VFXや光学の知見を活かした空間演出を得意とするEPOCH Inc.所属の大河 臣さん。今回は、赤外撮影を組み込んだMV『鋼の羽根』(RADWIMPS)、Kinectを使い応募作品として制作したMV『Broken Heart of Gold』(ONE OK ROCK)などを作例に、VFXを活用した特殊な視覚表現について解説してもらった。

講師   大河 臣  Shin Okawa

東京都出身。2011年よりフリーランスの映像演出家として活動を始める。2022年よりEPOCH Inc.所属。VFXや光学の知見を活かした画力溢れる空間演出を得意とし、広告やMV、展示作品など、演出領域は多岐にわたる。システムやテクノロジーに対する強い探究心を常に持ち、その造詣も深いことから、課題に応じたアプローチを適切にチョイスする引き出しの多さ、演出領域の広さも持ち味とする。

WEB ● https://www.epoch-inc.jp/ 

(X)Twitter ● https://twitter.com/shino6o6




Visual Effects の今を考える

現在の活動に至るまで

新しいものを見つけたら「なんだろう」と興味を持ってやっている

フィルムディレクターとして活動している大河 臣と申します。東京都出身で2011年からフリーランスの映像演出家として活動を始めました。その後、10年ほどフリーランスを続け、昨年、EPOCH(エポック)という会社に所属しました。マネージメントディレクターとして活動をさせていただいています。主にビジュアルエフェクトや、カメラセンサーやレンズなど光学の知見を活かした演出を得意分野としていて、広告やMV、ライブの演出映像や展示作品などの領域に携わることが多いです。新しいシステムやテクノロジーに触れたり、学んだりすることは好きなので、その辺の探求心は常に持っていますね。

主な使用ツールはアドビ Premiere ProやAfter Effects、Nuke、DaVinci Resolve、Cinema 4D、Blenderなどを使いながら映像制作に励んでいます。

最近のトレンドで言うと、Stable DiffusionやRunwayなどのAIモデルを取り入れた表現で面白いことができないかと模索したり、実際に検証なども裏側でやっています。画像生成AIについては素材としてそのまま使うことはあまりないのですが、MVの企画を考える際のリファレンス生成や、3DCGに使用するテクスチャの一部生成などに使っていますね。知識のインプットが好きなので、新しいものを見つけたら「なんだろう」と興味を持ってやっています。

今回の記事では、RADWIMPS『鋼の羽根』、ONE OK ROCK『Broken Heart of Gold』というMVを作例に、赤外撮影などの特殊な視覚表現について解説していきます。


「なぜ」と向き合い、「どう」捉えるか

Visual Effectsの定義

「視覚的に特殊な見え方」をする表現手法全般のことをVFXと定義する

VFXとは「ビジュアルエフェクト」の略で、直訳すると視覚効果のことを意味します。一般的にはCGやコンポジットワークなどの合成・編集処理を用いた視覚表現のことを指しています。また、本来ないものを新たに作り描くだけでなく、逆に本来あるものを消したりすることもビジュアルエフェクトのひとつと言えるかなと思います。

例えば、ペットボトルが浮いている映像を作りたいと考えたとき、テグス2本でペットボトルを吊ってから撮影をし、後からテグスを消すことによって浮いているように見せる表現ができますよね。これってCGは何も使っていなくて、ただテグスを消しただけ。このように引き算をすることもVFXの範囲のひとつであるという認識をしています。つまり、CGや合成処理のみを指さず、結果として 「視覚的に特殊な見え方」をする表現手法全般のことをVFXと広く定義した上で解説していきます。


CG やコンポジットワークなどの合成・編集処理を用いた視覚表現(本来ないものを新たに作り描いたり、本来あるものを消すなど)が一般的なVFXの考え方

本質としては、「視覚的に特殊な見え方」をする表現手法全般を指す


「目的」があって、「手法」がある

手法を取り入れる動機や企画の出発地点を大事にする

手法はさておき、まず「なぜそれやるのか」という目的が大切です。その目的を達成するための手段として、VFXを扱うのが正しいコミュニケーションの手順かなと思っています。「こういうスキルを使いたいから、こういう企画を立てましょう」といった手法が先にあるのはちょっと違う気がしていて、私としては、まず目的を優先する必要があるのかなと考えています。

