映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第71回 チャイニーズブッキーを殺した男


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中(『全裸監督』シーズン2も制作中)。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでのドラマ配信もスタート。

 

第71回 チャイニーズブッキーを殺した男

イラスト●死後くん

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原題: The Killing of a Chinese Bookie
製作年 :1976年
製作国:アメリカ
上映時間 :134分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ジョン・カサヴェテス
製作:アル・ルーバン
撮影 :フレッド・エルムス/マイケル・フェリス
編集 :トム・コーンウェル
音楽 :ボー・ハーウッド
出演 :ベン・ギャザラ/ミード・ロバーツ/ティモシー・アルゴア・ケリー/シーモア・カッセル/ロバート・フィリップ/モーガン・ウッドワード/アル・ルーバン/マーティ・ライツ/アジジ・ジョハリ ほか

ラスベガスの場末にあるストリップクラブ「クレイジー・ホース」のオーナー、コズモは長年の借金を払い終え踊り子たちと町へと繰り出す。しかし、賭博ポーカーでマフィアにはめられ莫大な借金を背負うことに。暗黒街のボス、チャイニーズブッキーの暗殺を引き受けざるを得なくなる…。

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2021年1月1日から拙作『アンダードッグ』のボクシング映画の配信ドラマ版、全8話の配信が開始された※。自分にとっての配信新年。ウイルスの猛威は止むことない毎日だが、観ていただいた方にとって新年の推進力に少しでも役立てたらと、切に願ってやまない。

本作には主人公のボクサーがドライバーとして働く風俗店『花園の迷宮』の店長、木田五郎というキャラクターが登場する。台本を初めて読んだ時に『チャイニーズブッキーを殺した男』という映画の主人公コズモ・ヴィテリというキャラクターを思い起こした。

※『アンダードッグ』の配信ドラマ版はABEMAプレミアムで配信中。

観賞後、アパートの四畳半で 深夜ひとり咽び泣いた 

20世紀の最も偉大な映画監督のひとりである、ジョン・カサヴェテス監督作品の『チャイニーズブッキーを殺した男』を僕が初めて観たのは19歳の頃で、大学に入りバイト代でビデオデッキを買ったばかりの時だった。

俳優としてのカサヴェテス作品は『特攻大作戦』『ローズマリーの赤ちゃん』などを観てきたものの、彼の監督作としては『グロリア』しか観ていなかった僕は、大学の映画研究部の先輩、同輩達から軽蔑され、半ば脅迫されるようにビデオレンタルして観たのだった(今となっては先輩達に感謝しています)。

特にタイトルに惹かれて観た『チャイニーズブッキーを殺した男』は僕の大好きなジョン・フォード監督作品の『リバティ・バランスを射った男』にタイトルが似ていることもあって真っ先に観たのだ。観賞後、アパートの四畳半で深夜、僕はひとり咽び泣いた。自分の夢を奪おうとする輩達に抗して闘う男の映画だった。

ジョン・カサヴェテスという映画作家からのメッセージにぶん殴られた想いは今も忘れない。それから今日まで僕はカサヴェテスが、この世に残してくれた1ダースの希少な傑作映画群を観て生きていくのだが、僕はストリップクラブの店長が主人公のこの映画が、カサヴェテス映画のなかでも何故かほっとけなく、とことん好きなのだ。

 

主人公のコズモと カサヴェテスが重なる

カサヴェテス監督の分身かと思えるベン・キャザラが、主人公コズモを演じる。いい面構えだ。自信と信念がみなぎっている。ラスベガスの場末のストリップクラブ「クレージーホース」をひとりで切り盛りしている。パリの老舗高級クラブから名前を勝手にいただいているのだろうか。

ニューヨークから出てきて一国一城の主になったコズモの経歴はカサヴェテスの経歴と重なる。振り付け、選曲、演出、司会進行アナウンスまでをひとりでこなすオーナー、コズモ。「ショーに文句がある奴は俺のところに言いに来い」のアナウンスでショーが開幕する。カサヴェテスは俳優、監督、脚本だけでなく、一部の作品で自らカメラも回している。

