映画と人。Vol.1『SKIPシティ国際 Dシネマ映画祭と映画監督 片山慎三』


 

映画監督 片山慎三

1981年生まれ。助監督としてポン・ジュノ監督の『TOKYO!』(08)、 『母なる証明』(09)、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』(12)などの作品に参加。本作が長編デビューとなる。

 

01 なぜ、映画だったのか?

「21際ぐらいから助監督を初めてもう数十年——。30代の今、自分の撮りたい映画を作っておかないと」

—— 『岬の兄妹』が初長編映画ですが、それまでのキャリアは?

もともと高田馬場にあった「映像塾」という学校に1年間通ったんです。そこの塾長だった中村幻児監督に、廣木隆一監督を紹介してもらって、廣木監督のドラマの制作部に入ったことが始まり。それが21歳ぐらいで、アルバイトをしながら助監督をしたり…。

—— ポン・ジュノ監督作品で助監督になったのはどういった経緯でしょうか。

『TOKYO!』を日本で撮影するとき、知り合いの韓国人の助監督に一緒にやりませんかと声をかけてもらったんです。その助監督とは韓国映画が好きという話を僕がしていたので、ぜひ一緒にやろう、と。海外の監督の現場に参加するのも初めてだったし、『TOKYO!』の現場はやっぱり思い出深いですよね。日本の監督はちょっとサラリーマン的というか、聞き分けが良いんですけど、ポン・ジュノ監督の現場は全然やり方が違う。「自分でお金払うから」と、譲らないところは絶対譲らないんですよ。そういう演出術かもしれないですけど、僕もさっそく真似しました(笑)。それはドラマの現場だったんですけど、「僕がお金払うんで」という技を使ったら…半分払うことになりました(笑)。でも、ポン・ジュノ監督の現場に限らず、これまでに参加した現場は記憶に刻まれていますよ。

—— 今回の初長編映画は、自主制作ですよね。私財を投じて“映画を撮る”という決断をしたのはなぜですか?

僕の場合は、助監督から始めてもう10年以上。助監督をこれ以上続けてもしょうがない…という意識もあったし、30代の今、“自分の撮りたい映画”を作っておかないと、これからも監督の仕事は来ないなと思ったんです。そういう自分なりの将来的な動きも含めて、今回の自主映画という選択に至りました。今回の製作費は300万円くらいですが、管理も含めて全部自分が担当しました。

—— 制作期間に約2年かかったと聞きました。

僕が26〜27歳ぐらいのときに書いた脚本が元になっているんですが、それが“知的障害のある他人を売春させている男”の話だったんです。韓国映画の『悪い男』みたいじゃないですか? 自分でもオリジナリティに欠けるなと思ったので、兄妹の設定に変更したんです。その時点で撮影まで日数もなかったので、季節を追って脚本を書き直しながら撮影していこう、という発想に切り替えました。

—— 血縁の兄妹という設定に変えたことで、より挑戦的な内容になりました。

“知的障害を抱える女性の売春”というテーマは、花村萬月の短編集「守宮薄緑」の中にそういう一編があって、それを映画でやりたいなと思っていたんです。あとは、ノンフィクションの「累犯障害者」に書かれていた“知的障害者が罪を繰り返している”という現実も、頭の中に残っていたので。でも、僕の親戚に障害者がいたからというのが、一番大きかったかもしれません。ダウン症のいとこなんですけど、ある拍子に暴れ始めることがあって、それをいとこの弟が泣きながら止めていた——そういう光景を見て、子どもながらに、両親がいなくなったらこのふたりはどうなるんだろう?  って。生まれてきても良いことだけじゃないと思うし、不憫に思うことのほうが多いかもしれない。でも障害を抱えた人が、自立して力強く生きていける。必死になって生きる。そんな言葉で言い尽くせないことを映画で表現したかった。内容的に批判を受けるんじゃないかとか一瞬頭をよぎることがあっても、そういう僕自身の背景があったから、完成できたんだと思います。

