REPORT◎一柳
パナソニック アプライアンス社の津村敏行さん(左)と小林悠浩さん(右)。
なぜこの「カタチ」なのか?
ミラーレス一眼の形をまといながら、中身は本格的なシネカメラ。それがS1Hだ。プロの現場で使ってもらうとしたら、「カタチ」は今のシネマカメラの小型版でもいいはず。なぜ一眼スタイルなのか? 話はそこから始まった。
企画は徹底的なヒアリングからスタートしたという。映画制作にも使える小型のシネマカメラ。ただ最初からプロフェッショナルのシネマ用と特化してしまうと間口は狭くなってしまう。ローバジェットでの映像制作に使えるような次なるカメラのスタイルとはなんだろう、ということも命題としてあった。そこで、日米欧、特に米欧を中心にして、VARICAMやEVA1などのデジタルシネマカメラのユーザー、もう一方でGHのユーザーを対象にして徹底的にヒアリングを繰り返したという。
そこで見えてきたのが今回の「S1H」だという。もちろんユーザーは多種多様であり、デジタルシネマカメラとGH5ではニーズも違う。ただ結論としては、「S1Hのようなものを我々が作ることができれば、ヒアリングした人のうちに多くの人には満足して使ってもらえるのではないか」ということが見えてきた。しかも、映像のクオリティも上がり、最終的にはそれを見る人も満足させられるのではないか、と。
実は他社も含めて、静止画も撮れる一眼カメラでありながら、ここまでシネマカメラに寄ったカメラというのは、これまで存在しない。ただ、ヒアリニングしてみると、ユーザーのニーズは明確になってきた。勇気はいるもののチャレンジする価値はあると判断した。
その具体的なニーズとは、一つは、高級デジタルシネマカメラを使って制作したい作品はあっても、その多くはバジェット的に使えないというケース。クオリティや使い勝手に問題があったとしても、デジタル一眼で妥協せざるを得なかった。
もう一方で、GHでは10bit記録は可能になったが、マイクロフォーサーズというセンサーサイズの限界があって、低照度におけるクオリティとダイナミックレンジという点において、不満があった。実は、LUMIXとしてフルサイズをどうしても実現したいと思ったのは、この限界を突破したかったからだ。
もちろんスチルにおいてはトップエンドはフルサイズが当たり前。動画の業界においてもフルサイズとかスーパー35以上のセンサーサイズのカメラが増えてきているので、ここは絶対に我々が積極的にやるべきだろうと思ったという。
「チャンスはあるという認識はありました。他社からもミラーレスとか、動画のカメラがどんどん出るなかで、ユーザーの変化、環境の変化があって、これもまたチャンスです。新しいユーザーを獲得するにはどういう性能、どういう価格づけで、どういうスタイルなのか、という根本のところから議論した記憶があります」
S1HありきのSシリーズ計画
インタビューしながら、実は「S1H」というのは、Sシリーズのムービー派生モデルということでは決してなく、もともとこのモデルを実現したいがためにSシリーズができたのではないかという印象すら受けた。
やはり当初からS1Hは計画されていたのだという。決して情報を伏せていたわけではなく、どこまで機能と性能を盛り込めるのか、苦戦していたために、開発発表、そして本発表がこういうタイミングになった。
そのもっとも苦労したところとは、「時間無制限記録」だった。開発陣はGHから引き続き、Sシリーズに移ってきている。GH5では4Kの10bit記録を時間無制限で実現していた。その技術も驚きだったのが、当然、その放熱シミュレーションの基礎データは開発陣にたまっている。かなり均一に放熱できるようになってはいるが、S1Hではそれでも熱を逃がしきれない。ではどうしたらいいのか。ボディサイズとしてはこれ以上大きくしたくない。プロAV機器では当たり前のように使われているヒートシンクとファンを入れることで解決することができた。
ただ話は単純ではなく、どういうファンをどこに入れて、どうやって音を小さくするのかという検討も必要だった。一眼のカメラの中にファンが入ったということはこれまでないからだ。
考えてみると、民生用のビデオカメラ、業務用のビデオカメラ、スチルカメラを作ってきたパナソニックだからこそできた発想と技術かもしれない。実はLUMIXの開発陣には元ミノルタの技術者も多い。そして門真には放送用のカメラ、そしてシネマカメラのVARICAM、さらに家庭用のビデオカメラなど、様々な出自を持つ技術者がいる。その融合のパワーがS1Hを生み出しているのではないだろうか?
「たしかにそういう融合の力は大きいですね。ただ、ぶつかり合うことは結構あります。スチルと動画、どっちを重視するんや、みたいなところで。もうひとつ民生とプロ用という軸もあります。 ただLUMIX Sシリーズが掲げているのは、”Changing Photography”ですから、まさにそれを現場で自ら実践している感じですね。実際に民生とプロ用、スチルと動画の垣根はなくなって、どんどん融合しているわけですから、作る我々の側も融合していくのが筋でしょう、ということなのです」
ただ、パナソニックではカンパニー制の変更によって、GH5が生み出される前までは民生用と業務用が同じカンパニーだったのが、現在では、別カンパニーになっている。その弊害はないのだろうか?
