インハウスの動画クリエイターが手がけるコンテンツは業種や業務によってさまざまだが、私が関わる業務のひとつに「株主総会の映像コンテンツ制作」がある。年に一度の定時株主総会で、株主に対して会社の状況を伝える映像だ。今回はその制作の顛末を紹介する。

嶋田史朗 GMOインターネット株式会社グループコミュニケーション部 クリエイティブチーム映像ディレクター。2011年入社。モバイルゲームのプロモーション映像の制作を担当後、現職。現在はグループに関わるのPR映像や社内イベント映像などを手がける。

文●嶋田史朗 構成●矢野裕彦(TEXTEDIT)

 

 

そもそも株主総会とは

まず「株主総会」について説明したい──のは山々だが、詳細な説明のためには悲しいかな私の知識が足りない。株主総会は会社法に則って運営する必要があり、運営の些細な変更にも法令面の確認が必要だ。幸いなことに、私の場合は同僚の厳正な進行管理に支えられこの仕事を何とか乗り越えられているが、初めての株主総会は右も左も分からない手探りな状態だった。というわけで、今回はインハウスの動画クリエイター目線で株主総会について語っていく。

株主総会について一般的な説明をしておくと、株式会社の出資者である株主が集まり、定款の審議や、役員の選任を行う、会社の最高意思決定機関だ。事業年度ごとに開催する「定時株主総会」と、必要に応じて開催する「臨時株主総会」があるが、主に「定時」を指す。株主総会の規模は企業によって異なるが、GMOインターネットでは毎年3月に定時株主総会を開催し、お集まりいただく株主の数は多い年で1500名近くにもなる。要するに、当社にとってもちろん重要であることに加え、規模としてもかなり大きなイベントとなっているわけだ。


▲新型コロナウイルス以前の株主総会の様子。株主や関係者など、多きときには1500人もの人が集まる大きなイベントとなる。

株主総会の段取りと特有のキーワード

当社の株主総会は、議長のあいさつ、報告事項、議案の説明、質疑応答、決議、役員のあいさつという流れとなっている。この中で動画となるのは、報告事項と議案の説明に当たる部分だ。動画部分をさらに細かく見ていくと、下記のような項目になる。

動画クリエイターにとっては馴染みのない言葉のオンパレードだが、総会の資料にはほかにも20個ほどの項が並ぶ。ただし、すべてを動画にするわけではなく、全項目を網羅した「株主総会参考資料」が事前に株主の方に送付されているので、動画内では「添付の資料のとおり」と省略することがほとんどだ。

動画で重点を置くことになるのが「当連結会計年度における事業の状況」で、要するに事業に関わる項目だ。ここに会社ごとの色が出ることになる。

動画部分のコンテンツ
●監査報告
●事業報告
・当連結会計年度の事業の状況
・財産および損益の状況
●企業集団の現況に関する事項
●会社の状況
●連結計算書類および計算書類の件
●議案の説明

 

 

動画で見せる「事業報告」

株主総会では、出席者に対して、数字やグラフを取り入れた資料を見せながら会社の状況を視覚的に説明する。以前は資料をスライドで作成し、議長が議場で読み上げるスタイルを取っていた。これが総会運営の定石だったそうだ。しかし最近では、動画をあらかじめ制作しておき、会場で上映する形態が増えている。

資料の内容は、業績やサービス展開の状況をまとめた「事業報告」のほか、必要な報告事項がいくつかあるが、動画で用意される資料は単に「事業報告」と呼ばれることが多い。だいたい10分程度の動画だが、内容が気になる方は、動画サイトなどで「事業報告」で検索すると、各社が公開している映像を見ることができるはずだ。そして、何を隠そう私もそんなひとりだ。実は、他社の事業報告動画の所作を見よう見まねで研究してきたのだ。

 

株主総会とはどんな場か
とにかく勉強の日々

仕事のスタートは、どんな動画を作らなければならないのか把握するところからだった。

私が担当する以前、事業報告の制作は株主総会に長けた社外の制作会社に依頼していた。インハウスでの制作に切り替えたことにより、いきなり素人が請け負う状況となってしまった。これでは会社側も私自身も心細い。主体性を持って制作進行するために「株主総会とはこういうもの」という基礎知識を一定量勉強する必要があった。

まず、自社の過去の総会の記録映像やスライド資料を片っ端から見直した。これはたいへん参考になったので、株主総会に取り組まなければならないインハウス動画クリエイターがいたら、まずは担当に「前回までの記録映像はありますか?」と聞いてみることをオススメする。

