中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか？ 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開！
第110回 ガキ帝国
イラスト●死後くん
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製作年 ：1981年
製作国：日本
上映時間 ：115分
アスペクト比 ：ビスタ
監督：井筒和幸
脚本：西岡琢也
原作：井筒和幸
製作：林 信夫/ 佐々木史朗
撮影 ：牧 逸郎
編集 ：菊池純一
音楽 ：山本公成
出演 ：島田紳助 /松本竜介 /上岡龍太郎 /趙 方豪 / 升毅 /國村 隼ほか
1960年代後半の大阪を舞台に、ケンカと遊びに明け暮れる少年たちの青春を描いた、井筒和幸監督の代表作。少年院帰りのリュウと仲間のケン、チャボは徒党を組まず自由に生きることをモットーとしていたが、ある事件をきっかけにケンはふたりのもとを離れていき…。
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1981年の夏、中学2年の僕は決定的な映画と出会ってしまう。人生で3番目に楽しかった14歳の時、僕の中学の男子生徒約200人中の半分以上の生徒がツッパリくんと言われる不良少年たちだった。僕は不良でも、優等生のどちらでもなく、教師からはタチの悪い生徒と呼ばれていた。
不良達がそのまま映画に登場しているかのような生っぽさ
級友のツッパリ君から、紳助、竜介が出ている不良の映画がやっていると誘われた。当時は空前の漫才ブーム、東の横綱ツービートの毒舌漫才、西の横綱、紳竜の不良漫才は僕にとっての最良の栄養剤となっていた。夏休み、名古屋駅前の劇場に早速、友人達と観にいく。その映画のタイトルは『ガキ帝国』。今まで観てきた映画とは全く違った。僕の学校にいるツッパリ、不良達がそのまま映画に登場しているかのような生っぽさに驚いた。映画スターなどは全く登場しない。紳助、竜介とヤクザ役の上岡龍太郎以外は僕はまるで知らない顔と顔が1967年の大阪を躍動していた。
井筒和幸監督を初めて知った日
映画を観終わった僕は、どうやって家に帰ったか記憶がない。夜、家に帰ると、父親が当時のNHK教育チャンネルで「You(ユー)」という番組を観ていた。番組内では、なんと『ガキ帝国』を撮った監督さんが撮影現場を巡っていた。29歳という若い監督が、あの映画を創ったのかと僕は驚いた。僕が井筒和幸監督を初めて知った日だった。
1967年、少年院から帰って来た不良少年リュウ(島田紳助)を工業高校の母校グランドで出迎える、ツレのケン(趙 方豪)とチャボ(松本竜介)。少年院のリュウのツレ高(升毅)も一緒に登場する。出所祝いにリュウはみつ豆、高はハチミツとバターに塗れたホットケーキで祝う。このフルーツパーラーの撮影カットが僕は大好きで、テーブルからのトラックバックやローアングル、甘処「ぽんち」店外で高とリュウ達が分かれるショットが象徴的だ。
大阪の繁華街のキタは北神同盟、ミナミはホープ会という不良グループが牛耳っている。リュウ、ケン、チャボ3人はどこにも属せず、北神、ホープ会を3人で叩き潰してやると息巻く3匹狼だ。高は暴力団の神竜界が上部組織の北神同盟に入会する。どんなに殴られても立ち上がってくる「明日のジョー」という通り名を貰い頭角を表し、北神会の会長の座に君臨する。竜神会のヤクザ小野(上岡龍太郎)の後ろ盾でホープ会も取り込んで、大阪の不良グループを吸収していく。高が率いる北神同盟と3匹の喧嘩三昧の日々が連日続く。
