テレビドキュメンタリーの現場で長く活躍するとともに劇映画の撮影も手掛ける映像カメラマン辻智彦さんは、ハンドヘルドカメラが放送の現場で使われるようになった黎明期から始まり、これまで何台も使ってきた名手。今回、ドキュメンタリー映画の現場で使っていただいた。

取材◎編集部 一柳  協力◎キヤノンマーケティングジャパン

 

 

キヤノンXF605

2021年10月下旬発売予定
オープン価格(キヤノンオンラインショップ価格598,400円)

SPECIFICATIONS

●撮像素子:1.0型CMOSセンサー 有効約829万画素
●レンズ:光学15倍ズーム、焦点距離8.3-124.5mm (35mmフィルム換算25.5-382.5mm)、ダイナミックIS時約28.4-424.6mm F2.8-4.5 9枚羽根虹彩絞り
●フィルター径:58mm
●最短撮影距離:ワイド10mm、ズーム全域600mm
●ISO/ゲイン:200-12800、1段または1/3段設定/-6-21dB、3dBまたは0.5dB設定 ゲインブースト機能で36dB設定可能
●内蔵ND:3濃度 (ND1:1/4、ND2:1/16、ND3:1/64)ターレット式電動駆動
●フォーカス:連続AF、ワンショットAF、AFブーストMF、顔検出AF (頭部検出、瞳検出対応)、マニュアル
●ガンマ:BT.709 Normal、BT.709 Standard、BT.709 Wide DR、PQ、HLG、Canon Log 3
●カラースペース:Cinema Gamut、BT.2020、BT.709
●記録メディア:SDカード (2スロット)
●記録:XF-AVC(3840×2160/1920×1080/1280×720)映像=MPEG4 AVC/H.264、YCC4:2:2 10bit Intra-Frame/Long GOP、MXF 音声=リニアPCM (24bit/48kHz/4ch)ほか
●液晶モニター:3.5型LCD 約276万ドット 静電容量方式タッチパネル
●ファインダー:0.36型 有機EL、約177万ドット
●赤外撮影:可、赤外ライトあり
●マイクホルダー:ホルダー径19-20mm
●外形寸法:約168×173×333mm
●質量:約2010g(本体のみ、グリップベルト含む)

 

 

『劇場版ナオト、いまもひとりっきり 2021完結編』とは

福島の全町避難になった町に動物たちと残り続けたナオトを追ったドキュメンタリー映画『ナオトひとりっきり』の続編の劇場版。『ナオトひとりっきり』はクラウドファンディングで200万円以上を集め、2016年に劇場公開され、全国各地でロングラン上映された。モントリオール世界映画祭を経て、パリ、ニューヨークでも上映。国内、海外でも大きな注目を集めた。本作は来年春、劇場公開予定。監督、撮影、編集はドキュメンタリー、劇映画を自由自在に行き来し、今の日本を切り取る映画監督・中村真夕さん。

モーションギャラリーで 『劇場版 ナオト、いまもひとりっきり2021』クラウドファンディングを10月29日まで実施中
https://motion-gallery.net/projects/aloneagainfukushima

 

▲XF605撮影素材からの切り出し。

 

 

—キヤノンのハンドヘルドのビデオカメラというのはテレビ業界ではどんな感じで使われていますか?

自分でカメラを回すフリーランスのディレクターが使っているという印象ですね。テレビ取材の業界は圧倒的にソニーが強くて、レンタルの現場でもソニーがほとんどなのですが、キヤノンはディレクターが個人所有するカメラというイメージです。おそらく自分の持ち物として愛着が持てるんでしょうね。たとえば映画監督でテレビでも仕事をしている人は、キヤノンのカメラを使っていることが多い。実は今回撮影した映画はラストシーンが重要ということで私がカメラマンとして撮影を依頼されたのですが、大半の部分は中村監督が自分自身で長く撮り続けてきたもので、監督が今所有しているのがEOS C300なんです。またドキュメンタリー監督の想田和弘さんもEOS C100ですし。テレビのディレクターなどはもう少し小型のレンズ一体型のハンドヘルドを使っていますね。

 

—カメラマンという立場でキヤノンのハンドヘルドはお使いになってきましたか?

