どんな原稿を書けば映像から言葉が伝わるナレーションになるのか?『情熱大陸』などのドキュメンタリー番組で「構成」を担当しナレーション原稿を手がける田代さんに秘訣を教えていただく。
文●田代 裕(FOR田代裕事務所)
●VIDEOSALON 2021年4月号より転載
Point.1 基本は読みやすい原稿を書くこと。
読みやすい原稿は、すなわち聞きやすい原稿です。そのためには1文をあまり長くしないことが大事。見た目の読みやすさも意識しています。
僕がたどり着いた原稿のフォーマットは1行あたり21文字です。1文が3行を超えるコトはまずありません。仮に3行をオーバーしてしまったら、できるだけ途中で「。」を打って改行します。
使っているソフトはマイクロソフトの「Word」で縦書き。級数は13ポイントで明朝体です。いろいろ試して一番しっくり馴染むのが13ポイントでした。余白が多いと思われるかもしれませんが、収録現場でメモや修正をいれるとき、案外役に立ちます。A4でプリントし、ナレーターの方によっては、これをB4に拡大して読んで頂きます。
ナレーションは「語り」であって、印刷される文章ではありません。原稿に打つ読点「、」にも気を配って、意味が正確に伝わるように努力します。また、たとえ気に入っていても、ナレーションには適さない言葉が沢山あることも事実でしょう。
つい最近、ある番組で「空中楼閣(くうちゅうろうかく)」と書いたら却下されました。「通奏低音(つうそうていおん)」という言葉も好きだったので、試しに一度だけ使ってみましたが失敗。字面は良い感じなのに、音で聞くとなんだか伝わりにくい。書いて後悔したことは何度もあります。易しい言葉を組み合わせて少しでも深いニュアンスを伝えられたら、それに勝ることはありません。
クライアントのための映像を手がけている方も多いでしょう。専門用語を使うときは、できるだけ判りやすく意味を言い添えるようにしたほうがいいかなと思います。
人に届くナレーションをどう書くのか述べよと言われました。
これ、とても難しいテーマです。僕は職業作家としていろんな番組に
ナレーションを書いていますが、人に届くと確信できることなんてほとんどない。
でも、届いて欲しいと念じて心がけていることはいくつかあります。
今年の1月17日に放送されたフジテレビの番組『ザ・ノンフィクション』シフォンケーキを売るふたり~リヤカーを引く夫と妻の10年~用に書かれた田代さんのナレーション原稿から最初の2ページ分。頭の数字は映像の場所を示すタイムコード。文中、段落をさらに下げて括弧でくくられている部分は映像の現場音。改行や句読点の位置にも意味が込められている。
Point.2 語り言葉にはリズムが必要です。
テレビを観ていると、体言止めの語尾が連続しているケースに出会ったりします。これ、ディレクターが自分で書くと陥りがちな傾向です。職業作家だったら、まずそうは書きません。ナレーションを一本調子から救う最も手っ取り早い方法は、語尾を変えてゆくことです。むかし書いた原稿をちょっと引用します(下参照)。
「体言止め」の次は「ました」、そのあとに「です」を置いて「体言止め」。それに続いて今度は「ます」。最後にまた「体言止め」と、センテンスごとに語尾を変えました。逆に「〜だった」「〜した」「〜なった」と、「た」を連続させて、たたみかけるコトもあります。これは「る」でも同様で、連続させるとスピード感が出ます。
2時間枠のドキュメンタリーなどで、テーマごとに男女のナレーターを起用することがあります。許される場合、僕は男性を「である」調にして女性を「ですます」調にします。ひとつの番組で語尾のスタイルが違うのは変だと言われたこともありますが、お客さん(視聴者)にとって、そんなことはどうでも良いはずだというのが僕の持論です。女性が「である」調で読むと、なんだかニュースみたいになりがちなのがイヤなのです。
活字と違う点をもうひとつ。
「その」という連体詞や、「それ」、「これ」といった指示代名詞は、極力省略すると、やはりドライブ感が生まれることが多い。映像を見ていれば一目瞭然ということもありますから、どうしても必要かどうか、読み直してチェックすることをお勧めします。
Point.3 言い換えで変化をつける。
番組で産婦人科を取り上げた回がありました。「赤ちゃん」を「新しい命」と表現するのは普通です。でも、これを何度も繰り返すのは芸がない。番組のエンディングでは「無限の可能性」と言い換えてみました。他にも「無垢そのもの」とか、「未来の担い手」とか「真っ白な設計図」とか、いろんな言い方ができます。
先日、WEB講座「VIDEO SALON TALK SHOW」でお話ししたとき(P.22参照)、類語辞典を使うかという質問がありました。困ったときのために購入はしたものの、僕にはあまり参考になりませんでした。「赤ちゃん」の類語なんて、まず載っていません。ある単語を別の単語に置き換えることはできても、言葉として印象づける効果はない場合が多いようです。
センテンスは言葉の順列組み合わせですから、ときに異質な言葉も有効です。例えば「すれ違う親子の間に補助線を引く」…なんとなく雰囲気が伝わります。「テレビという名の四角い荒野」…ある特番で使いました。少々気取ってますが、決まるときは決まります。「○○という名の××」という言い方を覚えておくと応用がききますね。
Point.4 「間」を大切にすること。
いまは自分で撮影・編集までして、さらに原稿を書くというディレクターも多くなりました。よくみられる難点は情報の詰め込みすぎです。現場で見知った情報には愛着がある。だからといって、何もかも語り出すと、ジェットコースターのように忙しくなるのです。
自分で原稿を書くことを前提としたディレクターは編集の時点で言いたいことがほぼ固まっています。そうじゃないと編集できません。その結果、言いたいことを言う目一杯の尺で次々にカットが進行してゆき、映像が言葉で埋め尽くされてしまう。視聴者には、けっこう苦行です。
重要なのは「間」だと思います。喋り終わったときに、その言葉が腑に落ちるまでの2秒、3秒の「間」が、言葉に存在感を与えるのです。大げさに言えば、「言葉」を「言霊」にするということでしょうか。情報を削いで削いで、本当に必要なことを吟味するのも、「届くナレーション」の勘所だと思います。
●VIDEOSALON 2021年4月号より転載