今年1月、社名を新たに始動した電通クリエイティブピクチャーズと有村架純や鳴海 唯らが所属するフラームが共同で制作した2本の短編映画は、その大半をスクリーンプロセスによるスタジオ撮影で完成させた。本作で統括プロデューサーを務めた春田寛子さんにバーチャルプロダクションを活用した制作の舞台裏と映像作品におけるバーチャルプロダクション導入のメリットについてお話を伺った。

取材・文●NUMAKURA Arihito 構成●編集部 萩原 協力●株式会社電通クリエイティブピクチャーズ



統括プロデューサー  春田寛子
1976年生まれ。26年のキャリアを持つCMプロデューサー。主な担当CMはキリンビール本麒麟シリーズ、さとふるシリーズ、ダイワハウス「ここで、一緒に」シリーズ、「かぞくの群像」シリーズなど。ACC賞ゴールド、TCC賞など多数受賞。CM制作にとどまらず、映画・ドラマ制作、音楽PV、デジタルコンテンツ開発まで幅広く活動。


『mopim | ムパン』

⦅作品概要⦆有村架純、オダギリジョー、泉澤祐希が出演する短編映画。とある病室。いまわの際を迎えようという老婦のもとに謎の男が現れる。男は最後にどこにでも行きたいところに連れていってくれると言うが…。

⦅DATA⦆ ●監督・脚本/水落 豊  ●プロデューサー/寒川江啓之  ●撮影/小林悠紀  ●照明/宮城 任  ●VPオペレーター/原田誠志 ●カラリスト/大田徹也  ●美術/水谷陽一  ●製作/電通クリエイティブピクチャーズ

主な使用機材  
●カメラ/RED Hellium 8K 
●レンズ/Canon K35 
●フィルター/Black Pro-Mist Filter



『道子、未知満ちて。』

⦅作品概要⦆鳴海 唯、小手伸也が出演。マップアプリの360度カメラカーの運転手・道子は幼い頃から空想好きで、できれば誰とも関わらず空想のなかで生きていきたいと考えていた。ところがひょんな事件と遭遇して…。

⦅DATA⦆ ●監督・脚本/武井咲華  ●プロデューサー/澤村充章  ●撮影/明田川大介  ●照明/宮脇崇誌  ●VPオペレーター/原田誠志  ●カラリスト/大田徹也  ●美術/小林 蘭  ●製作/電通クリエイティブピクチャーズ

主な使用機材  
●カメラ/ARRI ALEXA Mini、 Insta360 TITAN(LED背景用) 
●レンズ/BAUSCH&LOMB SUPER BALTAR



合併によるシナジーを実践する

電通クリエイティブピクチャーズは、2025年1月1日付で電通クリエーティブと電通クリエーティブキューブが合併して誕生したプロダクションです。電通クリエーティブXのCMをはじめとする映像やグラフィック、WEBサイト、体験コンテンツといった幅広い制作力と、電通クリエーティブキューブのコンテンツ制作だけではない、撮影や照明の専門スタッフと機材のマネジメント力、そしてスタジオ運営機能をひとつにすることで、クリエイティブコンテンツ制作事業をさらに成長させると同時に、新たなビジネス領域への拡張を目指しています。

バーチャルプロダクションについては、2021年12月に発足した映像制作における温室効果ガス削減、プロセス効率化を目指す共同プロジェクト「メタバース プロダクション」へ前身となる両社も参画するなど、以前から取り組んでいました。そこで今回、LED ディスプレイを常設しバーチャルプロダクション撮影に対応する「FACTORY ANZEN STUDIO」をフル活用し、オリジナル短編映画を製作することになりました。

FACTORY ANZEN STUDIOでの撮影の様子

2作品で156カットにのぼったが撮影は2.5日で終えることができた。LEDディスプレイは撮影内容に合わせて、自由に位置を変更できる。LEDは背景としての役割以外に車のガラスへの映り込みなど周囲の環境光としての役割も担っており、照明の台数を減らすことができた。

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 バーチャルプロダクションの普及につなげる

制作する上で大切にしたのは「バーチャルプロダクションの実用性を明示すること」、「バーチャルプロダクションが作品のクリエイティブに寄与すること」のふたつです。先進的なテクノロジーのため、インカメラVFX(※実写カメラの動きとLEDディスプレイに表示されたバーチャル背景をリアルタイムで同期させる撮影手法)などに目がいきがちですが、今回は時間・天候・場所を問わないというバーチャルプロダクションのベーシックな利点を活かすのと同時に、現実的な予算や制作規模に収めることで作品をご覧になってくれた人たちが自分たちもバーチャルプロダクションを使ってみようと思ってもらえることを目指しました。そこでインカメラVFXではなく、フィルム時代から培われてきたスクリーンプロセスで撮影することにしました。

