映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第58回『シャイニング』


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『嘘八百』、『銃』、『きばいやんせ! 私』がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。

 

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第58回『シャイニング』

イラスト●死後くん

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原題: The Shining
製作年 :1980年
製作国:アメリカ
上映時間 :146分
アスペクト比 :スタンダード
監督:スタンリー・キューブリック
脚本:スタンリー・キューブリック/ダイアン・ジョンソン
製作:ヤン・ハーラン/スタンリー・キューブリック
撮影 :ジョン・オルコット
編集 :レイ・ラヴジョイ
音楽 :バルトーク・ベーラ/クシシュトフ・ペデレツキ/リゲティ・ジョルジュ/ウェンディ・カルロス/アル・ボウリー
出演 :ジャック・ニコルソン/シェリー・デュヴァル/ダニ―・ロイド他

スティーブン・キング原作の同名小説をスタンリー・キューブリックが映画化。だが、原作とは内容が大きく改変されている。主人公のジャックは作家志望で次回作の構想に耽けるため、冬の間に閉鎖される山奥のホテルに管理人として一家とともにやってきた。しかし、そのホテルでは過去に管理人が一家を惨殺する凄惨な事件が起きていた…。

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11月29日、『シャイニング』の40年後を描いた続編『ドクター・スリープ』が公開されている。しかしながら、年明け早々の新作撮影の準備と2本の仕上げ作業に忙殺されており、劇場に足を運べていないのが残念だ。

キューブリックの今や古典ホラーとなった『シャイニング』を僕は小学6年の時に名古屋の二番館の劇場で観ている。行きつけの映画館に父親と一緒に観に行った。2本立てのもう一本がどうしても思い出せない。父親と行った最後の映画ではないかと思う。

 

期待通り、僕の最高の トラウマ映画となった

正月映画で評判の『シャイニング』は期待通り、僕の最高のトラウマ映画となった。オープニング、ロッキー山脈を眺める湖からの山道を疾走する車を追う空撮がすごい。不穏な音楽が山荘のオールバックホテルへと僕らを導く。

主人公ジャックに『カッコーの巣の上で』で僕のハートを握り潰してくれたヘラ顔、ジャック・ニコルソン。消防用斧を振り回し、ザンバラ髪でニタつくニコルソンのテレビスポットがあまりにも恐ろしく、僕は慄き期待しまくっていた。

次作の執筆が進まず、アルコール依存症の作家ジャック・トランスは、気晴らしに冬季閉鎖の山荘、オールバックホテルの管理人を引き受け、妻のウエンディと一人息子のダニーを連れて訪れる。ジャックには新作執筆に没頭しようとの企みもあった。

 題名の『シャイニング』は息子のダニーが持つ特殊超能力のことで、ホテルを訪れたダニー君がホテル内で遊び回り、普通の人には経験できない超常現象を体感する。ダニー君の見てしまう、ホテルの過去の惨劇の映像がこの映画の最大特徴だ。エレベーターから廊下に吹き出す血の洪水、双子の少女達の廊下に横たわる惨殺死体…キューブリックの変態性視覚のオンパレードだ。

三輪車で走り回るダニーを追っての「ステディカム」での移動撮影が見事だ。僕は小6の冬休みにステディカムという言葉を学んだ。

 

仕事ばかりで遊ばない ジャックは今に気が狂う

閉ざされた冬山の瀟洒なホテルは3人にとってあまりに広すぎる。前任者の管理人が冬山の閉ざされたホテルの生活に耐えきれなくなり、妻子を惨殺し、自殺したという事件をホテルのオーナーに聞かされる。ジャックは自分は大丈夫だとヘラ顔で余裕で返事していたが…。

大広間で1人タイプライターを打ち続けるジャックは次第にトランスしていく。パチパチと打っていたタイプライター文面は、なかなか完成しない小説ではなく、「仕事ばかりで遊ばないジャックは今に気が狂う(all works and no play makes jack a dull boy.)」の文字で原稿用紙が埋め尽くされていた。ジャックは既にいささか壊れ気味だったことがわかる。

原作者スティーブン・キングの小説家という仕事の狂気性への悲鳴と、現代社会に対する警鐘か。僕は学生時代、徹夜のバイトが続いた時など、映画研究部の同級生達とこのセリフを唱えたものだった。

原稿用紙を読んだ妻が夫の異変に気づく。妻ウエンディ役にジュリーデュウバル。この人はロバート・アルトマン監督作品の常連で、『ナッシュビル』にも顔を出していたので知った顔だった。ジャック・ニコルソンの狂気の芝居をサポートした彼女の絶叫、悲鳴が耳から離れない。

ダニーがホテルの怨霊に怯えて逃げ惑うのに対して、父親のジャックは怨霊達と近づきバーで酒を酌み交わしたりしている。いよいよ狂ったジャックは前任者同様、妻子を惨殺しようと消防斧を手にする。

 

DVDの特典映像にも鬼気迫るジャック・ニコルソンの姿が

DVDの特典映像にキューブリックの娘さんが撮った、メイキング映像が残っている。楽屋らしきところで、今回の撮影についてのインタビューに、にこやかに答えているニコルソン。助監督から促され、現場へと雑談しながら向かうニコルソン。スタッフが行き来する撮影現場のホテル廊下を通り、厨房らしきところに入ると、ヒゲモジャのキューブリック監督がタイプライターを打っている。

監督は台本の変更部分の差し込み部分作成に没頭している。厨房を抜けるとホテルの客室廊下から、照明の焚かれた撮影現場の客室内に。包丁を持ったジュリー・デュプリーがにこやかにバスルームへと入っていく。

バスルームの扉が閉められ、助監督のトランシーバーから現場状況や監督からの指示が漏れ聞こえてくる。助監督がニコルソンに消防斧を手渡す。「スタンバイ!」の声がシーバから。

ニコルソンがベットの前で斧を抱えて儀式のように体を揺らし飛び跳ねる。「悪魔よ俺の中にこい…やってこい…」連呼して、唸り、呟き、叫ぶニコルソン。シーバから「レディ・アクション!」の声が。狂ってる。すごいメイキングだった。

 

キューブリックの悪魔的演出に 見事に応える

劇場の僕は、消防斧をドアに振りかざし、妻子を追い詰める狂ったジャック・ニコルソンに縮み上がっていた。閉鎖された極寒の長期に渡る撮影と、ワンカットのために50〜100テイク以上を重ねるキューブリック監督の悪魔的演出に応えた見事なジャック・ニコルソンの仕事ぶりに僕は今なお、感動と畏怖を覚える。この作品の後に三度のアカデミー賞をゲットするニコルソンにとってもキューブリックとの邂逅は一生モンだっただろう。

 

スティーブン・キングは いまだに映画を認めていない

原作者のスティーブン・キングは映画に大不満で、いまだに認めていない。ジャック・ニコルソンの熱演と、キューブリックの演出により、原作にあったホテルの怨霊に取り込まれ狂っていく主人公の様が、元々主人公ががぶっ壊れていたという印象へと移行して、際立ちすぎてしまったためだ。

「シャイニング」という超能力よりも、人間の持つ狂気が際立った。原作を読んでいない僕にとっては身も縮むような恐怖が最高だった。消防斧を振り回す、狂った父親から逃げ回るダニー君とお母さんのウエンディに同情した。僕の隣で映画を観ていた父親は何を思ったのか。

40年後の50代になったダニー君がどんな大人になったのか、『ドクタースリープ』のポスターの前で気になった僕は映画を観ずに、劇場を通り過ぎて、次の打ち合わせへと向かった。

 

VIDEOSALON 2020年1月号より転載

 

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