2022年9月に奥多摩で取材した短編映画『Shoe Lover』の現場。2023年5月、東映デジタルラボのポスプロでついに完成した。最終グレーディングに立ち会った、松本サキ監督、高橋ケンイチプロデューサー、撮影の大西健之氏、田村雄介氏に、RED V-RAPTOR XLとV-RAPTORの2カメで8K撮影してここまで仕上げていった過程をお聞きした。

聞き手・撮影◉編集部 一柳

 

企画のはじまり

高橋(プロデューサー) 2年半前、ちょうどRED のKOMODOが出た時に、代理店のRAIDさんからデモムービーを撮ってほしいというリクエストをいただきました。プロモーションでカメラの機能の分かりやすく説明するような映像はすでにあって、別の角度からということだったのでショートムービーを撮ろうと。そこから監督が脚本を書いて見てもらううちに、日本の家屋のなかでわりと暗いシーンが多かったので、KOMODOよりも暗部に強いV-RAPTORを使おうということになり、撮影直前にV-RAPTOR XLも出たことで、V-RAPTORとV-RAPTOR XLの2カメで撮影できることになりました。結果的には作品にとってもそれが良かったと思います。

 

映画のモチーフについて

松本(監督) この映画のモチーフになっているハイヒールというのは、野村知紗さんというデザイナーが数年前にヒカリエで展示会をやられたのですが、それを見て感動したのがきっかけでした。彼女はハイヒールとかブーツ含めて全てのグッズに世界観があって、その情熱を映像にしたいとずっと思っていました。

「好きなものを貫きたい」と葛藤をしている人は多いですし、昔からそういったテーマの作品はあるので、海外の人にも通じるユニバーサルなテーマではないかと思いました。

作品の世界観としては、その靴に対する情熱がベースにありますが、それを子供に落とし込んでいるので、キラキラしたおもちゃ箱みたいな世界もあり、一方で現実の違和感とか厳しさみたいなものをエッセンスとして入れています。映画としては綺麗なものだけで終わらない、ちょっとした違和感というのは結構大事にしていて、サイケデリックなものとか、ちょっと気持ち悪い、ちょっと怖いという感じの世界観を構築して表現したいということがありました。

昭和50年代(1970年代)サイケデリックファッションやヒッピー文化が流行った時代。伝統や制度からの脱却が目立ってきた頃、一人の靴職人の女性がいた。時は遡ること10年前。制度に縛られていた時代では、将来に選択肢はあまりなく、特に女性には選べるものが少なかった。しかし彼女は靴に魅了され靴を愛し続けた。時代に逆らい、自分を貫いた女性の覚悟の物語。(企画書より)

 

ロケ場所とキャスト選び

松本 最初は古民家ではなく、洋館を探していたのですが、それだと文化財になってしまって、都内では許可取りが大変なので、古民家のほうで探そうと。

高橋 ロケーションマネージャー担当の方が頑張ってくださり、奥多摩の一軒家で撮影できることになりました。現地のみなさまのサポートも想像以上で、それはもう本当に感謝です。

松本 最初は外国人キャストでやろうと思っていたんです。顔に陰影を作って、海外向けにして、英語で脚本を書こうと。でも、早い段階で撮影の大西さんに相談したところ、せっかく日本で撮るんだったら、日本の良さを活かしたほうがいいんじゃないのとアドバイスをいただいて、ロケーションも役者も含めてオールジャパンにシフトしていったという経緯もありました。逆にそのほうが海外向けだとしてもユニークなものになるのではないかと。

 

カメラ選びとレンズ選び

高橋 日本の古民家で撮るということになると、それが冒頭のカメラ選びにも繋がってきますが、どうしても暗部の表現が重要になってくるのでV-RAPTORが必要でした。

大西(撮影監督) V-RAPTORを使うことで、KOMODOでは不安要素だった暗部のノイズ部分が解消されます。なによりも物語のなかでハイスピード撮影を必要とする部分があったので、V-RAPTORなら4Kで240コマ撮影できるということはカメラの選定において重要な要素でした。

松本 ハイスピードに関しては演出上必要だったので、実際にテストしましたね。

大西 レンズはCooke S7/i Full Frame Plusを使いました。監督が求めているおもちゃ箱感とか、時代物ということになると、最新式のレンズではなくて、ちょっと温かみのあるヨーロッパ調のレンズのほうが合っていて、上品なボケ感とかすっと柔らかいテクスチャが今回の作品にマッチするのではないかと思って選定しました。

