました。アンバー系の暖色フィルターをレンズ前に入れて全編撮ったら面白いんじゃないかと思ったんですが、濃いフィルターを入れると光量が半絞り分ぐらい落ちてしまう。ナイターもあったので、現場ではフィルターは入れず、カメラテストの際にコーラルというフィルターを入れて撮った色をLUTとして適用しました。稲川さんにその色をエミュレートしてもらい、現場から最終仕上げまで引き継いでいます。
——つまり、撮影時にはフィルターは入れていないけれど、フィルターを通した色をLUTとして再現して全編に適用した、ということですね。
渡邊 そういうことです。ゼロからカラーを作っていくとどうしても人工的になるし、どこかのシーンで破綻するかもしれない。だから基準として既存のフィルターの色を使いたかった。アンバー系をいくつかテストした中で、コーラルが今回は一番いいなと思いました。



*掲載写真は場面写真(スチル)で実際の映画のルックとは異なります。
高感度とダイナミックレンジ——ISO 1600の積極的な活用
——カメラの感度設定についてはどうされていましたか?
渡邊 デイシーンでもISO1600を使っていました。晴れて直射光が強く、ハイライトがオーバー気味に出る状況で、あえて感度を上げることでハイライト側の階調が稼げるんです。カメラテストでグレースケールチャートを撮って、ノーマルから2倍、4倍、8倍、16倍、32倍、64倍と増感していったとき、4ストップ——16倍までは破綻なく綺麗に出て、32倍あたりから怪しくなるという結果でした。たとえば影の中に人物がいて背景に直射が当たっているような場面で、1ストップ感度を上げれば許容範囲が5ストップまで広がる。そういうコントロールはかなりやりましたね。
——その高感度耐性は、他のカメラと比べても優れていると感じましたか?
渡邊 増感しても暗部の破綻が画の中で目立たないのは「すごいな」と思いました。3200ぐらいになると粒子は粗くなりますけど、嫌な感じではない。今回は「汚くていい」という方針だったので、あえて隠さずノイズごと活かしました。粒子がシーンの感情と合致するならデノイズはやりすぎない。現場の痕跡を仕上がりに残したいという意識で、撮影もグレーディングもやりました。
カメラテストから仕上げまで——現場のLUTがそのまま活きた
——ルックの方向性はふたりでどんなやり取りをして決めていったのですか?
稲川 カメラテストの時点で渡邊さんがさきほどのコーラルフィルターの考え方を持っていたので、そこで固まっていた感じですね。
渡邊 事前に一緒に作ったLUTが現場用としてあって、それが最終的なルックまで大きく変わらなかった。ノーマルなRec.709のLUTで撮っておいて仕上げでいじるやり方もありますけど、今回は現場で仕上げが見えるLUTだった。それが本当に良かったし、楽しかったですね。
稲川 カメラテストしてよかったですよね。毎回やりますけど、今回は特に活きた。ほぼそのまま行っていて、後からグレーディングで作り込むことをしなかった。作為的な感じがしない、現場で作った画がそのまま活きているグレーディングになっていると思います。

ライティングと「普通」を一回忘れる撮影
——現場での画作りはどのように進められていたのですか?
渡邊 照明の谷本浩二さんとは、「光が固くていいよね」「変な露出にしたいですね」と話していました。ナイターでこんなに明るすぎるよね、というところも「面白いからそのままいきましょう」とライトを落とさない。「普通だったらこうだよね」を一回忘れる、という意識で撮影していた気がします。
——グレーディングは何日ぐらいかかりましたか?
稲川 3日ぐらいですかね。
Blackmagic URSA Cine 12K LFと8K撮影——解像度が生む余裕
——今回のカメラは、従来のブラマジのカメラと比べて違いを感じましたか?
渡邊 圧倒的に暗部の耐性ですね。全然問題なかった。本当に助かりました。あとは今回、12Kセンサーのカメラを8Kで撮影したんですけど、やっぱり情報量がすごい。密度が高い感じがありました。面白かったのは、8Kでやりますと監督に言ったとき、「まあ後で寄れるしいいか」という反応だったこと。高解像度があることで「後で寄れる」という選択肢が増えて、時間のない現場での判断の負担を軽くできている側面があったかもしれないですね。

