REPORT◎桜風 涼
32bitフロートレコーディングというジャンルを生み出したとも言えるZOOM社から、超小型2つのXLR入力のレコーダーF3が登場した。発売直後、あっという間に入荷未定となる人気ぶりだ。今回はその特徴と魅力、使い方を解説したい。
【機能解説1】わずか242gに収められたプロ向けレコーダー
まず、外観および機能について。
端的に言えば、このサイズにプロが必要としている機能が全部搭載されている。これさえあれば映像制作の8割はOKだと思う。そのくらい画期的なレコーダーなのがF3である。
重量はわずか242g(電池込み)で、サイズは75.0 mm (W) × 77.3 mm (D) × 47.8 mm (H)、コンビニのおにぎりを一回り小さくした程度の大きさだ。プロが使ってきたプロ向けのレコーダー、例えば同社のF6(32bitフロート6チャンネルレコーダー)が520g、タスカムの32bitフロートレコーダーPortacapture X8が472gと、これらライバル機と比較しても、半分程度の重さである。また、金属フレームに囲まれた強固なボディは、フィールド(屋外)で使うことを前提としたスペックを備えている。ZOOM社のFシリーズは、地球上で人間が暮らせる場所ならば、確実に動作するというのがコンセプトとなっており、砂漠の灼熱と埃の中、南極の極寒の地でも、レコーディングができるように設計されている。登山や海辺での録音でも、安心して使えると言うことだ。ただし、極寒では電池への寒さ対策は必要だし、高温多湿では結露に注意する必要はある。
いずれにせよ、こういったプロ向けの機材の取り扱いに不慣れな人が使ったとしても、壊してしまうというような心配は必要ないだろう。このようなプロ仕様のレコーダーが、なんと市場価格で35,000円程度ということで、これからプロレベルのサウンドを使ってみたい人から、筆者のように映画やテレビの録音に携わる人間まで、幅広く使えるレコーダーだ。
F3は、録音チャンネル数(トラック数)は2つと少ないが、左右別々のモノラル録音(2つの別々のファイルになる)でも、2つのチャンネルをペアにしてステレオ録音(ひとつのファイルになる)にも使え、後述するプロ用のファンタム仕様のマイクが使えるという、これまでプロが欲しかったサイズと機能がコンパクトに詰め込まれつつ、録音の初心者でも簡単に使える画期的な製品だと評価できる。一瞬で売り切れたのも頷ける。
▲ZOOM F3:市場価格35,000円程度。電池込みで242gほど。プロ用のXLR入力が2つあり、ファンタム電源対応で、マイクレベル・ラインレベルに対応。単3電池2本で駆動でき、音量を波形グラフを見ながら調整できる優れものだ。
【機能解説2】録音入門者でも使いこなせるプロ機能
さて、F3は、前述のように、この小さく軽い本体でプロが必要とする機能を搭載しているのが特徴である。具体的には、プロ用マイクの標準となっているXLR・ファンタム電源(24V & 48V)を搭載しており、プロ用マイクがダイレクトに接続できる。プロ用のマイクを使っている人なら驚くと思うが、このサイズのレコーダーでファンタム電源が使えるレコーダーは、筆者は他に知らない。そもそもファンタムの電源ユニットだけでも、このくらいのサイズになるのだ。
これまで多くのビデオグラファーや動画愛好家が音に苦労してきた原因のひとつは、実はプラグインパワー仕様のマイクを使っているからだと筆者は思う。つまり、どうも音が悪いとか、人の声が聞き取りにくい、背景のノイズが気になる、このようなことは、最適なマイクを選べなかったことによるところが大きい。また、多くの人が使っているマイク端子(3.5mmジャック)は、プラグインパワー(簡易なマイク電源)というもので、メーカーごとに仕様が異なり相性問題を抱えている。それだけでなく、電源自体が貧弱なので、高音質を生み出すためのマイク内回路を動かせないのだ。それゆえゼンハイザーMKE600などのプロ仕様マイクは、マイク本体に電池を入れることで、プラグインパワーに頼ることなく高音質をカメラへ渡している(つまりプラグインパワーではプロの音質にならない)。さらに、このMKE600は、ファンタム電源でも駆動可能で、電池駆動の時よりもファンタム接続のほうが音質が上がる。つまり、プラグインパワーではなく、ファンタム電源にするだけで、音質は上げられるのだ。
