【ローランドAVミキサーの現場】ネット時代の動画活用講座~大手前大学eラーニングでの活用


大須賀 淳(スタジオねこやなぎ)

第20回:活用事例「大手前大学」(eラーニング)

映像は、昔から「学びのツール」としても数多く使われてきた。巷には料理やスポーツから資格試験までありとあらゆるハウツービデオが流通し、また放送大学やNHKのEテレなど、公共の放送電波も教育目的への割り当てが多く行われている(現在のテレビ朝日も、発足時は「東京教育テレビ」だった)。

そして現在、ネットを使用した映像学習(eラーニング)はますます存在の意義が大きくなり、大学など各種の教育機関でも積極的な使用が進められている。

そんな中、特にeラーニングの活用に力を入れているのが、兵庫県にある「大手前大学」だ。専用の本格的な撮影設備をそなえるとともに、単に講義を収録しただけにとどまらない、積極的なコンテンツのプロデュースを含めた取り組みがなされている。この度ローランドのAVミキサー「VR-50HD」などを導入し設備が更新されたとのこと。ハード・ソフトの両面からその現場をクローズアップしてみよう。

新世代の施設「メディアライブラリーCELL」

大手前大学のeラーニングコンテンツは、 さくら夙川キャンパス内の施設 「メディアライブラリーCELL」 で収録されている。 2007年に建設されたこの施設は、情報のアーカイブ(図書館)と発信(コンテンツ制作)の機能が兼ね備えられており、新世代の大学施設としての画期的なロールモデルとなっている。

今月の取材先
大手前大学

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今回は大手前大学情報メディアセンターの西尾信大さんにお話をうかがった。大手前大学には4年制と短大に加え、eラーニングを活用した通信教育課程もあり、社会人など幅広い層の学生が学んでいる。

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「メディアライブラリーCELL」は、大手前大学のさくら夙川キャンパスにある新世代の図書館施設。図書館の他にマルチメディア制作室なども設けられており、今回取材したスタジオはこの地下に設置されている。

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スタジオ内は照明なども完全にセットされた形になっており、すぐに収録が開始できるようになっている。ブルーバックの撮影にも対応しており、以前はバーチャルスタジオ形式のコンテンツも多かったが、現在は電子黒板(次々項で紹介)を中心としたスタイルが増えてきた。

スタジオと収録設備の概要

一般の企業や団体が映像コンテンツの内製に乗り出す場合、どうしても既存の部屋などを改造しての対応にならざるを得ないことが多い。大手前大学の「メディアライブラリーCELL」は当初からeラーニングコンテンツの制作のために専用設計された設備であり、 今後新設や改築などでスタジオを設ける場合の大きな参考になるはずだ。

●機材の中核をなすのがローランドのAVミキサーVR-50HD

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収録は調整室から完全にコントロールすることが可能。講師のほぼ正面の位置のガラス越しにモニターやAVミキサーのVR-50HDが設置されており、不意の雑音などの心配を解消しつつ、講師とオペレーターが互いの姿を確認しながら安心して収録が行える。

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VR-50HDには複数のカメラとマイク音声が集められ、流れにあわせて適宜スイッチングされる。タッチスクリーン操作の機器なども導入されてはいるが、複数の、専門家以外も含めた人がオペレーションするにあたっては「物理的なスイッチ」の存在が、わかりやすさの面からひじょうに大きいとのこと。VR-50HDはパネル上のスイッチやスライダー類でほとんどの主要な操作が行えるので、映像機器に関する少々の知識があれば初見でもマニュアルなしで基本的な操作が充分に可能だ。ハード性能以外に、そうしたユーザーフレンドリーの側面でハードウェアの存在意義はまだまだ大きい。

●家庭用カメラを活用

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カメラは業務用も含めたいくつかの機種が用意されているが、常設の部分には家庭用であるパナソニック HC-X920Mが使用されていた。画質的には充分とのことで、むしろ突発的な対処や本体の堅牢さも必要なく、完全な「決め打ち」ができる専用スタジオ内でこそ、基本的な性能の高い昨今の家庭用カメラのアドバンテージを最大限に活かせるという好例になっていた。

●収録はATOMOS Samurai

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VR-50HDでスイッチングされた映像は、そのままATOMOS Samuraiに流し込まれ、ProRes422で記録される。スイッチング後の記録なので編集作業も最低限で済み、大量のコンテンツを効率よく仕上げる必要のあるeラーニングの作成現場において大きな力を発揮している。膨大なデータの効率的なアーカイブ化が現在の課題。

