2024年3月9日(土)、東京・原宿 LIFORK HARAJUKUで、富士フイルムPresents「X CREATIVE CAMP Ⅱ」が開催されました。このイベントは、フルサイズを超えるラージフォーマットセンサーを搭載するGFX100 IIや、iPadやPCのWEBブラウザからマルチカム収録ができるX-H2S+FT-XHといった機材を用いてクリエイターが作品を撮り下ろしし、その制作時に感じた各製品の魅力や使いこなすためのテクニックを解説するものです。今回は、GFX100 IIでショートムービーを制作した伊納達也さん(inaho Film)、X-H2SとFT-XHでMVを制作した加藤マニさんと大橋洋生さんが登壇しました。この記事では加藤さんと大橋さんのセミナーの模様をレポートします。

取材・文●高柳 圭 構成・セミナー聞き手役●編集部 萩原


加藤マニ(写真右)

映像ディレクター。1985年東京都青梅市に生まれる。東京・渋谷を本拠に、インディーズ、メジャーを問わずミュージックビデオ等の映像制作(キュウソネコカミ、レキシ、Superfly、GReeeeN、Cody・Lee(李)、ビッケブランカ、KALMA他多数)を手がける。MV制作は2015年より毎年年間50本以上に上る。

大橋洋生(写真左)

1973年生まれ岐阜県出身。法政大学卒業後MV制作会社SEPを経てその後独立。現在、株式会社SignaL代表取締役。自社でレンズ・カメラ機材を保有し、自身は映像ディレクターカメラマンDITとして映像作品にマルチに参加している。


▲裏面照射積層型センサーを搭載するX-H2SとファイルトランスミッターFT-XHを組み合わせた状態。X-H2やX-H2Sと組み合わせることで、クラウドサービスのFrame.ioに撮影データを直接アップできたり、今回紹介している最大4台のカメラをiPadやPCで操作できるマルチレック撮影が可能。

 

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X-H2SとFT-XHによるマルチレック機能を活用し撮影したMV

 

2024年1月17日にリリースした川音 希さんの4thアルバム「エンドロール」より。X-H2SとFT-XH4台の「マルチレック」機能を使用して、一部アーティスト本人がマルチレックを操作しながら撮影。

使用カメラ:富士フイルムX-H2S 使用レンズ:XF16mmF1.4 R WR、XF18-120mmF4 LM PZ WR、XF16-55mmF2.8 R LM WR、MK18-55mm T2.9

監督・編集:加藤マニ 制作・プロデューサー:伊藤 司(ハッチ) 撮影・カラーグレーディング:大橋洋生(SignaL) 照明:稗田晋一(DOME)

川音 希プロフィール
栃木県佐野市出身。好物「にんにく」、 ニックネームは「かわお」。2018年CDデビュー。多くのフェス、ワンマンライブ、 作品リリースを経て、2024年1月、約3年ぶりとなるNEWアルバム「 エンドロール」をリリース。これまでに、 本作を監督した加藤マニ氏によるミュージックビデオ製作は6作品 。音楽活動以外では、2020年「佐野ふるさと特使」に就任後、 2023年には「とちぎ未来大使」にも就任、 地元愛も忘れずに活動中。川音 希HP 川音 希X

 

 

マルチレック機能をアイデアの起点としたMV制作

▲マルチレック機能は、最大4台のカメラ(X-H2SもしくはX-H2)と、ファイルトランスミッターのFT-XHを接続し、iPadやPCといったデバイスのブラウザ上で操作できるもの。露出やメニューなどはもちろんフィルムシミュレーションの設定までカメラで設定できる項目は一通り操作できる。

 

 

――今回の企画では、富士フイルムのカメラX-H2SとファイルトランスミッターFT-XHを使った映像作品の制作がテーマでした。そこからどのようにこのMVを発想していったのでしょうか。

 

加藤:せっかく機材を貸出していただけるので、その機材が特化している個性を伝える企画にしたく、X-H2SとFT-XHを組み合わせることでできる「マルチレック」機能に焦点を当てながら、MVの方向性を絞り込んでいきました。マルチレック機能は、最大4台のカメラと、ファイルトランスミッターであるFT-XHをWi-Fiや有線LANで接続し、iPadやPCといったデバイスのブラウザ上で、各カメラの設定や録画といった操作を一括で管理できるものです。その「カメラマンがいなくてもカメラを操作できる点」を活かしたいと思い、ひとりの登場人物が、自分だけでMV撮影するストーリーを考えました。MVの内容は、ソロシンガーの川音 希さんが、深夜に無人となったスタジオに忍び込んで、iPadで4つのカメラを操作して自分のMVを撮ろうと試みるというものです。

▲今回のマルチレックの仕組み。4台のX-H2S+FT-XHからLANケーブルでスイッチングハブに入力。スイッチングハブからWi-FiルーターにLANケーブルを接続して、iPadで各カメラの映像を受診する。各カメラの映像はWi-Fiでルーターを介してiPadやPCに送ることもできるが、今回はより安定した状態で映像を確認したかったため、有線LANでの接続を選択した。

▲上のように各カメラをスイッチングハブやルーターに接続したあとは親機となるカメラでマルチレックの設定を作る。「ネットワーク/USB設定」で上の動画のように設定し、IPアドレスを確認。

 

▲次にiPadやPCのWEBブラウザで親カメラで設定したIPアドレスを入力すると、上の動画のようなWEBブラウザベースのアプリにアクセスできる。そして、画面下の+ボタンで各カメラを登録していく。カメラ側で設定したIPアドレスとユーザー名、パスワードを入力すれば、動画のように各カメラの映像が登録できる。

 

 