▲プロ用のXLR端子は抜け防止のロック機構があり、3芯ケーブルを使った電気ノイズ除去機能も備える。統一された規格になっており、様々なマイクを安心して接続可能で、相性問題は皆無といえる。
さらにXLR端子及びファンタムが使えると、マイク選択の幅が非常に多くなる。筆者の直感だが、プラグインパワー仕様のマイクは、おそらく数十製品だと思うが、ファンタム接続のマイクは数百製品になると思う。それゆえ、プロの要望に応じて設計されているファンタム接続のマイクたちは、皆さんの要望に合うものがあるだろう。
さて、プロ用マイクと言っているが、価格は2000円程度のものもあり、決して普通の人が買えないものではない。筆者はベリンガー社のステレオペアマイクC-2(2本1組のマイク)を愛用している。2本で6000円程度。もちろん、1本だけで使ってもいい。プロ用としては格安なのだが、音質は驚くほど高く、ナレーションからインタビュー、アンビエント録音(野鳥などの環境録音)にも、オールマイティーに使える。詳しくは後述することにしよう。さらに、映画やテレビ定番のゼンハイザーのMKH416や、スタジオ用の数十万円の超高級マイクも、F3なら音質を損なうことなく接続可能だ。つまり、F3が1台あれば、一気にプロの音質の世界へ辿り着けるのだ。これまでプロ用マイクを使ったことななかった読者には、F3によるプロの音の世界の入り口として、このF3をお薦めしたい。
【機能解説3】ハイレゾ対応192kHzサンプリングとオーディオインターフェース機能搭載
そのほかの仕様も紹介しておく。入力はXLR(ファンタム対応)が2つ、出力は3.5mmのステレオ2chLINE出力、ヘッドホン出力。オーディオインターフェースとUSBパワー(外部電源)対応のUSB-Cポートを備える。記録はmicroSDカードで、microSDHC規格対応カード(4 GB~32 GB)とmicroSDXC規格対応カード(64GB~1TB)に対応している。
録音フォーマットは、44.1/48/ 88.2/96/192 kHz、32bit Float mono/stereoとなっており、ハイレゾレベルだ。また、パソコンとの接続では、2022年2月末現在は開発中となっているが、3月には32bitフロートに対応したオーディオインターフェースドライバーが提供される予定になっている(旧来の16bit/24bitでのオーディオインターフェース接続は発売時点でも可能)。録音ファイル形式はWAVだけだが、32bitフロートを収納するフォーマットとしてはWAVとなるのは必至だ。非常に良好なS/N比で、ノイズ皆無な録音機器になっている。
電源は単3乾電池2本動作で、アルカリ乾電池の場合、48kHz 32bitフロート2ch録音の場合で約8時間、ニッケル水素蓄電池(2000mAh)で8.5時間、リチウム乾電池では18時間と、プロ用機器としては標準的な運用時間だ。ただ、2chでファンタム接続の場合だと、乾電池で2時間ほど、ニッケル水素蓄電池では3時間ほどだ。実際に使ってみた感じでは、1時間録音して10分休憩という感じでニッケル水素電池(Panasonic製)だと4~5時間程度だった。十分である。
【実際の使い方1】シンプルな操作ボタン類、ただ、録音ボタンを押せばいい
本体のボタンなど、機能面を解説しよう。まず、パッと見てお分かりのように、液晶パネルの下には4つの操作ボタン。通常は、ここしか使わない。そして、画面の左側に3つのボタン。これはメニューと録音されている音声の再生・停止だ。録音は、本体右側面の録音スライドスイッチを使う。
▲シンプルな操作でプロのサウンドを簡単に録音できる。液晶モニター下の「1」「2」はそれぞれ左右のXLR入力の設定とボリューム(波高調整)。優れた操作系だ。
実際に録音するには、電池(単3電池2本)を入れて、マイクを接続し、この録音スイッチをスライドさせるだけでいい。ボリューム調整などしなくても、プロレベルのサウンドが録音できる。ただ、接続するマイクに応じて、事前にファンタム電源のオンオフの切り替えは必要だ。そのような設定は、画面下の4つのボタンを使う。真ん中から左右で分けて2つのボタンがそれぞれ組みになっていて、左2つが左側のマイク端子、右2つが右側マイク端子の設定用だ。詳しくは筆者のYouTubeチャンネルで実演しているので、それを参照していただきたいが、結論だけ言うと、非常に優れたボタン配置で、簡単に設定変更を行える。
極端に言えば、使うマイクに合わせてファンタム電源の設定だけ行えば、後は電源ボタンと録音ボタンだけの操作でプロ級のサウンドになる。
