このところ各地のソニーストアでは動画関連の講座が企画されているが、ソニーストア札幌において、Creators’ Lab in Sony Store Sapporoとして撮影ワークショップが6月29日、編集ワークショップが7月19日に開催された。講師は北海道で活動するクリエイティブチーム「KAI」よりSHOGO OKAUCHIさんと、RYO SASAKIさん。またこのイベントに合わせて、ソニーαを中心としたカメラ製品のカスタマーマーケティグチームを統括する丸山直樹さんも東京から札幌に駆けつけて参加されたので、この機会にお話を伺った。(編集部 一柳)
ソニーストアのカメライベントとしては、写真の初心者、入門層向けの講座が多いが、今回は珍しく動画クリエイター向け。このワークショップに先立ち、プレイベントとしてトークショーと交流会を企画したところ、20名の定員のところ27名が参加。ほとんどが映像クリエイターだったそうで、KAIが注目されていることがわかる。

カスタマーマーケティングの強化とは?
ソニーαのカスタマーマーケティングを担当する丸山直樹さんにイベント前にお話を伺った。

――このところVIDEO SALONでは、ソニーストアでのイベントを取材したり、CREATORS’ CAMPに参加してレポートしてきました。この1、2年、ソニーでは動画クリエイターが参加するイベントが増えていますが、なにかきっかけがあったのでしょうか?
「2023年度ですが、今後の成長を考えたときに会社のなかでカスタマーマーケティングの強化という大きなテーマがありました。商品の良さを打ち出しながら競合に勝つのをシェアマーケティングだとすると、カスタマーマーケティングというのは、クリエイター含めて既存顧客に寄り添いながら、ビジネスを拡張していくというものです。特にカメラが最たるものだと思うのですが、長くお客様に寄り添うことで、ステップアップを促したり、レンズが追加で欲しくなるとか、そうやってビジネスを拡大していくのが今後の成長を占う上で重要だとなり、わたしが担当するカスタマーマーケティング(CMK)企画推進課が新設されました」
――これまではそういう部署がなかったと。
「カスタマーマーケティング活動は部署単位で行われていて、同じ方向を向いてはいたんですが、横の繋がりがなかったんです。そこをCMK企画推進課ができたことで各活動の点と点を線で繋いで、整理しようということになりました」
――カメラに関しては具体的にはどういうことをやっていく活動なんでしょうか?
「カメラというプロダクトで言いますと、お客さまの普遍的欲求である、もっといい作品を撮りたいとか、もっとうまくなりたいというところをしっかりサポート、支援し続けるところが一番だと思います。会社としてもクリエイターに寄り添い続けて活動を支援するとか、クリエイターとの共創ということを掲げているので、そういった活動を中長期的に続けることで信頼を得て、カメラビジネスを拡大していくということですね。
通常のマーケティングは、いいカメラが出ました、こんなスペックを搭載して、こんな感じで撮れるんですよということを伝える活動ですが、それとはちょっと別枠で、我々のほうは、持っているカメラをどう使うかとか、モチベーションをどう継続的に上げていくか、そこに対しても常にソニーが寄り添っていくということです。
カメラを使ってもらって、もっといい写真が撮りたい、もっといい動画を撮りたい、誰かのためにもっといいものを作りたいとなれば、いい機材が欲しいとか、もっとスキルを学びたいとなるので、カメラやレンズの購入に繋がります。αアカデミーの講座の需要が伸びたり、撮った作品の発表の場があれば、ソニーストアへの来店にも繋がります。社内のいろいろなリソースに繋がっていきますので、そういったことを設計していくのが我々の役割になります」
――なるほど、そのためにソニーストアという拠点も全国の5か所あって、そこでイベントをやっているということだと思うのですが、さらにソニーストアという場所を超えて、CREATORS’ CAMPという活動もあるわけですね。
「リアルな場所としてはソニーストア(αプラザ)があって、そこにギャラリーだったり、αアカデミーではいろいろなお客様に対して写真や動画の講座をやってます。さらにオンラインコミュニティサイトでαカフェというものがあるんですけど、ここはよりライトにオンラインで自分が撮った写真や動画を投稿できコミュニティを形成する場所があります。
一方で、ソニーのサービスの外に出ていって、クリエイターと接点を持つことも大事です。CREATORS’ CAMPもそうですし、イベントへの出展もそうですし、いろいろな活動があります」
地方において動画制作の仕事が浸透してきた
――特に動画のジャンルでカスタマーマーケティングとして考えていることはありますか?
