映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第82回 ブラック・レイン


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。

 

第82回 ブラック・レイン

イラスト●死後くん

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原題: Black Rain
製作年 :1989年
製作国:アメリカ
上映時間 :125分
アスペクト比 :シネスコ
監督:リドリー・スコット
脚本:クレイグ・ボロティン/ウォーレン・ルイス
製作:スタンリー・R・ジャッフェ/シェリー・ランシング
撮影 :ヤン・デ・ボン
編集 :トム・ロルフ
音楽 :ハンス・ジマー
出演 :マイケル・ダグラス/アンディ・ガルシア/ケイト・キャプショー/高倉 健/松田優作ほか

ニューヨークレストランで偶然ヤクザの殺人に出くわした刑事のニックと相棒のチャーリー。犯人の佐藤を逮捕し日本に護送するが逃げられてしまう。大阪の街を舞台に、日米の刑事たちが文化や考え方の違いから対立しながらも、協力してヤクザと戦う物語を描いたアクション・ムービー。

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2年半ぶりに開催された11回目の周南「絆」映画祭に呼んでいただいた。盟友、足立 紳さんのシナリオを「松田優作賞」というシナリオコンペで選んでいただき、拙作『百円の恋』の誕生きっかけとなり、僕には恩人のような映画祭だ。

2014年6月16日に山口県周南市の動物園でクランクインしてから7年目の凱旋上映に様々な想いが巡った。丸山昇一さんが「松田優作だったらどれを選ぶか」と最終審査で選んでいただいたという逸話を聞く度に胸が熱くなる。稀代の映画俳優、松田優作が1989年11月6日に天上界に呼ばれ32年になる。

僕が初めて映画の助監督を務めたのが1990年だ。松田優作に憧れて、逢いたくて、東京にやって来た僕の最初の映画現場は『泣きぼくろ』という作品だった。なんと主題歌は優作さんの『灰色の街』。工藤栄一監督含めたクルーにとっての最初のアフター優作作品のカチンコを叩いた僕は、クランクインカットを今でも忘れない。映画のオープニングカットで『灰色の街』がかかるのだ。

僕が『ブラック・レイン』を観たのは1989年の10月で、新宿武蔵野館にて封切り初日に観た。リドリー・スコット監督が大阪を舞台に映画を撮っていたことは、その撮影に参加していたスタッフの人達から聞き及んでいた。誰もがまるで日本の撮影とはスケールが違うことを誇らしく語ってくれた。

 

予告編の松田優作の勇姿に期待しかなかった

『ウォール街』のゴードン・ゲッコーで主演男優のオスカーをゲットした、マイケル・ダグラスが主演。『アンタッチャブル』の一員でフィーチャーされた、アンディ・ガルシアが相棒で、日本の高倉健と組んでのバディー(相棒)刑事ムービー。悪役のヤクザ役に、松田優作という、期待が高まるキャスティングに胸を弾ませていた。『家族ゲーム』『それから』という作品で新しい松田優作に魅了されていた僕は、30代最後の年にいよいよ勝負に出たなと予告編の勇姿に期待しかなかった。

汚職にまみれ、警察内での厄介者のニック(マイケル・ダグラス)がバイクでニューヨークの湾岸を走る明け方のオープニングタイトルカットから素晴らしい。リドリー・スコット調で嬉しいかぎりだ。グレッグ・オールドマンの主題曲に震える。メインキャストクレジットにYUSAKU MATUDAの文字が誇らしく声を挙げたくなる。撮影に『ダイ・ハード』で名を挙げたヤン・デ・ボン、音楽に『レイン・マン』でアカデミーノミネートのハンス・ジマーのクレジットにただならぬ予感だ。

 

ニュースターが誕生した瞬間

ニューヨークマフィアも関係なしに暴れる、無軌道なジャパニーズヤクザサトー役の松田優作が登場シーンから物凄い。モヒカン刈り上げのサトーがサングラスを外した時に映画が動き出す。まさにニュースターが誕生した瞬間だった

チンピラからのし上がってハワイでシノギを削って、ニューヨークで問答無用の殺戮者サトーを捕らえたニックが相棒のチャーリー(アンディ・ガルシア)とサトーを強制送還で日本の警察に引き渡すため、伊丹空港へ。大阪上空の実景撮影が素晴らしい。もはや大阪ではなく『ブレードランナー』の世界だ

空港で、ガッツ石松と内田裕也の刑事が現れるが、僕らは「このふたりが刑事な訳ないだろう」とすぐ偽物だと分かる。ナイスなキャスティングに笑った。内田裕也と松田優作が仲間なことはニック達は知らない。

まんまとしてやられたニックとチャーリーは大阪府警に向かい、松本刑事(高倉 健)に通訳されながら、魔府大阪でサトーを追う。松本の上司、刑事部長役の神山繁も当たり前の貫禄で誇らしい。

リドリーが大阪を『ブレード・ランナー』のように撮っていくワンカットワンカットが見逃せない。阪急梅田駅、心斎橋、十三、京橋、あべの筋がリドリーの手にかかるとまるで違う場所に。フィルムに焼き付けるという撮影行為に僕も後年魅せられていくのだが、今日現在リドリー・スコットの仕事には毎度感嘆してしまう。新日鐵堺で撮影されたという銃撃シーンも素晴らしく、場所を提供した新日鐵にも拍手だ。

サトーは従来の日本のヤクザ像を払拭するような、スタイリッシュな存在。まるで『AKIRA』の世界だ。サトーはフィギュアにもなって今なお健在だ。アンディ・ガルシアと健さんのレイ・チャールズのカラオケシーンも鳥肌もんの名シーンだったが、サトーと若山富三郎の親分との芝居場でも引けをとらず、正に松田優作の映画としての印象が残った。センスのいい不良達が俳優として日本映画を支えていた時代の証。ラストシーンは2パターン撮ったそうだ。松田優作を映画の中に遺してくれたリドリー・スコット監督に感謝だ。

 

松田優作は『ブラックレイン』の中に永遠に生きる

アメリカに住む予定だった松田優作は公開から約1カ月後、急逝。僕は暫くぼんやりと過ごした日々を覚えている。ハリウッドに強烈なインパクトを遺してサトーこと松田優作は『ブラックレイン』の中に永遠に生きる。俳優は死して映画に残るのだ。

周南「絆」映画祭は、松田優作映画祭と言っていいほど、毎年優作さん関連の映画上映と、レジェンド達がゲストとして訪れる。その邂逅が嬉しくて貴重で、ありがたい。レジェンド達は40年前のことを、昨日のことのように、優作さんと共に生きた日々を丁寧に僕達に語ってくれる。優作さんはまだ生きているのだと。

今回、李 世福さんがゲストで参加しており、お会いすることができた。『灰色の街』を創ったロックレジェンドだ。世福さんも優作さんとの出逢いや『灰色の街』の誕生を実に丁寧に優しく僕達に語り伝えてくれた。「松田優作メモリアル・ライブ」の上映後、トークショーにギターを抱えた李さんが現れた。ギターを爪弾くやいなや、天上の優作さんに届けと言わんばかりの咆哮が会場に響き渡った。

僕は初めて参加した30数年前の撮影の日々や『ブラックレイン』のサトー登場カットに想いが巡った。『灰色の街』を天に向かって歌い上げる李世福さんの姿を会場の最後列の席から観ていた僕は、熱いものが込み上げてくるのを抑えきれなかった。

 

 

VIDEO SALON2022年1月号より転載