 

カジノでマフィアにカモられ、 莫大な借金を背負うことに…

店の出し物は、美しいストリッパー達と怪人芸人“ミスター・ソフィスティケーション(伊達男)”による歌と踊りによるショーがなかなか受けて、常連客で場末ながら繁盛している。サンタモニカからやってきたという客達に彼らが経営するカジノに誘われる。

コズモは自分の彼女含めたベストスリーの売れっ子、お気に入りストリッパー嬢をリムジンで迎えて賭博場へと見栄を張ってタキシードで登壇する。あいにく徹夜ポーカーでまんまとカモられ、2万3000ドルの借金を抱える。強気のコズモオーナーは必ず返すと、その場を凌ごうとするが、実はこれがマフィア達の賭場で、にこやかだった紳士な客達がマフィアの本性を出し始めるところは、本当に恐ろしい。

カサヴェテス監督の得意な即興劇と手持ちカメラが生っぽさのリアリズムを見事に生み出す真骨頂だ。マフィア達のキャスティングが素晴らしい。俳優と非俳優(素人)を使いこなすのもカサヴェテス流。コズモの夢の結晶、クレージーホースを手放さなくてはいけない危機に見舞われる。

そこで、マフィアが借金帳消しの代案に持ちかけたのが、「チャイニーズブッキー」と呼ばれる西海岸の暗黒街を牛耳るチャイニーズマフィアのボスの殺害計画だった。会ったこともない中国人を殺すことを了承した瞬間、借用書は破られ、コズモにはオートマチックの拳銃が手渡される。恐ろしいノワールな場面だ。

 

何があろうとショーを休ませず観客を楽しませる

チャイニーズマフィアの豪邸にひとり乗り込むコズモ。借金返済のため人を殺しにいくストリップクラブのオーナーの一晩を息を潜めて観る映画だ。ハンバーガー12個の使い方には笑った。チャイニーズマフィア達のキャスティングが暗黒街の薄気味悪さを全開で体現していて凄い。同じ街に住んでいても決して関わってはいけない世界の住人がいることが伝わってくる。チャイニーズブッキーに銃弾を浴びせたコズモにチャイニーズマフィア達の銃弾が降り注ぐ。

コズモが何事もなかったかのように店に戻ると、楽屋でストリッパー達とミスター伊達男が揉めている。場末の舞台上では踊り子達と旧舞台芸人の意地とプライドがぶつかり合う。

踊り子達と芸人を宥め舞台に上げるコズモの姿に胸をうたれる。何があろうとショーを休ませず、観客を楽しませるんだ。気楽にやることだとベン・キャラザの長台詞が素晴らしい。観て欲しい。

 

創り手の顔が垣間見える瞬間 こそが映画の醍醐味

この映画は全ての人を楽しませる映画ではないが、必ず観たほうがいい映画だと僕はいつも人に勧めている。ジョン・カサヴェテスという映画人の生き様が伝わってくるからだ。

僕は創り手の顔が垣間見える瞬間こそが映画の醍醐味だとも考える。俳優達と非俳優達とが生み出す息づかいをカメラを担いだカサヴェテスがつかまえ撮り上げた。彼の息遣いが画面を通して伝わってくる。

カサヴェテスは仲間達との映画創作に抗い、邪魔する者達と闘い続けた。人の夢を蔑ろにする人間がこの世にいることを僕に警告してくれた映画に感謝したい。

1989年はジョン・カサヴェテスと松田優作を失った年だ。喪失感のなか、僕はその年に映画の仕事を始めた。2021年1月1日、僕は配信で木田五郎の殴り込みシーンを観ながら、その頃を思い出していた。

 

VIDEOSALON 2021年2月号より転載