「動画は本当に伸びてきています。その要因としては、SNSなどいろいろなところから情報を得たり発信できたりする環境ができたということ。ブログやSNSなど日常の記録として動画で伝えることになって、そこに対する需要が大きくなったということがひとつ。もうひとつは、特に地方においてクライアントワークで動画が活用される機会が増え、それによって生計を立てられるほど動画制作が浸透・拡大してきている点です。動画需要の高まりを強く実感しており、そうしたお客様を支援する活動を今後展開していこうと考えています」
――ソニーの場合はこれまでの放送とか映画以外の業務映像制作の現場、いわゆる企業プロモーションやウェディングとか記録ビデオなどのジャンルを支えてきたと思うのですが、そことはちょっと違う動画制作ジャンルが生まれているということでしょうか?
「一部のお客様は、αから入ってステップアップしてそちらの業務映像制作の世界に行くということは当然あると思うのですが、学生の頃から写真や映像を学んで、業界に入って修行を積んでというルートではなくて、趣味としてやりつつも、一部で収入を得て楽しんでいくみたいなところもあるかなと思います。ボリュームはまだそんなに大きくないとは思いますが」
――たしかにそうやってInstagramリールから始めて仕事に繋がっているビデオグラファーは最近増えていますね。
「動画を撮るにも、撮影の機材やスタッフの規模感など全然違う世界があって、そちらのほうをフォローする部隊はあるんですけど、一方で我々のほうはコンシューマから派生する領域も見ているところになります。ここが年々重ねる部分が多くなってきて、αを買って始めた人が、そのうちBURANOが欲しくなるということもあるでしょうし、ステップアップの先に交わる世界が少なからずあると思います」
キャリアよりも感性と情熱を重視したい
――ソニーストアやCREATORS’ CAMPの講師やCP+での登壇者などは、ソニーが動画のクリエイターとして注目している人にお声がけしていると思うのですが、どういう人を起用したいのか、ソニーが考えているポイントを教えてください。
「まず、年齢とかキャリアに制限を設けないということは、強くあります。スキルとかキャリアは積み重なるものだということは前提なんですけども、そうじゃないところにも大きな価値があると思っています。キャリアがあって実績がある人とは違う、新しい視点を持っている方ですね。従来の常識にとらわれない新しい表現を模索する力、そこには熱い情熱だったりとか、何か表現したいっていう気持ちとか感性があると思います。キャリアとかスキルとか、あるいは予算とか、そういったものとは違うところに価値があると思っています。そこは新しい若い方のほうが常識にとらわれないところがあったりするのでアドバンテージがありますね。
ソニーとしては「感動」というのを大きなテーマにしていて、それをクリエーターと共に作る「共創」ということをソニーグループとして掲げています。カメラに置き換えて「感動」はどこからくるかというと撮影された作品になる訳ですが、それは機材の質とかだけではなく感性や情熱が重要です。その感性、情熱で上回るのは、必ずしもキャリアを重ねた方だったりするわけではなく、地方で活躍するクリエイターのなかにも、熱い気持ちを持ち、今までにない表現を求めるチャレンジ精神がある方がいらっしゃったりするので、そこを重視しながらお付き合いをさせていただいています」
――たしかにソニーストアのイベントなどは地元のクリエイターを積極的に採用されていますが、キャリアがある人というよりもそういうタイプの方を起用されていますね。
「福岡だったり、札幌だったり、ソニーストアを構えていますが、そこで各地のクリエイターの方々と情報交換して、それが私のところに情報が集まるようにしているんですが、面白そうな人がいたら私や私の課のスタッフが東京から直接会いにいきますし、たとえばCP+のような大きなイベントにもお願いしたりします。これまでのキャリアに関わらず、熱い気持ちやチャレンジスピリッツを持った人にお願いしたいし、そこから生まれるアウトプットというのはやっぱり今までにない表現があると思っています」
――今回、ソニーストア札幌での講師をお願いしているSHOGO OKAUCHIさんも全国的なな知名度はまだまだこれからの方ですが、ソニーストアやCP+で起用されていますね。
「札幌での縁もあって講師をお願いしているのですが、そこから一歩踏み出して、北海道で活躍するこんな素晴らしい若いクリエイターいることをいろいろな人に知ってもらいたいということもあります」
――ソニーストアが各地にあることで、地方のクリエイターを発見しやすくなった?
