映画監督 片山慎三
1981年生まれ。助監督としてポン・ジュノ監督の『TOKYO!』(08)、 『母なる証明』(09)、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11)、『苦役列車』(12)などの作品に参加。本作が長編デビューとなる。
01 自分の映画が国境を超えるということ
「映画祭のプログラマーが突然、『よし、20秒間ハグをしよう!』と言ってきて…」
—— ヨーテボリ国際映画祭に『岬の兄妹』が出品した経緯を教えてください。
昨年、“ワールドプレミア”で出品したSKIPシティ国際Dシネマ映画祭(以下、SKIPシティ)のコンペティション(国内・長編部門)で優秀作品賞を受賞して、その“受賞作品”として東京国際映画祭(以下、TIFF)で上映されたんです。TIFFに来場していたヨーテボリ国際映画祭のプログラマーであるフレディ・オルソンが、後日『岬の兄妹』のスクリーナーを見てくれて出品が決定しました。
—— 今年の開催期間は1月25日〜2月4日でしたが、片山監督が滞在された期間は?
『岬の兄妹』は1月30日、31日、2月1日、2日の計4回上映があり、僕は29日の夜に出国して、2日の朝に現地を発ちました。これは宿泊費負担の関係上、映画祭側が決めたスケジュールで、事前の手続きで長谷川さん(SKIPシティのプログラミング・ディレクターの長谷川敏行氏)から、「受賞があれば現地で滞在延長の打診があります」と聞いていたので、帰国日の朝に「受賞はないな…」と分かりました(苦笑)。
▲映画祭のシンボル、ドラゴンをかたどったフレディ(写真右)お手製の人形を手にした片山監督。ゲストとこうして写真撮影するのが毎年恒例とのこと。
—— 海外の映画祭は初参加と聞きましたが、映画祭からはほかにどのような案内があるのでしょうか?
関係者パスと一緒に、スケジュールなどが書かれた書類を3枚ほど受け取ったのですが、そこにパーティや上映日程などがすべて英語で記載されていました。空港やホテル、会場間の送迎はもちろんボルボ(ヨーテボリは自動車メーカー、ボルボ本社があることで有名)。公用語はスウェーデン語ですけど、ボランティアスタッフの人とはみんな英語で会話できましたね。
—— 関係者が集まるパーティには参加しましたか?
パーティへの参加は任意でしたが、関係者パスがあれば誰でも入れるので、何回か行かせてもらいました。テレビ関係者が多い北欧のフィルムマーケットでは、制作者やプロデューサーらのプレゼンタイムもありました。映画祭期間中は、フレディから紹介してもらったりして、ドイツのスザンネ・ハインリッヒ監督(『Aren’t You Happy?』)や、韓国のパク・ヨンジュ監督(『Second Life』)たちと話す機会もありました。ふたりとも女性なんですが、今回のヨーテボリは女性監督が多かった印象があります。年齢は僕よりも全然下で、24〜25歳ぐらいじゃないですか。僕みたいにずっと映画の現場にいて、助監督経験がある人はあまりいなくて、たぶん「学生を卒業して初めて撮った作品です」みたいな監督が多かったですね。
—— 映画祭のホスピタリティはどういった印象ですか?
フレディとは毎日会ってました(笑)。それもほとんど好きな映画の話…彼はすごいんですよ、映画への愛が。過激な作品が好きらしくて、『岬の兄妹』は『万引き家族』(是枝裕和監督)より2ポイント上だ、と…何の基準で2ポイント加点なのかまったく分からないんですけどね(笑)。でも、TIFFでたくさん日本映画を観たようで、最近の日本映画の傾向とか、マジメな話もしました。『岬の兄妹』がイングマール・ベルイマンコンペティション部門(初長編作品を対象とした新人監督部門)の出品だったので、日本の新人監督作品の印象について話してくれて、「短期間で撮っている作品ばかりで(クオリティが)良くない」と。ただ、『岬の兄妹』はフレディ的にハマったみたいで、歓迎してくれている感じが自然と伝わってきました。「日本人はハグをしないな。よし、20秒間ハグをしよう!」と言ってきたこともありましたね…。それはパーティの場でふたりとも酔っ払ってましたけど(笑)。
02『岬の兄妹』とスウェーデンという国
「福祉大国で“貧困”というテーマは受け入れがたいのかもしれない・・・そう思いました」
—— ヨーテボリでの観客の反応はいかがでしたか?
