モデル:Ayako Mitsui
<解説/作例> 斎賀和彦
写真ともショートムービーとも違う
女性あるいは女の子のポートレートは写真の大きなテーマ(ジャンル)なのに、動画ではあまりメジャーではないように思える。イメージセンサーが小さく、結果、被写界深度の浅い、背景がボケた映像を作りにくかったビデオカメラの時代はともかく、静止画と同じ大判センサーを積んだ一眼で動画が撮れる時代。写真同様のポートレート表現を駆使したムービーをもっと本気で撮ろうではないか!
奇しくもフルサイズミラーレスが各社から出揃い、そのどれもが本格的な動画機能を搭載している。これは、そんな時代の幕開けにおける「ポートレートムービーのススメ」である。
わたしがポートレートムービーを始めたのはちょうど10年前、EOS 5D Mark IIが発売され、大口径レンズでの動画撮影が可能になったのがきっかけ。皆さんにもぜひ試してみて欲しい。
いや、でも、「動画って難しいし…」とはよく言われる。難しいって、どこが? 台本書かなきゃいけないし、セリフも言えなきゃいけないし、演技力のあるモデルさんも必要だし…。いやいや、待って欲しい。それは「映画」や「ショートムービー」での話だ。確かに、ストーリーテリングは映像の大きな魅力だけど、起承転結は卓越した構成力が要るし、主人公がいて相手役がいて、となるとセリフがあって演技があって、そうなるとたくさんのスタッフと長い制作期間、なにより予算が必要だ。
ここでいう「ポートレートムービー」はショート“ストーリー”ムービーではない。“シチュエーション”ムービーといえるもの。極論すれば1カットだけでも成立するものだ。写真が一瞬を切り取る表現だとすれば、動画は時間軸をみせる表現。ゆっくり振り返る女性、それにつれてゆれる布地、風になびく髪。そんな時間を閉じ込める短い動画、それをポートレートムービーと呼びたい。
【写真のポートレート】
●一瞬を切り取る。あるいは一瞬に時間、空間を凝縮する
●1枚あるいは組写真で構成
【ポートレートムービー】
●髪や服地のなびき、表情や仕草といった動きで表現
●ストーリーでなくシチュエーションムービー
●セリフに頼らない
●ミニマムなカット数で世界を感じさせる
●少人数で制作
【ショートムービー】
●物語(ストーリー)で作品を構成
●セリフ、演技力が重要(結果的に音の収録も重要)
●スタッフ、キャストも大所帯になりがちで制作期間、予算もかかりやすい
自然な表情や仕草を撮りたい~1対1の撮影が理想
ポートレートムービーは写真的表現と映画的表現の狭間に位置する。スチルの持つ瞬間に凝縮された時間、空間と、映画の持つ世界観の両方の因子を持つと考えている。その意味で、写真が好きで、同時に映画が好きな人にとても向いた作品ジャンルだと思っている。大掛かりな作品制作ではなく、小さなユニットで作るプライベートな作品作り、に近い。
まあ現実的な話をすると、ショートムービーを目指すと膨大なカット数と制作時間が要る、というのもあるけれど、なにより避けたい大きな要素はスタッフが何人も必要になる、ということだ。スタッフを集めるのが大変(スケジュール調整含め)というのもあるが、スタッフが多いと、モデルが固くなってしまう。
もちろん「演技のできる」プロのモデルやそれに近い人は別だけど、わたしのポートレートムービーに登場する女性の多くはプロではない。そんな彼女たちの「自然な表情や仕草」を引き出すためには、何人ものスタッフの視線が集まるようなシチュエーションではダメだ(逆にその緊張感を活かす方法論もあるけれど、基本、自分はその路線を取らない)。だからスタッフは最小限、できれば1対1の撮影が理想的だ。
ただし、スタッフがいない、ということは照明やレフ、ジブアーム等の特機を使えないことを意味する。その意味ではスチルポートレートに近いが、ストロボは使えないし、動きに合わせてライトを変化させることもできないので、結果、自然光主体の撮り方になる。その辺りの覚悟は必要だ。
信頼関係の構築が大切~初対面の人との撮影は難しい
最近はTwitterやInstagram等のSNSでモデル募集をする人や、撮影会モデルの派遣会社もあるが、わたしはそういう方法を使っていない(仕事の場合は別)。初めて会う相手をその内面性を含めて映像にする自信はないからだ。
