中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。
第92回 小さな恋のメロディ
イラスト●死後くん
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原題: Melody
製作年 :1971年
製作国:イギリス
上映時間 :103分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ワリス・フセイン
脚本:アラン・パーカー
製作:デヴィッド・パットナム/デヴィッド・ヘミングス
撮影 :ピーター・サシツキー
編集 :ジョン・ヴィクター・スミス
音楽 :ビー・ジーズ
出演 :マーク・レスター/トレーシー・ハイド/ジャック・ワイルド/コリン・バリー/ビリー・フランクス/アシュリー・ナイトほか
11歳の少年少女の初恋の行方を描いた青春ラブストーリー。ロンドンのパブリックスクールに通うダニエルは、美しいメロディに出会い、お互い惹かれあうようになる。ある日学校をさぼって海に行ったことが教師にばれ、「結婚します」と宣言したことから、大人を巻き込んで大騒ぎになってしまう。
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50周年記念公開という『小さな恋のメロディー』を京都みなみ会館で初めてスクリーンで観ることができた。思えば小学3年生の時「日曜洋画劇場」のテレビ放映で初めて観た。当時住んでいた団地の玄関の壁に父親が飾ったポスターを覚えている。「30歳以上の大人を信用するな」という時代に創られた映画に僕は今も魅せられ続けている。
英国の小学6年生のカップルが結婚するんだと大人たちに宣戦布告する映画。カップルを演じたマーク・レスターとトレーシー・ハイドはこの映画で日本中、世界中のアイドルとなった。原題『メロディ』という名前のヒロインを演じたトレーシー・ハイドの可憐さに僕も完全にやられてしまった。
名曲に乗って街の心地よい点描カットが続く
ロンドンの大俯瞰に『melody』のタイトルが浮かび上がり始まる映画。ビー・ジーズの「モーニング・オブ・マイ・ライフ」の選曲に心をつかまれる。「サタデー・ナイト・フィーバー」でディスコでイケイケのビー・ジーズが何年も前に既に名曲を連発していた兄弟グループとは、当時の僕はまるで知らなかった。名曲に乗って街の心地よい点描カットが続く。実景かと思いきや、街を往く少年音楽隊の子ども達は皆この映画の登場人物だ。隊列には主人公のマーク・レスターの顔も。1970年のロンドンの街並みを見事に捉えた貴重な記録映画でもある。街の捉え方が素敵なのだ。子どもにとって重要な路地、空き地がこの映画では大活躍している。僕は自分の短編デビュー作は子ども達の映画で撮影前に見直した。僕が10代〜50代、10年おきに観ている映画はこの映画だけだ。
ジャック・ワイルドと出逢えたことは僕の財産だ
少年達はミッション系の公立学校で制服に身を包み、厳格な教師達の授業に辟易し、過干渉な親達から逸脱した楽しみを見つけようと毎日を懸命に過ごしている。悪ガキ達のリーダー、トム・オーンショー役のジャック・ワイルドと出逢えたことは僕の財産だ。マーク・レスター演じる気の弱いダニエルも決して真面目な奴じゃない。大人達に行くなと禁じられた、大人の繁華街にふたりで出かけて行くモンタージュ。『パットン大戦車軍団』の映画看板の前でジョージ・C・スコット扮するパットン将軍のポーズを取るオーンショーが楽しい。出来の悪いふたりの友情シーンは、学校に叱られに通っているかの僕たち日本のボンクラ小学生にも共感できた。チビに、メガネに、移民の子、爆弾造りの化学オタクと、オーンショーグループのキャラクター達が楽しい。廃駅の線路跡が彼らのアジトだ。
愛すべき個性派集団劇は アラン・パーカーの真骨頂
シナリオは若き日のアラン・パーカー。後に監督作で僕の大好きな『ザ・コミットメンツ』というアイルランドのバンドムービーでも個性豊かなバンドキャラを創り上げている。出来の悪い愛すべき個性派集団劇はアラン・パーカーの真骨頂だ。今作のプロデューサーのデヴィッド・パットナムと後日『ダウンタウン物語』『ミッドナイト・エクスプレス』の監督として世界に名を上げていく。
労働者階級の街並みに、馬車でやってくる廃品回収の屑屋に集まる子ども達。ビー・ジーズの「メロディ・フェア」のイントロと共にメロディ役のトレーシー・ハイドが窓越しにカーテンから顔を出して登場するシーンは何度見ても感激してしまう。古着と金魚を交換してもらった少女が、金魚の入ったガラス瓶を愛でながらロンドンの路地を歩くだけで永遠の名シーンが出来上がってしまうのだ。メロディの飲んだくれのパパは時々留置場に入れられたりしてるが、娘にはとことん優しいパパだ。演じたロイ・キニアは『三銃士』にも出ていて僕の大好きな俳優だ。制服姿のメロディは小学生というよりも大人びて中学生ぐらいに見えてしまう。メロディ達女子達の遊び場は幻想的な森の中の古墓地で、ミック・ジャガーのポスターを広げて、キスして騒いでいる場面が可愛い。
小6のダニエルは同級生のメロディを意識し、運動会で張り切る、このモンタージュシーンが素晴らしく、脚本のアラン・パーカーがB班撮影でその手腕を発揮したそうだ。友情から恋へとダニエルの心情が変わっていく。いつもオーンショーと一緒に帰っていたダニエルが、メロディと初めて一緒に帰る場面に毎度胸が痛む。少年の時、僕も幾度なく経験した友が恋に去っていく心象風景。オーンショー役のジャック・ワイルドの切ない演技が素晴らしい。僕はいつもその場面で鼻がツンとしてしまう。ビー・ジーズの「若葉の頃」がダニエルとメロディが往く古墓地の幻想的な下校路に奏でられ、僕はひとりで下校しているであろう哀しきジャック・ワイルドのオーンショーに想いを馳せてしまう。
学校サボってのダニエルとメロディの海水浴もゲリラ撮影の即興演出。学校中で冷やかされ、友情を裏切り恋に走ったダニエルをからかうオーンショー。ダニエルはオーンショーに飛びかかる。僕も少年時代に同じような喧嘩をした。
教師達、親からのふたりの恋の押さえつけが「何で子どもは結婚したらダメなの」という反発へ。クラスメイト全員が授業をボイコットしてふたりの結婚式を挙げようと決起する。場所は廃駅のアジト。扇動したオーンショーが牧師役を引き受け、子ども達による結婚式を挙げる場面に胸が熱くなる。ジャック・ワイルドなんていい奴なんだ。
アジトに押し寄せる教師達と子ども達の対決にクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ティーチ・ユア・チルドレン」が映画のエンドまで子ども達の応援歌のように伴奏される約5分半は至福の時間だ。かつて子どもだった大人にも沁みる名曲だ。クレーンショットから空撮へと続くラストカットに「LOVE Melody」のタイトルが心憎い。大人達から逃亡するふたりのトロッコを押し出して見送るオーンショーに僕は涙した。
この映画の本当の主役はジャック・ワイルドなのだ
還暦を超えた、マーク・レスターとトレーシー・ハイドが50周年記念上映に来日して、日本中のミニシアターを巡っているという。こんな日がやって来るとは。僕は駆けつけることは叶わなかった。この映画の本当の主役はジャック・ワイルドなのだ。2006年に亡くなった彼に僕は逢いたくて、そう思わずにはいられなかった。