梶井洋志

1983年生まれ。『月夜釜合戦』プロデューサー。大阪でドキュメンタリーを製作・上映するNDS(中崎町ドキュメンタリースペース)に所属。個人としても『遺言なき自死からのメッセージ』(10)を監督。

01 劇映画だからこそ描けた“釜ヶ崎”の実情

「お披露目は“三角公園”。撮影に協力してれた寄せ場の人に見てもらいたかった」

—— 日本最大の“寄せ場”として知られる大阪・釜ヶ崎(西成・あいりん地区)を舞台にした劇映画『月夜釜合戦』が製作された経緯を教えてください。

監督の佐藤零郎は、大阪を拠点にドキュメンタリーを制作しているんですが、前作のドキュメンタリー『長居青春酔夢歌』(2009年)での路上生活体験がもともとのきっかけです。監督自ら、大阪・長居公園で野宿している人たちのテント村で実際に生活し、強制的に立ち退きされる様子をカメラに収めた作品で、テントが潰されていくなか、住人たちは舞台を立てて芝居をするんです。監督は「行政代執行に勝利した瞬間だった」と言っていましたが、立ち退きに抗議するために芝居をしたという“フィクション”に、ものすごく可能性を感じたみたいで。再開発に揺れる釜ヶ崎の現状を劇映画で撮る…これが出発点でした。

▲ドキュメンタリーの手法を取り入れながら、揺れ動く釜ヶ崎の実情を映し出した『月夜釜合戦』。16mmフィルムならではの現場の緊張感も感じさせる。

 

—— 5年の製作期間を費やしたそうですね。

まず、シナリオがなかなか進まなかったですね。釜ヶ崎の現状を記録するうえで、ちょっとザラついたような粗い16mmフィルムで撮影することが決まって、ようやく少しずつ…。撮影監督の小田切瑞穂はフィルム撮影が初めてでしたが、彼もドキュメンタリーの撮影経験があってフットワークが軽い。釜ヶ崎での撮影は時間をかけたロケなんてできませんから。監督と高校の先輩・後輩で、気の置けない間柄ということで成立できたのかもしれません。

—— 撮影はいつ行われましたか?

2014年の4月から年末にかけて撮影しました。フィルムの編集にも約2年かかり、ようやく完成したのが2017年の春です。なによりまず、撮影に協力してもらった寄せ場の人たちに見てもらいたいという想いがあり、(劇中の合戦シーンの舞台にもなっている)三角公園でお披露目をしました。感謝の思いを伝える意味もありましたが、そこでまず受け入れてもらえることが重要だったので。

 

 

02 海外の扉を開いたベルフォール国際映画祭

「何千本の応募作品の中から目に留めてもらう“きっかけ”が必要」

—— 海外映画祭出品は最初から予定していましたか?

最初は16mmフィルムで上映できそうな映画祭を自分で調べて応募していました。ロッテルダム国際映画祭や釜山国際映画祭、あとFILMeXに「フィルム上映できますか?」と事務局に問い合わせて…。でも、どこにも引っかからない。完成した作品には少なからず自信がありましたし、率直に「なぜだろう?」という思いがありました。

—— ポルトガルで開催されるポルト・ポスト・ドック国際映画祭のグランプリ受賞が話題を呼んでいますが、そもそも海外展開のきっかけは?

現在、海外セールスを担当していただいている小山内照太郎さんの存在が大きいです。パリ在住でナント三大陸映画祭の日本担当をされている方ですが、空族(『サウダーヂ』や『バンコクナイツ』で知られる映像制作集団)の富田克也さんと相澤虎之助さんにご紹介いただいて。

—— お二人は本作のトークショーにも出ていますね。

2008年当時、渋谷のアップリンクで実施されていた空族の『国道20号線』の月例上映会に、佐藤零郎監督がゲスト登壇したことがあったのでその経緯で。以前に東京の寄せ場(山谷夏祭り)で、監督が西成で撮影した時の暴動の記録映像をお二人がご覧になったことがあって…というご縁なんです。『月夜釜合戦』の映画祭出品が難航していると相談して、『サウダーヂ』がロカルノ国際映画祭(スイス)に出品するきっかけにもなった小山内さんをご紹介いただいたんです。小山内さんに適切なアドバイスをいくつかいただいて、少しずつ手応えを感じるようになりました。

▲ポルト・ポスト・ドックの授賞式でスピーチする小山内さん。出品したインターナショナルコンペティション部門の賞金は3,000ユーロ。

—— 特に参考になったアドバイスは何でしょうか?

小山内さんに出品用のオンラインスクリーナーを見てもらって指摘されたのが、英語字幕の“スポッティング”です。字幕を表示させるタイミングや長さが、適切ではなかったようでした。何千本と応募作品がある中で、観ていてストレスのない字幕にする必要がありますし、基礎的なことかもしれませんがすごく勉強になりましたね。

—— ポルト・ポスト・ドックが初の映画祭でしたか?

実はフランスのベルフォール国際映画祭(現地時間2018年11月17〜25日開催)が最初です。映画祭側から渡航費と宿泊費が支給されたのは監督ひとり分でしたが、僕も自費で参加しました。ポルト・ポスト・ドック(現地時間2018年11月24〜12月2日開催)は期間が被っていたので、そのまま小山内さんと一緒にポルトガル入りしました。

▲ベルフォール国際映画祭にて。写真中央の佐藤零郎監督の左隣に立つ女性が、ロカルノの次期ディレクターに就任したリリ・インスタンさん。

—— 同時期に立て続けに選出されたんですね。

ポルト・ポスト・ドックは、とても歓迎されている空気を感じました。監督は参加できなかったのですが、映画祭ディレクターのダリオ・オリヴェイラさんは、監督の次回作について熱心に聞いてきたり、最初から興味を持っていただいているな、という印象でした。

—— グランプリの授賞理由として、“社会の周縁へ追われる人々への共感”と“日本映画の体制批判の伝統を継承するその方法”というふたつが挙げられました。

同じコンペ部門のなかに、“貧しい漁村の人々”をテーマにした作品もあったりしたので、“社会の周縁で生きること”が今年のトレンドだったのかなという気はしますね。現地ではグランプリ作品の受賞上映を含めて計3回上映されたのですが、Q&Aで「釜ヶ崎の人々はどのように作品を見たのか?」という質問を受けたりもしました。

—— 実際に国際映画祭を体験した率直な感想は?

