全編がiPhoneで撮影され、その驚くべきクオリティから大きな話題を呼んだ自主制作特撮映画『オーク』。2023年に公開された本作は、YouTube視聴回数150万回以上を記録して尚、現在も伸び続けている。本記事では、オークの監督兼カメラマンを担った武藤聖馬さんに、iPhoneでの撮影方法やiPadでの絵コンテ制作など、スマホやタブレットを中心とした制作手法について解説してもらった。

講師   武藤聖馬  Shoma Muto

イラストレーター・絵コンテライター。東京都在住1995年9月16日生。阿佐ヶ谷美術専門学校 キャラクターデザイン科卒。仮面ライダーシリーズの絵コンテを経て現在はフリーのイラストレーターとして活動中。参加作品として『ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA』や『仮面ライダーリバイス』などのキャラクターデザインを一部担当。『王様戦隊キングオージャー』ではアートデザイン(コンセプトデザイン)として参加。

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特撮映画を自身で作り始めるまで

現場の絵コンテライターからキャラクターデザイナーへ

元々は特撮のクリーチャーや怪獣のデザインをしたい人間だった

イラストレーター・絵コンテライターの武藤聖馬と申します。本業はイラストを描くことで、特撮のキャラクターデザインやコンセプトデザイン、コンセプトアートなどデザイナー関係の仕事もさせていただいています。

元々は、特撮ヒーローのドラマ現場で3年ほど絵コンテライターとして監督のそばにつき仕事をしていました。現場の絵コンテは少し特殊です。まず口で説明でするのが難しいシーン、たとえば「CGで巨大なドラゴンがこうなって…」といったものを事前に描きます。その後、撮影が始まるとロケに同行し、今度はCG・合成作業のためにCG・合成カットをロケ中に描いていきます。撮影現場で監督が「ここで合成!」と仰るので、聞き耳を立てながらその場で絵コンテを描いていきます。監督の脳内イメージを、僕が代わりに描いてスタッフに伝達するような役割で、現場で絵コンテを仕上げるという点が少し特殊です。

その仕事を3年間やっていたのですが、元々自分は特撮のクリーチャーや怪人のキャラクターデザインをしたかった人間なので、自分の時間を確保するために絵コンテの仕事を一度抜けました。その後、『ウルトラマントリガー』や『仮面ライダーリバイス』など特撮のキャラクターデザインに参加する機会をいただき、これまでの経験を活かして、自分たちでも撮りたいと思い、自主制作特撮映画『オーク』を制作し、現在に至ります。




自主制作特撮映画『オーク』とは?

●『オーク』のあらすじ

両親を殺され心を閉ざした学生・貴島 工。ある日彼の前に魔女が現れ、未来を見せ特別な力を授ける“黄玖石”(おうくせき)を渡してくる。石を通して幼馴染の白井希が謎の赤い怪人“グム”に殺される運命を知った貴島は、白井を守るため“オーク”に変身し立ち向かう。

〈スタッフ〉

企画・監督・脚本・撮影・編集:武藤聖馬

企画・アクション監督:塚越靖誠ほか

〈キャスト〉

石川翔大、 泰光、洞内花音、関口秀美、田代千日、平井孝樹、川井優樹、樺山ミナミ






なぜ『オーク』を作ることになったのか?

「自分で特撮を作ってみたい」という想いが心の中で育っていた

デザイナーの仕事に重きを置き始めた時期でも、たまに撮影所へ遊びに行く機会はあったんです。その際にジャパンアクションエンタープライズのアクション俳優・塚越靖誠さんと再会し、「オリジナルのキャラクターを作って撮影したいんだけど、武藤君ってキャラクターデザインできたりします?」と声をかけていただきました。それまでずっと監督の後ろで仕事をしていたこともあり、「自分で撮ってみたい」という想いがちょうど心の中で育っていたので、ぜひ一緒にやりたいなと思いました。

