日々さまざまな金融商品がやり取りされる東京証券取引所。
この日本経済の中心とも言える場所には、
経済情報を発信するための放送ブースが並んでいる。
ストックボイスはその一角で、毎日ライブ配信を続けている。
ラジオから始まった配信が現在、
どのような形になっているのか伺った。

取材・文・構成●矢野裕彦

 

株式会社ストックボイス
https://www.stockvoice.jp

 

 

ラジオ配信から映像配信へ手探りのスタート

ストックボイスは、株式市況のリアルタイム解説を中心にネット動画配信を行うサービスで、主に個人投資家向けの情報を提供している。動画配信を開始したのは、2007年。まだ動画のリアルタイム配信の黎明期で、同社は動画配信については老舗と言える。

2004年10月、ストックボイスで技術を担当する紅林秀美さんは、同社代表の倉澤良一さんと副社長の岩本秀雄さんが始めた音声ネット配信に参加することになった。ラジオ局出身の倉澤さんが、ネットラジオを開始するに当たって、同じラジオ局出身の紅林さんに声をかけたのだ。当初は事務所の一角にマイクを立てただけのスタジオで、もちろん音声のみの配信だった。

「当時はまだ動画のリアルタイム配信は現実的ではなかったので、音声だけでした。その3年後、2007年12月に東京証券取引所の中にある放送ブースに1つ空きができたんです。そこを借りて動画の配信を始めることになりました」

東京証券取引所の情報提供スペースである東証Arrowsには、キー局を中心とした各放送局の中継ブースが設けられている。その一角に、ストックボイスの中継ブース「第1スタジオ」がある。今では動画配信用の機材であふれるスタジオだが、ここに至るには試行錯誤の連続だった。当時の配信先は「Yahoo!動画」(現在はGYAO!と統合)。Peer to Peerの仕組みで配信されるプラットフォームで、対応しているのはWindows PCのみというサービスだった。

「完全に手探りで始めました。ミキシングコンソールは扱っていても、スイッチャーはいじったことがありません。TVの制作プロダクションからアドバイスをもらって、スタジオの設定や機材の選択などを進めました」

当初は分からないことだらけだったが、周囲のアドバイスを参考に機材を導入していった。

「とはいえ行き当たりばったりなこともあって、確か映像素材を探しに行った先で、ローランドのビデオプレゼンターPR-80を見せてもらい、『こんなのがあるの? 便利じゃん』という感じで導入したりしました。それまでは、CMなどのビデオ素材を出すのにFinal Cut Proのトラックを選んで出せばいいだろう、くらいに考えていたんです。甘かったですね(笑)。PR-80を使って、CMとかアタック、スタジオの絵の切り替えなどをして番組を進行していったというのがスタートです」

その頃、現在ディレクターを務める関根美晃さんも加わった。関根さんもそれまで音声業務に関わっており、映像の仕事は初めてだった。

「ちょうど映像配信が始まったくらいの頃です。それまでネット配信だけだったのですが、BSの番組に映像を提供するという話があって参加しました。パソコンも触ったことがなかったのに、コーナー始まりのアタックなどを作ったりしていました。当時は、まだ地デジも始まっていなくて、SDでの提供でした」(関根)

 

◉毎日の株式市況を中心に映像をライブ配信

平日8時半から15時20分までライブ配信する『東京マーケットワイド』は、東京MXで放送される。夕方には『今日の株式 明日の株式』、夜には『WORLD MARKETZ』などの番組を配信する。

◉東証Arrowsの放送ブース第1スタジオ

メインのスタジオとなる第1スタジオ。これまで増強してきた配信機材が所狭しと配置されている。スイッチャーはパナソニック「AV-HS450」を使用。ミキシングコンソールのローランド「M-5000C」は昨年導入した。アタックやテロップはローランド「PR-800HD」から出している。セットの背景となる4台の42インチモニターはローランドのマトリックススイッチャー「XS-84H」でコントロールする。


 

 

インフラや番組に合わせて動画配信の発達と共に成長

株式市況のライブ配信ということで、平日は毎日が生放送となる。各機材の操作方法のコツやノウハウも、配信をしながら体得していった。

「HD化したのは、MXテレビの番組で地デジのテスト放送が始まったくらいのタイミングです。スイッチャーにパナソニックのAV-HS400を導入したときだから、2008年ですね。だいたい使用していた機材で時期が分かります(笑)」(紅林)