▲兄妹が暮らす家のセット。光熱費すら払えなくなった彼らの家は、窓が段ボールで覆われ、ありとあらゆるものが世間から隔離されている印象だ。 ©SHINZO KATAYAMA

松浦・和田が演じる兄妹に合わせた脚本作り

2016年2月、撮影はトラックの中で妹に売春させる“冬”のシーンからスタート。そこから季節を追うように、脚本を書き直しながら撮影を繰り返していったという『岬の兄妹』。作りこんだ家の中でのシーンは、その都度借りると費用もかさむため、最後にまとめて撮影したそう。最初から兄役の松浦祐也の起用ありきの企画だった一方で、妹役の和田光沙はオーディションで決定。どこか子どもっぽく映る彼女の演技を見て「悲壮感なく演技ができる」と直感し、和田本人に合わせてちょっと笑えるようなセリフを盛り込んだほか、現場でのアドリブも多く取り入れたそう。妹の自閉症については、赤﨑正和監督のドキュメンタリー『ちづる』を参考にしたという。


©SHINZO KATAYAMA

 

02 映画祭出品というハードル

「カンヌ映画際の批評家週間をはじめいくつかの海外映画祭に挑戦・・・でも、なかなか仕組みが分からなくて」

—— もともと映画祭出品は考えていましたか?

わりと行き当たりばったりな性格なので、でき上がってどうしようと。一番大きいカンヌ映画祭の「批評家週間」の締切が2月末だったので、まずそれまでに完成を目指しました。撮影終わってから、画をつないでカラコレして…と編集作業と音楽にかなり時間がかかって、完成までに約1年間かかったので。

—— ご自身でカンヌの「批評家週間」にエントリーされたんですか?

そうです。GALACOLLECTIONというサイトを見て準備して、そのGALA経由で応募しました。カンヌには「ある視点」や「監督週間」もありますが、「批評家週間」は長編2本目までの新人監督を対象とした部門なので可能性があるのかなと。でもカンヌからは「またぜひ挑戦してください」という落選の連絡が届きました。

—— そのほかの国際映画祭にもエントリーしたんですか?

いくつか自分たちで直接エントリーしてみたんですが、やはり仕組みもよく分からなくて。結果的には、ヨーテボリ国際映画祭(スウェーデン)のイングマール・ベルイマンコンペティション部門(スウェーデンを代表するイングマール・ベルイマン監督の名を冠した初長編作品を対象にしたコンペティション)への出品が決まって、1月末から2月3日まで現地に参加してきました。

—— ヨーテボリ国際映画祭出品の経緯は?

ちょうどカンヌ映画祭の締切と同じ時期(2019年度は3月1日締切)だった「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」(以降、SKIPシティ)にエントリーしたんです。そこで、コンペティションの優秀作品賞(国内・長編部門)の受賞をきっかけに東京国際映画祭で上映され、たまたまヨーテボリのプログラマーが作品を見てくれて…という流れです。名だたる国際映画祭には世界中から多数のエントリーが集中しますし、作品を見てもらう“きっかけ”や“つながり”が大事なんだなと思いましたね。

▲SKIPシティ国際Dシネマ映画祭でワールドプレミア上映された『岬の兄妹』。写真は、会場でポスターにサインする片山監督。写真提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭

 

映画祭は次なるチャンスの“出会い”の場に

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の優秀作品賞(国内・長編部門)の受賞作品として、2018年度の東京国際映画祭(TIFF)にも参加。レッドカーペットには着物姿の松浦祐也と和田光沙が登場したほか、片山監督もQ&Aに登壇した。映画祭は、そうした観客の反応を知るお披露目の場である一方で、映画業界関係者との“出会い”を生むネットワーキングの場でもある。『岬の兄妹』もSKIPシティ受賞を経て、TIFFに参加したことで掴んだヨーテボリ国際映画祭のプログラマーとの出会いが、初の海外映画祭出品につながった。直接プレゼンできたり、温度感が伝わる人を経由してのエントリーの方が、映画祭に選出される確率が高いのは言うまでもない。


