レポート◉坂口正臣 (SPO 坂口写真事務所 )
広告写真やTV-CMから、プロモーション映像やドキュメンタリーなど幅広いジャンルで活動、 撮影だけではなく演出もこなす。YouTubeチャンネル SPO を運営、レンズやボディーの作例 や、その他機材レビュー動画も公開している。
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今回の出演のモデル SAKI さん 福岡県を中心に活動中 。
目次
■ SIGMA 28-45mm DG DN | Art の概要
■ レンズの詳細を見る
■ ズームレンズの常識を超えた浅い被写界深度
■ フォーカスブリージング
■ ポートレートで使う
■ Lマウントアライアンス3社のカメラボディと組み合わせた時のバランス
■ まとめ
SIGMA 28-45mm F1.8 DG DN | Art の概要
SIGMAのArtシリーズは、光学性能とビルドクオリティの高さに定評があり、SIGMAのフラッグシップと呼ぶに相応しい最高級ラインである。Artシリーズにはプライムレンズとズームレンズがあり、今回レビューするのはズームレンズの最新作である28-45mm F1.8 DG DN | Art である。
2024年7月時点で、世界初のスペックを持つ唯一無二の高性能ズームレンズとなる。 マウントはソニーEマウントとLマウントの2種類が準備されている。
このレンズは、広角から標準域をカバーする超大口径ズームレンズで、高画質と操作性を追求したSIGMA Artシリーズにラインナップされる。28mmから45mmという画角は、風景撮影やポートレート撮影など幅広いシーンで 活躍することを想定したレンズであり、本レビューでは、ビルドクオリティー・性能・使用感を実際の撮影サンプルを交えて紹介する。
「まずは特徴をおさらい」
このレンズの特筆すべき点は、F1.8という単焦点レンズ並の絞り値で、それを全域で維持できることにある。これはズームレンズの新時代の到来を感じさせるスペックであり、単焦点レンズの表現力と、ズームレンズの利便性という相反する特徴が、高い次元で一本のレンズに集約されたことを意味する。
このF1.8という絞りを活かして、低照度環境でも優れたパフォーマンスを発揮し、美しいボケ味を表現できる大変魅力的なレンズである。 さらに、最新の光学設計を採用し高画質な現代レンズに仕上がっている。SIGMAのウェブサイトにて公開されているMTFグラフにも表れている通り、色収差を最小限に抑えシャープネスとコントラストが素晴らしい。
レンズの詳細を見る:デザインとビルドクオリティ
【サイズ感】
実際の撮影において、まず気になるのは筐体の大きさと重さである。下記にサイズを記載する。
最大径87.8mm・長さ151.4mm・質量960g(Lマウント)
実際に手にした感じは、同社の 24-70mm F2.8 DG DN | Art の1型を少しばかり長くした感じである。とはいえ70-200mmF2.8ほど大きくない。「軽量コンパクトの部類ではないが、特別大きすぎる感じでもない」といった印象を受けた。
ビルドクオリティについては、SIGMAレンズならではの、精度の高さを存分に感じる。高強度なエンジニアプラスティックと金属を組み合わせているにも関わらず、ごくわずかなクリアランスで緻密に組み付けられている。異素材の熱収縮を加味しながら、ここまで密に設計するのは凄いの一言。職人の高い技術力を感じる。それもそのはず、SIGMAの製品は会津工場にて生産されているので、数少ない生粋のMade in Japanレンズであり、そこで生み出される製品のクオリティが高いのも頷ける。
【リングとスイッチ】
SIGMAの新世代ズームレンズは、絞りリングが採用されている。Artシリーズの単焦点レンズと同様に、絞りリングロックスイッチ・クリックのオンオフ切り替えスイッチがある。本稿の読者は既知のことだと思うが、敢えて説明すると、クリック機構の絞りリングで映像収録中に絞りを変更すると、絞り値に応じて段階的に露出と被写界深度が変化してしまうので、映像撮影で絞りリングのクリックは望ましくない。例えば、室内から屋外に移動するようなショットの場合に、シームレスに設定を変えられると編集でカットを挟まなくて済む。 反対に写真撮影の場合はファインダーから目を離さずに、素早く反射的に操作することが多いので、感覚的なフィードバックがあるほうがフレーミングに集中できる。クリック切り替えスイッチは、何かと相反する写真と映像という用途に対応する理想的な形だと思う。
