舞台撮影の現場が今、変わりつつある。そのきっかけはブラックマジックデザインのATEMシリーズだ。ハイビジョン対応のスイッチャーは数年前に各社から50万円前後になり普及し始めたが、ATEMシリーズの最廉価モデル、ATEM Television Studioは83,980円と、なんと10万円を切った。入力はHD-SDIが4系統、HDMIが4系統(2系統分はSDI/HDMI切り替え)と舞台撮影業者には充分。プログラム出力もHD-SDI、HDMIから出るしマルチビュー出力も可能。ただしスイッチング操作はPC/Mac上のソフトウェアを利用するので、マックブックプロなどを持ち込む必要がある。


w_atem01.jpg
スイッチング収録の現場は、スイッチャーやカメラだけでなく、タリーやインカムなど周辺のシステムが必要になるが、それも画期的な低価格で実現してしまったのがブラックマジックデザインのATEM Camera Converter(写真下)だ。5万円以下で、タリー、インカム、リターンを可能にしただけでなく、カメラからの映像と音声信号を光ケーブルに載せて伝送することができる。すべてのやりとりは光ファイバーケーブル1本(2芯ファイバー)で済んでしまうのだ。
atem04.jpg
 後藤英俊さん(YA Media)は、舞台撮影を得意とするプロダクション「まじかるふぇいす」に所属していたときは、カメラを担当していた。独立してからもカメラマンとしてスイッチングをしない、カメラのみのパラ回し収録の現場に何度か携わってきた。しかし、結論的に現場でのスイッチングは必要だと感じていたので、個人レベルでもスイッチングのシステムを組めないかと考えていた。そんな中で、Blackmagic Designのシステムに興味を持ったという。ATEM Television StudioとATEM Camera Converter、ATEM Studio Converterといったスイッチング用のシステムを揃えても業務用カメラより安い(!)。
ただ実際、現場で使用することになると、最初は不安もあり、5月に導入した後、バックアップ用にカメラのパラ回し収録はしていたが、これまで大きなトラブルもなく、無事に撮影を終えることができ、結果的にかなり信頼度は高まったという。
8月に韓国ミュージカル「パルレ」の映像配信と収録を担当するということで現場にお伺いした。
まず8月19日は、すみだパークスタジオという練習場所でのゲネプロを22日からの公開前にニコニコ動画で配信するというもの。
 動画配信と音声は別スタッフが担当し、後藤チームは映像の撮影とスイッチングのみ。今回は収録はなし。カメラマンは3名で、カメラはソニーのHVR-S270J、PMW-EX1、EX3、HVR-Z5Jの4台。Z5Jだけは無人でリモート雲台に載せて引きの画を押さえる。さらに予備で家庭用のビデオカメラ(HDR-XR50V)もスイッチャーの卓上に置いて、スイッチャーに入力した。
 3台のカメラには、それぞれのカメラマンにとって見やすいようにリターンの映像モニターとCamera Converterが設置された。各カメラマンはスイッチャー担当の後藤さんとATEM Camera Converterのトークバック機能によりコミュニケーションを図りながら、カメラオペレートしていく。マイクとヘッドホンは専用品ではなく汎用のヘッドセットでよい。PC用ヘッドセット、iPhone用ヘッドセットに対応する。
w_atem03.jpg
▲カメラS270Jに装備したATEM Camera Converter。カメラのモニターの上にリターン用のモニターを設置。ハンドル部にこのようにATEM Camera Converterを設置した。この角度にしているのは、Converter筐体のサイドにあるタリーランプがカメラマンにとって見やすいから。
ATEM Camera Converterにはボディの横に赤いタリーランプがあり、カメラマンはそれが目に入る位置にConverterを設置する。タリーの使い方としてはこれ以外にリターンのモニターに赤枠を表示するという選択も可能だが、その場合は返しの映像が自分のカメラの映像だけになってしまう。どちらを選択するか悩ましいところだが、各カメラマンは赤枠表示ではなく、タリーランプのほうを利用していた。
w_atem05.jpg
▲センターのカメラはPMW-EX1。カメラマンによっては、モニターを別に立ててその上に設置するケースも。奥の据え置きのカメラはZ5J(HDV)。
w_atem06.jpg
▲ATEM Camera Converterを設定はMacBook AirをUSB接続してここから行うことができる。。「Blackmagic Converter Utility」というアプリケーションを使って、Camera Converterのカメラ番号(タリー番号)を設定(変更)している。Camera Converter本体でもカメラ番号は変えられるが、今何番なのかが分かりづらいので、ソフトウェアでやるほうが確認が早い。
MacBook Airはスイッチャー(MacBook Pro)の予備も兼ねて用意している。
w_atem08.jpg
▲テーブルの上に設置されたスイッチャーやモニター。ノートPCであればコンパクトに収まる。マルチビュー表示用のモニターはPCモニターを使用。PGMモニターも小型の家庭用テレビを利用している。
w_atem02.jpg