©2018 TIFF

 

 03 SKIPシティ“観客賞”の手応え

「自分で想像しているよりも見ている人にちゃんと伝わるんだと。意図する場面で笑が起きたのもうれしかった」

—— SKIPシティでは作品賞のほかに観客賞も受賞されていますよね。

観客賞はうれしかったですね。自分で想像しているより、見ている人は分かってくれるんだなと。SKIPシティに来る人は映画好きな人も多いと思うんですけど、そういった映画の感度が高い人が見ると、ちゃんと伝わるんだ…そんな手応えがありました。場内で一緒に映画を見ていたんですが、主人公が学生相手にうんこを投げつけるシーンとか、意図するところで笑いが起きていたりしたのは、すごくうれしかった。

—— 自主制作で撮りたい映画を作る。監督として商業映画に携わる。日本の映画製作は資金や制約がありすぎるという声があるなかで、片山監督の目指す方向はどういったものでしょうか?

現時点ではほど遠いかもしれないけど、僕は商業映画でヒットして、海外でもウケる作品が作りたい。50億円、100億円のバジェットが“ちゃんと使える”監督になりたいんです。ポン・ジュノ監督の現場でもそうですし、海外の監督作品を見ていても、使うべきところにちゃんとバジェットを使っているなと。たいていは使いきれないですよ、普通。ここでしか撮れないカットのために海外に行って撮影するとか、クオリティに合うちゃんとした使い方ってあると思うんです。数十億のバジェットを海外の監督みたいにちゃんと使える監督になる、というのが目標です。

▲最高クラスの上映環境が整ったSKIPシティの会場で、観客に交じって鑑賞したという片山監督。作り手の意図が伝わる実感があったそう。写真提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭

 

SKIPシティ2冠に続き、“最速・最短”で公開決定

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭のQ&Aでは、ラストシーンの解釈についての質問が多かったという片山監督。見事2冠を獲得した『岬の兄妹』は、「SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ」の開設15年を記念して、若手監督の劇場公開を支援する「最速・最短全国劇場公開プロジェクト」の対象作品にも選出された。これはSKIPシティのコンペティション(2018年度)に応募した日本映画の中から、配給会社、興行会社、ビデオメーカー、テレビ局といった業界関係者による選考を経て、“即戦力作品”として決定したもの。3月1日(金)の劇場公開に向けて、片山監督は「映画祭のときとはまた違う一般の人、特に女性の反応が怖くもあり、楽しみでもあります」と語っていた。


写真提供:SKIPシティ国際Dシネマ映画祭

 

Information

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭とは?

 

第1回開催の2004年当初から、現在では映画製作の主流となったデジタルで撮影・制作された作品のみにフォーカスした国際コンペティション映画祭。これまでに白石和彌監督、中野量太監督らがSKIPシティアワードを受賞し、次作へのチャンスを掴んでいる。全作品は、4Kデジタルシネマプロジェクターなどの最高クラスの環境で上映。

2019年度作品募集中(国際コンペティション・国内コンペティション)
応募締め切り:2019年3月1日(金)
詳細はhttp://www.skipcity-dcf.jp/

 

 

©SHINZO KATAYAMA

『岬の兄弟』3月1日(金)公開

監製脚編 プロデューサー):片山慎三
撮:池田直矢、春木康輔
美:松塚隆史
出:松浦祐也  和田光沙 ほか
作品完成までに2年の歳月を費やした初長編作。足に障害を持つ兄と知的障害の妹との壮絶な暮らしをつぶさに描き、厳しい現実をあぶりだす。イオンシネマ板橋、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開。 [2018年/日本/カラー/DCP/シネマスコープ/89分

https://misaki-kyoudai.jp/

 

 

ビデオSALON2019年3月号より転載