絞りリングの先には、ズームリングがある。このレンズの特筆点でもあるが「インナーズーム」を採用している。 ズームリングを操作しても、レンズの全長は変化しない。比較的大きめのレンズなので、全長が伸びないのはよい。 そして、進化と共にペイロードが増え続けている昨今のジンバル。このレンズを乗せても、充分に稼働する機種が多くある。ジンバル使用時に画角を変えても、重量バランスの変化がないに等しいインナーズームは、再キャリブ レーションを回避できるので、撮影現場でメリットとなる。
先端はフォーカスリング。このフォーカスリングの使用感も、これまでのSIGMA製ズームレンズの感覚と、一味違う。筆者が高頻度で使う、24-70mmF2.8 の1型や 28-70mmF2.8 と比べて、ズームリングに「ねっとり感」を感じる。機構やグリスの見直しが行われたのだろうか、操作時の感覚が一段と上質になっている。適度なトルク感があるので、繊細なピント合わせがスムーズに行える。これもF1.8という浅い被写界深度の、シビアなフォーシングを考えてのことだと推察される。
レンズ上部と左の2箇所にAFLスイッチ、写真も動画も縦横の撮影を行う時代。縦横が変わっても姿勢を変えずに操作できるので、より撮影に集中できる。
【SPECIFICATIONS】
レンズ構成:15群18枚(SLDガラス5枚、非球面レンズ3枚)
絞り羽枚数:11枚
最小絞:F16
最短撮影距離:30cm
最大撮影倍率:1:4
フィルターサイズ:82mm
【オートフォーカス】
フォーカスモーターはHLA(High-response Linear Actuator)いわゆるリニアモーターを採用している。精度が高く駆動スピードが速いのが特徴のリニアモーター。静粛性も高く同録での動画撮影時に、AF駆動音を心配することなく安心して使用できる。
前述の滑らかなMFと静粛性に優れ高速で高精度なAF。撮影で重要な要素であるフォーカスに関して、隙のない仕上がりである。
ズームレンズの常識を超えた浅い被写界深度:開放F1.8
このレンズはF1.8通しなので開放絞り時の、浅い被写界深度が魅力である。広角側28mmから45mmの全域で、被写体を際立たせた、単焦点なみの表現を可能にしている。
誰しも撮影前に、大まかに撮る画をイメージしてから実際にフレーミングすると思うが、ズームレンズを使っていると、慣れ親しんだこれまでのF2.8の被写界深度を自然にイメージしてしまう。だが、このレンズは明らかに違 う。当たり前だがさらにボケる。被写界深度が極めて浅い単焦点の感覚で、自在にズームをしながらアングルをイメージし直すのが、なんとも嬉しい誤算と言える。
【広角でも背景がボケる】
その場の雰囲気をフレームに収めながらも、被写体を自然に際立たせる。広角側でも被写界深度の浅い表現ができる。屋内の撮影においてありがちな引きじりのない場所でこそ、積極的に開放絞りを使って撮影したい。何かと煩くなりがちな背景の情報を整理して、被写体に視線を誘導する。このショットのモデルさんと後ろ壁との距離は、わずか150cmしかない。
【45mm標準域も単焦点並み】
少し広めの標準域45mmの解放で撮影したショット。先ほどのショットと同じ位置で、テレ端までズームした。 しっかりと画変わりしているので、フィックスでも撮り分けができる。28-45mmというズーム幅は一見少なく感じるが、必要にして充分とも言える。
フォーカスブリージング
フォーカスブリージング(フォーカス移動による画角変化)の少なさもこのレンズの特徴と言える。フォーカス送りなど、演出としてのピント操作において、シネレンズのようにフォーカスブリージングの少ないこのレンズは、見る人の視線を自然に集中させる上質なショットを撮影することが可能である。そのことからも、このレンズが動画撮影もしっかり考慮して作られていることがわかる。
