中・高・大と映画に明け暮れた日々。あの頃、作り手ではなかった自分がなぜそこまで映画に夢中になれたのか? 作り手になった今、その視点から忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に改めて向き合ってみる。
文●武 正晴
愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイミーツプサン』にて監督デビュー。最近の作品には『百円の恋』、『リングサイド・ストーリー』、『銃』、『銃2020』、『ホテルローヤル』等がある。ABEMAと東映ビデオの共同制作による『アンダードッグ』が2020年11月27日より公開され、ABEMAプレミアムでも配信中。現在、NETFLIXでオリジナルシリーズ『全裸監督』シーズン2が配信中。2023年1月6日より『嘘八百 なにわ夢の陣』が公開!
第94回 アルカトラズからの脱出
イラスト●死後くん
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原題:Escape From Alcatraz
製作年 :1979年
製作国:アメリカ
上映時間 :110分
アスペクト比 :ビスタ
監督:ドン・シーゲル
脚本:リチャード・タークル
製作:ドン・シーゲル
製作総指揮:ロバート・デイリー
撮影 :ブルース・サーティース
編集 :フェリス・ウェブスター
音楽 :ジェリー・フィールディング
出演 :クリント・イーストウッド/パトリック・マクグーハン/ロバーツ・ブロッサム/ジャック・チボー/フレッド・ウォード/ポール・ベンジャミンほか
サンフランシスコ湾の島にあるアルカトラズ連邦刑務所。脱出不可能とされる監獄に、何度も脱獄した過去を持つ頭脳明晰な受刑者フランク・モリスが送られてくる。彼は数人の囚人仲間と共に通気口を外して脱出する計画を立てる。不可能といわれたアルカトラズからの脱獄事件の実話を映画化。
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1月20日から菊川の映画館ストレンジャーで始まっているドン・シーゲル監督特集が嬉しい限りだ。本名、ドナルド・シーゲル監督を師と仰ぐクリント・イーストウッド監督の西部劇最後の大傑作『許されざる者』のエンドクレジットで、セルジオ・レオーネと共にドン・シーゲルにささげるとクレジットが出た瞬間に僕は慟哭した覚えがある。
イーストウッドの出世作『ダーティーハリー』、ウォルター・マッソー主演のアクション映画『突破口!』、リー・マーヴィン主演『殺人者たち』、苦み走ったオッサン達に少年時代の僕は魅了された。
アルカトラズ刑務所から唯一の脱獄犯達の実話の映画化『アルカトラズからの脱出』は僕にとっては思い入れの強い作品だ。
ドン・シーゲル監督晩年の『アルカトラズからの脱出』を僕が最初に観たのは「日曜洋画劇場」のテレビ放送で高校1年の時だった。翌日の月曜日、職人監督の手腕にすっかり魅了された僕達ボンクラは、昨夜見た痛快な脱獄劇について1日中語り合っていた記憶がある。管理教育の雁字搦めの閉塞した高校生活に辟易していた僕達は『アルカトラズからの脱出』の痛快さに光明を見出していたのだろう。テレビ放映の吹き替えは、もちろんイーストウッドと言えば、山田康雄。ルパン3世とは違ったシニカルな知能犯を見事に演じてくれた。
諦めない人間の凄みを監督・俳優が提示してくれる
数多の脱獄映画の傑作に、スティーヴ・マックイーンの『パピヨン』『大脱走』、ロベール・ブレッソン監督『抵抗』、ジャック・ベッケル監督『穴』、近いところでは『ショーシャンクの空に』、どれも僕の心をとらえて離さない。男達の不屈な脱獄劇は、人間性を排除しようとする刑務所へ、自由を求めた闘いに様相を変えて描かれている。諦めない人間の凄みを監督・俳優が身体を張って僕の眼前に提示してくれ毎度勇気をもらえる。
