日本のテレビドラマは脚本家の名前で語られることが多いが、今活躍している多くの脚本家を輩出しているのが、50年以上の歴史を持つシナリオ・センターだ。ここでは、シナリオを書いたことのないビデオグラファーに向けて、ショートドラマを想定したシナリオづくりの考え方を教えていただく。

講師   新井一樹

1980年生まれ。東京都出身。日本大学大学院芸術学研究科修了。芸術学修士。祖父は、シナリオ・センター創設者の新井一。同社にて、シナリオライター・脚本家、小説家などを養成する講座の改善、映画やテレビドラマ、ゲームなどの制作会社にて、プロデューサーやディレクター向けの研修開発と講師を担当。2010年より、想像力と表現力の欠如で起きる社会課題を解決するプロジェクト「一億人のシナリオ。」を統括。小学校から企業など約200団体、10,000名以上に講座や研修を実施。シナリオ・センター取締役副社長。著書「シナリオ・センター式 物語のつくり方」(日本実業出版社)など。



シナリオ・センターとは?

シナリオ・センターは、わたしの祖父であり、300 本以上の映画脚本、ラジオ、テレビを含めると2000 本以上の脚本を書いた新井 一が1970年に創設した、シナリオライターを養成する学校です。新井 一が体系づけた「シナリオの基礎技術」を基に脚本家や小説家、プロデューサー、ディレクターなどを養成してきました。ビデオサロンの読者の方のなかにはご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、映像業界に多くの映画監督、ディレクター、プロデューサーを輩出してきました。わたし自身、最近は映画のプロデューサーの方々に向けてお話させていただくこともあります。

今回は企業のPRなどのショートドラマを想定したシナリオづくりについて、これまでシナリオについてあまり考える機会がなかったビデオグラファーの方々にも理解できるようにお話をしていきたいと思います。

今回の講座はウェビナーのタイトルとしては「短い時間でドラマを描く!」と謳いました。ショートドラマのような短尺でもドラマチックにするには、という意図でしたが、効率的に短時間でシナリオを書くと捉えた方もいらっしゃるようです。シナリオ・センター式で考えていくと、ドラマチックなものができると同時に、効率的にシナリオをつくっていくことができます。それはシナリオづくり自体に時間をとりにくいビデオグラファーの方にも参考になるはずで、ぜひその方法論の一端を身に付けていただければと思います。

「ドラマチック」とは?

「ドラマチック」にするというのはどういうことなのでしょうか? 人にシナリオを見せたときに「なんかグッとこないんだよなあ」と言われても、いやいや自分はグッと来るように書いてるんだけどと思いますよね。そもそも人はどういうときにドラマチックだと感じるのでしょうか?

たとえば野球の試合で、3-0でリードしていてそのまま勝ったとします。やっているほうは嬉しいですけど、これはドラマチックとは言わないですよね。一方で途中までリードされていて逆転したんだけど、さらに逆転されて、万事休すというところで逆転という展開だったら、それはドラマチックと言えますよね。最終的に勝つという結末は同じでも、後者の場合は間違いなくドラマチックだと言えます。その違いはなんでしょうか。奇跡の逆転勝ちの場合は、観客(視聴者)が、もうだめだという気持ちになっていて、これはどうなってしまうんだろうとハラハラする。先が気になるわけです。

要は登場人物に感情移入させてくださいということなんです。このままでこの人は本当に大丈夫なのか、このままでもいいのかと、登場人物を見ていて心配になってしまう。人は困っている人物に感情移入するからです。

つまり、視聴者が感情移入するような状況に持っていけばドラマチックだというわけです。では、どうやって感情移入をさせていけばいいのでしょうか? その方法論をシナリオ・センターの講座ではいろいろとお伝えしているわけですが、その前に、「どこを」ドラマチックにしていけばいいのかという問題があります。




どこをドラマチックにすればいいのか?


ストーリーにはパターンがある

どうやってドラマチックにするかという以前に、そもそもどこをドラマチックにすればいいいのでしょう? 実はここを勘違いしている人が案外多いのです。

それを考える上で、物語の構造からご説明しましょう。みなさんがこれから書こうとしている物語があるとします。物語はストーリー(筋書き)でできています。ストーリーは出来事の羅列なのですが、ドラマチックに描こうとすると、往々にしてストーリーを考えて、ストーリーをドラマチックにしようと思ってしまうのです。しかしそこが落とし穴です。なぜならストーリーには「パターン」があるからです。新井 一は、ストーリーは21パターンだと書いていますし、脚本家で小説家である柏田道夫さんはストーリーは5パターンとその組み合わせだと言います。ハリウッドの脚本術でも10パターンのストーリーを解説しています。ここで重要なのは、数の違いではなくて、パターンだということです。

ですからストーリーを一生懸命考えたとしても何らかのパターンにはまってしまう。もうこれは面白くないのではということで筆が止まってしまうわけです。物語を作ろう、ドラマを作ろうとしたときに、ストーリーから考えがちなので、多くの人がそこで壁に当たってしまうのです。

たとえば単純に人間の一生のストーリーを描くとしましょう。ストーリーラインとして、生まれたときのこと、小学校のこと、中学受験のこと、高校のときのこと、大学に入ったときのこととした場合、その大学を専門学校に変えたところで結局それほど変わらない話なんです。ストーリーラインでどんでん返しをしようとしても、そこで感情移入させるというのは荷が重いんですよね。

ストーリーの構造とは?