加えて、他社のホームページを見てみるのも勉強になった。多くの企業サイトには、「株主・投資家の皆様へ」「投資家情報」という経営者、財務、株式といった情報が集約されているページがある。投資家に向けて経営、財務、業績に関わる情報を発信するために用意されたものだが、株主総会情報もそのひとつだ。前回の総会報告が掲載されていることもあるので、参考になる。

 

株主総会の運営を見据えた制作フローを用意

概要はこの辺にして、手元の作業の話から株主総会へのアプローチについて話していこう。

動画制作では、After Effectsの基本的なテキスト表示やモーションデザインの作業をベースに、Premiereでコンポをひとつにまとめつつ、音はAuditionで仕上げている。ナレーションのみスタジオ収録を何度か実施したが、現在はナレーターからデータで納品してもらう形を取っており、ほぼ完全なインハウス制作となっている。制作環境を徐々に整えてきたため、フローが共通化している点では取り組みやすくなっている。

ただし、前述したとおり会社にとって重要な株主総会であるため、確認、修正においてもデリケートな判断が絡んでくる。社長をはじめとした役員や株主総会運営メンバーと連携しながら進めていく必要があるため、自分がハンドリングしやすい制作フローになるように慎重に検討する必要がある。私はハンドリングを考える上で、以下の2点を基準に作業を切り分けている。

①正確な情報伝達を行うパート

②事業に対する取り組みをプレゼンするパート

①の正確な情報伝達のパートとは、例えば業績の数字や決まりの説明文言などだ。これらは結果に基づいて事前に決定しているものであり、シナリオ展開の大枠も固まっているため、作業初動でデザインを固めテンプレート化してしまう。特に売上高や営業利益を伝えるグラフアニメーションは必ず登場する上、繰り返し使う可能性があるため、After Effects上で後から数字を当てはめられるようなコンポを用意している。総会時期になると打ち合わせが行われる前に真っ先に手を付けるパートだ。なお、全体を通じたデザイン、トランジション効果、イン・アウト尺もここで固めてしまう。

こういったテンプレート化の方針は他のメンバーとも早い段階で話をして、共通認識を持つようにしている。そこには、デザイン面だけでなく制作面でも「これでひととおりの動画ができる」という背骨の部分を担保しておきたいという思いがある。これは、専門の動画制作会社のような本格的な制作環境を整えるのが難しいインハウス制作で、失敗が許されない株主総会業務の進行を考えたとき、機材トラブルなどのリスクを考慮しつつ一定の規模を守って作業を進めることが重要だと考えているからだ。無理なことはせず、情報伝達のための要件を満たしながら、完成を見据えるためのフローが必要だろう。

 

▲テンプレート化しているグラフ画面。異なる単位で15回ほど登場する。レイヤー数の削減やプリコンプ構成にも気を配り、棒グラフはそれぞれシェイプレイヤーにし、トランジションエフェクトで伸縮表現している。業績に応じ表現が異なるため手付けの部分も発生するが、リッチ表現と効率のバランスを考慮して対応している。エクスプレッション制御化が課題。また、議案説明などの形態が決まっている項目は、翌年も使用することを考慮して、テンプレートとして使い回ししやすいようにコンポジションを作成している。

 

 

距離の近さを生かして事業に寄り添った動画を制作

事業報告では、当然ながら会社の状況を伝えなければならない。中には、今後の発展を目指し重点をおいて取り組んでいる事業もある。このような事業への取り組みは株主の理解と支援をいただきたいポイントだ。事業報告のシナリオでは、数字だけではなく、「事業に対する取り組み」についても補足しながら説明を行なっている。この説明の根幹となるのは経営者のメッセージ。前述した会社の色に当たるのがここだ。

インハウス動画では、経営者をはじめとした携わる人の熱のこもった肉声を、この距離感の近さで聞き取りながら動画制作に落とし込めることに強みがあると思う。また個人的には、「インハウス動画クリエイターとして働く魅力」のひとつがここにある。

ある新規事業がスタートした年の株主総会の打ち合わせで、新規事業のプレゼンを動画で行おうという話が挙がった。だが、株主総会は前後の準備を含めてタスクの数が膨大で、どれも重要な上に、グループの上場企業が複数社あり、グループ内で同時期に開催される株主総会も多い。そのため、総会の運営業務は多忙を極めており、新規事業について新たにコンテンツを立ち上げる見通しは立っていたなかった。

そこで、元々会社に関するプレゼンを映像的な表現を加味して一から企画構成してみたいと思っていた私は、株主総会への2回目の参加ではあったが「自分がシナリオから書いてみていいでしょうか」と手を挙げた。日々の業務の中で、経営陣による事業立ち上げの意図は耳にしており、自分の中に「動画で説明するとしたら」というイメージがあったからだ。

 