「全国のソニーストアという拠点のメンバーと連携が取れるようになっているので、一人でやれることとは全然違う情報量、行動量になっています。また、これまでは東京のほうでやっていた全国的なプロモーションを地方の人も含めて人選を検討するようになったのは大きな変化ですね」
クリエイターファーストの支援
――今は地方で活躍するクリエイターが増えています。
「結構、SNSが大きかったですね。SNSがない時代は結局上京して業界でしっかり経験を積んでキャリアを積んでいくという流れがメインストリームだったと思うんです。今は写真にしろ動画にしろ、すごくいいなという人のことを調べたら、地方にいるということが多くなっています。となったら、メーカーとしてもあぐらをかいて東京に座っている場合じゃないぞということになります。ある種リスペクトを持って会いにいくことが大事でしょうし、そういったところから全国的なプロモーションだったり、あるいは世界に向けて発信していく動きは加速している気はしますね」
――話は最初に戻りますが、メーカーとしてはどんどん高い機材にステップアップしていってほしいということはあると思うのすが、今FX3で充分な仕事が増えていると思うんです。そこにジレンマはないですか?
「我々のほうは、そういう発想がないというか、むしろそれを捨てろという大方針が出ています。機材の良さにスポットを当てていったら、カスタマーマーケティング部隊の存在価値はないと思うんです。どこにフォーカスするのかと言ったら「人」です。採算度外視とまでは言わないですけど、人にフォーカスして集客をして支援し続けること。そうすればり売りは後からついてくるという考えです。ある種そこは切り分けています」
――まずは機材を売る目的は横に置いておいて、人に注目するということですね。
「カスタマーマーケティングについてはカメラビジネスが先行したんですけど、他カテゴリーも追随する流れになってきています。そこはカメラビジネスの影響というか、恩恵が大きいと思っています。カメラのビジネスは売ったら終わりではなくて、追加購入とかステップアップなどむしろ始まりとも言えます。これまでとは違う売れ行きの動きをしているということに我々も気がついた。今までのやり方じゃないところにもちゃんと投資をしていかなきゃダメだなということに気がついたというところはあります」
――そういう点でいえば、たとえば各カメラメーカーは鉄道写真や野鳥写真のジャンルで自然保護なども含めて文化として作ってきました。ソニーの場合は、ジャンルではなく、クリエイターファースト的な支援をしていこうということでしょうか?