仕事としての撮影もしているので、モデルに求めるものが、美しさ、明るい笑顔、といった「記号性」のときはプロのモデルのほうが撮りやすい(歩留まりがいい)が、自分にとってのポートレートムービーはもっとパーソナルなもの、被写体との関係性を感じる作品性を大事にしたいので初対面のモデルを使うことはない。
昔は美大系の女友達も多く、友人にモデルをお願いすることもあったし、その友人の紹介で被写体候補を広げていった。今は友人知人も多く、その時その時のテーマによってイメージに近い方にお願いしている。ただ、今でもいきなり撮影することはまずなく、お茶したり、メッセージのやり取りをしたりして、ある程度の関係性、特に「信頼関係」を構築してから撮影に臨むようにしている。
現場では監督ぜんとして振る舞う~不安にさせないこと
「自然な表情」を撮るために当日(現場)での配慮は当然として、それまでの「信頼関係」構築が重要。詳細は後述するが、撮影を打診するときはむろん、その後もメール等でどんなムービーを撮ろうとしているかを具体的なビジュアルと作風のトーンの両面から説明している。作品の方向性に納得し、イメージを共有してもらうのだ。
また、撮影当日は機材準備等の待ち時間を極力短くする。プロでないモデルは不安になるし、屋外ロケの場合、注目を浴びて恥ずかしさが出てしまうかもしれない。逆に休憩は意識的に多く取る。
そして一番肝心なのが、撮影するカットについてその場で迷ったり、オドオドしているような仕草をしたり、中途半端にモデルさんに相談したりといったことはしない、ということ。これは、わたしに対しての信頼感を揺らがせないためだ。
言わば「監督」が現場で悩んでいたら、モデルは不安になる。不安そうな表情も画的には美しいが(笑)、素で不安にさせては台無しだ。撮影イメージを固めておくと同時に臨機応変に撮影を展開できるよう引き出しを多く持っているのが望ましい。だから可能な限りロケハンも行う。この点はプライベートな作品だからこそ、大事にしている。
衣装やメイクは相談して決める~共同作業の意識を作る
スタッフ構成について補足すると、プライベート作品でスタイリストやヘアメイクさんをお願いすることはまずない。そのため、衣装やメイクについては、事前の打ち合わせでモデルさんに相談するようにしている。イメージを伝え、いくつか選んでもらい一緒に決める。その後は購入もメイクも基本、お任せ(費用は持つ)。
正直、わたしがファッションやメイクに疎いということと、いつもの自分から一歩冒険した衣装やメイクが無理なく、それでいて少し緊張感を持ってカメラの前に立てるからだ。モデルはオブジェクトではなく、作品のパートナー。いろいろな話をし、イメージや世界観を共有してもらう。モデルさんに「同じ作品を作る」という共犯意識が芽生えると最高だと思っている。
一脚を使うと動きと安定を両立できる
写真(ポートレート写真)のノウハウを活かした動画撮影を意識しているので、明るい単焦点レンズの組み合わせが基本となる。ただし静止画と異なり、時間軸を持つ動画においてカメラの揺れは大きく没入感を削ぐので三脚や一脚の使用は半ば前提となる(別のアプローチついては後述)。撮影のテンポとの兼ね合いもあってワタシはフルード一脚を使うことが多い。
その一方、機材が多いと当然、機動力が落ちる。助手がいる場合はよいが、前述のように最少人数の構成がベターだと思っているので機材のセレクト(絞りこみ)は重要なポイントとなる。その意味でキヤノンの新しいRFレンズ、RF28-70mm F2 L USMのような大口径ズームはポートレートムービーにとって非常に強力な武器になるかもしれない。
また、動画では本来、ライティングも重要な要素だが、機材が増える&セッティングに時間がかかることから、アシスタントを使わない場合は自然光撮影が基本。逆に少人数撮影でも、可能なら積極的に使うのがスライダードリーと送風機(ブロア)。動画ならではの「動く要素」を演出しやすいのが◎。
モデル:Kasumi Yamada/メヘンディアート:Yuko Asatani/撮影協力:Ryutaro Kataoka