▲ATEM Camera Covertは1対1なら単体どうしで通信が可能だが、複数台になるとATEM Studio Converterが必要になる。4台まで入力可能。写真の機材の上がATEM Television Studio、下がATEM Studio Converter。ATEM Studio Converterに入っている3本の黄色いケーブルが光ファイバーケーブル。
その一週間後、三越劇場での公演は配信はなく収録のみ。カメラは同じく4台にカメラマンは3人。各カメラで収録は行うが、それぞれのカメラで何をどう撮るかという指示がないとマルチカメラ収録のメリットが出てこないので、スイッチングも行なった。
w_atem13.jpg
▲三越劇場の2階席の一番後ろにスイッチング用のスペースを用意。スタジオでの機材に加えて、録画用のHyperDeck Shuttleとその映像を確認するための小型のモニターSmartView Duo(ブラックマジックデザイン)が加わった。2連である必要はないが、片方は固定カメラの画の確認に使用した。
システムは前週のものをベースにレコーダーはブラックマジックデザインのHyperDeck Shuttleを導入。非圧縮ではなくアビッドDNxHDで記録した。音声は音声担当者から会場のステレオ音声と役者に仕込むワイヤレスピンマイクの合計3チャンネルをもらい、ローランドのR-44で収録。その音声はカメラを経由して、スイッチャーまで送られて映像と合わせて記録した。ATEM Television Studioはバージョンアップで音声入力にも対応。さっそくそれが役に立つことになった。
w_atem23.jpg
▲ATEM Television Studioはバージョンアップした音声のミキシング機能が加わった。各カメラに重畳された音声もここに入ってきているのは分かるが、ここではそれは使わず、会場の音声をR-44に録音し、その音声をカメラ経由でスイッチャーまで持ってきて、それを出力してHyper Deck Shuttleに記録した。編集時に使うのは、R-44のほうだが、スイッチャー側で音声を確認でき、さらにバックアップができるので安心感がある。
w_atem26.jpg
▲HyperDeck Shuttleでスイッチングアウトを収録。
w_atem24.jpg
▲マルチビュー画面。4,5,6に1カメ、2カメ、3カメを割り振った。それぞれカメラマンの名前を入れることもできる。
w_atem13a.jpg
▲USB接続のテンキーを使用。この4,5,6に3つのカメラを割り当てている。
今回は劇場ということで、引き回しも長い。カメラは2台が1階で、あとの2台は2階。スイッチャーは2階なので1階からだと50mほどケーブルを引いてくることになる。これまでのケーブルであればトータルでかなりの重量になったが、このシステムであれば、超軽量の光ケーブル1本でいいというのが信じられない。セッティングや運搬の負担が軽減される。後藤さんによるとこれまでトラブルはなく、光ケーブルは折れ曲がらないようにだけ注意しているという。ケーブル自体は通販のケーブルダイレクトで25mでも4000円程度であり、特に割高でもないだろう。
 ATEM Camera Converterのメリットはカメラを選ばないところもある。今回はほとんどのカメラはSDI出力を装備していたが、Z5JなどはHDMIしかない。これまでSDIベースのシステムであれば、カメラの近くでHDMIからSDIに変換してから送る必要があったが、ATEM Camera ConverterはSDIだけでなくHDMIも入力できるので変換コンバーター自体が不要だ。
 全体のシステムはひじょうにコンパクトでスマート。スイッチャーをセッティングしたテーブルもそれほど大掛かりな感じはなく、マックブックプロでのスイッチングもキーボードとUSB接続のテンキーを利用していると単なるPC操作をしているような雰囲気である。後藤さんは各カメラはテンキーの4、5、6に割り振って左手で切り替え、右手でマックブックプロのスペースキーを叩いて切り替えていくというスタイルができあがっていた。ワイプやディゾルブ等のトランジションも操作でき、また静止画を挿入することも可能なので、ほとんどの場面に対応できるのではと思う。
後藤さんは、これまでに、このシステムを使ってサントリーホールでのオーケストラも撮影している。このときはセンターカメラを2階席の一番奥に設置したところ、ステージ上手袖のスイッチャー席から約85mのケーブルを引き回すことになった。恐らくHD-SDI(同軸ケーブル)であれば、ちらつき始める長さでだが、光ファイバーケーブルは何も問題がなかった。こういったところにも光ファイバーケーブルでの接続はメリットが出てくる。
このシステムで6月には韓国にEXPO関連のイベントも収録。何よりも機材の量が心配だったそうだが、スイッチングの機材がスーツケースに収められたのは大変助かった。
今回スイッチャーにオーディオミキサーも追加され、HDMIやSDIのエンベデッドオーディオが活かせるのは、スイッチャーとしては大きな進歩であり、とても有用だという。
よく映像制作機材は値段相応と言うが、このブラックマジックデザインのATEMシリーズのシステムは、それ以上の価値があるのではないかと、後藤さんは言う。
個人がスイッチングシステムを所有し、カメラマンとチームを組んで、小回りの利くスイッチングをする。収録も配信も新しい機材の登場で、スタイルが変わってきたと言えそうだ。
【三越劇場における機材システム図】
MITSUKOSHI.jpg
◎ブラックマジックデザイン ATEMシリーズの情報ページ
http://www.blackmagicdesign.com/jp/products/atem/