映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第50回『ジョーズ』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』がある。『銃』が公開中。最新作『きばいやんせ! 私』が公開中。

 

第51回『ジョーズ』

イラスト●死後くん

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原題: Jaws
製作年 :1975年
製作国: アメリカ
上映時間 :124分
アスペクト比 :シネスコ
監督: スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ピーター・ベンチリー/カール・ゴッドリーブ
製作:デイヴィッド・ブラウン/ リチャード・D・ザナック
撮影 :ビル・バトラー
編集 :ヴァーナ・フィールズ
音楽 :ジョン・ウィリアムズ
出演 :ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス他
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4月19日からスピルバーグ監督の出世作『ジョーズ』がリバイバル公開されている。僕は約40年ぶりに劇場鑑賞した。僕が小学校2年の時に公開されて、当時はあの恐ろしいジョン・ウィリアムズのテーマ曲とともにテレビスポット予告がかかりまくっていた。

 

父に連れられて観た 『未知との遭遇』との二本立て

スピルバーグ監督の次作の『未知との遭遇』が公開された時に、僕は父親に連れられて名古屋の二番館に『ジョーズ』との二本立てを観に行っている。父親から“ジョーズ”とは顎(あご)という意味だと教えられ、鮫という意味ではないことを知った。

『未知との遭遇』の上映途中から劇場に入った僕は主人公役のリチャード・ドレイファスがデビルズタワーの粘土模型を夢中になって作っている場面を見ながら席についた。『未知との遭遇』が終わって圧倒された直後『ジョーズ』が始まり、リチャード・ドレイファスが鮫オタクの海洋学者役で出て来た時にはすっかり僕は彼のファンになっていた。

 

スピルバーグ監督の音の演出には毎回唸らされる

巨大人食いザメが海水浴場に突如現れる。ジョン・ウィリアムズのテーマ曲と共に水中の人食いザメの目線が、水上の泳ぐ美女の足に向かって浮上していく。テレビスポットで何度も流れていたオープニングシーンはショッキングだった。水中に引きずり込まれた後の海の静けさのコントラストが見事だ。スピルバーグ監督の音の演出には毎度唸らされる。今作品でアカデミー賞、作曲、音響、編集のオスカーをゲットしている。

27歳の青年監督は海水浴場のパニックを23年後の『プライベート・ライアン』のノルマンディー作戦のオマハビーチの大殺戮シーンへと見事に昇華し、23年後の僕は小学五年生の時同様打ちのめされる。僕は音響効果の革命的瞬間を映画館で二度も体験させてもらった。

街を潤してくれる貴重な観光資源の海開きを中止したくない市長らは、事件を隠蔽しにかかるが、海水浴場で子供が鮫に食い殺される。スピルバーグ監督の女、子供も容赦しない残酷ぶりは今も昔も変わらない。被害者の子供の母親が鮫に賞金をかけ、街が鮫騒動で大騒ぎなる様がおもしろい。スピルバーグ監督は、宇宙人(『未知との遭遇』『E.T.』『宇宙戦争』)、戦争(『プライベート・ライアン』『シンドラーのリスト』)、恐竜(『ジュラシック・パーク』)などを題材に街が混乱していく場面を描き続けている。

 

70年代アカデミー賞を 席捲した3人のスターが共演

ニューヨークから移任したばかりの警察署長ブロディにロイ・シャイダー、鮫オタクの海洋学者フーパーにリチャード・ドレイファス、一匹狼の荒くれ鮫ハンター、クイントにロバート・ショウ。この3人が鮫退治に乗り出す。70年代のアメリカ映画のアカデミー賞を席捲した3人の俳優のキャスティングが今となってはありがたい。

海で溺れたトラウマを抱える警察署長、子供の時に乗っていたボートを鮫に襲われて以来、鮫オタクになった海洋学者、戦争中に魚雷で船を日本軍に沈められ、海に投げ出され、鮫に襲われ、仲間達が鮫の餌食になっていくのを体験した鮫ハンター。この3人の人物設計が鮫との闘いに説得力を持たせる。僕もこの映画で海に対してのトラウマが産まれたのか苦手だ。

 

史実を巧みに織り交ぜることでリアリティをもたせる

『白鯨』のエイハブ船長のような獰猛なクイント役のロバート・ショウが素晴らしい。顔が赤銅色の荒くれ漁師が、『スティング』のシカゴ・マフィアのボス役を演じた同じ人とは思えない。『バルジ大作戦』のドイツ軍戦車隊長役も素晴らしかった。太平洋戦争時、クイントが巡洋艦インディアナポリス号に乗艦していた事をブロディとフーパーに告白する場面が印象的だった。

広島、長崎に投下する原爆の部品をテニアン島に運んだ帰路に、日本軍の魚雷で船を失い、仲間達が鮫の大群の餌食に。極秘任務のため助けも呼べず、5日間鮫の群がる海にいたこと。聞いていた僕も身が竦んだ。こういった史実を織り交ぜていくところが巧みだ。ニコラス・ケイジ主演の力作『パシフィック・ウォー』で近年映画化されていた。

 

スピルバーグ監督の 冴えわたる演出

クイントの告白の後、3人が「スペインの娘たち」を歌う場面が良かった。船乗り達の歌だ。クイントの獰猛なマイペースぶりについていけない警察署長と海洋学者が、船長に鍛えられて少しずつ海の男になっていく様が微笑ましい。

そんな時に姿を見せない鮫が襲って来るスピルバーグ演出はやはり冴えている。クイントの『オルカ号』(鮫の天敵はシャチ)に乗っての3人の人食いザメとの死闘は、二度とできないような撮影シーンだらけだ。

『オルカ号』の横を悠々と泳ぐ人食いザメを捉えたショットがすごい。初めて巨大人食いザメを目の当たりにしたブロディの「船が小さすぎる…」の名台詞には笑ってしまった。

 

当時の現場写真は撮影の困難とクルーの工夫を教えてくれる

6mを超えるホオジロザメは海中で泳ぐロボットを作成した。海中で何度も故障して撮影は困難を極めたそうだ。今も残る撮影現場のスチール写真は海洋撮影における困難さと撮影クルーの工夫を後世の僕らに伝えてくれる。撮影は『カッコーの巣の上で』の名匠ビル・バトラー。カメラオペレーターに『タクシー・ドライバー』『レイジング・ブル』のマイケル・チャップマンのクレジットがうれしい。若きスピルバーグの情熱と野心がマスターピースを誕生させた。今なら鮫の描写や海はCG処理になってしまう。ロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファスの貢献ぶりには頭が下がる。俳優とは何と素敵で獰猛な生き物だろうか。

 

鮫映画は今なお続く 映画の王道となった

この映画によって『ジョーズ』はシリーズ化され“ゾンビ”映画共にシャーク(鮫)ものとしてジャンル化され、今なお続く映画の王道となった。海における撮影は最も困難な撮影の一つである。様々な工夫を経て今なお、今後も作られていくだろう。

すべての生命は海から始まったとされるが、僕も海洋で生存の戦いをする漂流者達の映画を創ってみたいという野望がある。それは子供の時に見た『ジョーズ』の影響だったのかなと、深夜の映画館の階段を降りながら考えていた。

 

ビデオSALON2019年6月号より転載