さらにストーリーの構造を分解してみましょう。それぞれのストーリーラインの下にいくつかのシークエンスがあります。一般の方にはなじみがない言葉かもしれません(むしろ映像業界の人には編集の用語として理解しやすいかもしれません)が、要はお話の塊ということです。たとえば小学校というストーリーラインの下に、入学式のシークエンスがあったり、3年生の遠足のシークエンスがあるという関係です。このシークエンスを面白くしようとしてもなかなか難しい。ではどうするか。そのシークエンスというのはいくつかのシーンでできています。シーンはわかりやすい言葉ですね。シナリオの用語でいうと、「柱」で区切られた部分になります(P.39参照)。つまり入学式のシークエンスで言えば、教室のシーン、講堂のシーン、職員室のシーンといったふうにシーンが分かれているわけです。

シーンは何でできているかというと、登場人物の会話だったり、やりとりだったりというアクションとリアクションです。これでストーリーの構造が掴めたかと思います。最小単位がシーンであり、それが集まってシークエンスができ、シークエンスが集まってストーリーラインに、そのストーリーラインが集まってストーリーになるわけです。

物語とは「ストーリー」と「ドラマ」のふたつの要素でできている。物語とは、ストーリー構造を利用してドラマを描くことだと言ってもよい。では、ストーリー構造がどうなっているのかというと左の図のようになっている。ストーリーはあくまでドラマを入れる器であって、ここに凝ったとしてもドラマチックになるわけではない。


※シークエンスとは

シークエンスという言葉はわかりにくいが、DVDでいうチャプターだと考えるといいだろう。大体10分くらいで話の区切りで打たれているはずだ。

※シーンとは

場面のこと。シナリオでは、「柱」が立っているところ(P.39参照)。登場人物のアクションとリアクションによって構成される。


シーンをドラマチックにする

では、どこをドラマチックにすればいいのかというと、シーンなんです。ドラマチックなストーリーを作りたかったら、どんどん下に行ってシーンをドラマチックにするということです。シーンをドラマチックにしようと思ったら、シーンは登場人物のアクションとリアクションでできているわけですから、そこを魅力的に描けばいいということになります。

ついストーリーで逆転するような展開を考えようとしてしまいます。それが一見ドラマチックに思えますが、誰が、どういう過程を経て、逆転するかが重要であり、それを描くのがシーンなのです。



登場人物のキャラクターが大事なワケ

キャラクターによってシーンは変わる

シーンのアクションとリアクションを魅力的にするには、登場人物のキャラクター設定が大切になります。アクションとリアクションが、登場人物その人じゃないとならないものになると、シーンは説得力のあるものになっていきます。シナリオづくりでよく「登場人物のキャラクター設定が大事だよ」という話をするのですが、それはシーンを生き生きと魅力的にするためなんです。その理由が分かってキャラクター設定を作っていくと、書くものが変わってきます。キャラクターによってシーンのアクションとリアクションが変わってくるからです。

たとえば桃太郎の話で、桃太郎が鬼退治に行ってくれと言われるシーンだとして、桃太郎が勇敢なキャラクターであれば、進んで行ってきます! と言うと思うのですが、気弱な性格であれば黙りこんでしまうかもしれない。優柔不断な性格であれば、いろいろと理由をつけて出発を引き伸ばそうとするかもしれない。へそまがりな性格であれば、おじいさんはストレートには言わないかもしれません。キャラクターによってシーンはまったく変わってきてしまうのです。ストーリーとしては、次は鬼退治に行くことになるわけですが、キャラクターによってシーンのアクション、リアクションはまったく異なるものになるので、だからキャクター設定が重要だと言われているのです。

キャラクターを感じさせる

たとえば観光誘致のショートドラマがあったとして、そこまでキャラクターを設定できるのかと思われるかもしれません。でも登場人物のキャラクター設定が描かれていないとしたら、どんなに美しい風景が次から次へと現れたとしてもそれほどドラマチックだと思えないのではないでしょうか? ところが、たとえば都会で働く女性が仕事に疲れはてて故郷を思い出して…というキャラクター設定が少しでも描かれていればどうでしょう? 視聴者は感情移入していくことができます。その後の美しい風景が違うものに見えてくるはずです。キャラクター設定は、すべてを決めて、すべてをシナリオのなかで描く必要はなくて、こういうことじゃないかなと想像させるくらいでもいいのです。

そういったキャラクター設定がないと、登場人物が美しい風景や名所旧跡を回っていたとしても、視聴者はその心情を推しはかることができなくて、感情移入することはできません。



「ドラマとは変化である」登場人物を変化させていく過程が重要

人は人の何に感情移入するのでしょうか? 登場人物のどういうところに感情移入するのかということが次に重要になってきます。

「ドラマとは変化である」という新井 一の格言があります。Aという考え方、状況の主人公がBになる。つまり主人公のそれまでの考え方だったり、置かれている状況が変化するということ。人は変化するもの、先が気になるものに感情移入します。変化するのは、主人公の考え方や状況だけではなく、脇役の変化やその関係性も変化します。そういった変化がないと、次を見たいという気になりません。

たとえば「桃太郎」の話を例にしてみると、「桃太郎は自分は強くて友達なんて必要ないと思っていたのに、やっぱり友達は必要だという考え方に変わった」とか、「桃太郎は友達を作れる状況ではなかったが、友達が作れる状況に変化した」とかいったように、考え方や状況が変化するということです。ただ、これは変化さえすれば面白くなるかといえばそんなことはないということは容易に想像がつきますよね。たとえは桃太郎が人から、「友達は大切だよ」と言われて、すぐにそういう考えになったとしたら、お話としてもまったく魅力がないですし、むしろ桃太郎って考えが浅いやつだなあと思ってしまいます(笑)。

変化すればいいというわけではなく、その過程が重要なんです。友達なんていらないと思っていた桃太郎が、いろいろな障害を乗り越えて、友達の大切さを知るようになる。そういう過程で視聴者は主人公に感情移入することになるのです。