MXの放送に合わせてキャラクタージェネレーターも導入した。それまでは、PowerPointで作った黒い背景に文字を乗せて、クロマキーで抜いて使っていたそうだ。

「当時のネット配信は、牧歌的な部分があって(笑)、視聴環境もまちまちだし、切れたり乱れたりが当たり前のような雰囲気がありました。ただ、地上波の放送ともなるとそうも言っていられません。機材もコンテンツもどんどん本格的になっていきました。ただし、独自の運用方法も多数残っています」(紅林)

その後もコンテンツやインフラの変化に合わせながら機材を見直し、現在は3つのスタジオを使って各番組を収録、配信している。メインの配信は第1スタジオで行い、中継先の形で「第2スタジオ」「第3スタジオ」を運用。さらに内藤証券と提携している外部スタジオも使っている。

「中継先で使う第2スタジオには、80インチのモニターを背景に置き、ぼかした映像を映してその前に人が立って配信する“疑似クロマキー”を使ったセットになっています。今ではクロマキー処理が一般的になってきましたが、その頃はライブ配信だと運用が大変だったので、こういう方法を採りました」

現在は第3スタジオにMEスイッチャーとクロマキーのセットが入っていて、収録などで利用している。

 

◉80インチモニターを背景に設置第2スタジオ

中継先として使われている第2スタジオは、80インチモニターを設置して背景にし、疑似クロマキー的に使用している。


 

◉クロマキーのセットを配置第3スタジオ

東証Arrowsのブースの2階にある第3スタジオは、クロマキーがセットされていて、収録などで背景を変える際に利用している。


3つのスタジオを3人のスタッフで回す

配信は毎日、文字どおり朝から晩まで行なっている。

「メインコンテンツである『東京マーケットワイド』という番組を、朝の8時半から昼休みを挟んで夕方15時20分まで、前場と後場を中継しながら生配信します。昼の時間や、市場が閉じたあとにも5分〜15分の解説番組が入り、16時半から17時までは『今日の株式 明日の株式』というその日の株式市場を振り返って投資のヒントを提供する番組、さらに22時から『WORLD MARKETZ』という1時間の海外投資情報番組があります。それが月〜金、毎日ですね」(関根)

常にスタジオが回転している状態だ。それを基本的に3人のスタッフで回しているという。

「配信中は常に2つのスタジオが稼働していて、一人はスタジオの外でも動ける状態にしておくので、各スタジオのオペレーションは基本的に一人でやることになります。ネット配信だけなら、演者がリードしながら番組を進めて、配信側はオペレーションに集中できるので、一人でも何とかなるんです」(関根)

しかし地上波の番組を担当するようになると、CM出しなど、スケジュールがシビアになる。

「地上波の配信の場合、ミキサー、スイッチャー、テロッパー、タイムキーパーを全部やることになります。たぶん、われわれのオペレーションを初めて見た人は驚くんじゃないでしょうか(笑)。もちろん地上波で放送事故を起こすわけにはいかないので、それに合わせてシステムも改善してきています。それでもまだ複雑で、コントロールには慣れが必要ですね」(紅林)

 

映像のライブ配信を継続していく秘訣とは

映像のネット配信、ライブ配信においては、老舗と言えるストックボイス。インフラやニーズに合わせ、ここまで本格的な配信に成長してきた。機材やインフラは整えど、なかなか安定したライブ配信コンテンツが登場しない中、事業として続けられる秘訣は何なのだろうか。

「映像の配信を始めてから、プラットフォームを変更を強いられたりと、たいへんな時期もありました。それでも生き残ってきたのは、第一にほかにはないコンテンツを配信しているということがありますね。ただし、アイデアだけではダメで、配信に見合った収益を上げる仕組みが必要です。そのためには見てもらえるクオリティが必要ですし、それを実現する機材が必要です。そして何より、それを運用できるスタッフがいればこそですね」(紅林)

ネット配信から始めて、今は地上波に映像提供をしているストックボイスは、電波放送からネット配信へ向かうTV局との交差点に立っているとも言える。同社の配信がこの先どういう展開を迎えるのか、注目していきたい。

 

◉映像の配線図

ストックボイスが運用する映像の配線図。以前は、より複雑な操作をする必要があったが、昨年コンソールを入れ替え、整理し直した。音声はローランド「M-5000C」でコントロールしている。多くの番組はキャスター2名の構成のため、寄りに各1台と引きで1台の3台のカメラが配置される。

 

ビデオSALON2019年5月号より転載