1回目の上映は17:00の回で、キャパ120席ぐらいの7〜8割が埋まっている程度でした。後方の席で一緒に鑑賞していたんですけど、誰も笑わないし無反応。少し緊張しながらQ&Aを迎えると、いきなり「どうしてこんな悲しいことばかり起こるんだ!?」と怒りながら質問してきた年配の地元男性がいて(笑)。「ラストに全然希望が見出せなかったんだが、これは何だ? どういう意味だ?」と。正直困りましたよ、僕も。
—— ただ、それだけお客さんが物語に入り込んでいた、ということですよね?
そうですね。どうやら「こんな不幸なことが起きているのに、誰も手を差し伸べようとしないのはなぜだ?」ということみたいで。こうした意見は、SKIPシティやTIFFでは聞かなかった感想なので、やっぱり福祉大国のスウェーデンでは受け入れがたいテーマだったのかもしれませんね。消費税25%の社会制度で、若者は医療や教育費も無料という恩恵を受けられるこの国では“貧困”は一般的な問題ではないのかもしれない、と。でも、2回目以降からは、「日本の田舎では起こりえないこともない、貧しい兄妹の暮らしを描いています」と説明して、準備して見てもらうようにしたら、好意的な反応が増えましたね。
▲岬の兄妹』は回を追うごとに来場者が増え、週末の昼間の上映にはほぼ満席だったそう。現地に住む日本人も数名来場していた。
—— 監督ご自身は現地で映画をご覧になりましたか?
ラース・フォン・トリアー監督の新作『The House That Jack Built』(日本では『ハウス・ジャック・ビルト』という邦題で6月14日公開予定)を含めて5本ぐらいですね。デンマーク内でのアラブ系移民を描いた『Sons of Denmark』という作品や、僕と同じ部門に出品されていた『Fig Tree』というエチオピアの作品も。どちらも20代の監督たちなんですけど、実際に住んでいる建物や現地の人を登場させたりしていて非常に画力もあったし、編集や時間軸の作り方がうまい。お金をちゃんと使っている…というか予算に余裕がある印象で、何より、その点が日本の同世代の監督より優れていたと思います。
03 映画を通して知る各国に根づく価値観
「その国ならではの問題を作り手がどう捉えているかという”視点”が問われている」
—— ヨーテボリで“貴重な出会い”はありましたか?
フレディはもちろんですが、彼に紹介してもらったアディナ・ピンティリエというルーマニア人監督の言葉が印象に残っています。彼女もまだ新人の監督なんですが、2018年のベルリン国際映画祭で初長編作品賞と最高賞である金熊賞を同時受賞したんです。ヨーテボリにも出品されていたその『Touch Me Not』という作品は、セクシュアルな描写があるからか、日本での買い手がいなくて、日本公開が決まっていないんだと言っていました。改めて、世界中に良質な作品があって、日本で公開される外国映画はほんの一部なんだと実感しましたね。
—— 片山監督が今回のヨーテボリ国際映画祭を通じて、何か実感したことはありますか?
『Fig Tree』や『Sons of Denmark』もしかり、その国ならではの問題を作り手がどう捉えているかという“視点”が問われているなという印象を持ちました。例えば、日本だったら、震災や原発などの社会問題をある程度取り入れたテーマのほうが、海外の映画祭では受け入れられやすいんだろうなと。そういった傾向というか、戦略的な作品づくりという点は意識させられました。それに、国によって作品の受け止め方がまったく異なるけれど、今回のヨーテボリで海外でも通用するという“手応え”はありましたね。今は、家族の価値観が近いアジアの映画祭に、『岬の兄妹』を出品してみたいと思っています。
▲映画祭関係者が多数集まるパーティの様子。『Touch Me Not』のアディナ・ピンティリエ監督を、パーティの場でフレディに紹介してもらったそうだ。
氷点下の冬場は屋外に人がほとんどいない?