【実際の使い方2】波形グラフで、再生時の音量の最適化が異次元の簡単さ
32bitフロートにはマイクボリュームが必要ない。ただ、マイクの種類によっては音が小さすぎたり、大音量を録音してしまうと、再生時に音が割れてしまうことがある(再生環境が16/24bitリニアだから)。そこで実際には、再生時(編集時)に快適に聞こえる音量に調整する必要が生じるわけだが、F3には素晴らしい機能が入っていて、録音段階から再生時(編集時)をイメージして音量を調整することができる。これを行うために搭載されているのが音量の波形グラフだ。これはビデオ編集をしたことがあればお馴染みだろう。F3はマイクからの音声をリアルタイムに波形にしてくれる。もちろん、出力の小さなマイクを繋げば波形は低くなるし、小さな出力のマイクと言えども大きな音を受ければ波形は大きくなる。そこで、繋いでいるマイクと録音したい音源に応じて、ちょうどいい大きさの音量にしたいのだが、F3では、この波形サイズを拡大縮小することで、それがそのまま前述の再生音量になる。
分かりやすく言えば、波形サイズを整えれば、それがそのままビデオ編集アプリのタイムライン上の波形サイズ(つまり音量)になるのだ。
普通のレコーダーの場合、音量調整はレベルメーターを見ることになるのだが、プロでも最適な音量に調整するには結構な経験が必要だ。それに対して波形グラフは、非常に直感的で、誰でも調整可能だろう。実際には、波形の高さが画面の9割くらいになるようにするだけだ。この時にレベルオーバーなどは考える必要がない。
波高の調整は、画面下の4つのボタンのうちの2つ(左右の入力それぞれ)で行うが、単に上げ下げを行うだけだ。また、この波高調整(再生ボリューム調整)は、スタンバイ時にのみ行える。録音が開始されると、録音されるボリューム(再生ボリューム)は固定となる。
【実際の使い方3】カメラで音を録音するのをやめるべきだ
さて、こういった単独動作のレコーダーを使ったことがない読者もいるかもしれない。通常はカメラに音声を送ってカメラで録音するのが一般的だからだ。しかし、プロの感覚としては、折角高性能なレコーダーを使うのであれば、それよりスペックの低いカメラの音声入力(と録音)を使うのはもったいないと思う。簡単に言えば、カメラに音を入れると劣化してしまう危険性が大きいのだ。
最近行なった映画のMA(音編集)の話だが、カメラに入れた音は劣化が激しく、MAに来ていた監督もびっくりしていた。この映画は、F6(32bitフロートレコーダー)で録音しつつ、カメラへ音をケーブル接続して撮影した。映像編集はカメラに入った音で行なったのだが、簡単にいうと背景ノイズが大きくなってしまっていた。これはカメラの音声リミッターの影響だと思う。カメラへは適正な音量で送っているはずなのだが、使ったカメラのリミッターは、レベルオーバーになるずっと手前の音量から音圧を下げる性格を持っているようで、大きな音だけレベルを下がっていた。その結果、背景ノイズとの音量差が減り、セリフを聞きやすいレベルにゲインアップしたために、背景音も浮かび上がってしまったのだ。ただ、今回はF6でも録音してあるので、劣化した部分の音は全部レコーダーの音に差し替えた。
いずれにせよ、カメラの音声記録機能は、F6やF3などの音響専用機器ほどのスペックにはないので、いい音を得たいのであれば、外部レコーダーで録音するほうが良い。録音も簡単だ。しかも、折角高品質なデジタルデータになっているのに、それをアナログ音声に戻してケーブル接続し、さらにカメラのマイク入力で再デジタル化する。デジタルからアナログ、アナログからデジタルへ変換される度に、アナログノイズ(ホワイトノイズ)が追加されるし、デジタル化アナログ化の時の変換ロスによる音質低下も生じてしまうのだから、無駄だ。
【実際の使い方4】スマホ連動で『各種設定・操作』『タイムコードシンクロ』無線で快適になる
F3は、別売りのBluetoothユニットBTA-1を使うことで、スマホアプリから操作することができる。各種の設定や録音の開始/停止など、大きなスマホの画面で快適に操作することが可能で、波形表示もリアルタイム、ピークメーターも搭載されているので、より厳密なボリューム監視も可能である。
▲ZOOM BTA-1