もちろん、いろんな手法の引き出しを持っておくべきです。手法自体に囚われることから解放されるという意味でも、引き出しを広げることはとても大切だと思います。

何度もお伝えしますが、手法を取り入れる動機や、企画の出発地点を大切にしましょう。特殊な表現などをする上で、思想や姿勢、マインドといった人間らしさを大切にしながら、CGや合成の勉強を進めていけるとよりいいのかなと思いますね。


作例① RADWIMPS / 『鋼の羽根』



楽曲のテーマは”見えない主人公たち”

“見えない主人公たち”を視覚化したい

この楽曲を初めて聴いたときにまず感じたことは、夢にあと一歩届かなかった人たちや、日の目を見なかった努力、ドラマにならなかった物語といった、この世界に溢れる”見えない主人公たち”へ向けた楽曲でもあるということでした。「主役になれなかった人たちの努力にも絶対に意味があったよね」と背中を押すような楽曲になっていて、見えない主人公たちも、ちゃんと主役だったし、その存在はなかったものじゃない、そんな想いを映像に込めようと思いました。そこが企画の出発点です。

そして、その見えない主人公たちをどのように視覚化しようかと考えた結果、可視光の外側・目に見えない光を捉える赤外撮影をやりたいと考えました。


赤外撮影 / Infrared Filmとは?

赤外撮影によって赤外線を反射する材質の輝度が増し変色する

赤外撮影をすることによってどのような効果が得られるのか。緑の葉っぱが赤く染まって見えたり、日中なのに空が暗く落ちて見えたりします。これは、赤外線を反射する材質の輝度が、赤外撮影によって相対的に増したり、色が変色することによってこのような表現が実現されます。

仕組みを説明すると、 可視光線という目に見える光線があり、その波長が短ければ短いほど紫色に寄っていき、波長が長ければ長いほど赤色に寄っていきます。つまり、目に見える範囲の光が下図のような並びになっているんですが、その外側には、目に見えないものも存在しています。

「光」という抽象的な概念をどの範囲まで指すのか、定義によって捉え方が違ってくるのですが、可視光線の外側にある赤外線や紫外線、マイクロ波やレントゲン撮影に使われるX線といった1nm〜1mmの波長を持つ電磁波も「光」として定義するとします。その場合、目に見える可視光線の外側にも光は存在していて、赤外線や紫外線と言われる範囲もその類に含まれることになります。


本来、可視光外の赤外線や紫外線は大幅にカットされるようカメラやレンズコーティング側で予め設計されている。



映像での赤外撮影をする方法

カメラの構造を変えて赤外線を透過させる

写真の場合、可視光をカットするIRフィルターを使用して長時間露光で撮影する方法がありますが、長時間露光となると映像には不向きになります。例えば、24fpsの映像の場合1/24よりシャッタースピードを遅くできないため、10秒や20秒露光するとなると物理的に難しくなります。

ではどうしようかと考えたときに、カメラやレンズコーティング側でカットされている赤外線を、構造の段階からカットされないように仕様を変えられたら、赤外撮影が可能になると考えました。そこで、カメラに搭載されているローパスフィルターを取り外すことでで、赤外撮影を可能にしました。




カメラセンサー前に搭載されているローパスフィルターを取り除くことで、赤外撮影が可能となる。ただし、公式にサポートされている範囲外の使用方法になるため、試す場合は自己責任で。


ケンコーPRO1Digitalなど、赤外線のみを通すIRフィルターで撮影することで可視光をカット。微量に通っている赤外光を感光する。ただし、光量が低いため長時間露光しなければならない。露光した写真をPhotoshopなどの画像処理ソフトで調整し、ルックを仕上げるという流れ。


画像処理を行うことで図のような色味の画になる。