ヤング ポール

1985年生まれ、栃木県出身。アメリカ人の父、日本人の母を持つ。東京藝術大学大学院修了制作作品『真夜中の羊』で国際映画祭に初参加し、レインダンス国際映画祭による「今注目すべき7人の日本人インディペンデント映画監督」のひとりに選出される。2012年の「スイッチガール!!2」で商業デビューした。

01 俳優力に圧倒された現場は「すげぇ」の連続
「今回の企画を面白がってくれる人たちと一緒に組みたかった」

―― 『ゴーストマスター』は、「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM」(以下、TCP)の公募企画ですが、前号で登場してもらった箱田優子監督と同年度の受賞ですよね。

2016年度の第2回TCPで準グランプリを受賞しました。でも、たまたま今年の審査員に自分の企画がマッチしただけで、運だったと思います。「映画の現場で怪現象が起こる」というプロットと「熱血ホラーコメディ」というジャンルが、見る前から面白いと思ってもらえる“分かりやすい企画”だった…という点が評価されたんじゃないかな、と。

 

―― 商業作品では今回が初の長編映画ですが、過酷な映画の現場で奔走する助監督の“黒沢明”という主人公は、ポール監督自身を投影させたキャラクターですか?

正直、最初はまったく考えていませんでした。もともと、深夜ドラマや配信作品などの制作現場で目の当たりにした“映画の現場スタッフ”を登場させたかったんです。演出能力より助監督をイジる能力に長けた監督や、過酷な低予算の現場で文句を言いながらも抜群の画を撮るカメラマン、金歯・金ネックレスの出で立ちで少女マンガ原作映画もやる美術…。「映画が好きだからこそ」ですが、平気で罵詈雑言を浴びせ合う現場の人たちは、やはり個性的で面白すぎるんです。今作のキャラクターは、そういう僕が実際に目撃したスタッフさんたちに着想を得ていますね。

▲主人公・黒沢明役の三浦貴大。川瀬陽太演じる監督にどつき回され、右往左往する頼りない青年だったが、怨霊と対峙するなかで覚醒していく様が見事

 

―― “黒沢”を演じた三浦貴大さんをはじめ、出演俳優の振り切り方が見事でした。

三浦さん、サイコーですよね。今回は三浦さんのパブリックイメージを覆すキャラクターにしたかったんですが、黒沢をあんなにグズで、走り方ひとつでも超ダサく演じてくれるなんて…(笑)。現場で僕は、爆笑させられてました。「何これ!?」って。主人公である黒沢の存在を、見ている人が肯定できないと成立しないと思っていたんですが、三浦さんは“僕が考えた黒沢”を軽々と超えてきた。三浦さんの“俳優力”に驚かされましたね。あと、こういうジャンル映画なので、面白がってやってくれる俳優さんと一緒に組みたいという思いは当初からありました。

 

―― 怨霊に憑依される勇也役の板垣瑞生さんは、中盤から特殊メイクで素顔が見えなくなりますが…。

板垣さんもサイコーなんですよ! 脚本の感想を聞いたら「俺、この役、やれたら…ヤベェと思うんですよね」って言ってくれたんです。そのおバカなひと言で、僕は板垣さんが大好きになっちゃって(笑)。ピュアで熱い想いがあって憎めない人柄に触れて、「勇也役は板垣さんしかいない!」と。撮影当時、彼は高校生で夜間撮影がNGだったんですけど、脚本を全部昼のシーンに変更しました。脚本の設定を覆すぐらいの価値が彼にはありましたね。

▲監督が実際の現場で出会ったスタッフに着想を得た“スタッフ”役は、手塚とおる、森下能幸…と個性派ぞろい。それぞれ主役級の存在感を発揮している。

▲劇中劇『僕に今日、天使の君が舞い降りた』で主演カップルを演じた板垣瑞生と永尾まりや。前半の“壁ドン映画”からの急転直下…落差がすごい。

 