スマホアプリのF3 Control(無償)は、いわゆる標準的なレコーダーの操作画面に準拠しており、プロなら直感的に使いこなせると思う。初心者であっても、わかりやすいビジュアルなのでマスターするのは容易いだろう。むしろ、本体のメニューを操作の方が、どこに何があるのかがわかりにくいが、スマホアプリはわかりやすいアイコンなので安心だ。BTA-1はF6、F8n、H3-VRと共通で使え、市場価格で4000円程度だ。ぜひ使ってみてほしい。
一方、プロの現場では多用されるタイムコードシンクロにも対応している。ただし、Bluetooth接続のタイムコードなので、TimecodeSystems社のUltraSync Blueという製品か、ATOMOS社のNinjaV+ AtomXSyncが別途必要になる。どちらも、タイムコードシンクロの親機で、F2-BT、F2、F6、F8nをタイムコードで同期することになる。タイムコードシンクロの利点は、複数のカメラや録音機器を使った場合、編集時に音と映像の張り合わせ(同期)が非常に楽になるということだ。映画のように映像と音のファイル数が数千個にもなる場合、タイムコードシンクロは作業効率を圧倒的に上げてくれる。
▲スマホアプリ『F3 Control』。別売りのBTA-1を使うことで、スマホからF3を操作することができる。各種設定変更や録音の開始/停止など直感的に操作できる。
【実際の使い方5】フィールドレコーディングが楽しい
▲筆者の常用システム。F3にベリンガーC-2ペアマイクを繋ぎ、アンビエント(環境音)の録音を楽しんでいる。マイクを2本使い、幅や角度を変えることでステレオ臨場感を調整する。
F3の圧倒的な小ささとプロ用マイクが使えるということで、自然の音を録音して楽しむフィールドレコーディングの楽しさが圧倒的に上がった。つまり、超高音質のレコーダーをポケットに入れて歩けるのだ。
写真のようなシステムで、筆者はアンビエント録音を楽しんでいる。街中の雑踏や自然の音など、高音質なステレオサウンドを簡単に録音することができる。あえてステレオマイクを使わず、2本のステレオペアマイク(同じチューニングを施した2本組マイク)を使い、マイクの幅や角度を変えることでステレオ感を調整することができるからだ。
筆者のYouTubeチャンネルでも、このアンビエント作品を公開し始めているが、一定数のファンがおり、今後の広がりが楽しみだ。
【最後に】32bitフロートは、失敗を限りなくゼロにする夢の技術である
最後に、あらためて32bitフロート録音に触れておきたい。32bitフロート録音というのは、録音時にマイク出力の大きさをそのまま記録できるデータ記録方式である。言い換えると、これまでの16/24bitリニアは、記録できる音量の範囲にマイクからの音量をリニア録音の範囲に整える必要があった。これを怠ると、音割れやホワイトノイズだらけの音になる。
一方、32bitフロート録音機器は記録できる幅が圧倒的に広いので、マイクから出てくる音声信号をそのまま記録できる。というよりも、実際に32bitフロート録音では、マイクからの音量を全く変えずにデータにしている。ただ、その状態だと、繋いだマイクの種類や音源によって、極端に音が小さかったり(例えばダイナミックマイク)、極端に大きかったり(コンデンサーマイクに大声が入った場合など)がある。ところが32bitフロートの利点は、マイクからの生の音の記録と同時に、その音を聞く際の調整値を同時に記録できることだ。つまり、「この音は大きいので-20dB で再生して使ってね」とか「この音は非常に小さいので+40dB大きくして使ってね」というように再生音量(おもみ)を記録できる。ZOOM社の製品では、F3とF6にこの機能が搭載されていて、録音時にはマイクボリュームと同じように調整することになる。マイクのボリューム調整に似た操作を行うことによって、先ほどのおもみが音声ファイル内に記録される。そのファイルを編集アプリで開くと、普通の24bitリニアの音声ファイルと同じように見えるし扱える。一方、この調整に失敗して、極端に大きかったり、小さく『おもみ』を記録してしまった場合でも、元の音声データはマイクからの生の音量のままなので、再生する『おもみ』だけを調整すればいい。難しいことを言っているようだが、編集アプリで大きすぎる波形だったり、ほとんど山が見えないようなレベル不足に見えるデータでも、アプリのゲイン調整でマイクの音質をそのまま引き出せるのだ。
(本記事は、ビデオサロン2022年4月号のレポートの全文掲載版です)