DJIのプロ向けドローンInspire 2。 前モデルInspire 2から進化した飛行性能はもちろん、レンズ交換式カメラZenmuse X5Sを装着した際、5.2K/30pの12bit RAW収録にも対応できる。ここではこのカメラ性能に着目し、筆者が地上の撮影に使用しているRED SCARLET-Wと比較してもらった。

テスト・文●吉田泰行(アルマダス)/撮影協力●株式会社伊勢湾フェリー

 

 

5.2K RAW映像が気になる

空撮の常識を変えたドローンDJI Inspire 1。発表当時の2014年はまだ大型ドローンが業務用空撮の主流であったが、Inspire 1の登場で大型機運用の煩雑さから解放され、世界中のクリエイターから愛されるベストセラー機となった。搭載カメラも初期型のZenmuse X3からレンズ交換や4K RAW撮影に対応したX5Rへと大幅に進化し、テレビ番組のような即効性が求められる現場からCM・映画など高品質が求められる現場まで幅広く対応した万能機種と言っても過言ではない。

 

▲Inspire 2にZenmuse X5Sを取り付けた状態

 

そのInspire 1の発表から2年目の2016年11月。待望の後継機種であるInspire 2が発表された。機体の性能も大幅に進化したが、何と言っても注目を集めたのはカメラの性能であろう。現状Inspire 2はX4SとX5Sの2種類のカメラに対応している。X4Sは小型、軽量ながらも撮像素子が1型(前モデルは1/2.3型)と大幅に拡大し、このクラスのカメラでは異例の4K/60pでの収録に対応している。ダイナミックレンジも11.6ストップと一世代前のシネマカメラに匹敵するスペックを有しており、カメラ単体では使用できないものの、実売76,900円の価格は申し分ない性能だ。しかしながら、筆者が今回最も注目したのはX5Sカメラである。X5SはX5Rから更に改良を加えられ最大収録解像度は驚異的な5.2Kに達する。5.2Kモードでは最大5280×2972(1569万画素)での収録が可能で、これはX5やGH4の静止画に匹敵する解像度だ。X5Sは最大12 Bitの Cinema DNGを4.2Gbpsの高ビットレートで収録でき、スペックだけで比較するとシネマカメラに匹敵、もしくは凌駕する性能を有している。

 

日頃地上の撮影で使うREDと比べた

筆者は地上撮影ではRED EPICやRED SCARLET-W、キヤノンEOS C300 MKIIなどのシネマカメラで撮影することが多いが、今回X5Sのスペックを検証するためにSCARLET-Wとの撮り比べを行なった。フルセットで200万円を超えるSCARLET-Wと本体182,000円のX5Sカメラ。価格差では大差がついたが、検証結果は驚くべきものであった。

 

▲検証映像はYoutubeで公開中

逆光の条件でダイナミックレンジをテスト

▲Inspire 2を手持ちしてテスト撮影を行なった

私が撮影において一番重視するのはダイナミックレンジだ。今回そのダイナミックレンジを検証するために、撮影条件が厳しい逆光の海を被写体としてあえて選択した。更に過酷な条件を課すため伊勢湾フェリーの協力を頂き、暗いブリッジ内から逆光の海を撮影し、ハイライト・シャドー部分がどれほど戻るか検証した。Log搭載の一眼レフはもちろん、高ダイナミックを持つシネマカメラでも非常に厳しい環境だ。
今回SCARLET-Wは最大ダイナミックレンジを発揮できるHDRモードで撮影を実施した。SCARLET-Wは16.5+のダイナミックレンジを有しておりHDRモードで撮影することでさらに数ストップ、ダイナミックレンジを拡張できる。一方X5SはInspire 2を手持ち撮影した。X5Sのスペック上のダイナミックレンジは12.8ストップで、カタログスペック的には圧倒的にREDが有利である。なおISOはSCARLET-Wを800、X5Sを100に設定して行なった。

 

 

REDはHDRモードで撮影

▲RED SCARLET-Wの映像(Aトラック)
▲RED SCARLET-W(Xトラック)

まずREDの検証結果から見ていきたい。REDは明るめのAトラック、暗めのXトラックを同時に収録することで、HDR映像を合成しダイナミックレンジを拡張する。今回はブリッジ内に一切照明を入れていないため、海とブリッジ内双方の快調を残そうとするとどうしてもどちらかの色が破綻してしまう。しかしHDRモードを使うことで明暗部それぞれの快調を豊かに残せる。仕上がりのHDR合成映像を見ても通常のカメラでは絶対に不可能な快調表現がされている。

 

 

X5Sのシャドウ部の回復力は脅威的

▲X5Sの映像(カラーグレーディング前)

 

▲X5Sの映像(カラーグレーディング後)

X5SはREDのDMSC2シリーズに比べ、カタログ値では3ストップ以上ダイナミックレンジに劣る。REDのHDR機能を使うとその差はさらに拡大する。しかしながら、検証結果を見るとX5SでもREDにほぼ匹敵するダイナミックレンジを体感できた。カラーグレーディング前の画像はシャドウ部分が完全に潰れ真っ黒になっている。しかしシャドウ部分を持ち上げるとX5Sは驚異的な回復力を発揮する。カラーグレーディング後には色が潰れていると思われていたモニターや人間の輪郭がはっきりと認識できるようになった。

ハイライトは飛びやすいので要注意

私はこれまでに様々なメーカーのシネマカメラを使ってきたが、ここまでシャドウの持ち上がりが良いカメラは稀である。X5SにはHDR撮影機能がついていないが、それでもREDといい勝負ができるのではないかと感じた。ただし、X5Sでダイナミックレンジを発揮するには1つ注意する点がある。X5Rも同様だがハイライト部分がクリップしやすく、一度ハイライトが飛んでしまうと色は戻ってこない。一方シャドウ部分はハイライトに比べ、より調整が可能で持ち上がりが非常によい。従って撮影する際はヒストグラムを見ながらハイライトを飛ばさないようにする心構えが必要である。シャドウ部分を無理に持ち上げるとノイズが出てくるがNeat Videoなどノイズリダクションソフトを使うことで対応は可能だ。一方ハイライトは一度飛んでしまうとリカバリーができないため、ダイナミックレンジ的にどうしても厳しい現場に関しては思い切って暗めに撮影する方が良いであろう。

 

X5Sは完璧なカメラか?