――撮影に当たって加藤さんは字コンテをつくられています。こういった字コンテは、いつも用意されているのでしょうか。

 

加藤:コンテの内容は、シーンのパートごとに、時間やその部分で流れる歌詞、そして表現する画の説明をしていて、記載している情報は絵コンテとあまり変わらないと思います。字コンテなのは、単純に私が絵を描くのが苦手なのと、撮影場所の状況によっては想定していたアングルで撮れないケースもあるため、現場を見ながら調整できるよう、重要なイメージだけを伝えられるようにまとめています。

 

▲加藤さんによるMVの字コンテ(クリックすると拡大できます)。

 

 

――大橋さんとはどのようなやりとりをしながら制作を進めていったのでしょうか。

 

大橋:当初は白ホリのスタジオで撮影を想定していたのですが、加藤さんのコンテを読み込んでいくと、深夜のスタジオに忍び込む設定なども含めて、スタジオのバックヤードや機材なども見えたほうが良さそうであったため、スタジオを下見して、コンテにある画を表現できそうなアングルを探しました。

▲今回撮影に使用したスタジオ

 

 

加藤:MVの2階から見下ろすようなアングルや、スタジオの通路を抜けていくようなシーンは、撮影するスタジオを見て決めていきましたね。

 

▲マルチレックに使用した4台のカメラ配置

 

大橋:今はほとんどのメーカーのカメラにリモートコントロールできるスマホアプリが出てきてますが、マルチレックでは、FT-XHを組み合わせることで最大4台のカメラに接続でき、それをひとつの画面で同時に確認できるのが特徴でした。なおかつ、今回のMVではiPadの画面も映像素材として使うことがきまっていたので、各カメラのアングルはそれぞれ異なる印象になるよう意識しています。

レンズは、上手からは単玉の広角レンズXF16mmF1.4 R WR、下手からは望遠の画角も選べるようにXF18-120mmF4 LM PZ WR。正面は川音さんのヨリとバンド全体を捉えられるようにXF16-55mmF2.8 R LM WRを選びました。また、上から見下ろすカメラは下手と同様XF18-120mmF4 LM PZ WRを使い、スタジオ内の監視カメラのようなイメージを表現しました。このレンズは電動ズームにも対応していて、川音さん自身がiPadでズームの操作をするという演出に対応するために選択しました。

 

 

加藤:今回の撮影では、先述の4台のカメラの他、そのカメラ自体を映像に含めた構図を撮影するために、さらに2台のカメラを用いて、合計6台を使用しました。

 

 

ーー撮影後のポスプロの流れについて教えてください。

大橋:6台のカメラで撮影したデータと、iPadの画面のデータを合わせた7つのソースの全素材をDaVinci Resolveでグレーディングして、加藤さんにお渡ししました。

加藤:通常は仮編集後にカラーグレーディングをすることが多いのですが、今回はスケジュールが限られていたので、先行してカラーグレーディングをしていただきました。編集は4KのProResで書き出していただいたデータを受け取りPremiere Proで編集しています。

 

ーーMVのルックづくりではどのような点を工夫したでしょうか。

大橋:今回のMV撮影では、特に女性の登場人物の見え方を重視して、フィルムシミュレーションは使用せずにF-Log2で撮影し、後からグレーディングでルックを追い込むことにしました。また、撮影現場では、日頃から私がストックしているLUTをLUTBOXを介して、モニターに接続して、加藤さんとルックの方向性を相談しました。加えて、照明を暗くしたシーンも複数あったので、暗い中でも女性の肌がキレイに見えるように心がけてグレーディングしました。

▲撮影現場では、大橋さんのオリジナルLUTを使用して、出演者やスタッフに映像のイメージを共有した。

▲上がグレーディング後、下がグレーディング前のLog素材。カラーグレーディングではLUTは使用せず、主にカーブで調整していった。

 

加藤:編集時は、OK・NGも含めて制作部の方に全素材をPremiere Proに並べてくれたデータをいただき、すべてを見比べながら一番良いと思うアングルを選んでつないでいます。編集作業前のシーケンスを見ると、データがかなり煩雑に並んでいるように見えるのですが、魅力的な表現をするために、カットを細かくつないで検討するには、このやり方が自分には合っています。絵コンテがなく、ビジュアル的なイメージや全体の構成は自分の頭の中にあるので、ひとりで編集を仕上げることが多いですね。

 

▲撮影後に制作部が全素材をPremiere Proのタイムラインに載せたものをもらう。
▲編集作業がほぼ完了し、カットポイントの調整をするタイミングで、レイヤーをまとめる。

 

――X-H2SとFT-XHによるマルチレック機能を使ってみて感じた感想や、マルチレックを使ってチャレンジしてみたい表現はありますか。

 

大橋:ブラウザひとつで露出設定はもちろん、F-Logやフィルムシミュレーションなど様々な設定をコントロールできる点はとても利便性が高いと思います。また、RECすると赤枠で表示されるので、各カメラが収録できているかをチェックできるのは安心感があります。

▲マルチレックでは4台一斉に録画することもできるし、個別のカメラを指定して録画もできる。REC中のカメラは赤枠で表示される。

 

加藤:各カメラにカメラマンが付いていなくてもコントロールできる点は、ドッキリ番組のような人をモニタリングする映像で活用すると面白そうですね。今回は、スタジオの環境との干渉を避けるためにカメラを有線接続しましたが、屋外などの広い場所でダイナミックな映像を撮る場合には、無線接続できる点もメリットだと思います。

映像表現という視点では、4つのアングルを同時に見るというのは、本来は人間にできないことで、複数のアングルが同時に並ぶことで被写体やその空間をより立体的に感じられるというのは、新しい可能性を感じました。

 

 

 

 

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▲会場の模様