アル・カポネも収監されたというサンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ刑務所。通称“ロック”(岩)と呼ばれた、凶悪犯、各刑務所の問題児、訳ありの囚人達が集結して来る。イーストウッド演じるフランク・モリスも脱獄の常習犯で、アルカトラズに送られてくる。
連行されてくるモリスと共にアルカトラズ刑務所を体感
夜のサンフランシスコ湾からパンニングすると浮かび上がるアルカトラズ島。雨の中、タグボートで連行されてくるモリスと共に僕達観客は、アルカトラズ刑務所を体感していく。服を脱がされ真っ裸で裸足で独房まで歩かされるオープニングに驚かされた。おそらく本当のアルカトラズ刑務所で撮影されたであろう刑務所内は生々しく迫力がある。カメラは刑務所内から出ることがない。撮影は、ドン・シーゲル監督と一蓮托生の名匠ブルース・サーティース。漆黒の闇の中、アルカトラズ島がサーチライトや、除夜灯の灯りで浮かび上がる。
ウォーデン刑務所所長役のパトリック・マクグーハンは刑事コロンボの名作『祝砲の挽歌』の犯人役で僕はよく知っていた。刑事コロンボでは最多4回の犯人役に選ばれている名優だ。「ここは囚人を更生させる場所でなく、良い囚人を創る場所だ」と嘯くこの高慢な所長に一泡吹かせたい映画だとドン・シーゲルは教えてくれる。
実際の人物達をデフォルメした設定が楽しい
囚人達のキャラクター設定が見事だ。ネズミを友人のように飼い慣らす、初老の小男“リトマス”、黒人を束ねる図書係の“イングリッシュ”、フランクを付け狙う粗悪な肉欲者“ウルフ”、獄中で絵を描き続けている“ドク”、フランクの隣室のチャーリー・バッツは車泥棒の常連で腹いせに刑務所関係者の車を盗んでアルカトラズ入り。実際の人物達をデフォルメした設定が楽しい。
脱獄に何度も失敗して送られてきたアングリン兄弟、兄弟でアルカトラズというのには笑ってしまったが、実話なんだから仕方ない。僕にとって特筆すべきは兄貴役のフレッド・ウォードだ。『ライトスタッフ』の7人の宇宙飛行士役のひとり、ガス・グリソム役で大好きな俳優だ。残念ながら昨年2022年に亡くなってしまった。
この兄弟が合流してから、虎視眈々と脱獄への準備が始まる。モリスが所長室からかっぱらった爪切りを食堂から盗んだスプーンと溶接し、刑務所内の仲間達の叡智によって道具が集められる。老朽化したアルカトラズ刑務所の綻びを見つけ出すモリス。ゴキブリが通気口のありかを教えてくれる。強度な監視体制の中、海風で脆くなった壁や、鉄柵を削っていく。カモフラージュに寝ているふりの、ダミーヘッドを作って看守の目を誤魔化すとは。これも実話だから堪らない。
モリスが抜け出し、脱出経路を作り独房に戻ってくるダミーヘッドとの入れ替わりがドキドキで、ドン・シーゲル監督の手腕が凄い。テレビ放映でのCMのタイミングが素晴らしく、テレビ前で声を上げたことを覚えている。
モリスとアングリン兄弟がカッパを繋ぎ合わせた簡易イカダを駆使して闇のアルカトラズ監獄島から脱出していく夜の撮影が素晴らしい。車泥棒のチャーリーは穴を削るのが間に合わず取り残されるのがリアルだ。
脱獄に成功したことを暗示するラストが鮮やかだ
1936年に連邦刑務所として始まって以来14回脱獄が試まれたが成功者がいない、全米一の強固を誇る刑務所の権威にぶら下がりたい刑務所長。最後まで3人が溺死したと嘯くが溺死体は発見されず、3人が脱獄に成功したことを暗示するラストが鮮やかだ。穏やかな海、晴れやかなラストのルックは狙いどおりだ。オープニングで漆黒の中に浮き出ていた、アルカトラズ島を晴れやかな海の中に見せるラストに溜息だ。
B級映画の名匠ドン・シーゲルの弟子のサム・ペキンパー、同世代のロバート・アルドリッチ、リチャード・フライシャー、そしてクリント・イーストウッドの映画から学ぶことは数多ある。何よりも観ていて、何と面白いのだろうという時間を提供してくれる名匠達の叡智に感謝しかない。