初のインタビューに挑戦

新規事業に前向きな印象を持ってもらうため、役員、社員にインタビューを行い、それぞれの立場で事業への取り組みを話してもらうコンセプトを提案した。企業VPとしては定番の形ではあるが、GMOとしては初の試みで、それを内製するのももちろん初めてだ。新規事業のため画素材が少ない、という問題を少しでも解消したいという狙いもあった。

また、事業の説明はどうしても固く難しい印象になりがちで、追加要素のため尺も長くなる。せめて飽きのこない見せ方にしたかった。そこで、ドキュメンタリー映像のように人の顔が見える画面の連続とそれぞれのコメントで話が展開していく構成にすることで、見る人の興味を引けないかと考えた。

シナリオは、役割に応じた各人の問答にナレーションを添えて一本のストーリーとする形に仕上げ、運営メンバーのレビューや加筆修正をもらいながら進めていった。重要視したのは「この新規事業に、なぜ私たちが取り組むのか」という点。これがストーリーとして伝わる構成でなければ、株主総会で賛同を得ることは難しい。既存事業の経緯を踏まえたシナリオ作りが求められた。

実際の制作作業で難航したのは、出演者のスケジュール調整だった。新規事業に関わる人々は皆多忙なため、取材時間もひとりにつき数十分。さらに時間も場所もバラバラだ。収録ではシナリオを確認しながら出演者への指示を出しつつ、運営メンバーとも撮れ高について都度話し合いを行い、改善を加えながら進行した。この仕事を通じて、インタビュー撮影がいかに大変か思い知らされたと同時に、当事者が話すことによる説得力の強さも再認識できた。

編集では、これまでの事業報告のようなテキストと図による説明は極力使わず、実写を織り交ぜ、目で見て直感的に理解できる内容を心がけた。実写素材については、当社事業はセキュリティが重要となるため、現場での撮影が難しいケースが多いのだが、社員に撮影してきてもらうなどインハウスの特性を生かした調整も行い、新規事業の実態を垣間見れるような素材をそろえていった。


▲人材育成について伝えるシナリオに合わせて、撮影しておいた新人研修の模様を当てている。イベント記録の素材も、このようなシーンとして生かされることがあるため、日々の撮影でも気が抜けない。

 

 

完成後に感じた手応え

例年の事業報告に新規事業説明を追加し、動画は無事完成した。20分を超える異例の長さに、株主総会を担当する設営会社の方からは「長いですね」との声が漏れ、一抹の不安を感じて胃を痛くしたが、試写に同席していた役員からは「画が展開しているので長さを気にせずに見ることができる。心配ない」とフォローしてもらった。

株主総会での株主アンケートでは、「長すぎた」といいうコメントが無かったことも私の気持ちを軽くしてくれた。また、総会開催前に目を通した社長からは「皆が事業について語ってくれているのがいい」というコメントをもらい、当初のコンセプトがはまった点も良かった。

こうしてスタートした動画による株主総会だが、すでに4回の開催を経てきた。まだ至らない部分も多いが、株主総会というオフィシャルな場を乗り切った実績と、そこで社内制作の強みを発揮できた点は、今後インハウス動画を進めていく上で、強い手応えを感じることができた。

余談となるが、一般的な株主総会では、議場で動画に振るとき際に「音声付きのスライドをご用意しました」と紹介して上映されることが多いようだ。動画への振りの所作が仰々しいのは、動画での事業報告がまだ一般的ではないからだろう。

以前はスライド資料を現場で読み上げていたが、そこから発展させて、事前に収録しておいた音声に合わせてスライドを流す会社もある。実際に当社グループの各社の株主総会においても、スライド資料を使う会社もあった。そこからさらに発展させて、今年からはナレーションとスライドを動画として組み合わせ、それを流しているところもあった。このようなところからアップデートしていけば、インハウス制作でも動画導入のハードルが下がるのではないかと思う。

そしてこのコロナ禍において、そのアップデートはスピードを上げることになりそうだ。オンライン配信を活用したバーチャル総会、ハイブリッド総会という新しい概念も注目され、株主総会のあり方そのものの議論も行われている。AR技術を使ったバーチャルセットや、相互コミュニケーション技術などの提案も生まれており、インハウス動画の役割や守備範囲も広がっていくのではないだろうか。


▲2018年の制作動画。当時は備品カメラが1台のみで、2カメ収録は持ち込み機材で対応した。照明は、会社の倉庫にあった電球タイプのものを引っ張り出して使用した(翌年にはLEDライトを新調)。


▲クロップ編集を見越して一応すべて4Kで撮影。テロップとのレイアウトの自由度を確保する上で、4Kの映像は本当に助かった。

 

 

VIDEOSALON 2020年11月号より転載