「たしかに別カンパニーなのですが、そのカンパニーは販売ルートが違うという理由で別れたものであって、モノを生み出すという観点ではどんどん協業したほうがいいということで、”クロスバリューイノベーション”という呼びかけで協業を推奨されているんです」
実際、S1Hの開発ではVAICAM側のスタッフも加わり、毎日のように会って話をしていたという。クロスバリュー、利害を打ち破ってクロスするというのは、現場だけでなく、マネージメント層も同じで、それをパナソニック全体でしっかりやっていこうという動きになっているそうだ。今回のS1Hではそれが製品になった実現したというわけだ。
RAW記録はどうなるのか?
キヤノンのCinema RAW Light、Blackmagic Desginのカメラが手に届く価格帯で出てきたことにより、ビデオグラファーであってもRAWを使う人はこの1、2年で急激に増えている。今回のS1HではCine Gearではアナウンスされなかった、ATOMOSとの協業による将来のRAW記録を盛り込んだ。RAWに対してどう考えているのか?
「最近、RAWで作業する人が増えてきているのは事実かなと思います。制作者のタイプとしては複数あって、データ量が多くなったとしても、比較的ローパワーのPCでサクサクとRAWを編集するほうがいいという人と、すでに圧縮(H.264など)素材でのワークフローを固めている人がいます。最近はストレージが安くなってきているので、PCを買い換えるよりもストレージを増やしていったほうがいいという、前者のタイプの人が増えている気がします。RAWはデータ階調が深いので、あとでグレーディングする楽しむもありますし」
では、ATOMOSとの協業はどんな感じで進むのだろうか? 果たしていつ頃になるのか?
「我々だけであれば日程が管理できるのですが、ATOMOSさんと双方で検討しなければなりませんので、現段階ではいつと明言できません。ただ近いうちにスケジュールだけは発信したいと思っています。ATOMOSさんとは以前から協業して関係は良好ですから」
独自企画で内部記録できれば一番いいのだが、そういう可能性はないのだろうか?
「可能性は否定しないのですが、今すぐにというのはきついですね。段階としては、まずはATOMOSさんとの協業のほうがやりやすいです」
そのRAW記録はGHでも可能になるのかどうか、気になるところだ。
「それは必ず質問されるのですが、センサーも情報量もまったく違うので、将来的には別の方向も含めて考えていきたいですね。もちろん、センサーサイズに限らず、求められる機能になってくるだろうと認識しています」
これからのSシリーズは?
3台揃ったSシリーズだが、これからのバリエーションの方向はどう考えているのだろうか?
「ユーザーの撮影の方法がどんどん変わっている時代です。さまざまな用途でさまざまな最適化の要請がくるのかなと思っています。一概にこの方向と言えないのは、1、2年後にはニーズも変わってくるからです。それに対応するには常にユーザーと接し続けるということかなと。我々は他社さんに比べてビジネス規模としては小さいのですが、その分、チャレンジ意欲だけは負けないようにしたいと思っています」
「映像と音の世界でキーとなるのは画像処理エンジン、センサーの使いこなし、光学技術であって、これは共通です。ここから用途は広げるのは、いかようにもできます。ただ、今後市場ニーズとして、8Kのような高解像度のほうにいくような進化と、より低照度に強くなる進化、どちらかを求められるのか。そのあたりの投資バランス、優先順位の判断は難しいと思っています」
動画カメラ市場はどうなるのか?
民生のビデオカメラ市場は厳しく、一眼カメラの売り上げも年々下がっている状況で、動画カメラの市場はどうなっていくのだろうか?
手軽な動画はスマホの動画で十分になっていて、実際にスマホで動画を作ったり、視聴したりして楽しんでいる人は急増している。その中からクオリティの高い動画を作りたいという人は増えている。こういう人たちに受ける動画機材は成長するのではないかと見ている。
もうひとつは撮影したものをライブで飛ばしたり、多視点カメラによる新しい手法もでてきていることに注目したい。5G通信時代になると、放送以外のところで動画が一気に使われるのではないかという。
動画業界は細分化していて、たしかに売り上げが下がってきている部分はあるが、別のところで盛り上がっていたりもする。つまりユーザーとニーズが変わってきている。これだけ新しいものが生まれてくるジャンルは逆に少ないのではないか。
動画はアウトプットされるものがエンターテイメントなので、限りがないんだと思います。欲望のリミットがないんです。そういう分野は、こういった映像音響の世界とサービスビジネスくらいではないでしょうか? そのジャンルでは、新しいものを生み出せば価値として認めてもらえます。すごい映像を見るたびにそう思います。もっと面白いもの、もっと刺激的なものをと、人間の感性はリミットがなく、尽きることがない。エンタメはなくならないわけですから、映像と音楽は残っていくと思います」
「人の感性を満足させるものは、産業用に応用できたりするなど、利便性をもたらすこともあります。おのずと他の分野もカバーできるはずです」
動画カメラとしてはデジタル一眼も、GoPro もドローンもジンバルもそういった存在だった。
「それからカメラというハードウェアだけでなく、動画制作においてワークフローをもっと手軽にしたいですね。今の写真のレベルにまで落としたい。そのことによって裾野が広がれば、新しい才能がどんどん生まれてきますから、その人が素晴らしい映像を生み出すことによって、他の人たちに刺激を与え続けてくれるはずです」
DC-S1Hのプレスリリース
DC-S1Hの商品紹介ページ
シネマカメラグローバルWEBサイト(こちらにもS1Hが紹介されている)
なお、発売前に企画・開発者によるS1H発売前セミナーがLUMIX GINZA TOKYOで開催される。
開催日9/20(金) ・ 9/21(土)
詳細はこちらから