動画の合間にスチルでポートレートを撮る
筆者もそうなのだが、フォトグラファー出身の映像カメラマンが増えた昨今、映像撮影の合間にスチルを撮影することも多くなった。
1台のカメラでシャッターと絞りを調整し、そのまま写真撮影に移行する。カメラもレンズもカメラマンも同じということは、写真と映像のイメージに統一感が出る。ハイブリッドなカメラマンは、これからも増えるだろう。 そういった意味でもこのレンズは、短時間で写真と動画の両方を撮影するカメラマンに重宝されるだろう。
【ポートレートを撮る】
もちろん中望遠ではなくともポートレートを魅力的に撮ることができる。ワーキングディスタンスが近い広角から標準域は、モデルとの意思疎通がスムーズである。距離感を詰めた撮影でこそ生まれる雰囲気を楽しめる。 広角特有の写りが動きを強調するので、自分が撮るポートレートに「動きがない」と感じる人には、ぜひ一度試してほしい画角でもある。
(写真上)広角側28mmの解放f1.8で撮影。広角ながら被写体と背景は見事に分離している、モデルが座っている岩の手前側も柔らかくボケている。当然ではあるが、全く同じ映りで動画を撮影した後、この写真を撮影している。
(写真下)続いて45mmで撮影、絞りは同じく解放f1.8である。ピントの合った髪の表面は、鋭く解像している。その他の部分は、柔らかくとろけるようにボケが表現されていて美しい。被写界深度の浅さを実感するショットである。解放絞りでの解像感は、画面の端に至るまで申し分ない性能である。
【スタジオの柔らかい自然光で撮影】
先ほどのコントラストの高い自然光での撮影とは反対に、室内に柔らかく入り込む自然光でテスト。少々意地悪をして、レンズフードはなしで撮影した。通常ならコントラストが下がる逆光でも、繊細な解像感はそのままに、フレアやゴーストはしっかりと抑えられている印象。暗部の色乗りもよく、コントラストも失っていない。安心して使えるレンズである。
Lマウントアライアンス3社のカメラボディと組み合わせた時のバランス
ソニーEマウントとLマウントで発売されるこのレンズ、筆者は現在Lマウントユーザーである。
Lマウントは、アライアンスに参加したメーカーが共通のマウントを使用しているので、レンズとボディの様々な組み合わせが可能である。SIGMA・Panasonic・Leica・DJI に加え、新たにブラックマジックデザインが加わったことで、さらに選択肢が広がった。筆者の手持ち機材から3台のカメラにセットしてみた。購入前の参考になるように、サイズ感やバランスを見てもらえたらと思う。使用したボディは、SIGMA fp ・LUMIX S5M2X・ Blackmagic design BMCC 6Kの3台。すべてケージに入れた状態でセットしてみた。
3台のカメラに付けてみての印象としては「決してコンパ クトではないが、大き過ぎることもなく程よい」といった感想である。 数本の単焦点レンズを、この一本にまとめたと思えば驚異的に小さい。数本の単玉と比較して、カメラバックのスペースが余ることでも改めて実感する。
まとめ
動画と写真の両方で使った印象をまとめたいと思う。
何と言っても、世界初の解放F1.8フルサイズ対応ズームレンズであることに尽きる。唯一無二のレンズであり、 その表現力はズームレンズの印象を置き換えるものである。
フォーカスリングをはじめとした各操作部のフィーリングも上質でとても良い。抑えられたフォーカスブリージングとインナーズームは動画での使用を想定し、しっかりと作り込まれている。過去にSIGMAから発売されて、数多くのカメラマンから支持されていた 18-35mm F1.8 DC HSM | Art を、 ご存知の方なら尚更わかると思うが、F1.8通しのままフルサイズ化したこのレンズ、実は驚くほどコンパクトに 仕上がっている。
「単焦点画質のズームレンズ」を広角や望遠のF2.8通しズームに追加して、更なる表現を求めるのも良し。このレンズを基本に、広角側と望遠側を単焦点レンズで補って、画質にこだわるにも良し。思い思いのレンズ構成で作品作りを支える頼もしいレンズである。