この質問に関する端的な答えはNoである。X5Sのセンサーはマイクロフォーサーズ規格で大型のセンサーを搭載したカメラに比べると低照度撮影時のノイズは出やすい。またX5Sは非圧縮RAWを採用しているため、480GBのSSDを使っても5.2Kの解像度では20分前後しか撮影できない。REDの圧縮RAWに比べると取り回しが悪い。また、従来まではカメラに内蔵されていた映像処理システムが完全に別系統になったため、Inspire 2にはX5Rのような既存のカメラと互換性がない。特にX5RのSSDに先行投資した人にとっては悩みの種になるであろう。
しかし完璧なカメラなどこの世には存在しない。オーストラリアの映像監督でRED Helium 8KのPVを担当したMark Toia氏はこう述べている。「この世に完璧なカメラを作った人などいない。すぐにカメラが起動し、10,000fpsで撮影が可能で、ISO1,000,000で撮影ができ、25-30ストップのダイナミックレンジが欲しいとユーザーは言う。でも現在の技術では無理な話である」X5Sは価格とスペックから考えると、世界トップクラスの空撮専門カメラである事には異論の余地がない(今後OSMOのようなシステムに対応して欲しいが)むしろ20万程度の価格でこれだけのスペックのカメラを短時間で作り上げたDJIの技術力は恐るべしと言うしかない。

 

Inspire 1からの改良点

ここまでカメラ側の点について重点的に取り上げたが機体そのものの改良点についても簡単に述べていきたい。まず使ってみて一番実感したのは映像伝送の劇的な改善である。Inspire 1の日本仕様では、機体とプロポが2.4GHz帯で通信を行い、Inspire 1から送られてくる映像データをマスター側から922.7~927.7 MHz帯を使い、スレーブに転送している。これは日本の電波法に準拠した日本独特の仕様だ。しかしながら922.7~927.7 MHz帯で大容量のデータをやり取りするには限界があり、山奥の電波干渉がない現場でも50m先で伝送が途切れ、ゴーホームがかかるといった事象があった。しかしInspire 2では通信規格が改良され、今回の検証飛行では目視ギリギリの1km前後まで飛行させたが映像はひじょうに安定しており、Inspire 1からの大幅な改善を感じられた。またフライト時間もバッテリーを2本搭載しているためInspire 1の倍近くなっており(X5Sで20分前後、X4Sで25分前後)ゆとりを持ちながらの撮影が可能だ。

 

▲新機能「スポットライトプロ」でカメラはフェリーを常に追尾。ドローンの操作に専念できた。

またInspire 1にない機能として「スポットライトプロ」が挙げられる。今回フェリーをターゲットにワンオペでの撮影に挑戦した。機体の操作を筆者が行い、カメラ側は完全にInspire 2に任せた。Phantomと違い、機体を自由自在に飛ばしながらカメラだけが目標を追尾するため、ワンオペでも非常に高度な撮影ができると実感できた。

 

クリエイターツールとしての完成度

Inspire 2はカメラ、機体共にInspire 1から大きく改善された魅力ある製品だ。特にカメラの映像品質に関してはひじょうに完成度が高い。Inspire 2を使った短編映画『Circle』のカラーグレーディングを担当したMike Sowa氏(映画オブリビオンなどのカラーグレーディングを担当)は「映像が綺麗すぎて、ドローンで撮影した映像か全く分からなかった」とインタビューに答えていたが、私も同感である。

▲全編をInspire 2で撮影したショートムービー「THE Circle」
今までドローン業界の先駆者はREDやALEXAなど高額のカメラを失敗を重ね、時には高い授業料を払いながら大型ドローンに搭載してきた。筆者も挑戦し失敗した仲間である。特に一番の課題はPhantomやInspireクラスの映像の安定性を「確実」に保証することであった。大型機ではPhantom/Inspireクラスの安定性が確保できず、安定した映像を作り出せるのはほんの一握りの空撮業者だけであった。また仮に撮影ができたとしても、飛行時間、アプリとのインテグレーション、リモートでの絞り、ISO調整など課題が山積しており、運用には制限も多かった。しかし、今回のInspire 2の登場により誰でも手軽にシネマカメラクラスの画質で撮影ができるようになった。Inspire 2はCM/映画制作におけるゲームチェンジャー的存在になるのではないだろうか。アナモフィックレンズ指定での撮影など、よほど特殊な撮影でない限りInspire 2で対応できない現場はないように感じた。
DJIは昨年品川にカメラの開発拠点を整備し、X4Sでは日本の技術を取り込んだレンズ・カメラ設計がされている。今後も日本の優秀な技術力を生かしながら、もっと革新的で驚くようなカメラシステムをDJIは作り上げていくに違いない。

 

 

●Inspire 2の製品情報

https://www.dji.com/jp/inspire-2

●Zenmuse X5Sの製品情報

http://www.dji.com/jp/zenmuse-x5s