モデルが使うのは時間だけ~出費や気遣いはさせない
撮影に伴うギャランティの話は、プロのモデルを雇った場合やモデルとの関係性を含め多くのケースがあり、ポートレートムービーだからどう、という話ではないが、自分の場合、基本、友人知人を被写体としていることが多く、仕事(ビデオSALON等の記事用作例など)の絡む場合は些少のギャランティ、そうでない時は食事等のお礼、というケースが多い。
撮影に使った衣装や小道具を購入してもらう場合、実費プラスアルファを渡すようにしているし、購入した衣装、小道具等はすべてモデルに渡し、再利用は原則しないのも、せめてもの謝礼の代わりという意味合いが強い。もちろん、撮影当日の交通費や食事代など、モデルさんに負担させてはいけない。「モデルが使う(持ち出す)のは時間だけ」というのがわたしのモットーだ。
秘訣は世界観を共有すること~ぜひ、挑戦してほしい
ショートムービーよりプライベートなイメージの漂うポートレートムービーは、ストーリーや演技といったものより、空気感や息使いが感じられるものにしたいと思うし、そうでなければ独りよがりになってしまう。もちろん、自己満足もまた表現のひとつなので、そこに全神経を集中させるのも楽しい。だけど、被写体の息使いが伝わるような動画は、一人の思い入れより、二人で作る共同作品と思うと、より見る者に響くと思っている。作品は、ブログやVimeo等で公開する(事前にそういう約束になっていることが必須)ほか、自分とモデルさんだけのバージョンをつくる場合もある。
相応の予算、優秀なスタッフ陣とチームで作り上げる映像作品も楽しいが、世界観を共有できる良きモデル一人だけと紡ぐ映像も気軽で楽しい。いや、「それが難しいんだろ」というツッコミは甘んじて受けるが、「作りたい」という強い意志だけで予算もスタッフもなくクランクインできるのがポートレートムービー。自分も含め、見る者をドキドキさせる私的な映像にぜひ、挑戦して欲しいものだ。
*編集部より:既にポートレートムービーを実践されている方がいらっしゃれば、ぜひViewsへ投稿、あるいは編集部までご一報ください。video@genkosha.co.jp
【投稿ありがとうございます】
◎T.Kさん
Viewsではお馴染みのT.KさんからはViews宛に2018年に撮影したポートレートMVの総集編「Portrait Cinematic Compilation」の投稿をいただきました。この作品は2018年に大阪で開催された「Motion Portrait展」にも出展。これは「ポートレート写真家が映像にてポートレートを表現する写真展」だそうです。今回の記事では「ポートレートムービー」と名付けましたが、「Motion Portrait」という名称も魅力的ですね。
◎西川映像芸術研究所さん
YouTubeで「NishikawaLabCom」チャンネルを開いている「西川映像芸術研究所」からは”The JOMON JIN”シリーズの投稿をいただきました。「ポートレートムービーというジャンルに入るかどうかは微妙ですが、出演者はすべて素人で独特のメイクも自前です。美しさを追求するようなポートレートムービーではなく、熊野らしく精神性を追求するような作品をと考えて制作しています」とのこと。ぜひご覧ください。
◎シモダさん
この記事をご覧になったというVideographerのシモダさんからは「onelog」という活動をご投稿いただきました。これは、「人は誰でも格好いい瞬間があり、格好つける権利がある」というテーマのもと、1分間でその人を表現する、という取り組みだそうです。美しさやかわいらしさを表現するというよりも、その人の内面を映像化しているように感じました。ぜひご覧ください。
シモダさんのInstagram
@onelog_official
https://www.instagram.com/onelog_official/
【関連リンク】
撮影現場にお邪魔しました。
下が完成作品。モデル:杏
斎賀氏の作品集●Portrait Movie / ポートレート動画
斎賀氏のブログ●mono-logue~ビデオSALONでポートレートムービー特集
より詳しい内容はビデオSALON2019年2月号でお読みいただけます。