巨大なLEDスクリーンで多彩なシーンを作り出した「第68回NHK紅白歌合戦」の舞台裏


【イベントレポート】
巨大なLEDスクリーンで多彩なシーンを作り出した
「第68回NHK紅白歌合戦」の舞台裏

森内大輔(NHKデザインセンター 映像デザイン部 チーフプロデューサー)

 

毎年、出演する歌手の顔ぶれが世間の話題になるNHK紅白歌合戦だが、最先端の技術を投入した映像演出や舞台美術も大きな見どころ。昨年の第68回紅白歌合戦では、左右の花道からメインステージまで舞台全面に広がる巨大なLEDスクリーンが登場した。この画期的なセットについて、美術を担当したNHKデザインセンターの森内大輔氏に話を聞いた。

▲「第68回NHK紅白歌合戦」は2017年12月31日19:15〜23:45 総合テレビでの生放送。写真はAKB48のステージの様子。※写真はリハーサル時

舞台全面に広がるLEDの映像が一瞬にして空間を転換

──紅白歌合戦では毎年のように凝った演出が話題になりますが、その中で美術セクションが担っている役割とはどんなものでしょうか?

森内 紅白歌合戦には総勢3,000人以上のスタッフが関わっていますが、テレビ画面に映る番組制作業務で言うと、構成や出演交渉、舞台上の演出を指揮する制作セクション、撮影・照明・音声・映像調整などを担当する技術セクション、そして舞台美術や映像演出の設計および製作を担当する美術セクションなどに分かれています。

ご存知の通り紅白歌合戦というのは、ロックからポップス、演歌、民謡まで、日本で活躍されている様々なアーティストの様々な楽曲を大晦日の舞台に結集させる番組です。ご覧になられるお客様それぞれの年齢層や好みも違いますし、約50組の出演者や楽曲の魅力を最大化するためには、様々な舞台のしつらえが求められます。

そして4時間半の生放送の中で、時間通りに、安全に、一つ一つのシーンを転換させることがすごく大事になります。司会のMCや中継コーナーの合間に転換するわけですが、舞台に出したりハケたりする大道具やバンドセットは舞台の袖や奈落にしまってあるので、ただでさえ狭いバックヤードは常に大混雑しています。そういった時間的・空間的な制約の中でいかに多様なシーンを作るかということが、美術の仕事で最も求められることです。

──今回、美術セクションとして新しく取り組まれたことは?

森内 いまお話ししたような課題に対して、紅白の美術を担当するデザイナーは毎年いろんな方法で答を出していくのですが、今回私が考えたのは、LEDのスクリーンを使って楽曲の世界に寄り添いつつ、それぞれのシーンをできるだけ多彩にすることです。LEDスクリーンは音楽ライブやテレビ番組などでお馴染みの手法ですが、昨年の紅白では、単なる映像機器を超えて空間の意匠を構成するテクスチャーの一つとして活用しています。

通常のLEDスクリーンは平面的な映像やグラフィックをそのまま表示するだけですが、このセットでは擬似的に映像の奥行き感を出すことによって、ある時はスクリーンが建築物の壁面のように見えたり、またある時は一瞬にして森の中になったりと、スクリーンに映る映像が会場の空間そのものを変容し、立体的な意匠を構成する。そして次々と変わる楽曲に沿って、一瞬で舞台が転換する。そんな試みに挑戦しました。

▲松たか子「明日はどこから」ではメインステージと花道に森の映像が広がった。※写真はリハーサル時

▲エレファントカシマシの宮本浩次は満月の夜空をバックに代表曲「今宵の月のように」を歌い上げた。※写真はリハーサル時

▲各シーンごとのイメージパース

 

──映像についても美術セクションの担当になるのでしょうか?

森内 どの曲でどういう映像を流すのかは各シーンの演出担当者と一緒に詰めていくのですが、どんな映像機器を使ってどういう運用をすれば適切かという部分は、我々の役割になります。誰に出ていただくか、何を歌っていただくか、そこにどういったパフォーマンスを組み合わせるのかは演出担当者であるディレクターを中心に進め、それを実際にどうやって具体化するかをプランニングするのが我々デザイナーの仕事になります。

──LEDスクリーンと映像で空間を構成するという今回のアイディアはどこから生まれたのでしょうか?

