ドキュメンタリー撮影問答③④番外編 中村高寛 × 辻 智彦 〜共同制作について 他


4月20日発売の5月号からスタートした連載、「ドキュメンタリー撮影問答」。ドキュメンタリーカメラマンである辻智彦さんが毎回ゲストを迎えて、あるテーマを元に問答するシリーズ。その第1回目と2回目は、テレビの業界で60年間、テレビドキュメンタリーのカメラマンとして活躍されてきた山崎裕さん、3回目、4回目は『ヨコハマメリー』を大ヒットさせたドキュメンタリー映画監督の中村高寛さんを迎えてお届けしています。

第3回目は、ビデオサロン7月号に掲載されています。第4回目は8月号(7月20日発売)に掲載されます。

ビデオSALON2019年7月号

WEB版では、本誌で掲載されていない部分を公開しています。

答:中村高寛(なかむら たかゆき)  映画監督。1975 年生まれ。97 年、松竹大船撮影所よりキャリアをスタート、助監督として数々のドラマ作品に携わる。その後、李纓に師事し、映画『味』、『靖国 YASUKUNI』などの助監督を務める。06 年、映画『ヨコハマメリー』で監督デビュー。ヨコハマ映画祭新人監督賞、藤本賞新人賞など11個の賞を受賞。17年には第二作『禅と骨』を公開した。またテレビドキュメンタリーも多数手掛けている。現在、日本映画大学ドキュメンタリーゼミ非常勤講師

問:辻智彦(つじともひこ) 1970年和歌山県生まれ。株式会社ハイクロス シネマトグラフィ代表。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業後、フリーランスキャメラマンとして『ザ・ノンフィクション』『世界の車窓から』『ETV特集』等、多くのドキュメンタリーを撮影。2004年に映画『17歳の風景』撮影を担当後『実録・連合赤軍』等、劇映画の撮影も手がける。現在、城西国際大学メディア学部非常勤講師。

共同制作について

 前回、山崎裕さんとの問答で「ディレクターカメラ」によって映像表現としての力が弱いドキュメンタリー映画が増えているという話がテーマになりました。それに対して、中村さんの映画は、風景ひとつをとってみても映像の力が強い。撮影で映画としての匂いをたちのぼらせるんだという意志を感じます。今のディレクターカメラについてはどう思われますか?

中村 私北京に留学しているときは自分でキャメラを回すことが多かったんですが今なぜキャメラマンと組むようになったかというと、李纓さんの現場の影響が大きいですね。李さんは自分で回すこともありましたが、私が就いた作品では、必ずキャメラマンを入れていました。その時に面白いと思ったのは、監督とキャメラマンでは見ている目線が違うということそれがマイナスではなく、プラスに働いていると感じました。

例えば私の場合、対象者とテーマにどっぷりと入り込むことが多い。キャメラを回す前段階で、『禅と骨』ならば、約3間にわたって、対象者とやり取りしながら、どういう内容にするのかプロット、撮影項目を書いてから撮影に入りました。それをただ私のイメージ通りに撮るだけではつまらないんですね。キャメラマンが、その内容をどう解釈するのか、見てみたい。私はこのカットは引きの画で考えていたけど、キャメラマンは寄るんだ、しかもズームで寄るんだへえ~と思った時に対象者の捉え方が変わってくるんですよ。

 なるほど、自分のビジョンとカメラマンのビジョンがズレながらも重なってくると。

中村 それが面白いし、発見がある。それがあると、「じゃあ次は、この対象者のこういう側面を狙ってみよう」という発想が生まれてくることが多いんです。つまり私がシーンを設定して、対象者の何を撮るかという「空間」を用意する。そのなかで実際にキャメラマンがどう反応し、どんな映像を撮ってくれるのかを見ていくのが楽しい。私の中で一回固まったイメージを壊してほしい、そういうことなのかなあ。