「我々もそういうジャンルで頑張っているんですけど、やはり後発ですし、文化貢献レベルの話までいくとなかなか歴史あるカメラメーカーとすぐに並べるところまで行けるとは思っていません。もちろん鉄道写真や野鳥写真のジャンルや、教育市場においても努力していきますが、ソニーがカメラ市場の中で存在価値をどこに見い出すかというと、やはり今新しく伸びてきている動画領域だったり、若い力みたいなところだと思っています。それを全力で支えるのが多分ソニーの役割、業界における役割だと強い使命感を持っています」
実践的な編集ワークショップ
編集ワークショップは、前月の撮影ワークショップで大通公園で撮影した映像を音楽に合わせて編集するということで、参加者も自分のPCを持ち込み、DaVinci Resolveを使って行われた。講師は前述のとおり、「KAI」よりSHOGO OKAUCHIさんと、RYO SASAKIさん。


ワークショップは、編集ソフトの使い方ではなく、実際に講師のおふたりが撮影した素材を元に、音楽をベースにどのようなカットを繋いでいったらストーリーが伝わり、映像として気持ちがいいのか、というOKAUCHIさんの方法論を紹介していくかたちで進められた。そのためには今回の場合、どういうカットが足りないのか、また、ズームをかける視覚的効果など、実践的で具体的な内容だった。

OKAUCHIさんは講座後に振り返り、「自分が受講することを考えると、プロジェクトを見せてあげる方が良さそうだよねという話はしていました。今回、この大通公園で撮影していない人たちも来るのですが、自分事ではない素材で、しかも素材不足で編集しろと言われてもなかなか難しい。であれば、僕のプロジェクトを見せて、この映像はこういう意図で、こういうふうにしているということを知れたほうが、自分事に落とし込めるなと思いました」という。
KAIというプロジェクトについて
編集ワークショップの後、おふたりにKAIというプロジェクトについてお話を伺った。

SHOGO OKAUCHIさんは北海道ニセコ出身。フリースタイルスキーをやっていて仲間内で映像を残したいよねというくらいの軽いノリでGoProを買って映像を始めたという。そのうちGoProで遊んでいるうちに映像の面白さにはまってのめり込んでいった。デジタル一眼で本格的にカメラを始めたいと思って、先輩に相談したところ、ヨドバシカメラに連れていかれて、ソニーα7IIIを買ったのだそう。そこからは独学で世界のクリエイターの映像を見て勉強。数年勤めた役所をやめて、映像制作の仕事を始めるようになったという。同じく北海道の八雲町出身のRYO SASAKIさんは、SNSにアップされているそんなSHOGO OKAUCHIさんのムービーを見て感動して、一緒にやりたいと活動に加わった。KAIはもうひとりのメンバーKeisuke Kudoさんと3名のクリエイティブチームだ。
ちなみにKAIとは、アイヌ語で『この地に生まれしもの』を意味するという。同じ志を持つ北海道のメンバーで、大好きな北海道を表現するために始動したチームで、プロジェクト名は『Ezo Explorer』。北海道にある179市町村すべてを、映像で表現して発信していくというプロジェクトだ。


OKAUCHIさんは、このプロジェクトを役所に勤めている時から考えていたそうだ。北海道の景観を自分たちで映像で記録して発信していくといことを考えていて、いろいろなクリエイターに話していたが、北海道の市町村は179もあり、数字だけ見たら大変で、かつ北海道は広すぎる。とりあえず器だけは作ってみたが、実際に自分が映像の仕事を始めてみると、クライアントワークに忙殺されてなかなか着手できなかったそうだ。このプロジェクトは完全な自主制作もあれば、主旨にマッチしたものであれば、自治体のPR映像などのクラインアントワークやタイアップ的な映像も含まれている。
おふたりの実際の仕事も観光プロモーションや、インバウンド系のツーリングのプロモーション、シティプロモーションなど、北海道のクライアントが多いという。「観光プロモーションなどの仕事は、自分でもどうやって表現しようかとワクワクする部分があって内なる情熱をかきたてる部分があるので、クライアントワークといっても、やりがいがある」とのこと。
「役所を辞めるタイミングで東京で一緒にやろうよみたいな話もちらほらあったんですけど、冷静に考えて、地の利があるところで活動したほうが強いんですよ。自分は北海道でやっていて良かったなと思っています。東京の制作会社が北海道で撮影するときに東京からクルーを連れてくるんじゃなくて、ぜひ我々を使ってもらえるような存在になりたいですね」
