第3回「90 年代後半の全天球カメラ開発秘話
伝説のVR プロジェクト・ ソニー Fourth VIEW(後編)」

写真・文●染瀬直人

写真家、映像作家、360度VRコンテンツ・クリエイター。日本大学芸術学部写真学科卒。360度作品や、シネマグラフ、タイムラプス、ギガピクセルイメー ジ作品を発表。VR未来塾を主宰し、360度動画の制作ワークショップなどを開催。Kolor GoPro社認定エキスパート・Autopano Video Pro公認トレーナーYouTube Space Tokyo 360度VR動画インストラクター。http://www.naotosomese.com/

※この連載はビデオSALON2017年1月号より転載

2000年代初頭にはPlayStation 2用ソフトで
VRコンテンツの商品化も実現!

98年から04年まで続けられた世界初の商用化VRプロジェクト〜ソニーFourth Viewは先駆的であったと同時に非常に示唆に富んでいました。ソニーコンピューターサイエンス研究所の吉村司さん率いるチームは企画、エンジニア、コンテンツ制作から成る20名ほどで構成されていて中にはビジュアル・コンピューティングのオーソリティー、仏の数学者フランク・ニールセン氏も関わっていました。

Fourth Viewとは商標名でSONY Spatial Video(SSV)が技術名称。それは文字通り「空間映像」という意味でコンテンツのライブラリーも揃えていました。また、ライセンス登録によりサードパーティーの開発もできるシステムでした。

気球や自動車の上にプロトタイプのVRカメラを取りつけ、試験的な撮影が繰り返えされました。複数台のカメラを使用するため瞳射出位置を測定し、パララックスの悪影響を抑えました。現在でもVRとして使用する場合は4K以上のサイズがほしいところですが、当時の映像の画質的な限界から、全天球撮影は研究のみにとどまり、製品化されたコンテンツのほとんどは円筒全方位形の360度VRコンテンツとなったのです。

 

【1999-2000年】

▲8 角錐状の鏡に写り込んだ映像を下に設置した8台のカメラで捉えるミラー型カメラ。全天球ではないものの、視差がゼロであるのが特徴。視差がゼロになること でオーサリング工程が一つ減る。魚眼レンズと違い歪みもないため、リアルタイム化しやすいという。モーニング娘。のPlayStation 2向けコンテンツ「スペースヴィーナス」で導入され、商品化された。撮影に合わせて、3日で作ったのだとか。

 

記念すべき製品化初のVRコンテンツは01年1月11日に5,800円で発売され、オリコン・ヒットチャート1位、12万枚を売り上げたアイドル・グループ〜モーニング娘。の「スペースヴィーナス」。PlayStation2用のソフト〜視点自由形メディアとして販売されました。ここでは8台の小型SDカメラを円周状に配置、その上に取りつけられた光学鏡に映った映像を8台のデジタルβデッキで収録し、それを一つの360度映像に合成しています。ユーザーは視聴中コントローラーで自由に視点を移動し、自分の好みのアイドルをフォローしたり、その模様を記録して自分だけのMVをつくることができるという画期的なものでした。

 

【2000年】

▲浜崎あゆみのライブや京浜急行の前面展望などを撮影し、PlayStation 2のソフトとして販売された。カメラ8台を搭載し、それぞれのカメラが写し出す映像を演者が確認できるようにモニターを8台設置。カメラの絞りや輝度を通信線でコントローラーを導入した。マルチプレクサーを使って、その場でステッチングした状態の映像を観ることもできたという。

 

 

その後、01年12月に発売された浜崎あゆみのドームツアー・ライブの模様を収録した「A VISUAL MIX」では更に進化し、アーティストを取り囲むように外周から好きな角度で見ることができる8台のカメラ、前述のFourthVIEWカメラをステージ上に2台設置した360度映像のスイッチング、そして客席の様々なポジションからステージを狙った9台のカメラを自由に選んで、ディレクター気分が味わえる多視点映像も用意されています。ユーザーのカーソル操作で蝶や花などの多彩なエフェクトをリアルタイム合成したり、それらをすべてメモリーカードに記録できるという、とても15年前のコンテンツとは思えない先進的な内容を実装していました。この時に使用されたFourthVIEW FC1-V8は、「スペースヴィーナス」時のプロトタイプとは逆に、カメラが上に設置されており、下にある鏡を撮影する仕様になっています。またライブビューとリアルタイムステッチで撮影中の映像を確認できるように改良されました。

 

【2001-2004年:最終形】

▲最終モデルでは各カメラの色や絞り、輝度等のカメラコントローラー、各カメラへの電源供給を行うCCUボックス、記録用のHDDレコーダーなどクリエイター向けのVR制作システムを構築。カメラには「FourthVIEW」のロゴも。

 

 

02年に発売された4人組女性バンドZONEの演奏を撮り下ろした「WONDER ZONE」では、360度映像から通常の映像や公式PVに切り替えることが可能に。03年のMEGUMIや根本はるみらイエロー・キャブのタレントをフィーチャーした「ヴァーチャル・ビュー」では、グラビア撮影の現場に潜入するというイメージで構成 。20台のカメラをつかった多視点映像、9台のカメラを搭載したマルチステディカム、そして360度カメラで更衣室を撮影するなど、ユーザーは自由な角度でしかも多彩なリピートモード等の再生技術で楽しめることを可能としています。この作品は商用で世界初と思われるコンシューマ用ジャイロセンサー付きHMD・ソニー「PUD-J5A」向けのコンテンツで空間音声も実現されています。その他、実世界追体験型コンテンツとしては電車の始点から終点まで360度映像で撮影した「Train Simulator Real THE 京浜急行」などがあります。「ライブ以上の体験」や「時空を届けたい」という吉村さんチームの拘りが伝わる様々な挑戦をVR元年の今、もう一度振り返ることは、意味のあることではないでしょうか。

 

 

 

ヘッドマウントディスプレイやPS2のコントローラーで
インタラクティブな視聴も


▲PlayStation 2用のVRヘッドマウントディスプレイ「PUD-J5A」ジャイロセンサーを搭載し、現在のヘッドマウントディスプレイと同様にVRコンテンツを視聴できた他、PS2のコントローラーでも視点の切り替えやメモリースティックに自分だけのスイッチング映像を記録することもできた。

 

▲取材に協力いただいたソニーコンピュータサイエンス研究所・チーフプロデューサーの吉村 司さん。

 

 

◆この記事はビデオSALON2017年1月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1607.html