中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』はシーズン2が6月24日より配信スタート。

 

第77回 サスペリアPART2

 

イラスト●死後くん

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原題: Profondo Rosso
製作年 :1975年
製作国:イタリア
上映時間 :106分
アスペクト比 :シネスコ
監督:ダリオ・アルジェント
脚本:ダリオ・アルジェント/ベルナルディーノ・ザッポーニ
製作:クラウディオ・アルジェント
撮影 :ルイジ・クヴェイレル
音楽 :ジョルジオ・ガスリーニ/ゴブリン
編集 :フランコ・フラティチェリ
出演 :デヴィッド・ヘミングス/ダリア・ニコロディ/マーシャ・メリル/ガブリエル・ラヴィア/エロス・パーニほか

ローマで開催された欧州超心霊学会で、女性霊能者のヘルガが突然錯乱した。彼女は聴衆のなかにかつて残虐な殺人を犯した者がいる、と発言したのち惨殺される。偶然その瞬間を目撃したピアニストのマークは、異常な連続殺人事件に巻き込まれていく…。

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6月24日、3年にわたったエロ事師達の物語がようやく配信された。世界190の国と地域に降り注がれ、少し安堵している。未だ収まることないウイルスの猛威のなか、作品に携わってくれた全てのキャスト、クルーに深謝したい。皆様本当にお疲れ様でした。そんななか40数年前に僕のトラウマとなった作品が劇場で公開されていた。早速劇場に駆け込んだ。

 

逃げ出してしまった映画と対峙した

僕が『サスペリアPART2』を観てしまったのは、確か小学生の時で、学校から帰宅して、ひとりでテレビをつけたところ、お昼のロードショーで途中からだった。朽ち果てた洋館屋敷で、主人公らしき男性が壁を削り出すと何とも言えない異様な怪奇画が現れる。不気味すぎる画に震えた。奇妙な人形が突然飛び出して来て人が斬殺され、一体どんな物語かわからない僕は、テレビの前から退散してしまった。

それから数年後、中学生になっていた僕は1980年10月6日の月曜ロードショーで『サスペリアPART2』を荻昌弘さんの解説で、家族と一緒に観た。小学生の時にひとりで観てしまった反省で「約束です! 決してひとりでは観ないでください」の予告編の約束をしっかりと守り、逃げ出してしまった映画と対峙した。最後まで逃げ出すことなく完走できたが、殺害されるイタリア人の女優達が恐ろしげで、恐怖の演出に眠れなくなってしまった。

 

ちびっ子をホラーという世界に導いてくれた魔導士だ

イタリアのダリオ・アルジェント監督は『サスペリア』で1977年世界に名をあげた。「決してひとりでは観ないでください」の凄いコピーと共に僕らちびっ子をホラーという世界に導いてくれた魔導士だ。当時僕が愛読していた「少年チャンピオン」では『エコエコアザラク』や『魔太郎がくる』などで魔女、魔術の漫画で悪魔学を学び、「少年マガジン」では『うしろの百太郎』で心霊世界を学んだ。

1970年代は空前のオカルト、心霊、ホラーブームの真っ只中で小学6年間を過ごしてしまった。『エクソシスト』(1973)『オーメン』(1976)とトラウマになる映画を立て続けに大人達から観せられた僕達は、勉学よりも学校の放課後、こっくりさんに励み、祟りや、怨霊に取り憑かれないようにするにはどうしたら良いのか、漫画を読み漁り、修道に励んだ。

 

アルジェントの手にかかるとどんな世界も魔境になる

そんな頃、イタリアからやって来た『サスペリア』は魔女が経営するバレエ学校の寄宿舎の話で、修行の足りない僕には少し難しく、『エクソシスト』『オーメン』ほどのトラウマにはならなかった。ただ、ゴブリンというバンドが奏でるテーマ曲や、主人公が登場する空港がアルジェントの手にかかると魔境として描かれる衝撃。照明やカメラワーク、美術が鮮烈だった。

空前の大ヒットなった『サスペリア』に便乗して続編でもないのに1975年に製作されたアルジェント監督の未公開の前作を大人達は『サスペリアPART2』として公開したのだ。原題は『赤い深淵(Profond Ross)』この便乗商法のおかげで『サスペリア』を超えるトラウマ作品と邂逅できたのだ。

イギリスからローマに作曲の仕事に来ている音楽家マークが、ある夜目撃した殺人事件。「何か、重要なことを見た筈なのにそれが何かわからない」という目撃者マークが謎を解明するために、独自の調査を始め、事件に深入りしていく。事件の秘密に近づく程にマークの身辺で人が惨殺されていく。マーク役には僕の大好きなイギリス人俳優デヴィッド・ヘミングス。彼の代表作はミケランジェロ・アントニオーニ監督の『欲望』の主人公トーマス。自分の撮った写真に死体が写り込んでいて、重要なことを見逃していた目撃者が謎に迫っていく、という同様なプロットだ。僕はこの人が主演していた戦争映画の小品を中学生の時に深夜のテレビ放映で観たきり、タイトルを失念してしまい、30数年調べ続けていた。数年前『帰らざる勇者』という邦題であることが分かって安堵した。

 

監督の変態撮影に酔いしれ溜息が出てしまった

今回、43年ぶりに『サスペリアPART2』を再見したが、トラウマになった怪奇な壁画と殺害惨殺シーン以外はほとんど覚えていなかった。改めてスクリーンで観たアルジェント監督の呆れるほどの変態撮影に酔いしれ溜息が出てしまった。子どものオモチャや人形が撮り方次第でこんなに恐怖を感じるのかと。夜の広場、夜の学校の図書館、家の浴室。当たり前の場所にひとりきりになった時の恐怖を映像で表現するアルジェント調のルックが堪らない。

そしてなんといってもゴブリンの音楽。恐怖をすり込ませる音楽設計。この音楽が流れるとそろそろ人が殺されるぞ、という殺人者が奏でているかのような昂揚感が恐ろしい。殺人場面で必ずかかる子どもの歌声のレコードがトラウマだ。殺しの場面はアルジェント監督自身が全て演じたという信じ難い逸話も残っている。日常の生活でいかに人を殺せるものが溢れているかをひとつひとつ証明していくかの演出が堪らない。美貌の毒舌新聞記者ジャンナ役のダリア・ニコロディはアルジェント監督の妻でもあり名シナリオライターとしてアルジェント作品を昇華させた貢献者だ。2020年に70歳で逝去したのが残念でならない。僕の大好きだったデヴィッド・ヘミングスも2003年に撮影中に心臓発作で亡くなっている。

生活のなかで身近にあるものが、突如として人を殺す道具と化す。その恐怖を考え続けるアルジェント監督は今年81歳で未だ現役だ。43年ぶりに大きなスクリーンでまさか『サスペリアPART2』を観ることができるとは。シネマート新宿に感謝しかない。

50歳を過ぎた大人の僕は、もう怖くて逃げ出すことはなく、映画を堪能しまくったが、ランドセルを背負ったままテレビの前で恐れ慄いた少年時代の自分を忘れたくないと感じた。なぜあれ程恐怖を感じたのか。ある秘密に近づいていくあのドキドキ感。父親が殺された場面を目撃した少年が残した怪奇画が本当に恐ろしかった。当時35歳のアルジェントがあの絵をどうやって書き上げたのか? 今の僕にはその秘密と謎がアルジェントへの畏怖とトラウマとして新たに残った。解明せずにはいられない。

 

 

VIDEO SALON2021年8月号より転載