そこから、まずは何か取っかかりがないと話が進まないと思ったので、学生時代に描いていたキャラクターをもとに原型になるキャラクターを描いて、「このキャラクターがこういった活躍をする物語はどうか」と塚越さんに伝えました。塚越さんと議論を重ね、「これならいけるかもしれない」と思えたので、身の回りの信頼できる仲間に声をかけていきました。特撮映画をちゃんと作ろうとすると、CG合成や衣装、美術などとんでもなくお金がかかります。最初は「とりあえず最低限の内容で簡単に撮れたらいいかな」くらいに思っていたんです。そんな軽い気持ちのまま周りの友人を誘ったのですが、友人たちも僕と同年代の撮影現場に入って3〜4年目の人たちばかりで、「そろそろ自分でも何かを作ってみたい」と思う世代だったんです。そのため、意外と乗り気になってくれて、カメラチームや照明チーム、キャラクターデザインと進めていくうちに盛り上がってきて、「もうこれはとことんやるしかないよね」という空気感になりました。そのあたりが『オーク』を本格的に作ることになったタイミングなんじゃないかなと思いますね。


『オーク』のワークフロー

主人公やヒロインなどのキャスティングは、出身学校に協力をあおぎ、学生オーディションの中から選抜。「僕は役者のツテがなかったので、役者である塚越さんに相談をして、魔女役の方などを呼んでいただきました」と武藤さん。



クラウドファンディングでは、201名の支援により目標金額を大きく超えて達成した。SNSにて進捗を投稿し、開始日にファンから支援してもらえるよう仕組み作りに力を入れた。発信中、「何か力になれないか」と連絡をくれる人材も集まり、スタッフィングの側面も兼ねていた。



入れ替わりはあるが、撮影時は役者も含め平均10名程のスタッフで現場を回す。役者の他、監督、カメラ、照明、録音部、小道具、現場の整備をするスタッフなどの役割が存在する。場合によりアクションのメンバーや助手が増えたりと、日によって人員は変動する。



簡易的な編集・合成を行なった後、合成用の絵コンテを作成し、現状の映像と絵コンテをスタッフに共有する。効果音については、商用利用可能な「Audiostock」からダウンロードし、複数の音を組み合わせて使用している。







全編iPhone撮影の裏側

iPhoneで撮影する理由

大幅なコスト削減と”iPhoneで全編撮影”という話題性を狙った

想定していた尺を撮るとなると最低でも1カ月はかかるため、カメラだけでなくレンズや付属するアイテムなどの機材を全てレンタルするとかなりのコストがかかります。どうしようかと思っていた矢先に、iPhone 13 Proのカメラのクオリティが高いと話題になっていたんです。僕は当時、古いiPhoneを使っていたので、替えどきとしてもちょうどよく、コストも大幅に削減できるなら「iPhone 13 Proで撮ってみるのはどうか」という話をスタッフに相談しました。

ただ、この時点では自分で言いながらも「本当に撮れるのか?」と半信半疑でした。当時はiPhoneでこれだけの物量を撮影する企画なんて聞いたことがなかったし、チープになるんじゃないかという不安もありました。しかも、3〜4年目とはいえプロの現場で仕事をしていた面子が集まって撮影するのに「なんでiPhoneで撮るの?」という話じゃないですか。でも、「iPhoneで全部を撮れば逆に話題になるんじゃないですか?」と背中を押してくれた人がいたんです。そこで僕も決意し、「今回はiPhoneで全編撮影しよう!」と皆に伝え、半ば強行突破に近い形で進めることにしました。これがある意味、本作の特徴にもなりました。


撮影方法と使用機材

場合によってスタッフ全員がカメラマンになり撮影することもできる

iPhoneでの撮影方法は基本的に、手持ちでの撮影、三脚に載せて撮影、ジンバルに装着して撮影の3パターンです。iPhone撮影のメリットとしては、撮影が終わった瞬間にすぐにスタッフ全員で顔を寄せてチェックできるのが強みです。モニターの場所が固定されないので、iPhoneの場合はフレキシブルにチェックできます。さらに場合によってはスタッフ全員がカメラマンになって撮影することもできるので、特にアクションシーンなどでは非常に便利でした。


アクションシーンでスタッフそれぞれが自身のiPhoneを使い撮影する様子。1発勝負の場面などでの撮影漏れやエラーを防ぐこともできる。










iPhoneを使った手持ち撮影のコツは、人差し指と親指のみで本体を持つこと(写真上)。すべての指を使って持つと、指それぞれに力が入ってしまいブレやすくなってしまう(写真下)。