技術会社、制作会社に入っていたこともあって、HDVの時代にXH A1を使っていました。当時は海外取材に行く場合にソニーのZ1Jか、それでなかったらキヤノンのG1かA1という感じでした。これはいいカメラでした。20倍ズームでレンズのキレもよかった。僕らの世代だと学生のときは取材用の16mmカメラということでスクーピックがあって、その伝統もなんとなく感じられたので。

▲2006年発売でHD時代の海外取材でよく使われたXH A1

 

—テレビ番組でもレンズ交換式のカメラで撮るケースが増えていると思いますが、こういったレンズ一体型ハンドヘルドの使い所というのはどういうところですか?

番組からの要請としては、ルポ取材のようなスタイルをカメラマンに依頼するということは減ってきたように思います。もしあるとしてもディレクターが自分でカメラを持っていくパターンが多いでしょうね。わざわざカメラマンを使ってやるということは、ドキュメンタリーであってもきれいな画を撮ってほしいというようなケースですね。となるとドキュメンタリーの現場であってもレンズ交換式のカメラになります。スチルレンズや小型のシネレンズを利用してフォトジェニックな画を狙っていく。

もちろん私のところでもそういった撮影をしますし、それが可能なカメラ、レンズを用意していますが、自分としては、ハンドヘルドで行きたいというオーダーを出すことがあります。つまり、こちらに寄せて撮影していくのではなく、相手に合わせて臨機応変に撮りたい。どう動くのかわからないものに喰らいついていって、発見していくというスタイルをとりたい。映像の美しさということでは多少犠牲になるのですが、自分としてはそれよりも映像の力強さを選びたいのです。もちろん、それはテーマによりますから、ディレクターと相談した上ですが。

 

—さて3連リング付きのハンドヘルドで1型センサーですが、辻さんにとってはどんな感触ですか?

1型センサーは16mmシネカメラに近い感じで程よいと思います。レンズ交換式のようなピントのシビアさはないけど、それなりにボケがある。体に合う感じがします。本当は2/3型くらいのほうがやりやすいのですが、まあ1型でもいいですね。それよりも最近の高倍率ズームのレンズはF落ちが激しいのはどのメーカーも解決できていない。ズーム域全体でF値通しが望ましいけど、できるだけ落ちないレンズを開発してほしいです。

 

—今回使ってみてカメラとしての使用感は?

XF605はボディが短くて前後の重量バランスが良いと感じました。決して軽いということわけではないんだけど、おそらくハンドルの位置など、グリップの感触を含めて手に持った状態、ホールド感を考慮していると思いました。ドキュメンタリーをやっているから特にヒューマンインターフェイスを気にするんですが、XF605は持った瞬間、グリップの梨地の質感や形状、ベルトの感じが気に入りました。ここは滑り止めになると思います。

手持ち撮影が多いので、手ブレ補正のチューニングは気になります。ショルダーカメラと違ってハンドヘルドの場合は手ブレ補正は必須になります。ただ、ガチっと止まればいいということではなく、カメラを振ることが多いので、映像として自然かどうかが重要になります。

遠くのものを手持ちで撮るのはパワードISは効果があるのですが、その状態でカメラを振ると違和感があるので、アサインボタンで切り替えられるようにして使い分けました。効き方の違いで、ダイナミックモードとスタンダードの2種類があるので、手ブレ補正のON/OFFとは別に、ダイナミックとスタンダードの切り替えもアサインボタンに割り振りました。

AFは顔認識、瞳認識を試しました。たしかに認識して合わせてくれるのですが、自分の撮り方としては正面を撮って、その人が横を向いたり後ろを向いたりという流れではなく、最初はその人に横に入ることが多いんです。何か作業しているとか、物思いにふけっているとかいうところですっと横に入る。光もハイライトがなく影になっていることが多いので、そうなるとAFは捕まえられない。話を聞いている監督のほうにバチッと合ってしまう。ついていて不満はないんですが、結局はMFを多用することになってしまいました。液晶モニターとEVFは非常に見やすくて印象は良かったです。同時点灯もしますし。EVFに眼を当て撮影しながらEVFの角度をかえてカメラの高さを微妙に変えることがあるのですが、カメラによってはこのヒンジ部分が硬めで動かせなかったりするのですけど、このカメラは適度に柔らかくてそれがやりやすいです。