高橋 CookeはS8/i FFも使ってみたいと思ったのですがまだ全部揃ってなかったので、S7/i Full Frame Plusにしました。

田村(撮影チーフ) プライムレンズのセットで持っていって満遍なく使いましたが、特に20mmから30mmくらいのレンズの使用頻度が高かったですね。

大西 日本家屋の狭さもあって、常に僕たちが壁のギリギリのところにカメラを置いてできるだけワイドのレンズでも歪みを出したくないという部分はありました。

高橋 私はプロデュース以外に美術監督も担当していますが、最初に監督と話した時、エンディングに驚きみたいなものが欲しいということを聞いていました。主人公がバッと襖を開けると奥に作業部屋があり、そこが宝物のようなところだというシーンがあって、美術的にはそれを考えてロケーションを探しました。二間続きの和室というのは必須でしたね。

 

アスペクト比について

大西 センサー自体のアスペクトは17:9ですが映像のアスペクトは左右を切って1.66:1のヨーロピアンビスタにしています。この物語が人物が中心であって、場所を見せるものではないから、ワイドスクリーンではないなと思いました。

松本 日本家屋で平屋ではあるんですけど、ドン引きで平屋をバーンと見せる画はないし、場所的に撮れません。話は部屋の中で進んでいくので、横に見せるというよりはしっかり枠で切ったほうがいいんじゃないかと思いました。

大西 物語がパーソナルなもので、それが一番よく表現できて映画的に見えるということで、アメリカ的な1.85:1かヨーロッパの1.66:1かという選択肢で、今回はファンタジー的な要素を考えると1.66:1のほうが合うんじゃないかなと思いました。

 

照明へのこだわり

松本 三人が川の字で寝転ぶシーンがあるんですけど、そこをすごくファンタジックなシーンにしたいと思っていて、照明でいろんな色を当てて彼女の頭の中の想像を具現化した画を作りたいということで、大西さん、照明の大堀さんとご相談して、AputureのB7cという、小さいライトでスマホアプリで操作できて、色も赤や青だけでなく中間色もいろいろと探れるようなライトがあるということで、それを入れました。照明としては結構面白い試みでしたね。

田村 B7cは全部で8個揃ったセットを用意しまして、全部は使ってなかったんですけど、さらに普通のライトもディマーを入れて混ぜながら使いましたよね。

松本 もうひとつファンタジックなシーンがありまして、クライマックスで主人公が小さい女の子に決断を迫るシーンがあるんですが、テーブルライトにB7cを入れ込んで、最初はオレンジの光だったのが、迫ったときにはブルーに変わる演出をしました。それもB7cだからできた表現です。

カメラの操作性について

田村 カメラはV-RAPTORとV-RAPTOR XLで基本性能とか基本機能は同じなのですが、XLにはいろいろな機能が追加されて、ボディも少し大きくなっています。現場で一番大きい違いがXLにNDが内蔵されているということですね。V-RAPTORのほうはマットボックスで運用していたのですが、NDが内蔵されていると現場のスピードが違いました。

理想を言えば、2台ともXLであればいいのですが、V-RAPTORのほうがコンパクトなのでそれがいいという場面もあって、性能は同じでバリエーションがあるということがありがたいケースはあります。

松本 結構2カメを同時に回したところは多かったですよね。

左がV-RAPTOR、右がV-RAPTOR XL。

大西 NDがあると外で撮影しているときに陽の状態に対応する時にスピード感が全く違ってきますね。

田村 内蔵NDの番手が細かいんですよね。この手のNDでこれくらい細かくて間を埋められる番手があるのは助かります。

松本 今回、カメラのセッティングで待ったということはほとんどなかったですね。

田村 そうですね。今回実はV-RAPTOR XLはほぼ世界初の運用ということもあり、心配なところがありました。最近のカメラは熱によるトラブルがいろいろあるので。特に今回は初モノということもあったのですが、カメラトラブルで止まってしまうということは一切ありませんでした。信頼性が上がっているということは印象に残りました。

 

大西 XLは熱処理が結構うまくいっている気がします。雨の中でビニールを掛けてそのままにしていたときに、モニターは熱くなっていたのに、ボディは熱を持っていなかったので。

 

素材の印象とグレーディング

松本 私が仮でグレーディングした印象としては、質感がものすごく綺麗で、特に人物の肌の感じとか、子供の肌のモチっとした感じが見ていて伝わってきました。その辺りの再現性はすごいなと感じました。

グレーディングに関しては、正直迷いながらやったシーンもありました。撮影前に大西さんと相談して仮LUTを作って臨んでいたのですが、実際の撮影では、想定していた天候と逆になってしまったので。

実は昨年の11月のInter BEEでトレーラーを出したのですが、その時は別のカラリストの方と一緒にやりました。その時の経験が生きていて、時間をおいて見てみると、ここはもう少し彩度を上げないといけないといったようなイメージができてきました。