また私とキャメラマンが見ている目線が違うなあとつくづく思ったのは、『禅と骨』でラストシーンをどうするのか、探していたときのことでしたプロデューサーの林海象さんからは、主人公が亡くなったところで終わるのが、映画としていちばん分かりやすいと言われていたのですが、自分の中でどうにも納得できなかったんです。現場のスタッフたちともディスカッションするなかで、主人公の奥さんがキーだろうからと何度も会いにいって撮り続けていました。ある日、奥さんにインタビューしていたら、突然、彼女が私たちスタッフに質問をしてきたんです。その内容もプライベートなことだったので、「変なこと聞かれちゃったな、これは完全にNGだろうと思っていました。ところがその撮影を終えると、キャメラマンが「中村くん、これで終われるね」とポロっと言うんです。「あんな雑談では終われるわけない」と思っていたんだけど、結局、それがラストの重要なシーンになったんですよね。私とキャメラマンでは、見えている目線、シーンがまったく違っていたんです、いやあ面白いなあと。それがないとキャメラマンとやる意味はないのかもしれない。

スタッフワークで言うと『禅と骨』からは録音マンなるべく入れるようにしていています。もちろん、予算的にはとても厳しいのですが、私やキャメラマンとは違った第三の目線、引いた目線で対象者を捉えて、色々と意見を言ってくれるので、そこからまた発想が広がることもあるんです。また私とキャメラマンの間に不穏な空気が流れると、両者の緩衝材になってくれるので本当に助かるんですよ。なので出来る限り、この体制で作っていきたいですね。

 こちら側で複数性を作る。とすると相手と対峙するというよりは、多角関係のなかで物事が進んでいくという方向がいいんじゃないかということですね。

中村 単純に私一人で考えるよりも、みんなで考えたほうがいいんじゃないか。いいアイデアが浮かぶだろうと。仮にスタッフたちが考えたアイデアを採用したとしても責任は私が持つ。それが私にとっての共同制作じゃないかと思っています。

 まさに小川プロの方法論みたいなところがありますよね。監督は監督だけど、出演者でもあるという点も。

中村 私の撮影方法では、一つ一つのシーンに関して、明確に狙いや意図を考えて撮っていきます。取りあえずキャメラを回すことはほとんどしない。「取りあえず」すらも狙いをもって撮ります。それは私が元々、ドラマをやっていたということもあるのかもしれません。つまりドラマと同じで、キャメラマンにはそのシーンを映像的にどう描いていくのかということだけを考えてもらいたいし、私は演出に専念したいという意識が強いんだろうなと思います。演出するうえで、私自身も出演者になることもあるので、やはりキャメラマンが必要になりますね。

(中略)

逃れられないドキュメンタリーの面白さ

 中村さんとドキュメンタリー映画の関係性を追っていくと、最初はドキュメンタリーというものに助けられて生きていて、途中から己の表現を目指すようになり、そして今はドキュメンタリーに完全に掴まってしまっている。それは非常に面白いけど、最後まで物事を突き詰める人はそういうタイプなのかもしれません。まさに中村さんはもう逃れられないタイプです。

中村 いま改めて思うのは、ドキュメンタリーって映像表現の最先端を試せる場なんですよね。元々、映画好きだったので劇映画、アニメーション、実験映画、ドキュメンタリーと何でも観てきましたが、そんな私の出自をいちばん活かせるジャンルだったんだなと。何より「人間を描くこと」に関しては、まさに何でもアリで、とことん追求できる、作り手にとって自由な表現ができるんですよね。それを『禅と骨』では思いっきり詰め込んだつもりです

 ああ、私もドキュメンタリーが一番好きなのはそこなんですよ、映像表現において一番自由で実験的なことができる場だと思うんです。ドキュメンタリーはアバンギャルドの現在形だと思っていて。社会的なテーマ意識で入ってくる人とは、私自身の関心はそこが違うかなと思っています。ということでは、私は中村さんとは違うタイプだと思ってたんですが(笑)、共通項がありますね。『禅と骨』の面白さはそのアバンギャルドなところで、これを一般の人が喜んで見て大ヒットしたら最高に面白い世の中になるなと思ったんですが、そうは万事うまくはいかないものですね。

中村 私もそういう世の中を想像しながら作ったんですけどね(笑)。

 今日は長時間にわたってありがとうございました。

第3回目はビデオサロン7月号に掲載、第4回目は8月号に掲載されます。濃密な問答が繰り広げられていますので、ぜひ本誌をお読みください!

ビデオSALON2019年7月号