映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第80回 未来世紀ブラジル


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

第80回 未来世紀ブラジル

イラスト●死後くん

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原題: Brazil
製作年 :1985年
製作国:イギリス
上映時間 :106分
アスペクト比 :ビスタ
監督:テリー・ギリアム
脚本:テリー・ギリアム/チャールズ・マッケオン/トム・ストッパード
製作:アーノン・ミルチャン
撮影 :ロジャー・プラット
音楽 :マイケル・ケイメン
編集 :ジュリアン・ドイル
出演 :ジョナサン・プライス/ロバート・デ・ニーロ/マイケル・ペイリン/キャサリン・ヘルモンド/キム・グライストほか

舞台は情報統制がなされた20世紀のどこかの国。ある時、情報省はテロの容疑者の名前を打ち間違え、誤認逮捕してしまう。これに抗議したジルは、命を狙われることに。情報省で働くサムは、彼女を助けるため奔走するが、やがて様々な規約を破ってしまったサムにも、魔の手が迫ってくる…。

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10月15日から『未来世紀ブラジル』が映画館で上映される※。34年前、僕は『カイロの紫のバラ』とオールナイト上映で観る幸運を得ている。

2度目の大学受験を終えた夜、今はなきテアトル池袋のオールナイト上映で幸せな時間を過ごした。2月の東京は雪がちらついていた。1年先に立教大学に入学した友人が椎名町に下宿していた。僕ら数人の田舎浪人達はそこを根城に1カ月近く入試に通ったのだ。

浪人生活に終わりを告げる試験が終わった日、僕達は椎名町で祝杯をあげ、僕はそのままひとりで池袋の映画館へと向かった。お目当ては『カイロの紫のバラ』だった。ミア・ファーローの素晴らしいラストカットに感極まっていた僕は、約3時間後の『未来世紀ブラジル』の主人公サム役のジョナサン・プライスのクローズアップショットに衝撃を受け脳が揺れまくり、眠気もぶっ飛んだ。

高校1年の時に『バンデットQ』という作品を観て、テリー・ギリアムというイギリスに渡った奇妙なアメリカ人監督を知った。御伽噺を見事に映画にしてしまう魔法使いのような監督だと思った。 

 

管理社会を風刺したSF作品

ジョージ・オーウェルの『1984』からインスパイアされたという、管理社会を風刺した1986年日本公開のSF作品。舞台は20世紀のどこかの国。まだインターネットを知らない僕たちは急速に進む管理社会に対して薄気味悪さを感じていた。

主人公サム(ジョナサン・プライス)は国を制御統制している情報省に勤める小役人だ。国民の行動は統制され、情報も管理されている。街では情報省に反発するテロが頻発している。配管、ダクトを通して情報が行き来するシステムの様が可笑しい。今で言うネットの象徴だ。このダクトを勝手に修理したりすることは違法とされている。ダクト破壊のテロリスト役になんと、ロバート・デニーロが実に楽しそうに演じている。

情報省のミスでテロリストの容疑者の名前を「タトル」を「バトル」と打ち間違えて(原因は叩き潰されたハエ )、誤認逮捕してしまう。クリスマスを祝う「バトル」家の逮捕劇は悲惨だがどこかコミカルで笑ってしまう。笑ってはいけないのだが要は、ブラックコメディーなのだ。

 

モンティ・パイソンという過激喜劇集団

田舎浪人の僕はまだこの頃モンティ・パイソンという過激喜劇集団を知らない。テリー・ギリアムはその過激派集団の親玉だったのだ。アメリカの『サタデー・ナイト・ライブ』にも多大な影響を与えた喜劇過激派のおかげで僕は人生で随分笑わせてもらっている。

情報省の友人ジャック役のマイケル・ペイリンもモンティ・パイソンの一員だ。ワンダとダイヤと優しいやつらというコメディ映画の動物飼育員役でその年の助演男優賞を総浚いしてしまう。とてもこの誌面で書くことが不可能な物凄い演技をしている。拙作『アンダードック』でも参考にした。ぜひ観てほしい。本作では、涼しい顔でテロ容疑者達を拷問していく曲者ジャック役を見事に演じている。

サム役のジョナサン・プライスは僕は初見だったが、イギリス演劇界の名優で今回の大役で見事に世界に名を売った。後に『007/ダイ・アナザー・デイ』で世界征服を狙うメディア王の悪役で登場した時には僕は小躍りした。近年2019年『2人のローマ教皇』でアンソニー・ホプキンスと共演してアカデミー主演男優賞にノミネートされた時には感無量だった。

 

ミニチュアとの合成撮影が効果的で素晴らしい

『未来世紀ブラジル』はサムの見る夢と並行して物語が進む。鎧に身を包み羽を広げて空を舞う勇者サム。天使のような囚われの美女を怪物達から救う夢だ。雲の隙間を飛翔するサムのシーンが美しい。今だとCG処理するところをセット撮影、手間をかけたミニチュアとの合成撮影が効果的で素晴らしい。

怪物達が日本の巨大甲冑サムライや能面を被った輩と、80年代のジャポニズムとサイバーパンクの融合ぶりがテリー・ギリアム調で楽しい。情報省からサムのアパート、美容整形に励む母親と出会うレストランなど、ほぼセット撮影の美術設計が素晴らしい。窓のない閉塞された社会に太陽の日差しは届かない。

タトル家の悲劇を面前で目撃した上階の住人女性ジルは情報省に誤認逮捕を訴え、タトルの釈放を訴える。情報省でサムは抗議中のジルを目撃する。夢の中に現れる美女そっくりなジルに一目惚れのサムの恋心が彼を一躍主人公に押し上げる。ジル役のキム・グライスに僕も一目惚れしてしまった。普段は大型トラックを運転しているボーイッシュなパンクカットなジル。夢の中では長髪のセクシーな美女。この二面性にやられてしまった。      ユーリーズミックスのアニー・レノックスがこの時代キュートに騒がせていたが、ジル像のヒントになったのではと。

情報省批判のため犯罪容疑者となったジル。彼女を救い、誤認逮捕の真実を探ろうと親のコネを使って、拒絶していた昇進をして、情報省中枢に潜り込むサム。機密情報を持ち出すことにより、ジルと共に情報省から追われ、追い詰められていく。

 

2パターンあるラストシーン

この映画はハッピーエンド版とアンハッピーエンド版の2パターンのラストシーンがある。テリー・ギリアム監督が当初から用意していた結末をアンハッピーエンド、配給会社がそのラストを編集で切って短くした結末をハッピーエンド版と呼ばれている。

幸運なことに僕はテリー・ギリアム監督の用意してくれたラストシーンを観ることができた。この経緯は「バトル・オブ・ブラジル」という本を後に読んで知った。テリー・ギリアム監督の闘いの記録も是非とも読んでほしい。テリー・ギリアムという人がこの世にいなければ誕生しなかった映画。映画はハッピーとアンハッピーだけでは括れない。人間はどんな絶望的な状況にあろうと最後まで夢を見る力を失わないのだと僕は教えてもらった。

ジョナサン・プライスのクローズアップ、ラストシーンに胸が熱くなった。エンドロールにかかるマリア・マルダーの歌声が今も耳から離れない。何故この映画の原題が『Brazil』なのか。19歳の僕は明け方の池袋を歩きながら考えてみた。暫く歩いて僕はテリー・ギリアム監督に感謝した。

10月15日が待ちどおしい。皆様それまでどうかご無事に。

 

 

VIDEO SALON2021年11月号より転載