独特のハイライトの表現
渡邊 今回意識していたのは、ブラマジのカメラの癖——増感したときの色の転び方やハイライトの見え方を、なるべく痕跡として残すこと。特にラストシーンでは、ハイライトの挙動が独特だなと感じました。撮影が冬だったこともあって光がずっと綺麗で、逆光に入ったときの人物のエッジライトがかなり強調される。バキッとした感じが浮き出てくるのが面白かったですね。
稲川 冬に撮って日が低いぶん光が綺麗に出ているというのは、動物園・遊園地のシーンによく表れていますよね。アンバー系なんですけど不自然さはなく、いかにも冬の光という感じ。カメラテストの時点で方向性を持って、そのLUTを使いながら現場で世界観を作っていったんだなと感じます。
カメラの使い分け
渡邊 ハイレゾリューションなカメラに対して、レンズはSumire Primeなど柔らかいルックで撮れたのが面白かった。開放近くの特殊なボケを12Kセンサーの解像感で画の演出に使えたのはよかったですね。カメラは屋外では内蔵NDがあるURSA、室内ではコンパクトなPYXIS、さらに狭い場所ではBMCC 6Kと使い分けていました。UR SAとPYXISでルックの差がなかったのもありがたかった。
ローリングシャッターの少なさ
渡邊 あと、ローリングシャッターを全然感じなかったのもよかった。カメラを荒くぶん回すカットがほとんどだったんですけど、画が歪まない。8Kであの解像感とセンサーサイズで歪みを気にしなくていいのは精神的にも助かりました。
稲川 パンしている途中で他のカメラだとノイズのようなものが出ることがあったんですけど、今回はそういうことがなくて、本当に綺麗だと思いました。
俳優との関係——透明でいるということ
——佐藤二朗さんは今回脚本も手がけていますが、撮影した画について何かやりとりはありましたか?
渡邊 撮影が全部終わった後に二朗さんから「芝居を見てくれているのをすごく感じて、やりやすかった」とおっしゃっていただいた。それはすごく嬉しかったですね。カメラの真後ろにいて、こちらに向かって芝居してもらう以上、なるべく透明でいなきゃいけないという意識が僕の中にはあるので。「芝居を見てくれている」と感じてもらえたのは、カメラマン冥利に尽きますね(笑)


データ管理と編集
渡邊 今回、稲川さんにはデータ管理も同時にやってもらっていたので、いろいろ大忙しだったと思います。現場で「このデータちょっと見てもらっていいですか?」ということもあったし、事前のカメラテストの段階でもいろいろお願いしていて。フットワーク軽くやってもらえてありがたかったですね。
稲川 グレーディングよりもデータ管理のほうが大変だったかもしれないですね。ロケの間ずっと1カ月ぐらい一緒にやっていたので。注意点として、制作会社が用意したパソコンが古くてDaVinciの新しいバージョンが入れられず、読み込めないデータがありました。Blackmagic URSA Cine 12K LFを使う方は、最新のOSとDaVinci Resolveに対応しているか確認したほうがいいですね。
——編集は何で行なったんですか?
稲川 オフライン編集は別のエディターさんが担当していて、Final Cut Pro Xを使われていました。オフライン用に軽いデータを書き出して、それで編集していました。VFXはAfter EffectsとFus ionを使って、本編集ではDaVinci Resolveを使用しました。
——グレーディングはどちらで行なったんですか?
稲川 川口のスキップシティですね。DaVinci Resolve Mini Panelを使って作業しました。
「現場の痕跡」を残すということ
——おふたりは城定組では3作目のタッグになるそうですね。
稲川 はい。『夜、鳥たちが啼く』『悪い夏』、そして今回ですね。
——最後に、今回の『名無し』を通じてあらためて感じたことがあれば聞かせてください。
渡邊 改めてにはなりますが、今回はずっと、現場で下した判断の痕跡を仕上がりに残したいという意識がありました。ノイズはシーンの感情と結びつくなら活かす、ハイライトはカメラ独特の表情として受け入れる。カメラテストのLUTがグレーディングまでそのまま通ったのもその延長です。きれいに整えるよりも、現場で生まれたものをスクリーンに届けたかったんです。
稲川 私もそう思います。現場で作った画がそのまま活きていて、作為的でないぶん自然とその世界に引き込まれる。カメラテストからロケ、仕上げまで一本の線がつながっている感覚がありました。それはこれまで3作一緒にやってきた信頼関係があるからこそなのかなと思いますね。
映画 『名無し』
5.22(金) 全国公開
●作品概要
佐藤二朗が初めて漫画原作を手掛けたサイコバイオレンス作品を、佐藤自身の主演・脚本、城定秀夫監督のメガホンで映画化したもの。昼下がりのファミレスで発生した無差別殺人事件を発端に、凶器を持たずに人を殺める異能を持つ中年男「山田太郎」の正体と動機が明かされていく…。
●DATA
監督・共同脚本:城定秀夫/原作・脚本:佐藤二朗/製作総指揮:木下直哉/プロデューサー:武部由実子、座喜味香苗/撮影:渡邊雅紀/照明:谷本幸治/録音・整音:内藤和冬/美術・装飾:松塚隆史/編集:須永弘志/カラー・DIT・VFX:稲川実希/出演:佐藤二朗、丸山隆平、MEGUMI、佐々木蔵之介ほか
2026年製作/82分/PG12/日本
配給:キノフィルムズ
©佐藤二朗永田諒/ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会
◉公式サイト