今回そのステップを踏んでカラリストの檜山さんにご相談できたのが良かったです。檜山さんにはガイドとして私がグレーディングしたものをお渡しして、一旦世界観をみていただいた後に、ZOOMミーティングをして檜山さんの解釈を見せていただいたんですが、総天然色っぽい感じがあったのが面白かったです。日本の昭和感を意識されてやっていただいたということがわかって、それがいいアイデアになりました。

過去というと彩度を落とした演出というのはやりがちですが、この作品では過去のほうがキラキラ輝いている、おもちゃ箱のイメージなので、そこに対してのグレーディングイメージはついていたんですが、嵐の中のケンカシーンだけはネックでした。というのも、曇天を想定していたのに晴れてしまったので結構日が差し込んでいるんです。なので、最初仮グレーディングをしていて、どうしたらいいのかわからなくなって。そんな中で映画『レ・ミゼラブル』を思い出しました。映画の冒頭は嵐のシーンですが、そこは日差しがある。グレーディングは青みグレープラスイエローみたいな感じで。これを参考にして光を抑えるのではなく生かした方がいいのではないかと思って、檜山さんに相談しました。

檜山(東映デジタルラボ・カラリスト) いただいたデータを見て、昔ということでフィルムルックにして、ちょっと色を抑え目にするという方向もあったのですが、ハイヒールとか小物類が素敵だったんで、その色をなるべく綺麗に出したないと思って、色を出す方向で作らせていただいたんです。そこからは監督とすり合わせて色を補正していきました。

 

――V-RAPTORの素材の印象についてはいかがでしょうか?

檜山 嵐の中でのケンカのシーンは、結構色を強めのトーンにしてるので、グレーディング上では負荷をかけているんですけど、V-RAPTORの素材は結構保ってくれています。色を強く出すと、エッジの部分がちょっと変わりやすいんですが、それも今回はなかったので、取り扱いやすかったです。おそらく階調の情報がちゃんとあるからだろうと思います。

 

暗部はまったくノイズを感じなかったですね。撮りの素材は結構暗かったので持ち上げたりしているのですが、まったくノイズ感がなくて暗部の表現力は高いと思います。従ってノイズリダクションも一切かけていません。

大西 実は昔の1970年代の服はラインや模様が細かくて、撮影前にテストしたところモアレが出るという問題がありましたよね。

高橋 解像度の低いカメラだったら問題にならないのに、これだけ解像度が上がって8Kなのでモアレになってしまうんです。

松本 それでせっかく用意した衣装を検討し直すことにしました。

大西 撮影側としては被写界深度を浅くしたり、フィルターを入れたりして少し柔らかくすることで、対処しました。要は全部がシャープだとモアレが出やすいのを少し軽減させています。

 

ポスプロでグレーディングすること

――今日は東映のグレーディングルームで最終的に詰めていったわけですがいかがですか?

松本 最初の印象とは全然感覚が違って、こんな表現ができたんだ! とびっくりするところが多かった。カラリストさんにやっていただくと、素材の持っている良さ、カメラの性能含めて、いいところがグレーディングによって引き出されてくる感じです。

橋本(東映デジタルラボ・コーディネーター) 今は家庭でもグレーディングできる時代ですけど、ポスプロにしかできないグレーディングができるといいなと思って、檜山と話をして、8Kの素材をネイティブで扱って、ハイエンドのマシンを使って、どういう表現ができるのかということをお見せできたと思います。

グレーディングはBaselightで行なわれた。パワフルなカラーグレーディングとフィニッシングシステムとして、映画、テレビ、コマーシャルの制作に世界中で使われている。

 

高橋 本当にポスプロは大事ですね。カラリストさんの感性と技術はもちろんのこと、そもそも6mもの大スクリーンでのグレーディングは、ポスプロ以外では考えられないですから。

松本 今回、ロケ場所は日本家屋で、キャストも日本人で、雰囲気とかエッセンスはヨーロッパっぽいものを混ぜて、最新のカメラを使いながらも、ちょっと昔の時代を描き、可愛いんだけど、ちょっと気持ち悪いという、相反するものを掛け合わせたような作品ですが、それが見事に結実したような仕上がりになりました。

高橋 古いものや昔のことを描くとなると画質を落としたり、汚したりという手法がありますが、それが悪いというわけではないのですが、私としては今の最新の技術を使って、解像度もあり、色も出てるんだけど、ノスタルジーがあるみたいな作品というのを個人的には挑戦したいと思っていました。今回、監督はじめクルーや協力のみなさんの力があったからこそ、そのような作品として完成できたと思います。本当にありがとうございました。

奥は東映デジタルラボ株式会社ポスプロ事業部 檜山めぐみ氏、手前左から、撮影監督の大西健之氏、監督の松本サキ氏、プロデューサーの高橋ケンイチ氏、撮影チーフの田村雄介氏。