ベルフォールへの出品が決定するまで、映画祭では何が評価されるのか、よく分からなかったんです。でもベルフォールの作品部門ディレクターのリリ・インスタンさんが、次年度からロカルノ国際映画祭のアーティスティック・ディレクターに就任することになり、「ロカルノの次期ディレクターが選出した日本映画」という見え方になったんです。小山内さんがその“ストーリー”を上手に活用されて、海外展開する流れができた。実はこの後も全州国際映画祭ほか、いくつかの映画祭出品が決定しているんです。

▲ベルフォール国際映画祭のクロージングセレモニーの様子。『月夜釜合戦』は受賞を逃したが、長編コンペ部門のグランプリの賞金は8,000ユーロ。

 

—— 海外の反響が日本でのヒットにもつながりました。

うれしいことに大阪シネ・ヌーヴォや渋谷ユーロスペースでは立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。でも、今はフィルム上映だったり、グランプリ凱旋公開だったり、もの珍しさで来ていただいているのかなと。本当の意味で作品の力が試されるのは、これからだと気を引き締めています。

▲貴重な16mmフィルム上映を待ちわびた観客でごった返すユーロスペースのロビー。あまりの盛況ぶりに、上映が急遽1週間延長された。

 

ポルトを流れるドウロ川沿いの美しい街並

ポルトガル北部にある港町で、首都リスボンにつぐポルトガル第二の都市として知られるポルト。街の中心部を流れるドウロ川の両岸に建つ、白壁にオレンジ屋根の家々の風景はどこかノスタルジックで美しく、絵画の中に溶け込んだかのような趣きだ。また、ポルトの景観を語るうえで欠かせないのが、川に架かるドン・ルイス1世橋。ワイナリーが立ち並ぶヴィラ・ノヴァ・ディ・ガイア地区と、ポルト歴史地区を結ぶこの橋からの眺めは抜群のビュースポット。2階建て構造で上層階は歩行者も通れるが、そのさらに上を通過するロープウェイから見下ろす街並みはまさに絶景。街を照らしながら大西洋へと沈むサンセットやライトアップされた夜景は必見だ。

 

世界遺産の街・ポルトには風情ある教会も多数

「ポルトの歴史地区」として1996年にユネスコの世界遺産に登録され、歴史的建造物も街中に点在している。重厚な石造りの外壁と、金箔細工の装飾で彩られた内装で知られるサン・フランシスコ教会をはじめ、ポルト最古の教会・ポルト大聖堂や、初期バロック様式のサント・イルデフォンソ教会などが有名だ。また、歩行者天国でショッピングに最適な観光スポット「サンタ・カタリーナ大通り」には、ポルトガル文化を象徴する美しいタイル装飾“アズレージョ”で外壁が覆われたアルマス礼拝堂も。ポルトガルの芸術を語る上で欠かせないこのアズレージョは、サント・イルデフォンソ教会ほか、ポルト市街のあちこちで堪能できる。

 

街の名産ワインにぴったりな絶品の魚料理

「フランスで食べた料理よりさらに、ポルトの魚料理が断然美味しかった」とは、現地でポルト料理を堪能した梶井さんの言葉。港町のポルトでは、イワシやタラなどの新鮮な魚料理が味わえる。また、ポルトガルのワインといえば、独特の甘みとコクのある世界三大酒精強化ワインのひとつ、ポートワインが有名だが、近年注目を集めているポルトガル特産の微発砲ワインが「カザル・ガルシア」だ。なかでも、ポルト・ポスト・ドック国際映画祭のメインスポンサーであるヴィーニョ・ヴェルデの世界売上No.1ブランドして知られている。その縁もあり『月夜釜合戦』の劇場公開時には、“ふるまいワイン”として来場者にサービスされた。

 

Information

ポルト・ポスト・ドック国際映画祭とは?

ポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリヴェイラの生まれ育った町・ポルトで開催され、その先鋭的なプログラムが、ヨーロッパの映画批評家たちから注目を集めている新設の映画祭。昨年11月24日〜12月2日(現地時間)に開催された2018年度(第5回)のインターナショナルコンペティション部門にて、『月夜釜合戦』が日本人初のグランプリを受賞した(写真は同祭のトロフィー)。

第6回ポルト・ポスト・ドック国際映画祭
開催日程:2019年11月23日〜12月1日
https://www.portopostdoc.com 

 

『月夜釜合戦』 全国順次公開中

[監][脚][編]佐藤零郎
[撮]小田切瑞穂
[録]江藤直樹
[編]板倉善之
[出]太田直里、川瀬陽太
大阪・釜ヶ崎に生きる人々の悲喜こもごもをつづった人情喜劇。古典落語「釜泥」をベースに、“釜”をめぐる珍騒動を16mmフィルムで活写する。4月20日(土)〜5月10日(金)は横浜シネマリンにて上映。[2018年/日本/カラー/16mmフィルム/4:3/115分]
http://tukikama.com/

©️映画「月夜釜合戦」製作委員会
写真提供:梶井洋志

 

 

ビデオSALON2019年5月号より転載