映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」 第64回 ひまわり


中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』等がある。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』が公開中。abemaTVと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』を制作中。『全裸監督』シーズン2も制作開始。『ホテルローヤル』は2020年冬、『銃2020』も2020年中に公開予定。

 

 

第64回 ひまわり

 

イラスト●死後くん

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原題: I Girasoli
製作年 :1970年
製作国:イタリア
上映時間 :124分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ / アントニオ・グエラ/ゲオルギ・ムディバニ
製作総指揮:ジョセフ・E・レビン
製作:アーサー・コーン/カルロ・ポンティ
撮影 :ジュゼッペ・ロトゥンノ
音楽 :ヘンリー・マンシーニ
出演 :フソフィア・ローレン/マルチェロ・マストロヤンニ/リュドミラ・サベリーエワ/アンナ・カレーナほか

結婚して幸せな日々を送るジョバンナとアントニオだったが、新婚早々第2次世界大戦が勃発し、アントニオはソ連(ロシア)の最前線に送られてしまう。終戦後、帰らない夫を探しにソ連を訪れたジョバンナは、命を救ってくれたロシア人女性との間に家庭を築いていたアントニオと再会する。

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5月26日、緊急事態宣言が解除された。40日ぶりに外出したが、歩いていると、なんだかフワフワした心地になった。ウイルスは未だ至る所に潜んでいるのか、油断ならない。映画館は未だに閉鎖されており、都内では6月1日あたりから徐々に再開されそうだ。何を観にいこうか考えていたところ『ひまわり』製作50周年を記念して、公開されるという。

ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ひまわり』を最初に見たのは高校2年の時、テレビの洋画劇場だった。ヘンリー・マンシーニの名曲は父親の映画音楽大全集のレコードで何度も聴いていた。あの、ひまわり畑をスクリーンで目にする機会がなかなか訪れず。2011年のデジタルリマスターされたリバイバル公開の時、ようやく念願が叶った。

 

戦争を知らない僕にとっても 大切な作品となった

1970年公開というと、第二次世界大戦が終わってから25年。諸説はあるものの、人類未曾有の大戦にて6000万人以上の人々の命が絶たれたと言われている。大戦後多くの戦争映画が製作された。世界中の人々が共有できる物語が、残念ながら先の世界大戦だった。戦場で消息を絶った夫、息子の帰還を待ち続ける妻、母親は世界共通に存在した。イタリアの至宝マルチェロ・マストロヤンニとソフイア・ローレンが演じる、アントニオとジョバンナの物語は、戦争を知らない僕にとっても大切な作品となった。

ウクライナの何処かにあるひまわり畑にスクリーンで圧倒される。撮影はフェリーニ、ヴィスコンティ作品も手掛けた名匠ジュゼッペ・ロトゥンノ。『オール・ザット・ジャズ』でオスカーをゲットしている。映画のオープニングとエンドを飾った、あのひまわり畑を如何にして撮ったのか心境を聞いてみたいものだ。御年97歳にて健在である。

 

たった12日間の新婚生活

寡婦のように黒衣の服装のジョバンナは死亡が確認されていないアントニオの消息を役所に尋ねる日々を重ねている。同じような境遇の婦人達のキャスティングに圧倒される。イタリア映画特有のネオリアリズムだ。

戻ってこない夫の食事を作り、1人の食卓で過去を思い出すジョバンナ。アフリカ戦線に出征する前にナポリに立ち寄ったミラノ男の兵士アントニオ。結婚すれば出征が十二日間引き延ばされると知って、一目惚れしたナポリ娘のジョバンナに求婚。戦時とはいえ青春時代。イタリアの美男美女の恋はあっという間に燃え上がり、結婚。情熱の新婚12日間がイタリア映画らしく楽しい。

せっせと子作りに昼夜励む2人。ジョバンナは卵24 個のオムレツを作ってアントニオに精をつけていた。このオムレツがなんとも旨そうで堪らなかった。これに影響され、僕は学生時代下宿で24個入りの卵焼きを作って一人で寂しく食べたことがある。

 

陽気なイタリア映画の展開から戦場へと様相を変えていく

あっという間に12日が経ち、いよいよ出征。しかし、2人は別れがたく、精神病を偽装して兵役逃れを企む。如何にも陽気なイタリア映画の展開が続いていく。結果偽装がバレて、アントニオは懲罰のためアフリカ戦線から地獄の東部戦線へとソビエト連邦に送り込まれることに。極寒の戦場から映画は様相を変えていく。

軽装備のイタリア軍を襲う冬将軍。雪中行軍が悲惨極まりない。アントニオも雪の中に力尽きる。戦争が終結しても消息が掴めない夫をジョバンナがモスクワまで探しに行く。

冷戦時代のソ連に戦後初めて外国の撮影隊が入り込んだ貴重な映像が凄い。地下鉄から地上にジョバンナが出た瞬間にモスクワに場所が変わる編集が見事だ。ソフィア・ローレンの気丈な姿勢が一点の曇りもなく素晴らしい。

 

無数のひまわりが 兵士たちの墓標に見える

ソ連の役人の案内でウクライナの、あのひまわり畑へ。イタリアの兵士達はそこで倒れ眠っていた。「ナポリの息子よ、なぜ君はロシアの野にきたのか? 故郷の湾に飽きたのか?」丘の上の墓標と詩碑が哀しい。

あの無数のひまわりが倒れた兵士の墓標に見える。無数のひまわりが全て同じでないように、倒れていった兵士一人一人に人生があったのだ。人の命は数字ではない。先の大戦で命を絶たれた人達とひまわりが重なり、ヘンリー・マンシーニの音楽に熱いものがこみ上げてくる。デ・シーカ監督とその撮影クルーの偉業は尊い。

アントニオは敵地で、マーシャという美しい娘に手厚く看護され生き延びていた。マーシャ役にリュドミラ・サベリエワ。透き通るガラスのような瞳がジョバンナの黒い瞳と対照的だ。2人の妻の強い愛情と献身が、敵地に取り残された敗軍の兵士の哀しみをきわ立たせる。マストロヤンニの優柔不断な男ぶりが素晴らしいのだ。

 

3度の列車の別れのシーンは 撮影のお手本になる

この映画は列車の別れが撮影のいいお手本になる。1度目の出征を見送る駅のホーム。2度目はウクライナの駅での再会、一瞥して走る列車に乗り込み、座席で嗚咽するジョバンナの哀しみを共有するロシアの中年女達の慰めの表情が忘れられない。

イタリアにジョバンナを訪ねるアントニオ。ジョバンナは新しい恋を見つけ、新しい生活を始め、子供を授かる。よりを戻そうと戻ったアントニオの「戦争は残酷だ」というセリフが堪らなかった。戦地に取り残され、留まった哀しき兵士達の叫びだった。

3度目の別れでミラノ駅のホームで見せるソフィア・ローレンの哀しみの表情をどうか観て欲しい。1934年生まれの彼女は戦争の哀しみを充分すぎるほど知っている。どれほどの哀しみが彼女にそうさせるのか。列車が動き出した時、列車が遠ざかって行く時の彼女、その表情が凄い。イタリアの、世界中の戦争で傷ついた女達の哀しみを代弁しているかのようだ。ヘンリー・マンシーニのテーマ曲が切なすぎる。

6月1日が待ち遠しい。スクリーンで、あの、でかいオムレツと、あのひまわり畑とあのミラノ駅の別れが観られるのだ。あと3日。

 

 

VIDEOSALON 2020年7月号より転載