レポート●藤井大輔

 

2020年12月7日、渋谷を代表するライブハウスの一つ、WWWXにおいて「Kan Sano “Susanna” Release Live」が行われた。このライブは、新型コロナウイルス感染拡大防止対策として人数制限された有観客、そして有料ライブ配信という、このコロナ禍で急速にスタンダードになっていった公演の形がとられた。配信チケットプラットフォームはZAIKOで、日本における電子チケット制ライブ配信のパイオニアでもある。Kan Sanoは、キーボーディスト、トラックメイカーでプロデューサーでもあり、ジャズをベースとした良質な音楽性は、国内はもとより海外でも注目を集める新進気鋭の若手アーティストである。本公演はベーシスト、ドラマーを迎えてのバンド編成のステージで、Kan Sanoのささやくようなボーカルや繊細なキーボードの音色をはじめ、リズム隊の重たいベース、パワフルなドラムと多彩な表情をみせる演奏が展開される。そのため、配信映像でも幅広い音のレンジに対応することが要求される。またKan SanoやKan Sanoの所属するorigami PRODUCTIONSにはいわゆる耳の肥えたファンが多いため、より良い音質で配信映像を提供したい。

しかしながら現在、小規模映像事業者にとって、音楽ライブ配信を行ううえでの技術的な課題は、音声をトラブルなく高品質で届けられるかというところが大きい。今回、音響機器メーカーでもあるTASCAMの協力を得て、4Kライブ配信用AV Over IPエンコーダー/デコーダーVS-R265とマルチトラックミキサー、レコーダーModel 12を現場投入し、有料ライブ配信を行なったのでレポートする。

 

システム

撮影体制はソニーFX6やα7S IIIを中心に7カメで撮影し、スイッチャーはローランド V-8HDとブラックマジックデザイン ATEM Television Studio Pro 4Kを使用。音声は配信用のミックスを行うレコーディング・エンジニアからオーディエンスマイクの音も含めた状態でL+Rの2ミックスをXLRケーブルでもらい、それをModel 12でうけて配信用の音声の微調整ができるようにした。そこからスイッチャーでエンベデッドしVS-R265でエンコード、ストリーミングを行なった。また同時にバックアップとして、スイッチャーから別系統でUltraStudio HD Miniでキャプチャーし、iMac ProでOBSを使用し配信した。

 

Model 12

ライブ配信時の注意すべき点としてまず挙げられるのは、映像と音声のタイミングがズレてしまう問題だろう。Model 12では、ファームウェアでアウトプットディレイ機能が追加されており、ミキサーの段階でディレイをかけることにより、映像と音声のズレを補正することができる。MAINミックスのUSB出力、アナログMAIN出力(XLR端子、ヘッドホンモニター)にディレイをかけることができるので、ミキサーからUSBで直接エンコーダーやPCなどでエンベデッド、ストリーミングする場合はもちろん、今回のように一旦スイッチャーでエンベデッドさせる場合にも、アナログMAIN出力からディレイをかけた音声を送ることができ、選択肢が多い。またヘッドホンモニターでもディレイされた音声を確認することができるので、映像と音声のタイミングを合わせる作業をする際に操作性が良く、ありがたい。

音声出力の遅延補正はジョグダイヤルで0〜2000msの任意の数字(1ms単位)を指定することができる。現場によってどれくらいの映像の遅延が発生するかわからないので、2秒もディレイがかけられる機能があるというのは安心だ。1ms単位で調整できるので、十二分に細かく厳密にタイミングを合わせることができる。



▲映像と音声のタイミング調整作業。ステージ上のマイクの前で手を叩いて画音のシンクロを見る。右上のモニターがエンベデッドされたパススルー映像。ジョグダイアルでディレイ量を調整している。ちなみに左側のスマホ画面がテスト配信映像。

 

次に注意すべき点として、配信された映像での音声の聞こえ方の調整だろう。わかりやすいものは、配信音声のレベル管理で、配信音声が大きすぎて歪んでいないか、小さすぎて聞こえにくくなっていないかを、実際に配信されたもので確認し調整する必要がある。

音楽ライブ配信の場合、演奏のボリュームとMCのボリュームが大きく違い、会場で聞いている分には問題ないが、配信ではMCが聞こえづらくなるということがよくある。そういった場合のすばやいレベル調整を可能にするのがModel 12の物理的なフェーダーやノブでのコントロールだ。今回の公演では、ライブ本編はビートの効いた音圧の高い演奏が主だったが、アンコールでアンプラグド演奏のコーナーがあり、そこでは会場音を生かした繊細な音作りが行われたので、配信側でもModel 12のフェーダーで細かい調整をして視聴者に違和感のないような配信音声にすることができた。

このように音楽ライブ配信の現場でModel 12は機能や使用感から必須のアイテムのひとつと思われる。

 

VS-R265

エンコード、配信機器としてVS-R265を使用した。非常にシンプルでコンパクトな筐体に、HDMIの映像入出力、エンベデッド可能な音声入出力、SDカードへの同時記録なども装備され、なにかと省スペースを余儀なくされる配信現場では重宝する。

本体設定はLANでネットワーク接続されたPCでWEBブラウザベースのユーザーインターフェイス「Streaming Dashboard」で行う。配信プラットフォームはZAIKOであったが、RTMPサーバーのURLを入力する欄に、プラットフォームから付与される配信URLにつづけて“ / ” とストリームキーを入力するだけで簡単に設定することができた。

今回、配信プラットフォームの仕様でFull HDでの配信となったが、VS-R265では4K配信まで対応している。

 またVS-R265の一番の特徴としては、音声のアナログバランス入力であり、Model 12から直接ユーロブロック端子にてアナログソースの音声をエンベデッドすることが可能なこと。高品質な音質での配信を期待できるのであるが、残念ながら今回の現場では見送った。理由としてはVS-R265のHDMIアウトがパススルーではなくデコードをする仕様のため、リアルタイムではディレイが確認できないためだ。現場でのセッティングの時間に余裕があればぜひ試してみたい機能だ。

配信の状況は本体でのLEDやユーザーインターフェイスの「Streming Dashboard」で確認が可能だが、さらに詳細も確認できるようになるなど機能が充実してくると嬉しい。

今回はModel 12とVS-R265を使用し、非常に安定した有料ライブ配信を無事行うことができた。VS-R265はコンパクトながら放熱はしっかりされているようで、扇風機などの熱暴走対策等をしなくても筐体は熱くなったりせず、配信状況は安定していた。画質、音質の面でも視聴者から高評価をいただくことができた。


▲上がModel 12、右下のボックスがVS-R265。多機能でありながらコンパクトなので、スペースを選ばず設置できる。

▲機材トラブルも考えると、バックアップとしてスイッチャーからストリーミングまで2系統以上用意することが多い。トラブル時などシステム変更を余儀なくされた際、様々な組み合わせを検討するがModel12、VS-R265は多機能なので、選択肢が多くなるので安心だ。

 

藤井大輔

フリーランスの映像作家。フジロックや国内フェスのアフタームービーを始め、ライブステージ映像の収録や配信、MV、企業PV等を手がける。
公式HP:https://daisukemotion.myportfolio.com/projects

 

 

VIDEOSALON 2021年2月号より転載