中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。

文●武 正晴

愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!



第104回 二十四の瞳

イラスト●死後くん
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製作年 :1954年
製作国:日本
上映時間 :156分
アスペクト比 :スタンダード
監督:木下惠介
脚本:木下惠介
原作:壺井 栄
製作:桑田良太郎
撮影 :楠田浩之
編集 :杉原よ志
音楽 :木下忠司
出演 :高峰秀子 /天本英世 /笠 智衆 /田村高廣 /月丘夢路 /井川邦子 /小林トシ子ほか

壺井 栄の原作を監督・木下惠介が映画化。小豆島の分校に赴任した新任女教師の大石先生と、小学校に入学した12人の子ども達とのふれあいを軸に、日本が第二次世界大戦の波に否応なく飲み込まれていく悲劇を通し、戦争の悲壮さを描いた作品。

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10月31日、池袋の新文芸坐で高峰秀子生誕100周年特集の『二十四の瞳』の最終上映に駆け込んだ。平日の昼間に子どもを連れたお母さんの姿が嬉しかった。2007年のデジタルリマスター版を松竹の東劇で観て以来だった。1954年公開当時、日本人の1/3が映画館で観たという。大戦争から解放されて9年。日本人の心の傷は未だ癒やされていなかった。僕は日本の映画で一番繰り返し観ている。

最初に観たのは、小学生の時に両親に勧められ、テレビ放映を観た記憶がある。小豆島の分校の新任女教師が最初に受け持った新小学1年生12人との出会いからの18年の歳月記だった。主人公、大石久子役に不出世の名優、我らがデコちゃん、高峰秀子が20代から40代を見事に演じている。

僕は、自分が小学校に入学したばかりの時を思い出した。こんな素敵な大石先生とのような美しい思い出は皆無だったが、大石先生を落とし穴に落として、怪我をさせてしまった子ども達が、8kmも離れた先生の家まで歩いて行こうとする。疲れ果て、たどり着けない不安から皆で泣きながら、田舎道を歩いていく場面に引き込まれた。僕も小学1年生の頃、家から遠く離れた場所に遊びに行って、夕暮れの訪れとともに家に帰れなくなるのではと不安に落ち入り、泣きながら家路を歩いた記憶が蘇った。

中学生になり、偶然にも日曜日の朝、NHK名作劇場の放映で再び『二十四の瞳』を観た。日本で初めての普通選挙が行われた、昭和3年から物語は始まる。女性には参政権はなかった。自転車に乗って洋服で学校に赴任する大石先生。洋服に自転車の女(おなご)先生は村人達からぜいたくなお転婆娘と噂される。

12人の瞳の輝きに出会う場面が素晴らしい

初めて教壇に立った大石先生の心に、教室で12人の1年生の瞳の輝きに出会う場面が素晴らしい。この瞳を、どうして濁して良いものか。毎日、8 kmの道を往復して自転車のペダルを踏む彼女の原動力となる。オーディションで選ばれた子役達が素晴らしい。小学6年生までのシーンがあるので、全国から兄弟の3600組、7200人のなかから選ばれた素人の24人が小豆島のロケーションに。小学1年生が6年生になった時、あまりにも似ているので5年かけて撮影したのかと、中学生の僕は思い込んでしまった程だった。

世相を音楽で表現していく

小豆島の春、新1年生12人と大石先生が唱歌を歌いながら、満開の桜の中、「汽車は走る、煙を吐いて、シュシュ シュシュ シュシュ シュシュ」と汽車ゴッコする場面が美しく、忘れ難い。原作には描かれていない大石先生と子ども達の絆を唱歌と小豆島の情景を交えてモンタージュしていく天才監督、木下恵介監督の演出と高峰秀子と子ども達の天真爛漫さの融合が奇跡的だ。「仰げば尊し」から始まる唱歌の数々が、音楽の木下忠司(木下恵介監督の実弟)の劇版でギター、ハーモニカによるアレンジによって、こんなに素晴らしくなるのかと感心した。昭和3年から昭和21年までの世相を音楽で表現していく。大石先生が教え始めの12人が小学校を卒業する頃、満州事変、上海事変と日本が戦争へと進み、太平洋戦争に突入する頃には軍歌一色に染まっていくコントラスト。

5人の男の子達も兵隊に取られ、7人の女の子達も「わたしは女に生まれて残念です」と綴り方に書く子もいた。貧困、古き慣習、女性蔑視の時代。一番勉強ができた女の子が「私は苦労しました」と肺病にかかり、物置小屋で大石先生と共に咽び泣く。治安維持法、戦時教育に嫌気がさして先生を辞めた大石先生。人は何の為に子を産み、愛し、育てるのだろうか? 老人達が始めた戦争で傷つくのはいつも子ども達、若者達だ。

木下恵介監督は『陸軍』という戦意高揚映画を国から作らされる。ラストシーン、久留米連隊の出征大行進を、田中絹代演じる母親が行進する息子を延々と追いかけ続けるものすごいシーンがある。木下監督は軍部に睨まれ、映画を撮れなくなってしまう。「自分の母親に見せて恥ずかしくない映画を撮りたい」と木下監督の名言がある。

大石先生役の高峰秀子が一番好きだ

昭和21年、大石先生は再び、村の分校に教師として戻る。自転車は戦争で失い、小学6年生の息子が櫓を押して小舟で送ってもらう。船乗りだった夫を失い、末娘を失った大石先生は年齢よりも歳をとってしまったかのようだ。夫役にあの死神博士の若き天本英世がハンサムすぎてびっくりだ。撮影当時29歳の高峰秀子の見事なまでのコントラスト。新任先生の時の声と40代の声の使いわけに感心する。『浮雲』 『流れる 』『張込み』  『稲妻』 『華岡青洲の妻』『衝動殺人 息子よ』など数多の作品で凄みのある衝動をスクリーンから投げつけられた。少女時代の『昨日消えた男』の可憐さにはメロメロになってしまったが、僕はこの大石先生役の高峰秀子が一番好きなのだ。「大石小石先生」から泣いてばかりの「泣きミソ先生」とあだ名をつけられる。戦争で苦労した人達はとことん泣いていい。子役以外はキャスト、スタッフ全員が大戦争を経験して生き残った。そんな人達の思いが観客を巻き込んでの名作となった。僕の両親も大戦争を経験している。

12人の生徒のうち、3人の男の子を戦争で殺された。ひとりは失明して島に帰ってくる。女の子もひとりが肺病で亡くなり、ひとりは消息不明。男子ふたりと女子4人と謝恩会で再会する。大石先生の家に皆で泣きながらお見舞いに行った時の記念写真。一葉の集合写真を失明した磯吉が手に取って見る場面に僕は毎度慟哭してしまう。成年磯吉役には田村高廣。『張込み』では高峰秀子と元恋人役だ。

この映画を生きている限り繰り返し観続ける

音楽学校に進めなかった歌の名手マスノが「浜辺の唄」を歌いながら咽び泣く。原作はここで終わるが、天才監督はこれでは終わらない。謝恩会で生徒達に自転車をプレゼントされた大石先生が、再び雨の中8キロの道を行く。やがて雨が上がり晴れ間が出てくる。小豆島の雲が素敵だ。「仰げば尊し」が聞こえている。静かな反戦映画は悲しいだけではない。僕はこの映画を生きている限り繰り返し観続けるだろう。

●VIDEO SALON 2023年12月号より転載