企画も社内で行いました。30以上の案から、様々なシチュエーションが登場する『mopim』と、自動車の走行シーンに焦点を当てた『道子、未知満ちて。』のふたつが選ばれました。キャスティングでは、バーチャルプロダクションを利用することで制作を効率化させる、そして作品のクオリティを高めるという企画の主旨に賛同していただけたことから、フラームさんにご協力いただくことができました。

主演を務めてくださった有村架純さんも鳴海 唯さんも売れっ子でスケジューリングが大変でしたが、その意味でも撮影時間をコンパクトにできるというバーチャルプロダクションのメリットを引き出せたと思います。『mopim』は1日、『道子、未知満ちて。』は1.5日で撮り終えることができました。

『mopim』の制作ではまず、バーチャルプロダクションの得意なところ、苦手なところについて、実際に「FACTORY ANZEN STUDIO」で様々なシチュエーションを撮って検証することから始めました。その結果、中盤に登場する波打ち際のシーンについては撮影はデイライトで行い、カラーグレーディングで夕景にルックを変えることにしました。カラリストの太田徹也さんが撮影に立ち会ってくれたから、この手法を採ることができました。ルックのコントロールを厳密に行う必要のある案件では、カラリストさんにも立ち会ってもらうことをお薦めします。


 即興的なアイデアにもポジティブになれる

『道子、未知満ちて。』については、これまでにも自動車の走行シーンの実績が複数あったので迷わずに進めることができました。ただ、LEDディスプレイに映す走行シーンの実写素材は360度撮影しているためデータ量が大きくて取り回しが大変でした。ですが、オンラインエディターの川畠正士さん(デジタルエッグ)に色の調整を含めて上手く対応していただくことができました。

また、途中に登場するトンネル内から空想の世界へと切り替わるシーンは、照明とLEDディスプレイに映す映像を同期させることでワンカットでシームレスに転換するという演出が実現できました。ほかにもある役者さんから「実際の道路で撮影した場合、テイクを重ねるのが難しいのでプレッシャーがかかるけど、バーチャルプロダクションならアドリブも入れやすくなるから嬉しい」といったご意見をいただけました。

2作品の制作を通して、バーチャルプロダクションでは企画から制作まで全セクションが一緒になって、相談しながら取り組むことが大事だと改めて思いました。個人的にもオリジナル作品の制作を通して「自分たちが本当につくりたいものとは? 世の中に発信したことは何か?」といった思いを抱き続けることの大切さを改めて考える良い機会になりました。バーチャルプロダクションは万能ではありません。ですが、正しく用いれば確かなメリットが得られるはずです。ご興味をもたれた方はぜひお気軽にご相談ください。


今回の作品で感じたバーチャルプロダクションのメリット

短時間で複数シチュエーションを撮影できる

『mopim』は複数のシチュエーションを行き来する設定だったが、機材・セットチェンジも含めて数分で舞台転換ができた。ひとつの場所で複数のシチュエーションが撮影できることで時間や移動のコストを削減できる。


天候や時間帯に左右されない

マジックアワーの撮影は分単位で日の条件も変わり、時間が限られるため、現場でも緊張感が走ることが多い。バーチャルプロダクションであればスタジオ内に環境を再現でき、何度でもトライ&エラーができる。


撮影段階で完成形をイメージできる

出演者・スタッフともに撮影現場で完成形をイメージして仕事ができる。データ管理をするDITやVPオペレーター、カラリスト・オンラインエディターなどのポスプロスタッフも現場に立ち会うことで撮影で画作りを追い込むことができ、ポスト処理にかかる時間も大幅に短縮できる。


意外とハードルの高い公道での運転シーン

現状では東京都内で牽引による車両撮影は禁止となっているため、ロケーション撮影で運転シーンを撮る場合には近隣の県で実施しなければならない。撮影時間や天候条件にも左右されるが、出演する俳優としても落ち着いた雰囲気で撮影に臨むことができたという。



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VIDEO SALON 2025年7月号より転載

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