森内 私はこれまで2回ほど紅白歌合戦のデザインチーフを経験していて、前回は2009年でした。その際も大きなスクリーンは使いましたが、平面的なものを映すのが中心でした。その後2010年から2014年までNHKエンタープライズに出向して、新しい映像コンテンツを開発していた時期があるのですが、その際にプロジェクションマッピングと出会ったことが今回の試みにつながっています。

2010年当時、日本ではまだプロジェクションマッピングはほとんど知られていませんでしたが、東京駅丸の内駅舎を皮切りに、東京スカイツリー、会津若松の鶴ヶ城など、いくつかのプロジェクションマッピングの演出に携わりました。

プロジェクションマッピングはご存知の通り、投影する建物の立体的な形状に合わせて映像を制作し、光や影の演出で平面的な映像を立体的に見せたり、あたかも建物が動き出すかのように見せたりする手法です。今回のLEDスクリーンは、そこで得た経験や知見、技術的なノウハウなどをフィードバックさせて、映像で空間を作ってしまおうと考えたのです。

左右の花道からメインステージまで舞台全面にスクリーンを設置しましたが、止まっているスクリーンに映すだけだと、シーン展開のバリエーションがそんなにたくさん作れない。そこでメインステージのスクリーンを2層構造にして、奥には4K相当の大きなスクリーンを、手前には短冊状のスクリーンを21枚ほど並べて、それぞれ自立して上下に昇降する機構を採用しました。

この、スクリーン自体が様々に変形する仕組みによって、シーン展開のバリエーションがものすごく豊富になったと思います。

▲メインステージのスクリーンの様子。手前の上部に短冊状のスクリーンが少しだけ見えており、その奥に大きなスクリーンが見える

▲スクリーンの変形パターンの一覧。21枚の短冊状のスクリーンがそれぞれ上下に動くことで形が変わる

変形スクリーンを実現するために
事前の調整と検証を何度も繰り返した

──スクリーンが変形する仕組みはとても斬新だと思いますが、実現までにはかなりの苦労があったのではないでしょうか?

森内 モーターで駆動する機構の基本設計は10月末までに決まっていましたが、実施設計の細かい仕様が決まったのは11月中旬ごろでした。

どこの会場でもそうですが、NHKホールには照明とか美術セットを吊るすバトンがあって、それぞれ飛び切り(一番上)の高さが決まっています。それ以上には短冊スクリーンが上がらないんです。短冊を吊るためのモーターと、そのモーターを吊るためのトラスがどの位置になるかということが、スクリーンの変形パターンをどのくらい多彩に作り出せるかに関わってくるので、このハードウェアの仕様を確定する調整にすごく時間がかかりました。

この調整が完璧にできていないと、表示する映像のテンプレートが決まりませんし、そこを見切り発車してしまうと、CGや実写で映像を作る際に作業のやり直しが発生して結果的にクオリティが下がることになるので、ここをできるだけ慎重に検討しました。このあたりはセットとCG製作の中核を担うNHKアートの各担当者の成果です。

▲メインステージのスクリーンのテンプレート。可動式スクリーンの位置に応じた解像度などが記されている

▲メインステージの奥側のスクリーンと花道のスクリーンのテンプレート

 

舞台でスクリーンがどういう動きをするか、それをカメラで撮った時にどういう風に見えるかというのが大事なので、平面図の中にカメラの位置をプロットして、アーティストやダンサーの立ち位置がどのカメラからどう見えるかも事前に検証しました。

Vectorworks というカメラのシミュレーションができる製図ソフトがあるのですが、3Dモデル上に、カメラの位置、レンズの視野角、イメージセンサーの大きさなどのパラメータを入れて、ほぼ実際と同じようなシミュレーションをしています。そのデータをもとに、ヘッドマウントディスプレイを活用したVRシミュレーターを作って、関係者間で出来上がりのイメージや課題を共有しました。シミュレーターの実装はデジデリックさんにお願いしています。

▲メインステージの立体模型

▲VRシミュレーターの画面。カメラ位置、焦点距離などを入力して、実際の舞台がどのように見えるかを原寸大で確認できる

▲VRシミュレーターはヘッドマウントディスプレイに対応したものを作成した

 

──実際の会場でも事前にテストしましたか?