―― 板垣さんをはじめ、三浦さんやヒロインの成海璃子さんも、途中で怨霊に殺されていく“死体”の数々も、特殊造形が際立っていました。

別の作品でご一緒したことのある百武朋さんが特殊造形を担当してくださったんです。打ち合わせをしても、「とりあえず作ってみますね」と言って、現場にはさらにイメージの膨らんだ作品を持ち込まれたり…。百武さんは職人であり、アーティストなんです。百武さんのアイデアに刺激を受けて、現場演出や作品自体に化学変化が起きました。百武さんも、俳優のみなさんも、一流のプロとしての“力”を目の当たりにして…こういう力が集まるのが、映画の魅力なんだなと改めて実感させられましたね。

 

02 映画祭で実感した世界での“戦い方”
「予算やスケール感の“世界との差”をまざまざと実感させられた」

―― 劇中で柴本幸さん演じる音声スタッフが、スペインの映画祭について話すセリフがありますが、製作段階から映画祭出品は念頭にありましたか?

そのセリフは「シッチェス映画祭」を意識してのことですね。10月開催のシッチェス映画祭にも出品が決まっているんですが、ジャンル映画を制作するにあたって、シッチェスのようなファンタ映画祭に来るお客さんが喜ぶ作品にしたい、という意識は脚本段階からありました。

 

―― そのシッチェス映画祭とポルト国際映画祭と並び、世界三大ファンタスティック映画祭のひとつに挙げられる「ブリュッセル・ファンタスティック国際映画祭」が、本作での国際映画祭初参加でしょうか?

ブリュッセルが『ゴーストマスター』のワールドプレミア上映になりました。過去に、2018年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭は参加(短編『激突』でゆうばりチョイス部門に出品)したことがありましたが、海外のファンタは初めて。とにかく観客が熱かった! まず、観客のマナーがあるんですよ。例えば、主人公が電話を取るシーンでは観客が「もしもし~?」と叫ぶ、ホラー映画で主人公の背後に危険が迫ると「後ろ! 後ろ!」と呼びかける、スクリーンに月が映れば「ワォ~ン」と吠える…みたいな(笑)。それに、スクリーンに向かっていちいちツッコミが入るんです。良いツッコミには歓声が、イマイチなツッコミにはブーイングが起きて、客同士のバトルが繰り広げられる(笑)。まるで『ロッキー・ホラー・ショー』のように、観客とスクリーンとのコミュニケーションがあるんですよね。こんな楽しみ方があるんだと驚きましたし、映画へのリスペクトをヒシヒシと感じましたね。冒頭、製作会社のロゴがスクリーンに映し出されるだけで拍手が起こるんです。

▲ブリュッセルの会場に掲示された各作品ポスター。右下には血と涙によって生命が宿ってしまった怨霊“ゴーストマスター”のポスターも貼られている。

 

―― 上映後のQ&Aなど『ゴーストマスター』の反響はいかがでしたか?

ブリュッセルは…お客さんがほとんど帰ってしまって(笑)。深夜上映だったというのもあるんですが、そもそもこの映画祭では上映が終わった途端に退場してしまう観客がほとんどらしくて、ほかの作品も同じような状況でした。最初は知らなかったので、驚いたというか、寂しかったんですけど(笑)。その後に参加した富川(プチョン)ファンタスティック国際映画祭(韓国・6月27日~7月7日)は、ブリュッセルとは真逆で、Q&Aがアツいんです。映画の掘り下げ方が深くて、シーンの意図や撮影方法など、批評的で専門家のような質問を多数ぶつけられました。

 

―― ブリュッセルでは、ほかの出品作のクリエイターとの交流などはありましたか?

