どんな原稿を書けば映像から言葉が伝わるナレーションになるのか?Vol.1に続き、残り4つのポイントを『情熱大陸』などのドキュメンタリー番組で「構成」を担当しナレーション原稿を手がける田代さんに教えていただく。

文●田代 裕(FOR田代裕事務所)

Vol.1はこちらから

 

VIDEOSALON 2021年4月号より転載

 

 

Point.5 主観の効力

人の営みを見つめるドキュメンタリーなどでは、しばしば主観のナレーションを取り入れます。主観が1行入るだけで説得力が増すことが多々あるのです。

例えば、苦境に立った主人公が、なんとかして打開策を模索し始めるシーンの冒頭に、「挫けてたまるか…」という、短い主観をひとつ入れる。

客観的な状況の中に本人の思いを加えることで、物語が躍動するケースは少なくありません。

 

 

Point.6 差別化という課題

手垢のついた言葉を乱発すると映像の印象まで軽くなってしまいます。テレビは雑然とした場で観られているコトも多いので、視聴者にふり向いてもらう努力も必要です。

僕には、用心して使わないようにしている言葉があります。「絶品の味」は、便利ですがまったく具体性がないので、ある時期から禁句にしました。関節などが「悲鳴をあげる」も、いまはもう使いません。それよりも痛みの質を伝えたほうがいい。「そんな中」も、ほとんど意味のない合いの手みたいなものなので避けています。

CM前に「このあとは…」という言い回しが頻出するようになりました。そんなことを言うくらいなら、少しでも具体的な情報を言ったほうがいいに決まっています。

「絆」はなかなか厄介で、お手軽すぎるから使いたくないのですが、いまのところ簡潔に同じニュアンスを伝える言葉が見当たりません。

尺に限りがある中で定型句に頼らないようにするのは結構大変です。でも、そこを踏ん張って四苦八苦するのが職業作家ではないかと、自分に言い聞かせています。

 

 

Point.7 ナレーションでしかできないこと。

映像と現場音だけで視聴者を引っ張っていければ、それに越したことはありません。でも、密度の高い映像はたやすく撮れるものではない。映像だけで伝わらない情報や、奥行きを与える言葉を添えるのもナレーションの使命だと思います。大げさに言えば、見えないものを見るということです。

 ずいぶん前ですが、「冬のソナタ」のヨン様来日を巡る番組を担当しました。このときは取材前にディレクターと打ち合わせができたので、ひとつリクエストしたことを覚えています。

「きっとヨン様の間近に行くチャンスもあると思うので、彼がどんな香りを身にまとっているか確かめて欲しい」

現場でエレベーターに同乗したディレクターは、しっかり匂いを嗅いできてくれました。彼女が言うには「洗いざらしのシャツの匂いがした」そうです。で、僕はその通りナレーションに書きました。テレビは匂いを伝えられません。「洗いざらしのシャツ」がどんな匂いか…そこは人それぞれでしょう。歌謡曲の歌詞みたいではありますが、でも不思議なリアリティがありました。

以来、僕は匂いを気にするようにしています。目に見えないことを書くのは悪くありません。映像を補完して、視聴者に想像を巡らせてもらうのもナレーションの醍醐味です。

ナレーションを用いず、テロップだけで映像に情報や解釈を与えることもできます。うまくいくと、お洒落な感じになります。ただし文字を読むことに気を取られて、折角の映像に目がいかなくなくなる。ですから、あまり文字数は増やせません。当然、言葉にも吟味が必要になります。

インタビューなどのフォロー(発言をそのまま文字で起こしてテロップで表示すること)をどこまでするか…これも現場でしばしば議論になります。20年くらい前までは、インタビューのフォローなんて滅多にしませんでした。でもいまやフォローのない番組を目にしない日はありません。話し手の表情に魅力があれば、フォローを外したり、入れ方は臨機応変です。僕自身は、ディレクターとして番組をつくるとき、話し手の言葉を要約してテロップにしたりします。文字数を減らして効率的に意味を伝える点で、効果的かも知れません。

最近はナレーションまでテロップフォローする番組もありますが、僕は少々苦手です。

2年ほど前に、フランス人俳優のドキュメンタリー番組を作りました。年配の人なら誰でも知っているスターです。だから、日本語に吹き替えることは念頭にありませんでした。翻訳の専門家を呼んで内容を確かめた上で、前後の文脈から、より耳馴染みのいい言葉を選び、フォローテロップを考える…これは案外楽しい作業でした。

 

 

Point.8 自分の言葉で語る、言葉を探す。

短いフレーズで状況や心情を伝える上で、歌謡曲には大いに学ぶところがあります。もちろん、そのまま流用すると問題になるので、あくまで考えるヒントです。

例えば、八代亜紀さんの「愛の終着駅」に、「文字の乱れは線路の軋み」という歌詞があります。僕は思春期の若者を表現するとき、「服の乱れは心のすさみ」…みたいな感じで書いてみました。一文節七文字の連続はリズム感もあって印象に残りやすい。

優れた小説家は心血を注いで文章を書いていますから、本を読むことは言葉の引き出しを増やす役に立ちます。好きな作家のひとり、開高健さんの作品は、思わずハッとさせられる表現の宝庫です。

そっくり使うことは許されませんし、都合良くハマるケースも少ないですがヒントになります。番組のオープニングやエンディングに苦しんだとき、何度も助けられてきました。

ものごとの捉え方を参考にすることもよくあります。内田樹さんの『先生はえらい(ちくまプリマー新書)』を読んで、あらゆることに意味を与えるのは、その人自身の力であると学びました。この視点でナレーションを書くことが時々あります。

東日本大震災の直後は多くの番組が作られ、僕も様々な原稿を書きました。山田風太郎さんの『戦中派不戦日記』には、東京大空襲で焼け出された女性たちが新宿駅頭で交わす会話に耳を傾ける場面が出てきます。

「大丈夫、
きっといつかいいことがある」

なんということはないけれど、初めて読んだときから、とても印象に残っていました。この表現を、ある震災特番のエンディングに使いました。素敵な言葉や言い回しに出会うと、その発想を借りたり、アレンジしてどこかで書けないかなと思う。僕にとって読書にはそういう楽しみもあるようです。

実戦的な参考書として昔からよく読み返す一冊が、佐藤信夫さんの『レトリック感覚(講談社学術文庫)』。表現に行き詰まったとき、パラパラ読み返すとフレーズが閃くことがよくあります。

ターゲットが明確に意識されている企業VPなどは、言葉づかいについて、クライアントからきめ細かな指示が出ることも多いと思います。最終的には、誰が書いても同じような表現になってしまうこともあるでしょう。

でも、一生懸命努力して、そこに少しでもオリジナリティを加えられれば、ひと味違う原稿になります。喜んでもらえれば次の仕事に繋がると信じて、皆さんもどうか頑張ってください。

 

田代さんおすすめの参考書

先生はえらい
内田 樹 著(ちくまプリマー新書)780円
「先生はえらい」のです。たとえ何ひとつ教えてくれなくても。「えらい」と思いさえすれば学びの道はひらかれる。―だれもが幸福になれる、常識やぶりの教育論。(WEBより)

 

レトリック感覚
佐藤信夫 著(講談社学術文庫)1,110円
日本人の立場で在来の修辞学に検討を加え、「ことばのあや」とも呼ばれるレトリックに、新しい創造的認識のメカニズムを探り当てた。日本人の言語感覚を活性化して、発見的思考への視点をひらく。(WEBより)

 

 

 

VIDEOSALON 2021年4月号より転載