森内 短冊状のLEDスクリーンを5枚だけ吊ったテストはNHKホールで行いました。音楽ライブのツアーだと10回、20回と繰り返して公演があるので、ツアーの後半に向けて照明のセッティングを変更したり、映像の中身をアップデートしたりして、どんどんクオリティを上げられるのですが、紅白歌合戦は一度限り、本番の数日前にならないとセット全体を組むこともできないので瞬発力が求められます。

ですから5枚だけですが、本番と全く同じ条件のトラスやモーターで吊り、他のセットも1/1サイズでモックを作って、昇降スピードの確認や実際の放送用カメラで撮った時に明るさが充分か、アイリスやダイナミックレンジも本番の時と同じ状態で慎重に検証しました。

実は当初LEDではなく、プロジェクターで同じことができないかと思っていたんです。でも、放送用に人物へ当てる照明が強く、バウンスすることでスクリーンが明るくなってしまう。投射型のプロジェクターでは条件的に厳しいだろうということで、自発光するLEDスクリーンを採用するに至りました。

ただしLEDにも解決すべき課題がありました。通常のLEDスクリーンは黒い面に発光する素子がたくさん並んでいるので、どうしてもそのドットが見えてしまうし、表示中の映像をカメラで撮るとモアレが出てしまいます。素子が点灯していない状態だと黒くなって、機材の佇まいになってしまうのも問題でした。

そこでスクリーンの前面に半透明の白いシートを貼ることによって、LEDのドット感をなくして、モアレを軽減できるようにしました。スクリーンの表面は白いシートなので、点灯してない時は白い壁のように見えます。これによって構造物のテクスチャとして使うことが可能になりました。

▲写真はLEDスクリーンに寄ったところ。表面に白いシートが貼ってあるのがわかる

 

──舞台の基本構成をLEDスクリーンにしたことで、 メインステージは従来よりすっきりした感じになりましたね。

森内 紅白歌合戦ではたくさんの出演者の方々が一度にステージに上がるシチュエーションが非常に多いので、ステージには必ず大階段があるんですが、その階段をできるだけ階段に見せないように間接照明が装備されたスケルトンデザインにしました。それもあって今回はすっきりとシンプルなステージになっています。

シンプルなデザインの狙いとしては、映像で多彩なシーンを作って短時間で転換できるようにすること。さらに、ここに氷川きよしさんの大きな宝船のセットが入ったり、坂本冬美さんのステージで日本中のお祭りが集結したりすると、変化がガラッとわかりやすいということもあります。常にステージ上にある大道具は必要最低限簡素にして、そこに入れ込む大道具や小道具のしつらえを際立たせることで、各シーンを鮮やかに描き出す計画としました。

▲氷川きよし「きよしのズンドコ節」では、大きな宝船のセットと大勢のバックダンサーが舞台に上がった。※写真はリハーサル時

シーンの並びも考慮しながら
それぞれの映像のファーストルックを考える

──スクリーンに映し出す映像については、美術セクションがどのくらい関わっているのでしょうか?