●音声はワイヤレスのピンマイク

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講師の音声はソニーのワイヤレスピンマイク経由でVR-50HDに送られる。メディアライブラリーCELLのスタジオは地下に設けられているので、実音声、電波の両方の側面でノイズの心配も少なく、安心して収録を行うことができる。

電子黒板の活用

大手前大学のコンテンツ作成では「電子黒板」が積極的に活用されていた。昨今、小学校等への現場にも広い導入が検討されている「次世代の定番ツール」。率先して使用したことで得られた「問題点の洗い出し」もひじょうに興味深い。

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導入されているのはパナソニック製の最新型の電子黒板で、パソコンからの画面出力をそのまま映すことができる。一度に撮影することで合成の手間などが省けるのは大きいが、撮影時になかなか実写との色温度が合わず、メーカーの人のサポートを受け、スタジオ撮影モードを搭載して合わせたとのこと。モニターと実写の同時収録は今後さらに増えるはずなので、機器側の対応なども期待したい。

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もちろん「黒板」なので、タッチスクリーンとしてPCの操作や直接の書き込みが行える。資料の表示と、ホワイトボード代わりとしての両方の使い方ができるメリットは大きい。

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接続されているのは普通のWindowsパソコンなので、パワーポイントなどポピュラーなソフトがそのまま使用できる。収録のためだけに専用のデータを作る手間が省け、多量のコンテンツ作成も大変効率よく行える。

大きな効果を発揮する「プロンプター」

生の講義に慣れている講師でも、いざカメラの前で話すとなかなか上手く喋れない場合も多い。大手前大学では、講師のアドリブに任せるのではなく、きちんと原稿を作成した上でプロンプターに原稿を表示しながら収録をすすめるというプロデュース体制がとられている。

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カメラのすぐ下に置かれたモニター上に原稿が表示されることで、自然な目線をキープしながら、原稿を読んでの着実な収録が可能となっている。原稿は調整室からの操作でスクロールできる。

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別途用意されていた可搬式のプロンプター。カメラと組み合わせると、モニターの向こうから完全にカメラ目線での収録ができるので、正確な文言がもとめられる収録にはひじょうに重宝する。

効率的な撮影の工夫

その他スタジオ内には、日常的に数多くの収録を行うための様々な工夫が行われていた。

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照明のセッティングは一番時間がかかる要素の一つだが、一度決めたら動かさなくても良いのが専用スタジオの良い所。特に電子黒板(またはモニター)への反射をいかに抑えるかがポイントとなる。

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立ち位置、物の位置などはきちんと色分けされてバミられており、日数を空けての収録でも連続性が損なわれないようになっている。

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本来は防犯用に使用されるリモコンカメラは、館内のLANを利用して施設内の様々な教室などからの収録も可能にしている。映像機器全般が、講義の収録に充分な画質を持っている昨今では、こうした既成品の応用ができる場面がひじょうに多い。

覚えておきたいeラーニングの重要キーワード

ますます存在感を増している映像を使ったeラーニングにおいて、今後特に重要となるキーワードをこの機会に覚えておこう

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●MOOC(ムーク)

ネット上に無料公開された講義映像により、誰でも時間と場所を選ばずに高度な教育を享受できる取り組み。アメリカでスタンフォード大やハーバード大が中心となって始めた活動が、世界中に広がり始めており、日本でも、今春より日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC)によるサイト「gacco」(http://gacco.org/)の運用が開始された。大手前大学からも講座を提供予定で、今回のスタジオで収録した動画が見られるようになる。

http://gacco.org/

●反転授業

「学校で習った内容を家庭学習で定着させる」という従来の概念を反転させた授業スタイル。基本的な知識の取得はeラーニングを使った事前学習で済ませ、授業ではディスカッションなどを中心に「場」を活かした活動を行う。eラーニングを使うことで生の授業の価値も高められる手法として注目を集める。

取材を終えて

筆者もソフトの教則など各種のeラーニングコンテンツ制作に関わっているが、大手前大学の取り組みは、単なる授業の映像化を超え、教育自体の価値を高めていくところに主眼が置かれており、大いに刺激を受けた。

今後、より一層スピーディに映像コンテンツを作成する必要が出てくる。従来のテープベースから現在のVR-50HDを中心としたシステムに更新したのも、「誰にでもわかりやすく」操作が行えて、スピードを向上させることを主眼に置いているからだ。

様々なツールの活用も日々の地道な積み重ねでクオリティ向上が図られており、さらに進化した姿を、いずれまた取材してみたいと感じた。

vsw