オーストラリア人のトニー・ティアキーノ監督(『The Furies』)と仲良くなって、Facebookでつながって連絡を取り合ったり、彼もプチョン出品が決まってたので、その話をしたり…。あとは、他国ではどういう環境で映画製作をしているか情報交換しました。でも、こちらの製作事情を話すと「日本、ヤバすぎ」って話になるんですよ、絶対に(笑)。『ゴーストマスター』にしても撮影期間が13日間だったと伝えると、「マジで?」と驚かれましたし、予算感に歴然とした差があるのは事実なんです。それに、ブリュッセルで他国のジャンル映画と見比べた時に、日本では気づかなかった自作の課題に気づかされたんですよね。製作規模に比例したルックというかスケール感というか…その現実を突きつけられた。でも、映画の質とか決してネガティブな意味でなく、日本で映画を製作し続け、さらに世界にアピールしていくためには、戦略のような意識が自分にはまだまだ足りないな、と。そうした今後進むべき方向性に気づけたことは、今の自分にとってはすごく重要なことで、ブリュッセルに参加して、ある意味チャンスを得た…そんな気がしています。

▲ブリュッセルのレセプションパーティーの様子。会期中には、“ファンタスティック”をテーマにしたボディペインティングや特殊メイクのイベントなども。

▲ブリュッセルでポール監督にインタビューしたアメリカ人の記者と記念撮影。劇中で引用した映画や“殺し”の描写に関する質問を受けたそう。

▲ブリュッセルとは違い、観客から質問攻めを受けたというプチョンにて。Q&Aの場だけでなく、会場を出た後も熱心に質問をしてくる観客が多かったそう。

 

 

世界で最も美しい広場・グランプラス

ベルギーの首都・ブリュッセルの観光において、真っ先に名前があがるスポットといえば、街の中心部にあるグランプラス。1998年に世界遺産にも登録されたこの広場は、今や“世界で最も美しい広場”として知られている。市庁舎、王の家…といった歴史的建造物がぐるりと取り囲む広場では、毎朝の花市や季節ごとに大規模なイベントを開催。石畳にライトが反射し、広場全体が光り輝くような夜景も美しいと評判だ。また、そのすぐそばにはヨーロッパ最古のアーケード街・ギャルリーサンチュベールも。ガラス張りの趣ある通りには、日本でも広く知られるゴディバ、ピエール・マルコリーニといった名店もあり、本場のベルギーチョコレートが味わえる。


 

専用グラスで楽しむ本場ベルギービール

「ヒューガルデン・ホワイト」や「デュベル」など、約1000種類以上の銘柄があるビール大国・ベルギー。多種多様な味はもちろん、銘柄別の専用グラスがあることでも知られ、バルーン型やフルート型など、ビールに最適な形状となっている。ポール監督も現地で飲んだという「デリリュウム」は、ゾウの鼻をモチーフにしたユニークなグラスだ。映画祭期間中には、ゾンビパレードとのコラボでドラキュラ姿に変身した“小便小僧”からビールを流す(!)というイベントも。味はさておき、いかにベルギー文化にビールが浸透しているかがよく分かる。


 

Information

ブリュッセル・ファンタスティック国際映画祭とは?

ベルギー最大の都市・ブリュッセルで開催される映画祭。SF、ファンタジー、ホラーなど、ジャンル映画に特化した祭典として、シッチェス国際映画祭やポルト国際映画祭と並んで「世界三大ファンタスティック映画祭」に数えられている。2019年は『ゴーストマスター』のほかに白石和彌監督作『孤狼の血』や佐藤祐市監督作『累-かさね-』といった日本映画も上映された。(※画像は公式サイトのスクリーンショット)

第38回ブリュッセル・ファンタスティック国際映画祭
開催日程:2020年4月7日〜4月19日
https://www.bifff.net 

 

『ゴーストマスター』

[監][脚]ヤング ポール
[脚]楠野一郎
[撮]戸田義久
[照]中村晋平
[編]洲崎千恵子
[出]三浦貴大、成海璃子 ほか

12月6日(金)公開

ヤング ポール監督の劇場長編デビューとなるホラーコメディ。B級ホラー好きの助監督が書いた脚本に悪霊が宿り、地獄絵図と化す“壁ドン”映画の撮影現場を描く。シネマカリテほかにて全国順次ロードショー。
[2019年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/90分]
http://ghostmaster.jp/

 

ビデオSALON2019年11月号より転載