森内 今回の放送はミュージカル風のグランドオープニング映像で幕開けしましたが、そのコンセプトやキービジュアルは総合演出と一緒にラフ案を考えて、実際の制作に関しては演出担当者と後輩のデザイナーが中心となって、P.I.C.S.所属の池田一真さんが監督を担当してくださいました。

NHKホールの各楽曲の映像については、総合演出や紅組・白組の演出担当者と調整しながら、どんなものを作るのか、どなたに作ってもらうのかを決めています。たとえばAIさんと渡辺直美さんの「キラキラ」の映像は、アートディレクターの吉田ユニさんにお願いしましたが、これは紅組のディレクターによる人選です。

そのほかにも色々なクリエイターの方に映像を作っていただきました。椎名林檎さんとトータス松本さんの「目抜き通り」は映像ディレクターの児玉裕一さん、「三浦大知 紅白スペシャル」と「嵐×紅白スペシャルメドレー」は A4A の東市篤憲さん、Superfly の「愛を込めて花束を」はVFXアーティストの佐藤隆之さんといった方がその代表格です。Perfume の中継では Rhizomatiks Research のみなさんに今年もお世話になりました。

ほかに著名なアーティストとしては、石川さゆりさんの「津軽海峡・冬景色」で葛飾北斎の絵を使っています。スタッフの間では、津軽なのに「神奈川沖浪裏」で大丈夫かという冗談もありましたが(笑)。

▲紅白歌合戦で復帰した Superfly は「愛をこめて花束を」を熱唱。※写真はリハーサル時

▲紅組のトリ・石川さゆりのステージ。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」をバックに「津軽海峡・冬景色」を歌った。※写真はリハーサル時

 

──映像の内容によって舞台の見え方もだいぶ変わりますよね。

森内 舞台の見え方がどういう風に変わっていくのか、大道具の転換がどういうふうに行われるのかを関係者で共有するために、シーン表という設計図を作るんですが、これは美術デザイナーの仕事になります。楽曲の並びも考慮しながら、映像のファーストルックはどんなものがふさわしいかを考えます。

曲の順番が発表される直前まで何度も構成が更新されます。曲の順番が入れ替わると、大道具の転換に使える時間も変わってくるし、前後のシーンがうまくつながらないということも出てくるので、ギリギリまで調整します。我々の仕事のうち8割くらいが調整業務ですね。

──今回開発されたLEDスクリーンはいろいろな場面に応用できそうですね。

森内 そうですね。音楽ライブの仕事をやっている方々から問い合わせをいただくなど、けっこう反響がありました。LEDスクリーンは常に映像を出し続けていないと黒くなってしまうとか、パッケージソフトにした時に素子のドット感が気になるとか、みなさん同じように苦労されているみたいです。私としてはこの手法がもっと広まるといいなと思っているので、仕組みについてのご質問にはできるだけお答えするようにしました。

──今回作ったスクリーンは他の番組でも使う予定はあるんですか?

森内 紅白は舞台のセッティングから本番までは5日くらいで、セットはその5日間だけもてばいいという仕様にしているので、今回限りです。転用を考えるならもっとがっちり、丁寧に作らないといけないですし、そうするとバラシにも時間がかかる。テレビの美術は、飾りとバラシを含めてどれだけ短時間で安全にセッティングができるかということも大事な要素になります。もったいないですけど、そういうものなんですね。

──そう考えると紅白歌合戦は本当に贅沢な作りの番組ですね。

森内 そういう意味で言うと、紅白歌合戦は様々な人たちの瞬間的な芸に支えられている番組だと思います。美術に限らず、演出も、技術も、限られた時間と空間の中に総力を結集して、最高のものをお届けすることを目指しています。様々な経験や知見がないとこの番組はとても出来ないなと、担当するたびに感じさせられます。

今回の試みは、過去に私が携わったプロジェクションマッピングで得たものがベースになっています。イベントや展示業務に関わることで、通常の放送番組とは違うルールやトーン&マナーだったり、外部の映像クリエイターさんとの関わりやエンジニアリングだったり、様々なことを吸収できたことは大きかったと思います。

今後も日々の取材や訓練を怠らずに、これまでの枠にとらわれない番組や映像コンテンツを作る現場を支えていきたいです。また、若手のスタッフやあたらしいパートナーのみなさんが、紅白をどんどんと磨き上げ、時代に沿った形で進化させてくれることを心より楽しみにしています。

撮影(リハーサル時の写真):坂上俊彦

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vsw