スカンジナビア半島の東側に位置し、森と湖に囲まれた自然豊かな王国スウェーデンは、IKEAやH&Mなどのグローバル企業もあり、社会保障制度も充実している先進国として人気を集める一方、日本より圧倒的に寒くて長い冬の厳しさでも知られている。映画祭の開催地である第二の都市ヨーテボリの街中を流れる川も、冬場は凍りついてしまうほど。昼間でも氷点下という日もざらで、片山監督曰く「雪がたくさん降っているというわけじゃないのにとにかく寒い! みんな何をしてるんだろう? と思うほど、特に夕方以降はほとんど外に人がいなかった」と語るように、冬場は温かい室内で家族や親しい仲間たちと過ごすのが常識のようだ。
ヨーテボリ市民の“足”は郊外まで走るトラム
ヨーテボリの移動手段として市民に広く活用されているのが、ヴェストトラフィクが運営するトラム(路面電車)。市内はもちろん郊外にまで路線が張り巡らされており、ヨーテボリのトラム網はスウェーデンの中でも群を抜いた充実ぶりだ。キャッシュレス先進国だけに、電子チケットやアプリ決済だが、かわいい車体や、窓上のヒモを引っ張って“チン”と鳴らして降りる方法も、どことなくレトロな雰囲気が漂っている。現地で実際に乗車した片山監督は「どこでも自由に乗り降りできそうだった」とのことで、観光客でも気楽に乗車できるシステムのよう。日本の“チンチン電車”のように、トラムもヨーテボリならではの街の風景といえそうだ。
港町ヨーテボリの料理は決して“美味く”ない…?
「料理心がない…そんな感じなんですよ」これは、片山監督によるヨーテボリ料理全般の感想だ。海と運河に彩られた港町だけあって、サーモンやタラなどの魚料理がメインのよう。ネット上では“スウェーデン料理は美味”という口コミもあるが、映画祭側が手配したホテルのレストラン(写真上)の料理も「美味くはない」 と片山監督の評価は辛口だ。ひとり当たり5000円前後の比較的高級なレストランで食べたオーブン料理(写真下)についても「盛りつけがおおざっぱというか、料理心がないというか…(笑)」とのこと。それよりも、映画祭スタッフに薦められたという“サルミアッキ”(後にフィンランドの飴と判明)の強烈な不味さ(!)を力説していた。
Information
ヨーテボリ国際映画祭とは?
首都ストックホルムに次ぐスウェーデンの第二の都市ヨーテボリで毎年1月下旬から2月上旬にかけて開催される。1979年にスタートし、スカンジナビア最大とも言われる規模の同映画祭は、約80か国、450作品を上映。2019年は『岬の兄妹』のほか、日本からは瀬々敬久監督『菊とギロチン』(Five Continents部門)や塚本晋也監督『斬、』(MASTERS部門)が出品された。(※画像は公式サイトのスクリーンショット)
第42回ヨーテボリ国際映画祭
開催日程:2019年1月25日〜2月4日
https://goteborgfilmfestival.se
『岬の兄弟』全国順次公開中
監製脚編 プロデューサー:片山慎三
撮:池田直矢、春木康輔
美:松塚隆史
出:松浦祐也 和田光沙 ほか
作品完成までに2年の歳月を費やした初長編作。足に障害を持つ兄と知的障害の妹との壮絶な暮らしをつぶさに描き、厳しい現実をあぶりだす。イオンシネマ板橋、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開。 [2018年/日本/カラー/DCP/シネマスコープ/89分
https://misaki-kyoudai.jp/
●ビデオSALON2019年4月号より転載