在日朝鮮人のケンのアウトローぶりを見事に体現
足が短く、頭と顔がデカイ、リュウとチビのチャボの存在は決してカッコ良くはなくコミカルで時に可愛らしい。特筆は在日朝鮮人のケンのアウトローぶりで、趙 方豪が見事に体現する。
中学生の僕たちも朝鮮高校の不良達の恐ろしさは先輩達から都市伝説のように聞かされていた。目の前で先輩がボコボコにされているのを傍観したこともあった。何で朝鮮高校の人達が日本人の生徒達と喧嘩三昧の日々を送るのか、中学生の僕には皆目分からなかった。映画の中で趙 方豪のケンと出逢って、僕はそのことについて少しずつ考えるようになった。
在日の不良グループの“ゼニ”と呼ばれる友人がホープ会に改造モデルガンで射殺され、ホープ会を3人で叩き潰す。高校を中退する3人。ホープ会の残党達から新しいピース会の会長、副会長に嘆願され、リュウとチャボは徒党を組んでミナミを闊歩する。ケンはふたりから離れ1匹狼に。群れないケンに僕は共感した。
この映画の不良達が様々なグループを行き来する様が楽しい。ホープ会にいた奴が、北神に鞍替えしたり、ピース会で調子のいい奴が裏切って北神同盟にいたりする。60年代後半の大阪の不良綺談を井筒監督と脚本の西岡琢也さんが取材して緻密に練り上げ、フィルムに焼き付けていくエピソードの数々が楽しく素晴らしい。
後に名優として知られていく俳優達の青春時代の姿
鉄材を盗む“アパッチ”と呼ばれる、在日不良集団のリーダーを國村 隼さんが演じている。「明日のジョー」の升毅さんも國村さんもこの映画がデビュー作だ。北神同盟の不良の中に徳井 優さんの姿もある。ダンスホールのオーナー役の大杉 漣さんのアドリブには笑わせてもらう。後に名優として皆に知られていく俳優達の青春時代の姿は年を追うごとに感動が深まる。この俳優達と一緒に仕事をすることが僕の目標となり、仕事ができたのは信じられず夢のようだ。
コミカルな青春群像から哀しみを帯びた悲劇へと進んでいく
不良達を利用していく小野役の上岡龍太郎さんのヤクザぶりに僕は悔しくて涙が出て来た。14歳の無知でお馬鹿な僕たちを利用する大人に気をつけろ、とこの映画を創っている監督達から忠告されたような気持ちになった。暴力団の下部組織となっていく北神同盟は一大ガキ帝国を築き上げ、暴力団の売春稼業に女性を送り込む。コミカルな青春群像から、哀しみを帯びた悲劇へとこの映画は進んでいく。山本公正のサックスのテーマ曲が奏でるラスト6分間に僕は身動きができなくなったことを覚えている。いつまでも忘れたくない衝動だ。暴力がいかに虚しい行為かと脳に焼き付けられた。
こんな粋なラストカットはいまだに知らない
リュウとチャボと別れたケンが60年代の終わりの大阪の繁華街を駆け巡るラストシーン。ホープ会の元不良“ポパイ”の姿を機動隊員達の中に見つけるケン。「逮捕したろか」と言われたケンの怒りの形相に胸が熱くなった。機動隊に追われ、駆け込んだ飲み屋のカウンターの最後のセリフに僕はトドメを刺された。こんな粋なラストカットはいまだに知らない。
東京に出て来て、好きな監督は誰だ？ と聞かれるたびに、僕は井筒和幸監督と答えていた。1995年夏、助監督を始めて5年目の僕は念願叶ってようやく井筒監督と出会えた。『岸和田少年愚連隊』という作品にセカンド助監督でつくことができた。「この映画、お前はどんなふうにしたい」と井筒監督に聞かれ僕は「同級生の愛すべき、馬鹿者達にささげたいです」と答えた。それから16年、8本の映画と一本の短編に師事させてもらった。僕は今一番観たい映画は井筒監督の新作だ。その時はもちろん撮影現場に駆けつける気持ちでいっぱいだ。
●VIDEO SALON 2024年6月号より転載
