中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!

第103回 吸血鬼ゴケミドロ

イラスト●死後くん

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製作年 :1968年
製作国:日本
上映時間 :84分
アスペクト比 :シネスコ
監督:佐藤 肇
脚本:高久進/小林久三
製作:猪股 尭
撮影 :平瀬静雄
編集 :寺田昭光
音楽 :菊池俊輔
出演 :吉田輝雄/佐藤友美/北村英三/高橋昌也/高 英男/金子信雄/キャシー・ホーランほか

羽田を飛び立った小型旅客機が、突然謎の光体とぶつかり山中に不時着する。奇跡的に生き残った乗客のひとりが近くのUFOを発見。宇宙生物ゴケミドロに身体を乗っ取られ吸血鬼に変貌し、他の生存者たちを襲い始める。吸血鬼と乗客たちの人間模様も描かれたSFホラー映画。

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5ヵ月に亘る撮影も終盤戦となり、いささかバテ気味だ。コロナ、台風による中断などあったがスタッフ、キャストの奮闘のおかげで何とかここまで来れた。もう一踏ん張り。

少年時代トラウマになった映画

撮影の束の間、毎度お世話になっている特殊メイクの藤原カクセイさんとの過去の名作映画談義が一服の清涼剤のようで楽しい。「リメイクしたい映画何かありますか?」との問いに、「『マタンゴ』なんか良いですね」という話になった。

少年時代のトラウマになった南洋の無人島のキノコ人間の物語を思い出していたら、それ以上のトラウマ映画を思い出してしまった。「『吸血鬼ゴケミドロ』リメイクしたいですね」と僕はカクセイさんに語り始めた。

突如として始まった日本映画は只事ではなかった

小学2年の夏休みのある朝、甲子園の高校野球が雨で順延して暇を持て余していた僕は、扇風機の前に寝転がってTVをぼんやりと観ていた。突如として始まった日本映画は只事ではなかった。「まるで血の色だな」と真っ赤に染まった夕焼け空をパイロットが操縦する伊丹空港行き旅客機が、拳銃を持った白スーツの男に沖縄に行けとハイジャックされる。不穏な空から鳥が自殺するかのように飛行機にぶつかり窓を血に染める。突如として紺碧の雲を切り裂き、オレンジ色に発光する謎の飛行物体がジェット機とすれ違い、エンジンから火を吹き旅客機は血色の夕焼け空を墜落していく。 

何だこれと思った刹那、鮮烈なタイトル『吸血鬼ゴケミドロ』の文字に僕は身を乗り出していた。巧みなミニチュア撮影に加え、ホリゾントに描かれた雲と照明によって作られた見事なオープニングだ。

東宝の特撮ではない、松竹作品というのが貴重だ。僕は映画の仕事で初めて撮影所のセットを訪れた時、背景のホリゾントに見事な夕焼け雲を描いていく職人たちの技を見た感激を忘れない。VFX全盛の今、ホリゾントの夕焼け空を久しく見ないのが寂しい。

見知らぬ岩谷に不時着した旅客機の生存者は10名。テロリストのハイジャック犯、副操縦士、スチュワーデス、自称次期総理大臣候補の政治家、兵器製造会社の重役、その妻は政治家と不倫の関係。人の混乱ぶりが大好物の精神科医、謎の宇宙生物学者、岩国までヴェトナム戦争で戦死した夫の遺体を確認しに行くという白人未亡人、時限爆弾を持ち込んだ自殺志願の若者。この10人がアメーバ状の宇宙生命体ゴケミドロの襲来に遭う恐怖の24時間。テロリスト寺岡役の高 英夫(こう ひでお)が物凄い。

この凶悪犯がゴケミドロに洗脳され、額がパックリ裂け、アメーバ状のゴケミドロが侵入していく場面に幼い僕の息が止まりそうになった。その恐怖を未だ抱えて今日に至る。スチュワーデス朝倉嬢役の佐藤友美の悲鳴と僕の心の悲鳴もシンクロした。特殊メイクと人形を駆使しての撮影が却ってオドロおどろしい。今ならVFXで処理できてしまう撮影も、僕が生まれた翌年公開の55年前のアナログ撮影の工夫が素晴らしい。円盤内の光の表現を照明と撮影レンズの工夫と美術で見せていく撮影が素晴らしいのだ。

人間達が一番愚かで怖いというのがこの映画のテーマ

吸血鬼と化した寺岡へのライティングはキャラクターを明確にする。ゴケミドロ寺岡も怖いが、人間達が一番愚かで、怖いのだというのがこの映画のテーマだった。兵器工場の重役、徳安役の金子信雄は和製バート・ヤング(映画『ロッキー』の影の主役。クズ義兄を好演)かと見間違うかの名演。後の『仁義なき戦い』の山守組長のクズぶりの萌芽はここにある。人間の混乱ぶりが大好物だという精神科医が最初に襲われ血を吸われていく、その際に人間が血を失っていく様をライティングで表現していく細やかな巧みな技に目を奪われる。

宇宙生命体がどう人を襲っていくかを観察したいと、宇宙生物学者が言い始める。人を何だと思っているんだと、副操縦士・杉坂の怒りが爆発する。この世の中が嫌になったんだという自殺志願者の爆弾魔青年が生贄の実験台にされる。科学者役に名優、高橋昌也。

額がパックリ割れたゴケミドロ寺岡をベトナムで死んだ夫のようで可哀想だと言っていた未亡人ニールも錯乱して、寺岡のライフルを乱射して、政治家と手を繋いで逃げる様には呆れた。ニール役のキャシー・ホーランは『怪奇大作戦・殺人回路』のあの恐ろしいダイアナ役をやっていて、僕の心胆を未だに寒からしめる人だった。

戦争を知らない子供達に向けて創られた

副操縦士・杉坂は人間不信に陥ってしまう。徳安の不倫妻の身体を乗っ取ったゴケミドロは語る。「人間が愚かな戦争を行なっている隙を狙って我々は地球を襲来する機会を伺っていた」と。目的は全人類の絶滅だという。高度経済成長、一億総白痴、公害、学生運動の1968年。戦争を知らない子供達の僕らに向けてこの映画は創られ、夏休みに子供向け映画として僕は観てしまった。

監督は佐藤 肇監督。『散歩する霊柩車』という物凄い映画を撮った監督だ。西村 晃と渥美 清の掛け合いが見もので、春川ますみが怪演。金子信雄も出ている。満州での戦争体験を持つ佐藤 肇監督は終戦時の満州引き上げのドサクサまみれの人間達の姿をこの作品に投影したのか。人間が嫌いなのでなく、人間が怖いのです。とは太宰 治の短編の一説にあった。

50年近く刻まれるトラウマになる最後の物凄いカット

84分のこの映画の最後の10分が僕は大好きだ。副操縦士・杉坂の「遅すぎたんだ」という最後の台詞が心に残った。地球滅亡の24時間。ラストカット、僕の心に50年近く刻まれるトラウマになる物凄いカットが最後に用意されていた。『ゴジラ対ヘドラ』『日本沈没』『ノストラダムスの大予言』『漂流教室』『宇宙戦艦ヤマト』そしてこの『吸血鬼ゴケミドロ』に小学2年生で出逢えたことは幸運だった。今の自分にとって大切なものとなっているのは間違いない。当時のクリエイティブな大人達に感謝したい。

●VIDEO SALON 2023年10月号より転載