▲ボディは軽量化を図りつつネジ部分はパーツを変えて強化していて交換も可能に。

▲グリップ部は滑らない素材で非常に感触が良い。

▲アサインボタンは4はデフォルトでは波形表示だがドキュメンタリーではまず使わないので、手ブレ補正のON/OFFに、6はフリッカー低減に、8は手ブレ補正のダイナミックとスタンダードの切り替えに、9はディスプレイにした。11はレンズ下の部分だがRECボタンだと間違えて押してしまうとまずいので設定していない。

▲EVFに眼を押し当てた状態で角度を変えられる。

▲屋外では液晶にフードをつけて。雨の時はフードを外してレインカバーで。

 

—いかにもカメラマンらしい部分の指摘ですが、かなり細かいところをチェックされていますね。

このカメラ、細かいところによく気を使っているなと気が付きました。手元の操作感覚というのはカメラメーカーの伝統なのかよく考えられていると思いました。人間工学の蓄積が大きいんでしょうか。なにげに便利なんですよ。たとえばXLRアダプターのロック解除のレバー部分ですが、これが押しやすいところにある。もし上にあると狭いところなので指が入らない。ドキュメンタリーの現場では、すぐにマイクを外して実景を撮ろうということもあって、結構臨機応変に構成を変えていくのですが、これは現場で嬉しいところですね。ハンドルの上にはさり気なく親指をおく位置も設けられていますし。

▲ハンドル上の親指の置き場があるなど細かい造形に感心した。

▲XLRの端子レバーは押しやすい位置にある。

 

—バッテリーはどうでしょうか?

今回大容量のタイプ(BP-A60)を持っていったのですが、バッテリーの持ちはいいですね。1日の撮影が4時間以上ですがバッテリーひとつで足りました。1型CMOSセンサーカメラでこのロングランはありがたいですね。

 

—ボタン配置はふだん使わないカメラですけど慣れましたか?

メニュー操作のカーソルもハンドルの上だけじゃなくて、グリップの右手親指で操作できるところにもあるから、EVFを覗きながら設定できますし、ボタン配置は全体的にわかりやすかったです。シャッターのセレクトとか、フォーカス、アイリスの切り替えなど。ただNDフィルターは+、−よりはスイッチのほうが自分は好みですね。ズーム操作のリングとレバーの切り替えもここ(ボディ左側)よりは右側にあるカメラが多いので、最初戸惑いましたね。ズームリングはメカニカルではないのでリングを回すとレスポンスは遅れるのですが、シーソーのズームレバーのほうが感触は良かったですね。

 

—デュアルスロットはいかがでしょうか?

これは必須でよく使います。同じものを同時記録するということが多いのですが、たとえば海外取材や泊まりでの取材の場合、インタビュー部分だけ先に送ってほしいと言われることが多いんです。だから片方をプロキシにして軽くして録画すればそのまま送ることができる。これはもう必須の機能ですね。音だけ録れるという機能もあるようですけど、やはり小さくても画がついていたほうがいいし、TCの連動も嬉しいですね。

▲メディアスロット部は開け締めしやすい構造。開いている状態だとRECできない。

 

—音声の4チャンネル収録機能は使いますか?

今回は音はガンマイクとRODEのデジタルワイヤレスで収録したのですが、4チャンネル録れるというのは非常に助かりますね。撮る側としてはとても安心感があります。やはりケーブル接続しているとノイズがのる危険性がありますから。デジタルワイヤレスの場合は遮られるものがあると音が切れることもある。カメラの内蔵マイクであれば何らかの音は絶対入りますからそこを残しておけるのは安心です。編集のときに、3ch、4chは切ってくださいという申し送りさえ忘れなければいいんですから。

▲音声はガンマイクとデジタルワイヤレスで収録。

 

—今回の収録は4Kですか、HDですか? 画質の印象はいかがでしょうか?

今回はHDですね。監督が撮り続けてきたものが当然HDですから。REC.709で、ダイナミックレンジはWide DRにしていました。Canon Logを選択できますが、このカメラをドキュメンタリーで使うのにLogを使うシチュエーションはあまりないかもしれません。撮って出しの画が重要になると思います。今回監督がEOS C300で撮り続けてきたということもあって、そのC300と似た設定にしています。同じタイムラインに乗せたときに違和感ないと思いますし、わりと素直な特性で使いやすいと感じました。画を追い込むにしてもメニューがわかりやすかったです。全体的によくできていて好印象でした。

 

VIDEO SALON2021年11月号より転載